2019年7月30日

一般向けとしても良書であるだけに3200円という値段が残念。 『誤診のおこるとき』


味も素っ気もない、ちょっと古臭ささえ感じるカバーである。改訂版前の初版が1980年であるから中身も……、と思いきや、ぐんぐん読み進められる簡潔明瞭な文章と、読み進みたくなる内容の面白さで、あっという間に読み終えてしまった。

初版時の副題は「早まった了解を中心に」であったそうだが、これは今現在も充分に通用するテーゼであるし、敢えて「精神科診断の宿命と使命」に換える必要はなかったのではないかと思われる。

改訂版では大幅に加筆修正をしてあるようだ。改訂執筆当時に70代後半であっただろう著者の山下先生のバイタリティには、ひたすら感服するばかりだ。若手から中堅の精神科医が読むのに適している本で、山下先生も初版の前書きで、
若い精神科医、あるいは精神医学に興味を持つ学生諸君が、休日のつれづれに寝転んだまま一日で読み終えて、翌日からの診療にすぐ参考になる本という難しい課題を念頭に置きながら、この小冊子を書いた。
と述べられているそうだ。医師以外が読んでも充分に楽しめる本であるが、難点を一つ挙げるなら3200円という値段である。これが半額くらいまで安ければ、一般の人たちにまで読者層を広げられたと思うだけに残念。

2019年7月29日

達人が語る短い診察時間 神田橋先生の『精神科講義』より

精神科医になりたてのころに先輩のS先生から、
「精神科の診察室に長居したい患者さんなんて、そう多くない。お前が患者だったらどう? 医者から長々あれこれ聞かれたらイヤだろ」
と言われた。

神田橋先生は、このことについて達人らしく語っている。
外来に来ている、維持投薬だけをしているような患者さんがいますよね。ある程度の社会生活はできている。そういう患者さんに、一番サポーティブな接し方は、
「今日は質問することが何も思いつかないけれど」
と言うのが、一番サポーティブです。
「あなたのほうで何か質問があったらどうぞ。特に変わりがなければ、いつもの通り、薬をあげるのでいい?」
と言ってあげるのがサポーティブ。
無理やり、「近ごろどうしてるね?」とか「仕事は順調ね?」とかそういうようなことを思いついて、必要があって聞くならいいけど、何か聞かにゃいくまいと思って聞くと、有害この上もないし、順調かどうかなんて聞かないでもパッと見たら分かるんだから。(中略)
何も聞き出されないし、聞きたいことにはきちんと答えてもらえるというのが、統合失調症に限らずね、患者さんにいいです。(中略)
「あそこに行くとなんか話をさせられる」というのはいかんでしょ。
こうやって書いてみると、S先生の言っていたこととかなり似ている。なんだかS先生が凄い人のように思えてきた。

2019年7月26日

ネット上には文字と画像があるだけで、決して「その人」はいない

ツイッターやブログなどネット上の発言ややり取りを通じて、その人の内面を分析するのは、無意味とまでは言わないが、労多くして益少なしではあるだろう。実際に会っても完全に分かるなんて不可能なのだから。

その人がネットでどんなことを書いているかを見れば「こういう一面もある」くらいの追加情報にはなる。言い換えるなら、見知らぬ他人のツイッターやブログには「こういう一面」くらいの情報しかないということだ。

立方体のある一面に赤丸が書いてあるのを見て、「これはサイコロだ」と決めつけてしまうようなもので、実は立方体の梅干しオニギリかもしれないのだ。

ネットにあるのは「その人が書いたもの」で、その人の考えが完璧に文字化されているわけではない。ましてその人自身がそこにいるわけでもない。そんな当然のことを充分に理解していても、ネット社会に対応して進化したわけではない人類の脳は、どうしてもそこに人がいるような錯覚に陥ってしまう。だから常に、「これはただの文字だ」と意識しなおすことは大切である。

そして、ネット上の発言をもとにバカげた分析をしている人を見て、「バカだなこいつ」と思ってしまう自分も間違っているのだ。それもやはり「バカげた分析をする人」ではなく、「バカげた分析が書かれた文字」にすぎないし、その人の「そういうバカげた分析をしちゃう一面」を見ているにすぎない。

そういえば、ラインの既読スルーで怒るのも、比喩的な意味でなく本当に「画面の向こうに相手がいる」という錯覚があるせいで、「現実に声をかけたのに無視された」ときと同様の感情が起こるからだろう。

『自分が投げかけたのは文字であり、相手が受け取ったのも文字にすぎない』

とにかくこれを、子どもも大人も意識づけないといけない。


以上は、本書冒頭にある著者エピソード(落とした子どもの写真を探すため、危険地域に入り込んでしまった)を参考にした。

2019年7月25日

あなたの老後が描かれているのかもしれない…… 『解放老人』


認知症専門病棟を長期にわたって取材したルポ。描かれている内容は、認知症の人を入院させている精神科病棟ではよく見られる光景だが、あまり縁のない人にとっては少し衝撃的な描写もあるかもしれない。

人はみな歳をとる。

生まれたばかりの赤ん坊はみな無力だ。成長するにつれて、身体的な強さ弱さ、勉強の出来不出来など差がついてくる。大人になれば、社会的地位、経済的な立場といったものがピンからキリまで幅広くなる。ところが、高齢者になると、それまでについた差が少しずつ埋まってくる。極端なケースだと、裕福な家庭に育ったインテリが早々にボケてしまい、貧しい家庭に生まれて勉強もできなかった人のほうがシッカリしているという逆転現象さえ起こる。

「老い」はイヤなものだと思われがちだが、ある人にとっては残酷な「老い」も、別の人にとっては救いや癒しになることがある。老いにまつわることの中でも、特に恐れられている「認知症」だが、決して悪いことばかりではない。それは終末期に携わる多くの医師が語ることである。

たとえば、認知症が進めば、暑い寒いの感覚がなくなり、空腹感が薄れ、自分からは食べようとしなくなる。周りは心配するが、生物として考えれば、「暑くも寒くもなく、腹も減らない」というのは幸せではなかろうか。そして、認知症とは、こういう苦しくない最期に向けた準備なのではないかと思えるときがある。

ただし、あくまでも「決して悪いことばかりではない」のであって、良いことばかりなわけでもない。

独語する男性、自分は家にいると思っている女性、ファンタジー老女、最近のことは覚えられないのに戦争の記憶に苦しむ男性など、身近で見た著者だからこそ描ける、老いることの哀しさ、切なさ、そして滑稽さ。良い作品だったので、ぜひ多くの人に読んでみて欲しい。

2019年7月22日

3分で読めるわけではなく、3分で身につくものでもないが、シンプルに確認するには優れた本 『3分間 神経診察法』


精神科を初めて受診する患者さんの場合、いくら本人が、
「体はどこも悪くない。これは心の問題だ」
と言い張ったとしても、必ず「身体疾患によるものではない」ということを確認しなくてはいけない。これを、医師の言葉で「身体疾患を除外する」という。

初診ではなく、かかりつけの患者さんからも「最近ちょっと手が震える」という相談はよく受ける。真っ先に薬の副作用を考えはするが、きちんと診察すれば、それが薬剤性か、その他のものか、ある程度までは判断できる(ただし完ぺきとは言えない。また、ある病院の大御所の神経内科医は、患者が精神科にかかっていると知ると、痺れや震えをすべて「精神科の薬のせい」にしてしまうので困る)。

身体疾患を除外するためには、それなりに診察ができないといけないので、時どきこういう本を読んで診察法の復習をする。索引も含めて88ページの薄い本で3600円はちょっと高価に感じるかもしれないが、神経診察法に特化して非常にシンプルにまとめられており、このシンプルさの追求にそれだけのコストがかかったと考えると妥当な金額ではあるだろう。診察法を確認するのには向いているが、そのかわり、神経内科分野のさまざまな疾患についての説明はほとんどない。

2019年7月19日

超一流の神経内科医による医療ミステリ小説 『インフォームド・コンセント 消えた同意書』


主人公は優秀な神経内科医であるポール・リチャードソン。彼が立案・計画した「統合失調症患者への実験的手術」を受けた患者が、術後は逆に状態が悪化したという訴訟を起こした。しかし、リチャードソン医師は術前にインフォームド・コンセントをしっかりとっており、起こりうる有害事象も完璧に説明していた。そのはずだった。ところが、カルテにはその同意書がない! でも大丈夫。インフォームド・コンセントを得たときに、看護師も同席していたから、きっと彼女が証言してくれるだろう……、と思ったら、その看護師が何者かに殺害されてしまった! しかも、その看護師とリチャードソン医師には性的関係があって……。

ミステリとしては1.5流から2流くらいの気もするが、そこに神経内科の知識がからむので面白かった。それから、クライマックスに出てくる救急救命室の場面描写では、
「放射線科が呼んでます!」
「待たせとけ! いつもはこっちが待たされてんだ! バイタルは!?」
のように、ほぼセリフだけで進むのだが、それがやけに臨場感があって興奮した。

加えて、リチャードソン医師による回診場面は、神経内科の勉強にもなる。神経内科系の知識があって興味もある人には非常に面白い小説だと思う。

2019年7月18日

脳科学の進展はめざましい!? 素人でも読みやすい脳の話 『脳を知りたい!』


「脳科学の進展はめざましい」と聞いた時、どんなことを考えるだろうか。研究者と一般人とでは、イメージするものが異なっている。「狭く深い」と「広く浅い」の違いである。研究者の「めざましい」は範囲が限定的であるのに対し、一般人はそれが「身の回りにすぐに応用できるもの」と考えがちである。

そこで本書は、「狭く深い」と「広く浅い」の間を橋渡ししようという意図で書かれている。そのため著者は「専門用語をなるべく、いや、できるだけ使わないで書く」ことを自らに課している。そして、
断言してもよいが、ここまで専門用語を使わずに書かれた脳研究の最先端レポートは、いままでになかった。本音を言うと、私にはこれ以上、脳研究についてやさしく書く自信がない。
とまで言い切る。初版は2001年。現時点からすれば15年前なので、本書の内容が脳研究の最先端というわけにはいかないだろうが、脳研究の全体像をつかむには充分だと感じた。

各章のタイトルを記しておく。

第1章 脳と早期教育 早期教育で賢い脳は造れるのか
第2章 脳とうつ病 脳が故障するとき
第3章 脳と環境ホルモン 現代人の脳が環境ホルモンに壊される
第4章 脳と睡眠 なぜ眠いのか、眠れないのか
第5章 脳と視覚 ヒトはなぜ人の顔を識別できるのか
第6章 脳と言葉 失語症……脳はいかに言葉を認識するか
第7章 脳とアルツハイマー病 人はいかにしてアルツハイマー病になるのか
第8章 脳と意識 こころはどこにあるか

早期教育に関する第1章では、平易な文章で鋭い指摘がなされており素晴らしかった。これに対して、環境ホルモンの章では数字のトリック(実数を示さず、リスク何倍という表現)で不安を煽るようなものになっており、やや残念に感じた。それでも全体的には充分に面白い本だった。

余談ではあるが、文庫版の解説は茂木健一郎。うーん、脳科学に関して「広く浅く」応用できるような錯覚を一般人に植えつけてきた代表格ではないのか? そこはちょっといただけない。

2019年7月16日

レビー小体型認知症の介護のための本2冊を読み比べてみた 『レビー小体型認知症がよくわかる本』 『レビー小体型認知症の介護がわかる本』


レビー小体型認知症の人の家族から、「どう対応したら良いのでしょうか?」と質問されることがある。これにうまく答えるのがなかなか難しい。というのも、「何についての対応か」が曖昧なことが多いからだ。幻視や妄想に対してなのか、パーキンソン症状についてなのか、あるいはその他の何かなのか。

多くの場合、家族がもっとも驚いている、あるいは理解に苦しんでいるのは幻視や妄想といった症状である。だから、きっと幻覚妄想への対応についての質問だろうと考え、「こうしてみたらどうでしょう」というのをいくつか提案する。ところが、これがすんなり受け容れられることは多くない。

これはレビー小体型認知症に限った話ではないが、医師の提案は、切羽詰まっていたり時間的に余裕がなかったりする家族にしてみれば、呑気すぎるか非現実的かに感じられるのだろう。残念ながら、幻覚や妄想のある患者への特効薬的な対応はないし、家族が介護の中心とならざるをえない日本の現状もすぐには変えようがない。

それでもなにか良い知恵はないものか、ということで、この2冊を読んでみた。医療者向けではないので、治療の詳しいことは書いていないが、介護する人たちが知りたいと思うことは網羅されているのではなかろうか。

どちらもレビー小体型認知症を発見した小阪憲司先生が関わった本なので、内容的には大差ない。大きな違いは、イラストと文字である。『よくわかる本』のほうは「イラスト図解」と銘打ってあるだけあってイラストが多い。また文章は縦書きと横書きが混在している。文字の大きさは普通の文庫と同じか、少し大きいくらい。『介護がわかるガイドブック』のほうは、すべて横書きで、文字が太く大きく、イラストは挿し絵程度にしかない。

認知症全般に言えることだが、介護するほうも高齢者か中年以降ということが多い。だから、文字の大きさや文章量は大事だ。小さな文字で書かれた大量の文章を読む時間も体力も気力も視力ないのだから。両者とも文章量は抑えぎみであるが、老老介護という人にはちょっと大変かもしれない。そういう人にどちらか一冊を勧めるとしたら、『介護がわかるガイドブック』かなぁ。

2019年7月12日

非専門医にやさしい糖尿病の本 『ここが知りたい! 糖尿病診療ハンドブック』


精神科に通う患者さんの中には、糖尿病を患っている人がけっこういる。統合失調症ではもともとの耐糖能に問題があるという説もあるし、抗精神病薬が影響していることもある。また、うつ病や躁うつ病での過食、一部の抗うつ薬による食欲増進も、糖尿病や耐糖能異常に関係する。

定期的な採血で糖尿病が見つかった人に内科受診を勧めても、「時間がない」「面倒くさい」「ここで(薬を)出して欲しい」と言われることが多い。このように、「精神科だけを受診している人」に対して、精神科医は身体面でも「かかりつけ医」の役割を担わなければいけないときが多々ある。そこで、糖尿病に関して良い本を探したところ本書を発見。

第1章で真っ先に、
実践的な糖尿病診療ハンドブックを目指したため、糖尿病の診断・分類・各種コントロールの指標・問診など通常の教科書に記載されている総論的な内容はあえて省略した。
と書いてある。この思いきりが素晴らしい。

登場する糖尿病治療薬については一般名だけでなく商品名も記載されている。これは非専門医にとっては非常にありがたい。日ごろ縁のない薬の一般名しか書いていないテキストは、高尚には見えるけれど、とっつきにくいものである。

内科一般医にとって有用なのはもちろんだが、外科系の医師にとっても『手術前後での血糖コントロール』と題して「周術期コントロールのエビデンス」「術前に把握すべきこと」「周術期血糖コントロールの実際」に分けて解説してあり、一読の価値があるのではなかろうか。

※上記レビューは「Ver.2」のもの。

2019年7月11日

より深い頭痛診療への良質な案内書 『迷わない! 見逃さない! 頭痛診療の極意』


精神科にかかりつけの患者さんには、慢性的な頭痛を訴える人が多い。そこで、彼らの頭痛を少しでも改善するべく、まずは読みやすそうな本書を手に入れた。

実は、妻にも時どき頭痛が起こる。本書の中身にそって、いくつか質問したところ、やはり妻の頭痛は片頭痛で間違いなさそうだが、緊張型頭痛も混じっているようである。この「混じっている」というのが本書のミソでもある。数多くの頭痛患者を診療した著者はこう書いている。
ほとんどすべての慢性頭痛の患者は片頭痛と筋収縮性頭痛(緊張型頭痛)をもっており、片頭痛の割合が多い患者が片頭痛で、半々くらいであればcombined headache、筋収縮性頭痛が主であれば筋収縮性頭痛の患者としているだけで、厳密にいえばほぼすべての患者はcombined headacheであると考えていた。そして、片頭痛と筋収縮性頭痛の特徴が混在した頭痛は多く存在し、厳密に分けることは不可能であると考えていた。
これは今でも間違いではないと考えているとのこと。「目からウロコ」だった。確かに臨床の現場でも、妻の頭痛でも、混在頭痛と考えればしっくりくることが多い。

これは買って正解だったと思う。より深い頭痛診療への案内書として良質である。本書を読んで、頭痛診療にますます興味が持てるようになったおかげで、『慢性頭痛の診療ガイドライン』まで買ってしまった。これはAmazonで購入できるが、中身を見るだけなら日本頭痛学会のホームページにPDFが置いてある。

最後に、著者が箇条書きで教示してくれている「Clinical pearls」を引用しておく。

・人生最悪の頭痛は危険な頭痛。
・「この患者さん、診たくない」と思ったら、二次性頭痛は絶対除外。
・高齢者の頭痛をみたら、側頭動脈炎を疑う。
・この患者は片頭痛か緊張型頭痛かと考えるのはやめて、片頭痛があるかどうか考えよ。
・入浴、運動、飲酒で、悪化すれば片頭痛、改善すれば緊張型。
・「これまでにも同じような頭痛がありましたか?」 緊急性の高い二次性頭痛の有無を見抜く。
・生理痛で頭が痛いのは、きっと月経関連片頭痛です。

これらの「Clinical pearls」それぞれに文章による解説があるので、興味をもった人はぜひ本書を読んでみて欲しい。


<関連書籍>
慢性頭痛の診療ガイドライン〈2013〉

2019年7月9日

読み通すには、それなりの努力が必要 『シャルコー神経学講義』


神経学(精神科ではなく、神経学である)に興味のない人には、まったくもって退屈な本だろう。多少興味があるくらいでも、読むのは苦労する。医学史的な本なので、現代の我々から見ると明らかに間違いというものも多い(注釈で訂正はしてある)。だから、関心が高い人でも、きちんと読み通すのには、それなりの精神的努力が必要である。

ただし、本書のあちこちにちりばめられたシャルコーの素晴らしい言葉は、現代の医学にも通底するところがあり、一部だけでも紹介しておきたい。

脊髄瘻(せきずいろう)の患者について。
この患者に施せる治療はほとんどないと言いましたが、それは椅子にふんぞり返って何もしなくて良いといことではない。私は脊髄瘻患者に、「病気を治せると自慢するような人には近寄らないように。そんな連中を信用してはいけません。ひどい目にあいますよ」と忠告します。
当時もいまも、代替医療の中にはトンデモないものが多い。100年以上たっても、状況はそう変わらないようだ。
脊髄瘻にかかってから何年もたっているのに、かかっていることを知らない患者もいます。そんな患者にはすぐに告知したりはしません。病気のことをまったく知らずに、死ぬまで元気に過ごすかもしれないのですから。
また、病気とうまくつきあって、比較的幸福に過ごす患者もいます。脊髄瘻であることを自分でも知っていて、経過を先取りして悩んだりはしない患者です。
これらは、現代のインフォームド・コンセント重視の考えからは外れるかもしれない。ただ、なんでもかんでも早期発見して侵襲的な治療を行なえば患者は幸せになるのか、という疑問を投げかけてくれる。

それから、患者の病気を「診断する」、あるいは新たな病気を「発見する」ことについて。
病気の治し方を学ぶには、病気の見つけ方を学ばねばならない。診断とは、治療における最高の切り札なのだから。
感情は、多くの神経疾患で病因となる重要な要素です。しかし、それが原因だとむやみに決めつけてはいけません。患者はしばしば自分で物語をつくってしまい、それは必ずしも事実を正しく解釈したものではないということを忘れないでください。
みなさんは次のような言い方を想像できますか?
「私は医師です。それは確かです。しかし不幸なことに、あなたには何もしてあげられません。あなたは、私たちが関われない、治療がまったくできないほうの病気にかかっているんです!」
諸君、それは違います。それでは責任を果たしたことにならない。批判をものともせずに観察を続けましょう。研究を続けましょう。これこそが、発見をするための最良の方法です。そしておそらく、努力をすることによって、将来私たちがこうした患者に下す判決は、今日下さざるを得なかった判決と同じではなくなるでしょう。
実際、シャルコーの講義から130年近くたった現在、先人たちのたゆまぬ努力のおかげで、多くの疾患の治療法が発見され、予後が改善されている。医学・医療に携わるものとして、襟を正すきっかけになるような本だった。

2019年7月8日

事実!? 妄想!? それともホラー!? 著者の戸惑いがにじみ出る文章に引き込まれヤキモキする…… 『幽霊のような子 恐怖をかかえた少女の物語』


選択性緘黙の話、かと思いきや、もっと複雑怪奇かつ深刻で……。

これまでに読んだトリイの本では、傷ついた子どもたちが成長し、羽ばたいていく様子が描かれ、読後には爽やかな気持ちになったのだが……。本書は最後の最後までスッキリといかないままだった。読みながら、これはホラー小説なのかと思うようなところも多々あった。

とても面白かったが、多くの人に手放しで勧められるような本ではない。

2019年7月5日

人生の3分の1は寝ているんだぞ!! 『極論で語る睡眠医学』


医療関係の本は、大きく二つに分けられる。一つは、エビデンスやガイドラインなどを淡々と記載するもので、共著者が多数いる本ではそういうタイプが多い。もう一つは、エビデンスやガイドラインに関して一部割愛したり大胆に省略したりして、そのぶん著者の臨床哲学を盛り込んだタイプの本である。

どちらにも一長一短あるのだが、俺が読んで面白いと感じるのは哲学タイプの本である。これまでにも、そういう本と数多く出会ってきたが、今回また素晴らしい本に巡り会ってしまった。

著者の河合先生はまえがきで、全人的医療についてこう語る。
…おい、大切な何かを忘れてないか? そう、人生の3分の1を過ごしている時間を忘れていないかって聞いているんだ! それ、全人的医療と違う! 3分の2人的医療や!
冒頭からこの熱さとテンポであるからして、その後の内容も推して知るべし。たとえば成人の閉塞性睡眠時無呼吸症候群。患者の中には機械を用いるCPAPという治療に消極的な人もいるが、河合先生は「医者の正義を押しつけない。疫学を脅しの道具に使わない」と釘をさす。

こういう真摯かつ熱い調子で、総論を除けば、

  • 成人の閉塞性睡眠時無呼吸症候群
  • パラソムニア 睡眠中の異常行動
  • ナルコレプシー
  • レストレスレッグズ症候群
  • 救急外来における睡眠医学
  • 不眠
  • 入院病棟における睡眠医学
  • 集中治療室における睡眠医学
  • 医師の睡眠不足
  • (小児科医以外のための)小児の睡眠医学
  • 概日リズムと睡眠覚醒リズム障害

が語られる(きっと河合先生は語り足りていないはず)。

患者の睡眠について、知識も興味も使命感もない人には読み進めるのが辛いと思う。逆に、それらが少しでもある人にとっては絶対に楽しめる本であり、睡眠をより深く考えるキッカケにもなる良書である。

2019年7月2日

誰もが知っている一般的な症状だからこそ、一応の診療知識は持っておきたい! 『外来で目をまわさない めまい診療シンプルアプローチ』


「めまい」という言葉は、医療者でなくても知っている一般的な言葉だ。しかし、めまいを医師として「みる」となると、これがそう簡単なものではない。つい「まずは耳鼻科に行ってください」と言いたくなるのだが、精神科に通う人の中には、他科を受診する気力がないという人もいる。そして、毎回のようにめまいを訴えられ、耳鼻科受診を勧めては断られ、ということを繰り返すうち、「めまい」も初期診療くらいはできるほうが良いという考えに至った。「めまいはきつい、でも耳鼻科には行きたくない」という人に、主治医として何かしてあげられないだろうかというのは、多くの医師が共通して持っている感覚だろう。

本書の要旨は非常にシンプルである。めまい診療のために著者が提案するのは、こんな方法だ。
とりあえずどんなめまい患者にでも適応できる、科学的で、しかも簡単な(患者負担の少ない効率的な)鑑別の手順を、あらかじめ決めておくという作戦です。
全部で140ページ弱あるうちの前半37ページまでで、この作戦に関する考え方や手順について語り尽くされている。あとのページは実際の診療と治療、それから疾患各論である。

また本書前半には、めまいの統計的なことが書いてある。大学病院と市中病院とでは、受診する患者の重症度が異なるという前提にたって、著者の勤める病院(市中病院)で調査すると、2年間で「めまいのみ」を訴えて来院した患者1332人中、良性発作性頭位めまい症が716人、実に半数以上であった。また中枢性めまいは2%にも満たなかった。

全体的には、精神科医でもそれなりに読み進められる内容だったが、疾患各論に入ってからは少々難易度が上がった。

良性発作性頭位めまい症の治療法は勉強になったが、急性発症のめまいを訴える患者が最初に精神科外来に来ることはまずないので、あまり使う場面はなさそうである。病棟でめまいを発症したという場合に、駆けつけて初期診療するための基礎知識にはなったかな(この本持参で駆けつけるかもしれないが)。


難点はこの表紙。ちょっといただけないなぁ……。

2019年7月1日

精神科の大御所による被災記録 『災害がほんとうに襲った時 阪神淡路大震災50日間の記録』


精神科医の大御所、中井久夫先生による阪神淡路大震災の被災記録で、それに東日本大震災に対する所感を追加したもの。

いかにも中井先生らしい文章で、被災当時のことが綴られている。それに加えて、神戸という街への愛情というか、優しい眼差しというか、そういうものも感じられる。

こうしたことはともかくとして、「中井先生は躁うつ病的だ」というのは恩師の言葉である。本書の中で中井先生が自身の常用薬としてリーマス400mgを挙げられていたのには驚いた。リーマスは主に躁うつ病の治療薬なのだ。おー、恩師の推測は当たっていたようだ。ちなみに、躁うつ病的な中井先生に対して、「神田橋先生は統合失調症的だ」とのこと。

しかも、就寝前にはデパス3mgとあったので、なかなかの向精神薬の飲みっぷりである。

精神科医がみた大震災なので、外傷や遺体の話はほとんどなく、そういう話が苦手な人には読みやすいだろう。また、精神科専門の話もほとんど出ないので、医療関係者でなくても興味深く読めると思う。