2018年11月30日

60歳を目前にしたレオが大奮闘しない冒険活劇 『エージェント6』


本書の時間軸は長く、若いころのレオから60歳を目前にしたレオまである。メインは60歳目前のほうである。そして、基本的には冒険活劇なのに、主人公である初老レオが決して大奮闘しないのが本書の特徴だろう。

もちろん、ちょっとしたアクションシーンなどハラハラするような場面はあるし、旧ソ連のピリピリした緊張感も漂っている。しかし……、ネタバレになるので多くは書かないが、過去2作に比べると、レオは大奮闘しないのだ。そして、それがとても良い。レオという男性の、人間的な弱さと強さ、衰退と成長、失望と希望、そういったものがうまく描かれており、三部作の中では本書が最高である。

この三部作、2作目の『グラーグ57』が終盤でちょっと息切れするようなものだったが、すべてを読み終えて、とても素晴らしい作品だと感じる。

<前2作>
まだ読んでいない人が羨ましい! 『チャイルド44』
人間的に決してタフとは言えない捜査官レオが、こころと体を痛めつけながら懸命に戦う 『グラーグ57』

2018年11月29日

高い! でも面白いし、勉強になる!! 『医者は患者をこう診ている 10分間の診察で医師が考えていること』


医療人類学者で、医師でもあるセシル・ヘルマンによる研究の結果、
新たな医学的な問題が生じ、医師のもとを訪れたとき、患者には答えを求める質問が六つあるという結論をだした。こうした六つの質問とは、患者さんが世界のどこ――ロンドン、北京、パリ、東京――に暮らしていようと同じであるようだ。「なにが起こったのか?」「なぜ起こったのか?」「なぜ、私の身に生じたのか?」「なぜ、いま起こったのか?」「このままなにもしなければ、どうなるのか?」「私はどうすべきなのか」
患者さんが非常に不安な気持ちで来院する場合が多いことは、よくわかっている。それに気が動転したせいで、こうした質問を尋ねられない場合があることも承知している。ヘルマンは私たちに、こうした万国共通の質問を暗記し、診察のある時点でこうした質問に対処しなさいと訴えている。たとえ、患者さんのほうからこうした質問を投げかけられていなくても。
この引用の他、全体を通して示唆に富んだ本だった。

おそらく医療者でなくても充分に理解できるし、自分たちが受けている診察がどういう思考で行なわれているのかが分かり、さらに日本ではイギリスに比べていかに恵まれた医療を受けられているかを知ることができる。

2018年11月27日

てんかんで悩んでいる!? だったらまずはこれを読もう!! 『変わる! あなたのてんかん治療』


非常にシンプルで分かりやすく、てんかんに悩む人たち(患者も家族も、そして医師も)すべてに読んで欲しい本。

著者の中里先生は、東北大学てんかん科の教授である。中里先生のこれまでの著書と本書に通底している「中里イズム」は、

Simple is better.

Bestを求めすぎて複雑で難解になった結果、患者さんや治療者を気後れさせてはいけない。まずはBetterなことを、simpleに、広く発信というスタイル。

中里先生が唱える「発作ゼロ、副作用ゼロ、悩みゼロ」という、てんかん治療の目標「トリプル・ゼロ」も非常にsimpleな標語で、この言葉を知って以来、てんかん診療の初期対応にあたるときの指針にしている。患者さんへの疾患教育でも、この三本柱を押さえておくと漏れがない。

「まずは発作がなくなることを目標にします」
「しかし、発作ゼロでも副作用がきついというのではいけません。なにか困った副作用があったら教えてください。薬の種類はたくさんあり、組み合わせることで発作も副作用もゼロにできる可能性があります」
「発作もない、副作用もない。それでも就職や妊娠などいろいろ悩みが出てくるものです。そういう相談もお気軽になさってください」

さて、中里イズム「Simple is better.」の凝縮された一文が本書にある。
てんかん治療は、「とりあえず」から始まる。
こういうsimpleな割りきりを、てんかん科の教授が発信されるところが心強い。
「てんかん専門医ではないけれど、てんかん診療には携わらざるをえない」
そんな多くの一般臨床医にとって、これは「御守り」のような言葉である。

誤解を招かないよう強調しておくが、中里イズムは、決しててんかん診療の「ハードルを下げる」ものではない。正確には「ハードルを示す」ものである。
「治療に携わるなら、最低でもこの高さは飛べるようになって欲しい」
「この高さは飛べなくて当然。専門医に紹介してね」
ハードルが明示されるから、非専門医は「自信をもって、自信がないと言える」ようになるのだ。

では、専門医に紹介すべきタイミングはどのあたりか。「治療困難」と判断するハードルの高さはどこか。入院治療を検討すべき時期はいつか。中里イズムに「一定期間の治療でも改善しないなら」というような曖昧さはない。ズバリ、
治療開始から1年
この期間中に「発作ゼロ」「副作用ゼロ」「悩みゼロ」が達成できていなければ、「とりあえず始めた治療」から「じっくり見直した治療」に移行すべきときと考える。

なるほど、とっても分かりやすい。

そして、中里先生はこう続ける。1年間の治療で発作が半分に減ったとして、
もう1年待っても「発作ゼロ」になる確率は低いと思われます。その間にも、人生の時間はどんどん進んでいきます。
そう、人生は有限なのだ。「病気ではなく、人をみる」というのは、使い古され陳腐にさえ感じられる言葉かもしれないが、中里先生のこの一文には「人をみる」という気持ちが強く込められている。「患者さんの人生の時間がどんどん進んでいく」ことを看過できない中里先生の、こころからの叫びが感じられるではないか!

「じっくり見直した治療」のためには入院検査が最良だが、入院ということに及び腰になる人も少なくないだろう。しかし、考えてみて欲しい。長くて一週間程度の入院で、残りの人生がガラッと変わる可能性があるのだ。コストとベネフィットを比較してみて、ここまでお買い得な選択肢というのは長い人生でそうないはずだ。

恥ずかしながら、自分も中里先生の前著『ねころんで読めるてんかん診療』を読むまで、てんかんの入院検査があるとは知らなかった。長時間ビデオ脳波モニタリング検査のことを知ってからは、難治の患者さんたちに積極的に入院検査を勧めるようになった。実際に入院したのは一人しかおらず、その人も何度となく説得しての入院だった。結果、その人は心因性非てんかん性発作と診断された。
「なんだ、精神科医なのに心因性ということも見抜けなかったのか」
と笑う人は笑うが良い。きっと中里先生をはじめとした専門医の先生がたからは、「よくぞ入院させた!」と褒めてもらえるはずだ。中里先生が前著でも本書でも書かれている。
(てんかん科は)本当はてんかんではないのにてんかんと診断されて何年も治療を受けてきたような方に、「てんかん以外」の適切な診断をつけることも大切な任務です。そして、そういうケースは非常に多く見られるのです。
つまり、てんかん診療という視点で見るなら、上記のケースは粘り強い説得の結果、無益な治療を一年弱という期間で中止することができた成功例とさえ言える。

最後になるが、中里先生の臨床姿勢は、こんな文章にも現れている。
<てんかんでは、「発作以外」のことも大切>
てんかんの発作・症状も、てんかんがあることによる悩みも、一人ひとりでまったく異なりますが、どなたにも共通して言えることは、てんかんのある・ないにかかわらず、「自分の人生をどのように切り開いていくか」という視点が大切だということです。それでは、一緒に考えていきましょう。
医師向けで3600円の『ねころんで読めるてんかん診療』に比べると、一般向けの本書は1200円!! てんかんに悩んでいる患者さんや家族にとっては、必要十分な内容が詰まっている。いまいち分からないところがあれば、本書を診察に持っていって主治医に相談しよう。そうすれば、それが専門医受診のきっかけになるかもしれない!!

そして、晴れて入院検査するとなったかたへ。

Have nice seizures!(良い発作を!)


2018年11月26日

河合隼雄が参考文献に挙げられるという珍しいハードボイルド探偵小説 『ボーダーライン』


アメリカで探偵として働く日本人、サム・永岡(サムは単なるニックネームで、生粋の日本人。本名はオサム)が主人公。

決してタフガイではないが、軟弱ということもなく、わりと平凡で中肉中背的なキャラクター。それなのに、どういうわけか魅力的。このあたりが、さすが真保裕一という気がする。

物語にはサイコパスと言って良いような主要人物が出てくる。サイコパスの特徴をよくとらえている描写に感心した。そして巻末の参考文献に河合隼雄の『子どもと悪』が挙げられていて驚いた。

わりと綿密に取材・調査をするという真保裕一らしい作品。面白かった。

2018年11月22日

いかにも新書な薄まった内容 『医者と患者のコミュニケーション論』


休刊されてしまった『新潮45』への連載をまとめたもの。どうにも薄まってしまった感じの、いかにも新書という仕上がりになってしまっているのは残念。

里見先生(本名は國頭先生)の本で強く勧めるのは以下2冊。

『見送ル ある臨床医の告白』
『死にゆく患者(ひと)と、どう話すか』

2018年11月16日

音楽を聴きながら、鳥肌が立ったことはないかい? 『ドビュッシーはワインを美味にするか? 音楽の心理学』


CDを聴きながら鳥肌が立ったことはないだろうか?
あるいは、ライブに行って、CDとは違う歌いかた、演奏を耳にして、感情が高ぶったことは?
ホラービデオを観ながら、音響効果による驚きを弱めるため、音を小さくしたことは?

本書では音楽・音響が心理に与える効果について、いろいろな研究をもとに解説してある。メロディやリズムだけでなく、音色、音階、調、そして不協和音まで。

子どもが生まれてから音楽を聴く時間が極端に減ったが、子どもたちが成長して徐々に余裕も出てきたので、改めて「背後に音楽が流れている生活」に戻ろう。

せっかくなので、お気に入りのオススメCDをあげておく。

ジョージ・ウィンストン『Autumn』。
「Longing/Love」が有名で、聴いたことある人も多いだろう。Primeミュージックで無料で聴ける。これをかけながら寝た夜は数えきれない。


Eva Cassidy『NIGHTBIRD』
33歳にして皮膚がんで他界してしまった歌姫。その歌声は「力強い天使」。


Keith Jarrett『The Melody At Night, With You』『ザ・ケルン・コンサート』
どちらをあげるか迷ったが、ジャンルがまったく違うので二つとも紹介。


Miles Davis『Kind of Blue』
定番中の定番かもしれないが、ピアノジャズが初めての人は上記キースの1枚目、マイルス・デイヴィスが初めてという人はこちらをお勧め。


Carlos Kleiber『Complete Recordings On Deutsche Grammophon』
ベートーヴェンの曲を、いろいろな指揮者で聴いたなかで、クライバーのものが最高だった。この全集はCDで持っているが、なんとPrimeミュージックで無料……。お得すぎる。
ちなみにカルロスは、偉大な父エーリヒ・クライバーに対するコンプレックスからか、コンサート数が少なく、やるとしても大都市ではなく小都市、そして録音数も少ないらしい。


Aerosmith『Nine Lives』
エアロスミスは『GET A GRIP』とどちらを勧めるか迷ったあげく、こちらにした。筋トレ用。


Jamiroquai『High Times』
部屋や車の中でとりあえず流しておけば、なんとなく小洒落た雰囲気になる(笑)




Adiemus 『Essential』
視聴してもらうと良さが分かる。歌声はどの国の言語でもない造語らしい。


ダメだ、もう多すぎて書ききれない……。

2018年11月13日

ナルホド! そうだったのか! 最高裁!! 『密着 最高裁のしごと 野暮で真摯な事件簿』


長崎県佐世保市で起きた、小学生女児が同級生の女児を殺害した事件に関するルポ『謝るなら、いつでもおいで』の著者による「最高裁」の簡易解説本。民事2つ、刑事2つに分けて最高裁のしくみを解説してある。

民事は「親子関係不存在確認訴訟」と「夫婦別姓」。前者は少し分かりにくいが、簡単に言えば、

「妻が不倫し、不倫相手との間に子どもができる。夫はそれが自分の子ではないと知っていることもあるし、知らないこともあるが、父親としての役割は果たしている。ところがある日、妻(あるいは元妻)がDNA鑑定をやって、『あなたと子どもは血がつながっていないのだから、親子関係はない』として親子関係の解消を求める」

という裁判。なんだか身勝手な言い分だなと感じてしまうが、それを最高裁がどう判断するかが興味深い。

刑事は「松戸女子大生殺害事件」と「求刑超えした寝屋川市虐待死事件など」。こちらは殺害の様子などがチラホラ描かれるので、ちょっと精神的にキツイものがある。やはり最高裁の判断は興味深いが、一般人の自分としては、やっぱりちょっと納得いかないと感じる部分もある。著者はさすが新聞記者だけあってバランス感覚に優れており、最高裁の仕事を決して貶めることなく、しかし市民感覚にも寄り添う姿勢に好感が持てる。

よりによってあの「毎日新聞」の記者にしておくのは惜しい。

2018年11月8日

中井久夫という魅力的な星の猿マネをすることなかれ 『「伝える」ことと「伝わる」こと』


精神科医・中井久夫の論文・エッセイ集。自分にとって必要な部分を読んだ。以下、読んだタイトルを記載する。これが購入検討する人の参考にもなると思う。
  • 統合失調症患者の回復過程と社会復帰について
  • 精神科の病いと身体 - 主として統合失調症について
  • 解体か分裂か - 「精神=身体と“バベルの塔”」という課題に答えて
  • 神経症概念から出発して精神科疾病概念を吟味する
  • 発達神経症と退行神経症
  • 統合失調症における「焦慮」と「余裕」
  • 精神病水準の患者治療の際にこうむること - ありうる反作用とその馴致(じゅんち)
  • 統合失調症者の言語
  • 関係念慮とアンテナ感覚 - 急性患者との対話における一種の座標変換とその意味について
  • 禁煙の方法について - 私的マニュアルより
  • 看護における科学性と個別性
  • 「伝える」ことと「伝わる」こと
  • 笑いの機構と心身への効果
  • 「こころのケア」とは何か
かつて指導医Y先生に、
「研修医時代に中井先生の本を読んで精神科医を志した」
という話をしたところ、
「あの人は天才だから。マネをしないように」
と言われた。当時はピンとこなかったのだが、あれから臨床経験を重ねるにつれて、Y先生の言わんとするところがなんとなく分かるようになった気がする。Y先生の短い発言に込められた思いは3つある(もしかしたらもっとあるのかもしれないが)。

1. 猿マネをするな。
2. マネをしてうまくいかなかったとしても、落胆しすぎるな。ルーキーがベテランの天才と同じことをして、うまくいかなくても当然である。
3. マネではなく、自分なりのものを築け。

Y先生が転勤されて数ヶ月後、二人で飲んだ際、あれこれと相談したり話し込んだりした。そのときに、Y先生から、
「指導医がいなくなっても、きちんとした診療をしているようで安心した」
という言葉を頂いた。なにより嬉しい一言で、いまでも自分の支えになっている。

Y先生の期待を裏切らぬよう、今後も精進。

2018年11月5日

私生活でも、精神科診療でも、その他の仕事でも役に立つ技術 『プロカウンセラーの聞く技術』


タイトルが大げさで、一応「聞くこと」を仕事にしている身としては、ちょっと引き気味で読み始めた。ところが、なるほど評価が高いのも頷ける内容だった。

とはいえ、これを読んで「目からウロコ!」と絶賛するような診療はやっていないつもりである。「自分のやりかたは間違っていなかったな」という「答え合わせ」のような感覚を味わうことが多かった。そして、その「答え合わせ」が実は重要なのだ。

日常診療で無意識、感覚的にやっていることはなるべく言語化するよう心がけているが、それでもすべてを網羅することは不可能だ。そして、そういう漏れた部分をこうして言語化されたものを読むことで、今後の「うっかりミス」を減らせるようになる。

各章タイトルのうち、一般の人でも興味を持てそうなものを抜き出してみる。

・聞き上手は話さない。
・真剣に聞けるのは、一時間以内
・相づちの種類は豊かに
・相づちはタイミング
・自分のことは話さない
・情報以外の助言は無効
・評論家にならない
・LISTENせよ、ASKするな
・したくない話ほど前置きが長い
・聞きだそうとしない
・沈黙と間の効用

日常生活にもかなり有効な技術が書かれた本なので、一般の人にもお勧めである。

2018年11月2日

肥りゆく世界のなかで、自分や家族になにができるか 『加速する肥満 なぜ太ってはダメなのか 』


8年間の田舎生活に慣れてから都会に出て驚いたのは、肥満している人の多さ。

ではなく、その逆。

肥満の少なさ。

田舎の人の多くは「玄関から車、車から職場(スーパー)」しか歩かない、いわゆる「ドア to ドア」で生活している。農林水産といった一次産業の人は多少なりとも動くが、それらも機械化が進んできたせいか、肥満している人は少なくない。

比べてみると、都会の人たちのほうが圧倒的にスリムである。

スリムな都会人、肥満した田舎人というのは日本に限った話ではなく、全世界的に同様の傾向にあるらしい。本書によると、アメリカでも大都市の人のほうが一日の歩行距離が長く、平均体重は2.7kgほど差があるという。もちろん、田舎の人のほうが重い。

都会は公共交通機関が発達しているとはいえ、バス停や駅までは歩かないといけない。駅の中も案外に歩く。都会生活では、こうして「ウォーキング」という運動が日々の生活に「意識することなく」組み込まれる。ところが、田舎生活だと「意識して」歩かないといけない。この差がメンタルに与える負荷は、おそらく無視できないくらい大きい。

田舎暮らしだったころ、隣人はゴミステーションまで車でゴミ捨てに行っていた。その距離は、なんと300メートルもないのだ! 驚くような話だが、現実には、多くの田舎で似たような光景が多々見られているようだ。たとえば、歩いて10分の親戚の家に車で行くことは決して珍しくない。これが都会で「駅まで歩いて10分」となると、そこそこ良い立地だろう。「歩いて10分」とは、そういう距離である。そして、同じ「歩いて10分」なのに、田舎のほうが遠く感じるということは確かにある。

世界中が肥りゆくなかで、自分自身や家族のためになにができるだろうか。本書には、そのためのヒントがあれこれ書いてある。ちょっと極端に感じられるダイエットもあったが、多くは著者の本業である心理学を応用したもので、決してハードルの高いダイエットではない。

俺自身は、都会生活になってジョギングを再開し、7ヶ月で7kgやせた。いま、高校時代と同じくらいの体重だ。田舎でも一時期は走っていたが、道路は歩道が整備されておらず、「歩行者なんていない」と思って運転している車に怖い思いをしたこともあるし、スズメバチに追いかけられたことも、イノシシに遭遇したこともある。

田舎生活での散歩やジョギングは、精神面だけでなく、物理的にも容易ではないのだ。

2018年11月1日

「車いすの芸人」ホーキング青山がサクサク深く切り込み語る 『考える障害者』

障害者であるお笑い芸人ホーキング青山のことは、彼がテレビに出始めたころから知っている。そのころ俺は20歳前後。当時、彼が盲人用の歩道タイルを例にとって、
「あるバリアフリーが、別の障害者のバリアになりうる」
と言っていたのが印象的だった。あのタイルは、車イスの人間にとって邪魔になるのだ、と。だからどうすれば良い、という提案までしていたかは記憶にないが、彼の切り口の鋭さと、特異な容姿と「ホーキング青山」というふざけた芸名が印象的で、ずっと忘れられない存在となっていた。

それから10年以上たち、『セックスボランティア』という本を読んだのがキッカケだったと思うが、Amazonでホーキング青山の本を見つけた。一冊読んでみると非常に面白かったので、彼の本はほとんど読んでしまった。

本書は2017年12月に発行されており、乙武スキャンダル、やまゆり園事件、バニラ・エア騒動など、記憶に新しい話題が並ぶ。以下に目次を一部抜粋して紹介する。
1 「タブー」を考える
障害者は気を遣われる
障害と障がいと障碍
差別用語は使う人の問題
税金の問題

2 「タテマエ」を考える
個性で片づけるな
こんな個性は嫌だ
治せるものなら治したい
多様性のために生きているのではない
ボランティアが障害者を弱くする

3 「社会進出」を考える
セックスボランティア
『バリバラ』への違和感
パラリンピック

4 「美談」を考える
「24時間テレビ」のこと
聖人君子のイメージ
喜ぶ人がいる限り変わらない
感動ポルノ批判は容易だが
「感動するな」もおかしい
感動するなら評価をくれ

5 「乙武氏」を考える
日本一有名な障害者
よだれは見たくない
消臭されたウンコ
不倫騒動をどう見るか

6 「やまゆり園事件」を考える
介護者は天使ではない
生きていい理由

7 「本音」を考える
同じ人間として扱ってほしい
バニラ・エア騒動を考える
親切な人が壁になる
適切な線引き
お笑い芸人なので、真面目な話のあいだにちょいちょいネタを入れてくる。それが思わずプッと吹き出すくらい面白い。たとえば「障害者、障がい者、障碍者」について。「障」という字だって良い字ではないのだから、「害」を排除したら「障」が気になりだすだろうと指摘し、
「『障』は『翔』にしたらどうでしょうか。羽ばたくみたいで素敵ですよ。『害』も『碍』も論外です。ここは『涯』でどうですか。『はて』という意味だから、『はてまで翔ぶ』というイメージになります。ね? 『翔涯者』。素敵でしょう?」
これを不謹慎だと怒るようなら、本書は読まないほうが良い。もっとお行儀が良くて「正しい」本のほうを勧める。

青山氏は介護事業所の経営もしており、そこで感じたことはさすがである。
意外にも、介護者は「障害者は高齢者のために命がけで頑張る!」などと崇高な思いを表にあまり出さない人の方が、仕事を吸収するのが早く、長続きしやすいということだった。前述した「仕事」として取り組むタイプである。いい意味でこの仕事を「仕事」の一種として割り切ってやっている、そういう人の方が自然体で仕事に向かい合うことができて、疲れないようなのだ。
熱血漢タイプは、一見理想的な人材に見える。しかし、これはなにも介護の世界ばかりではないと思うが、理想が高過ぎて現実とのギャップに耐えられなくなってしまう人が結構いるようなのだ。またこういう人は、自分なりの理想を時として他の従業員やときにはお客様にまで押し付けてしまい、嫌われてしまうケースも何人かいた。
対人援助職をやっていると、必ず出会う「熱血漢タイプ」。本人が燃え尽きるだけでなく、周囲にも延焼させるので要注意だ。本人にとっては、燃え尽きたことにも人生の意味を見い出す日が来るのかもしれないが、延焼させられたほうはたまらない。

やまゆり園事件については強く共感した。それは、大口病院事件の容疑者が逮捕されたときに感じたことと同じ類のものだった。
かなり頭が規格外の容疑者が言ったことを真に受けて、皆が障害者の「生きる意味」を論じだす。そのこと自体が、何だか大げさというかおかしいのだ。結局のところ、容疑者の術中にはまっているのではないか。
「お前が勝手に他人を殺していいわけないだろう。バカ野郎」
それでいいのではないか。
この他、青山氏が実際に体験した「街中での勘違いお手伝い」の話など、面白くて考えさせられるエピソードがたくさんあり、すぐに読み終える文章量のわりに中身が濃厚で、非常に良い読書時間になった。

今後もホーキング青山を応援する!! → ホーキング青山のツイッター