2018年2月26日

双極Ⅱ型障害のオーバートリアージが増えるほうが、人格障害の誤ったレッテル貼りよりはマシ 『双極II型障害という病』


双極Ⅱ型障害とは、いわゆる「躁うつ病」の亜型である。うつ状態と、躁状態にまでは至らない「軽躁状態」を繰り返す。

何かの勉強会で、双極Ⅱ型障害の病像が取り上げられ、「人格障害の人にも当てはまる部分があるだろうし、オーバートリアージが増えそうだ」といった危惧が挙がっていた。オーバートリアージとは、「重症判断の基準を甘くする」、つまり実際より重症であると予想して対応・治療することを言う。この懸念に対して、「オーバートリアージが増えるほうが、見逃されたり、誤って人格障害というレッテルを貼られたりするよりは良い」という意見があり、全体としてはそれに賛同する雰囲気であった。本題から少し逸れるが、このやり取りで、「人格障害」という言葉や概念の持つ「負のエネルギー」を感じてしまった。

双極Ⅱ型障害をより多く拾いあげるべきか、そうでないか。どちらの立場をとるにせよ、この本は非常に参考になると思う。通読できる精神科の本。

2018年2月23日

「カウンセリング」を追いかける珍しいノンフィクション 『セラピスト』


『絶対音感』という優れたノンフィクションを著した最相葉月が、今度は心理治療を追いかける。

精神科医療に携わるものとして、あちこちに興味深い話があった。そのうち一つを紹介。

著者は取材のため、自ら心理学を学ぶ大学院に入学した(これは本当にスゴいと思う)。そこで社会人学生たちが冗談交じりに語る「心理3分の1説」。これは、
大学院で臨床心理学を専攻する学生とはどんな人種なのかを観察した結果、大きく三種類に分かれることを発見したという。三分の一はこれまで普通の生活を送ってきた平均的な人、三分の一は過去にうつ病などを克服した経験がある共感性の高い人、残りの三分の一は今病んでいる人。
というものだ。精神科を選ぶ医師にも似たようなところはあるかもしれない。ある大学院生は言う。
「うちのクラスにもいますよ。朝イチで長~いメールが届くんです。そういう場合は深入りせず、できるだけ距離を置くようにしています。なぜ心理の道へ、なんて聞きません。巻き込まれたら大変ですからね」
さて、専門書ではないものの診療のヒントになるような話は随所にあった。それもいくつか引用しながら紹介。
カウンセリングでの話の内容や筋は、実際は、治療や治癒にはあまり関係がないんです。それよりも、無関係な言葉と言葉の“間”とか、沈黙にどう応えるかとか、イントネーションやスピードが大事なんです。
沈黙に耐えられない医者は、心理療法家としてダメだとぼくは思います。
以上は京都大学名誉教授・山中康裕。

本書では、著者が中井久夫先生と行なった絵画療法と対話を「逐語録」として3つに分けて記述してある。その中で、中井先生がこんなことを仰っている。
「絵を描いていると、ソーシャル・ポエトリーといって、たとえば、この鳥は羽をあたためてますねえ、といったメタファーが現れます」(中略)「普通の会話ではメタファーはないでしょう」
俺自身は、診療で例え話を用いる頻度が多いほうかもしれない。
「見つめる鍋は煮えませんから」
「転ばなくなるのを待って自転車に乗る、ということはありえません」
「プロ野球は勝率6割で優勝ですよ」
こういうメタファーや例え話は、直接的な言葉に比べて相手のこころへの「圧力」が弱く、侵襲性が低いのかもしれない。中井先生の言葉を読みながら、そんなことを考えた。

故人である河合隼雄についても取材してあり、中でも『ユング心理学と仏教』という本からの引用に共感した。

この引用前に、一つのエピソードが紹介されている。河合がどんなに分析しても改善しなかった女性に、箱庭療法を勧めたところ、彼女は予想以上に熱中した。河合は「よかった、これで治せる」と予感した。ところが、次回のカウンセリングで箱庭療法に誘うと女性は拒否して、こう言ったのだ。

「この前、箱庭を作ったとき、先生はこれで治せると思ったでしょう。私は別に治して欲しくないのです。私はここに治してもらうために来ているのではありません」

では、なんのために来ているのかと尋ねる河合に、
「ここに来ているのは、ここに来るために来ているのです」
そう答えたというのだ。
クライアントが症状に悩むとき、それを解消することも意味があるし、解消せずにいるのも意味があると思っています。そして、おそらくそのどちらを選ぶかは、クライアントの個性化の過程に従うということになると思います。(中略)私は今はクライアントの症状がなくなったり、問題が解消したりしたとき、やはり喜びますが、根本的には、解消するもよく、解消せぬもよし、という態度を崩さずにおれるようになりました。
こういう悟りの境地にも似た「割りきり」というのはなかなかできるものではないが、心理治療家の一つの到達点と言えるだろう。

参考文献もたくさん紹介してあり、精神科やカウンセリングに興味があるという人は、一読して損はない本。

2018年2月22日

散らかりそうなネタを上手くまとめあげた感染症パニック小説 『黒い春』


ある日突然に黒い粉を吐いて死ぬという謎の奇病。のちに「黒手病」と名づけられるこの病気は、どこから来たのか。人から人へうつる感染症なのか。なにも分からないまま、解剖医や感染症の専門家たちが手探りで奮闘していく。

Amazonの紹介には、こうある。
監察医務院の遺体から未知の黒色胞子が発見された。そして一年後、口から黒い粉を撒き散らしながら絶命する黒手病の犠牲者が全国各地で続出。ついに人類の命運を賭けた闘いが始まった。
「人類の命運を賭けた」という表現はちょっと大げさで、舞台が日本から出ることはない。

これ以上はネタバレになるので書けないが、「登場人物の使いかた」がとても贅沢であった。植物学や歴史学も絡めながら伝奇的な様相も呈して、下手にやると散らかった感じのストーリーになりそうなところを巧みにまとめあげている。

ラノベほどではないがセリフが多め。厚めの文庫だが、読み終えるのに時間はかからない。パニック小説系が好きな人には「面白かった」と率直にお勧めできる。

2018年2月21日

ことばで世界の模型を作る 『辞書を編む』


三浦しをんの小説『舟を編む』が辞書作りを題材にして、映画化もされるなど大ヒットした。本書も辞書編纂がテーマだが、こちらは小説ではなく、三省堂国語辞典の編纂者によるノンフィクション・エッセイ。

さて、辞書の編纂とはどんなことをするかというと、大まかに「用例採集」「取捨選択」「語釈」「手入れ」に分けられる。

まず、用例採集。小説、日常会話、テレビ、看板、広告など、ありとあらゆるものから言葉を拾い集める。このとき、採集日時、文脈なども記録しておく。著者の場合、年間で5000語近くを採集するらしい。

次に取捨選択。これは編纂委員が集まって、「この言葉は載せよう」「これは不要」など話し合う。この話し合いについて、面白いエピソードが紹介してあった。4人いる委員の一人が「スイスロール」を提案。著者以外の3人が採用に賛成したが、著者は反対。以下に引用する会話を、中年過ぎた男性4人が真剣に交わしている場面を想像しながら読んでみて欲しい。
「やや細かすぎると思います」と、私は発言しました。「今回、『ロールケーキ』も新規項目の候補に挙がっています。こちらは現代語として必要ですね。『スイスロール』はその一種ですが、これを載せると、『チョコロール』『いちごロール』など、すべて載せなければならないでしょう」
「いや、『スイスロール』は、『チョコロール』といったような種類を指すものではありません」と塩田さん。「いわばロールケーキの変種なんですよ。ロールケーキは、一般にクリームをたっぷり巻き込んでいます。ところが、スイスロールは、クリームやジャムの層がごく薄いんですね。ケーキというより、カステラに近い感じです」
「なるほど。そういうものですか」
なんと微笑ましく、そしてなんと真摯なのだろう。ますます辞書が好きになる。

さて、辞書作りは次に「語釈」を行なう。これは、新規採用する言葉の説明を考えることである。そして、最後に「手入れ」だが、これがけっこうすごい。なんと全体の8分の1の言葉について、マイナーチェンジからフルモデルチェンジまで、それぞれ書き換えを行なうらしい。約8万語を収録する小型辞書でも、およそ1万語について検討することになる。

こうやって辞書を生まれ変わらせるのだが、改訂スパンは今のところ6年から7年くらいとのこと。ネット普及も影響しているのか、新しい言葉が生まれたり、古い言葉が新しい使われかたをされたりで、改訂スパンはだんだん短くなる傾向にあるらしい。

全体を通して、さすが辞書の編纂者、きれいな日本語で読みやすい文章だった。辞書作りの舞台裏を知ることもできた。本書の最後に、著者の辞書作りにかける熱い思いが淡々と語られており、中でも「ことばで世界の模型を作る」というフレーズがすごく素敵で印象的だった。

2018年2月20日

ジブリ映画の舞台裏が面白い! 『ジブリの仲間たち』


スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫が、『風の谷のナウシカ』から『思い出のマーニー』まで、主に宣伝にまつわる裏話を紹介している。

ジブリのデビュー作であり、名作かつ代表作と言っても良いであろう『風の谷のナウシカ』は、実はタイトルが『風の戦士ナウシカ』になるかもしれなかったという話。いまとなっては『風の谷のナウシカ』以外に考えられない素晴らしいタイトルと思えるが、当時は大まじめに議論されたらしい。

ファンが多く、妻も大好きな『魔女の宅急便』は、ヤマト運輸の出資ありきで始まった企画だった。「なるほど、だから『宅急便』なのか」と思いかけたが、そもそも角野栄子による児童文学『魔女の宅急便』が原作である。

この映画に関して、さすが宮崎駿だなと思うエピソードがあった。ヤマト運輸の幹部らとの初顔合わせで、宮崎は、
「タイトルに宅急便とはついていますが、ヤマト運輸の社員教育のための映画を作るつもりはありません」
と宣言したそうだ。今でこそアニメ映画界の大御所・宮崎駿という感じだが、『魔女の宅急便』はまだジブリ5作目で、ジブリも現在のような絶対不動の王者ではなかったはずだ。その時点でここまで言い切るところがスゴい。というより、そういう気概があるからこそ、現在の高みにまでのぼれたのだろう。

俺自身が大好きな映画『千と千尋の神隠し』の裏話も面白い。鈴木敏夫が宮崎駿から最初に聞かされたストーリーは、「名前を奪われた千尋が湯婆婆を倒す。しかし、その背後にはもっと強い銭婆婆がいた。千尋はハクと二人で銭婆婆をやっつける」というものだった。うわー、まったくもって面白くなさそうだ。聞かされた鈴木もピンとこない。そんな鈴木の様子を見た宮崎駿は、その場ですぐに新しい案を考える。
「あ、そうだ! 鈴木さん、こいつ覚えてる? 橋のところに立ってたやつ」
そう、カオナシである。ここから一気に映画の雰囲気が変わって、あの名作が誕生! と思いきや、話はもう少し続く。

映画の内容が決まったので、宣伝もカオナシを最大限に使っていく方針とした。そのことを宣伝関係者に伝えると、みんな怪訝そうである。
「え? なんで? 千尋とハクのラブストーリーじゃないの?」
という感じ。挙げ句、普段は宣伝に興味を示さない宮崎駿までが、わざわざプロデューサー室までやってきた。
「鈴木さん、なんでカオナシで宣伝してるの?」
「いや、だって、これ千尋とカオナシの話じゃないですか」
「えっ!? 千尋とハクの話じゃないの……?」
宮さんはショックを受けた様子でした。
これには思わず吹き出した。

こんな感じで映画の制作順にジブリ裏話が描いてある。ちゃんとジブリ映画を観たのは『ハウルの動く城』が最後だったので、後半にいくにしたがって面白さは減退していった。映画を観た人なら、きっとすべてを楽しく読めるのではなかろうか。