2016年8月31日

まったく知らない人の伝記を、こんなに胸熱く読めるとは思わなかった! 『甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ 高畠導宏の生涯』


イチローや落合といった、野球ファンでなくても知っている有名打者をはじめ、多くのバッターをコーチングした天才軍師・高畠導宏の伝記。

プロ野球界に数多くの弟子を持つ彼は、50代の半ばから高校教師になること、そして教師として生徒を甲子園で優勝させることを目指す。プロ野球のコーチをやめて教師になることは実現させたものの、プロ野球界から離脱したペナルティ規則で2年間はアマ指導ができない。そして、あと1年足らずで指導者になれるという時に膵臓癌が見つかり、余命6ヶ月と宣告されてしまう。

高畠導宏という名前は野村克也の本で初めて知った。まったく知らない人の伝記を読んで面白いかどうか不安だったが、これがとんでもなく胸熱くなる本だった。

本書から2つの言葉を引用。
才能とは、逃げ出さないこと。
平凡のくり返しが非凡になる。
野球ファンならずとも、誰かを指導する立場にある人には読んでみてもらいたい一冊である。

2016年8月30日

殺りたい仕事がきっと見つかる! 『殺し屋.com』


『殺し屋.com』という会員サイトに登録している殺し屋をテーマにした短編が4つ入っている。このサイトでは、依頼された殺しの仕事を、殺し屋たちがヤフーオークションと同じようにして入札する。

殺し屋.comのキャッチコピー「殺りたい仕事がきっと見つかる」や、サイトが運営する殺しの道具などを扱うネットショップ「昇天市場」など、著者・曽根圭介のジョークセンスに笑ってしまった。

ユーモアあり、ミステリ要素あり、若干のハードボイルドもありで、いずれも飽きずに読めたし、点と点のつながりを追うのも楽しかった。

息抜き読書には良い感じの一冊。

2016年8月29日

戦闘の混乱と残酷さと無情さを描いたノンフィクション 『ブラックホーク・ダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』


1993年10月3日、ソマリアにおける米軍とソマリ族の民兵による戦い(モガディシュの戦闘
)を描いたノンフィクション。2001年には映画化もされている。

著者は米軍兵士だけでなく、ソマリ族の民兵や民間人へも時間をかけてインタビューしており、それぞれの視点からの戦闘がリアルに描かれている。非常に多くの人たちの視点からの描写で、めまぐるしく場面が変わるので混乱してしまうが、それが逆に戦場のリアリティというものを感じさせる。

ソマリ族が、死亡した米軍兵士の遺体を引きずる光景は何度もニュースで流され有名で、それだけを見ればソマリ族がいかにも野蛮というイメージを持つ。しかし、本書では米軍兵士が武装していない女性や子どもや老人を撃ち殺したことも丁寧に記述してある。以下はソマリ族民間人の視点だ。
道のまんなかに女の死体があった。ヘリコプターの火器でやられたにちがいない。ヘリコプターの火器は、人の体をずたずたにする。腹の中身や内臓が外へ飛び出していた。幼い三人の子どもが硬直し、灰色になって死んでいる。うつぶせに倒れた老人のまわりに乾いた血のあとが大きく広がっていた。そばのロバも死んでいた。
こうした記述から、かなり公平な立場で書かれているような印象を抱いた。

戦争・戦闘の真実がどういうものか、実際に体験していないので分からないが、映画のような派手さも勇壮さもないということがひしひしと伝わる良書であった。

2016年8月26日

通訳者のエッセイなのに、対人援助職の教科書としても一流! 『魔女の1ダース』


著者の米原万里はもともとロシア語通訳者である。通訳者の仕事は、異なる言語と文化を持った人たちを仲介することだが、それは単に言葉を置き換えるだけで成り立つものではない。Aという国の言葉・文化・歴史にも通じていて、さらにはBという国の言葉・文化・歴史にも造詣が深くて、それでようやくAとBの仲介者になれる。

米原女史の本を読むと、患者と家族、患者とスタッフ、患者と他科の医師、患者と社会などの間に立って、通訳者のような仕事をする精神科医としてどうあるべきかを教えられる。同じ日本語を話す人同士であっても、土地柄や出自、育った環境、現在の境遇、その他もろもろの違いが影響しあって、常にスムーズに通じ合えるというわけではない。それどころか、精神科臨床では、「通じ合わない」ことの苦労を抱えている人のほうが多いくらいだ。そしてそこに、精神科医としての自分の役割、「通訳者」としての存在意義があるような気がする。

『不実な美女か、貞淑な醜女か』での切れ味鋭い舌鋒は今回も変わらず。この2冊は単なるエッセイではなく、多くの対人援助職が読んでおくべき一流の教科書である。

2016年8月25日

読前感にワクワクなし、読中感は気分悪い、読後感は暗澹。これぞ、マゾ読書!! 『殺ったのはおまえだ―修羅となりし者たち、宿命の9事件』


読む前にワクワクすることがまったくない『新潮45』のシリーズ。

読んでいる最中は気分が悪いし、読後感は毎回暗澹としてしまう。それなのについつい読んでしまうのは、文章が巧みだからというだけでなく、人間の暗部を覗き見たいという野次馬根性、怖いもの見たさといったものがあるのかもしれない。

今回もやはりキツい内容ばかりであった。

有力な証拠がなく「冤罪ではないのか?」と思える事件(恵庭OL殺人事件)もあった。これは「疑わしきは罰せず」が機能せず有罪判決が出たようだ。また池袋通り魔事件については、「この加害者は精神病だろう」という気がした。もし、この加害者の人生のどこか、たとえば特に各公的機関に支離滅裂で誇大的な手紙を出しまくっていた時期などに、精神科的な介入がなされていれば、こういう事件に発展せずに済んだかもしれないとも思う。いっぽうで、先日起きた相模原障害者施設殺傷事件の経緯を知ると、精神科が介入していても実は大して変わらなかったかもしれないという気にもなる。また、統合失調症疑いの双子の兄が自殺未遂して植物状態となり、生前の「自殺に失敗したら殺してくれ」という約束のとおり弟が刺し殺した事件の章では、切なさと同時に、ドライすぎる司法判断に残念さをおぼえた。

この本を読むのはマゾ読書である。このシリーズは全部読んだはずだし、もうこの類いのものには手を出さないでおこう!