2020年1月7日

『ドキュメント生還 山岳遭難からの救出』『山岳遭難の教訓 実例に学ぶ生還の条件』


登山はしないが、登山に興味があり、山岳小説は多く読んできた。今回は山岳遭難についてのドキュメンタリ2冊を紹介。

『ドキュメント生還』のほうは八つのドキュメンタリで、いずれも「生還した人」へのインタビューをもとに綴られる。各章で遭難した原因と、リカバリして無事に生還できた要因について考察してあり、そのほとんどが共通している。原因はたいてい「おかしい」と感じつつ引き返せないことで、リカバリは「冷静さを取り戻し、救助を信じて待ちに徹する」ことで得られる。これは山岳遭難だけでなく、日常生活や仕事においても言えることかもしれない。

読むと、「人は案外に生き残れる」と勇気をもらえる。

ところが、である。

『山岳遭難の教訓』では死亡事例がたくさん紹介されており、「人は案外あっさり亡くなるものだ……」と怖くなってしまう。

本書を読んでいる期間中、家族(小2、5歳、2歳の三人娘と妻)と、勤務しているクリニックのY先生ご家族とで小登山をした。600メートル弱の山で、駐車場は300メートル付近にある。その山の紹介サイトには、「1時間くらいで登れる」「子どもの足でも行ける」みたいに書いてあり、「林道」くらいのイメージだったが、実際には完全なる「登山道」だった。「山道」「獣道」というほど険しくはなかったが、それでも何度となくへこたれそうになった。ところが、小学生3人と5歳次女は余裕の表情。うーん、年齢もあるのか……。

それはともかくとして、一緒に行ったY先生と事前に話し合った際、
「何年か前にイベントで参加したけど、もう着いたのかってくらいの感じだったよ」
と仰っていたのも油断の原因だった。実際には、そのイベントは「登山道の入り口まで」という軽い親子イベントだったようだ。Y先生も「まさかこんなとは……」と苦笑されていた。

急な雨天への備え、虫対策、ケガの応急キットなども用意しておらず、靴も捻挫を防ぐようなものでなく……などなど、Y先生と大いに反省した。そして、次回はもう少しきちんと構えてやりましょうということになった。

やはり山をなめてはいけない。
多くの「山初心者」に勧めたい2冊である。

2019年12月25日

ゲーム障害の治療について

ゲーム障害の治療で、「ゲーム時間を減らす」を主軸にすると、思ったようにいかず、治療者も患者さんも家族も辛くなる可能性が高い。

目標を「◯◯(ゲーム以外)の時間を増やす」にすることで、みんなの意識がゲームにとらわれずに済み、目標達成もしやすく、小さな成功を積み重ねていける。

ゲーム障害の治療は全国どこでもまだ手探り状態で、上記もあくまで実際に俺がやっている現状を記したにすぎず、これが長期的に見て最良かどうかは分からないことは、念のため書いておく。

2019年12月24日

ベスト・オブ・ベストの育児書(育親書)!! 『子どもの話にどんな返事をしてますか? 親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる』

毎朝6時45分に小2長女を起こすのが、俺の朝一の仕事だ。

ある朝の6時40分。5歳次女がトイレに行ってベッドに戻る音が聞こえてきた。いつもどおり、6時45分に長女を起こしに行ったら、ついさっきトイレで目が覚めたばかりの次女が先に起き出した。そして、起床した長女はちょっとふてくされていた。
二人きりになったときに理由を聞いて、ナルホド。
長女には、朝の「パパと二人きり」の15分がとても大切なようだ。

今までの俺なら、
「次女ちゃんがトイレで起きちゃったんだから、仕方ないじゃん」
と言っただろう。

ところが、今回は読んでいる本のおかげで、違った反応ができた。

「パパと二人きりが良かったんだね」

長女はコクンと頷き、スンナリと元気になった。

これがもし今までと同じやり方で反応していたなら、きっと互いに不愉快な朝になったのではなかろうか。

大切なことは。

感情を認めてあげる。

ただそれだけ。

簡単なのに、難しい。
難しいけれど、簡単。

長女も自分のふてくされた理由が「パパにはどうしようもないこと」だと分かっているはず。ただ、パパには気持ちを分かって欲しいだけなのだ。

だから「パパと二人きりが良かったんだね」の一言で気持ちが晴れた。分かってもらえて安心したから。


これまでに読んだ数多の育児書のなかで、ベスト・オブ・ベストな一冊。

育児書は、子どもを変えるためではなく、自分が変わるために読むものである。だから、「育児書」というより「育親書」というほうが正確だろう。

そして、本書を読めたことは、親としての自分にとって非常に幸運だった。

以下、引用を交えつつ書いていく。

子どもを怒ることについて。
二度と怒るまいという決心ほど不毛なものはない。
感情的に健全な親は、聖人ではない。
怒るのが必要な瞬間というものもある。そのような瞬間に怒ることができないと、子どもたちに伝わるのは、親の善良さではなく無関心である。
親たちにとって、怒りはコストの高い感情だ。それだけの犠牲を払うからには、何か益がなければならない。
怒りは、親にはある程度の解放感を、子どもにはある程度の洞察をもたらすようなかたちで発散されるべきだ。
子どもを怒ってしまったあとに後悔する自分にとって、怒りについてのきちんとした説明を読めたのは救いである。子どもがやらかしてしまう「ちょっとした不運」と「壊滅的な災難」を分けるべきだ、という指摘にも大いに反省させられる。

寛大さと甘やかしについて。
寛大さとは、子どもたちの子どもっぽさを受け入れる姿勢である。
甘やかしとは好ましくない行動を許すことである。

複数の子どもがいる場合。
秤にかけられた公平さほど自滅的なものはない。
子どもたちは愛を等しく分かち合うことなど望まない。一律ではなく独自に愛される必要があるのだ。重要なのは平等ではなく、質である。
一人の子どもと出かけるときは、他の子どものことは忘れよう。他の子について話をしたり、他の子に贈り物を買ったりしないようにしよう。心に残るその瞬間、わたしたちの注意を分散させてはならない。
これ、うっかりやってしまっている可能性が高く、今後は細心の注意を払おうと決意した。

また、以下もついついやってしまうことである。
子どもの最大の恐怖は、親に愛されず、捨てられるという恐怖である。
冗談半分でも、怒ってでも、子どもを捨てること(「すぐに来ないと置いていくよ」など)を匂わせてはならない。
もし子どもが耐えられないほどぐずったら、言葉で脅すよりは手で引きずっていったほうがよい。
「早くしなさい!」というのも、思わず言ってしまうことだが、著者は戒める。
子どもの人生が、効率性を求める大人の欲求に支配されないことが肝心
効率性は幼児の敵
子どもたちは急がされたり、辱められたりせずに、実験しながら学んでいく機会を必要とする。
こうして親としてのスキルアップをこころがけて、最終的にはどうなるのが良いのだろうか。著者はこう語る。
よい親というのは、よい教師と同じように、子どもにとっていなくてもすむようになっていく親である。

最後にもう一つ、長女とのエピソードを。

長女が小1だったとき、何度となくこんなことを聞いてきた。

「わたしと同じ歳で、お父さんが死んだ人いる? お父さんがいなくなった人いる?」

「可哀そうだけど、いるだろうね」

質問されるたびにそう答えていたが、いまならもっと長女の気持ちを考えて返せる。

「パパがいなくなるのが心配なのかな?」

あのときこう答えていたら、きっと長女は安心しただろうと悔やまれる。

長女が本当に聞きたかったこと、知りたかったことは、「パパはいなくならない?」だったのではなかろうか。だとしたら、俺の答えはこうだ。

「長女ちゃんを置いては、どこにもいかないよ」


世の中の多くのパパママに読んで欲しい絶賛名著。

2019年12月21日

受信力だけでなく解釈力も高めよう!

「木曜日、お楽しみ会するんだ!」

1週間前から連日のように、小2長女が同じ話をする。
「昨日も聞いたよ」「さっきも言ったじゃん」と答えたくなるのをぐっと飲みこんで、「へぇ、楽しそうじゃん」と返してきた。

お楽しみ会当日の今朝、やはり長女が「今日はお楽しみ会だよ」と言ってきた。そこで返事を工夫して、

「めっちゃ楽しみなんだね」

にしてみたら、

「うん! めっちゃ楽しみ!!」

と嬉しそうだった。

「楽しそうじゃん」より「楽しみなんだね」と返したほうが、長女の表情が圧倒的に良かった。

子育て世代の人たちにはぜひとも知っておいて欲しい。

子どもが何回も同じことを言ったり尋ねたりしてくるとき、彼らは情報のやりとりをしたいわけではない。

感情を伝えたいのだ。

長女が伝えたかったのは「お楽しみ会は楽しい」ではなく、「お楽しみ会が楽しみ」だった、というわけ。

親は、受信力だけでなく解釈力も高めよう。


この本を読んでから、子どもへの返事は大きく変わった。子育て世代にものすごくお勧めの本。

2019年12月6日

ビートたけしさんの「引きこもり対策には『1人部屋禁止法案』」にガッカリ……

ビートたけし 引きこもり対策には「1人部屋禁止法案」

反対である。

「引きこもり対策」としては逆効果で、有害にさえなりうる。

というのも、安心して引きこもれる場所のない子たちは、別の安心できる場所を求め、よりハイリスクなところに引きこもる恐れがあるから。一人部屋をなくせば、ネットで知り合った人の家やネットカフェなど、引きこもる場所が変わるだけだろう。

たけしさんの主張は、「アル中は、酒をなくせばいなくなる」というのと同じ発想だ。ズバッと大胆なことを言っているように見えるかもしれないが、ハッキリ言って、陳腐である。

これくらいは誰もが思いつくアイデアであり、すでにそれに近い実力行使がなされており、そして効果はほとんどない。

たけしさんの切り口はけっこう好きなのだが、そのたけしさんにしてこれである。
「あぁ、引きこもってる人たちって、この程度の認識でしか見られていないんだな」
という参考にはなった。

一人部屋をなくせば引きこもりの問題が解決?

あまりに安易で苦笑すら漏れてしまう。

たけしさんには、

「国が安全な引きこもり施設を作ってあげれば良いじゃねぇか」

くらいは言って欲しかった。