2018年12月27日

ハウツーと哲学のバランスがとれた良書 『動機づけ面接法 実践入門 「あらゆる医療現場で応用するために」』


「動機づけ面接」について、タイトルのとおり「実践」的な内容がふんだんに盛り込まれている。ところが、ただのハウツー本には留まらず、根底にある哲学、理論といったものも分かりやすく解説してあり、ナルホドと深く頷きながら読んだ。半ばまで読んだところで外来診療を行なったら、これまでより少しだけ良いほうに変化を持たせる治療ができた。

翻訳された専門書にはありがちだが、全体を通じて「読者の集中力を保つ日本語」ではないのが残念。とはいえ、良書であることは間違いない。


日本語の入門書であるこちらを購入したので、これも追って紹介したい。

2018年12月21日

読むと体が冷えてくる! 『八甲田山死の彷徨』


史実をもとにした山岳小説。それも199名が遭難死したという雪山遭難小説である。

こういう小説は寒い季節に読むに限る。外で吹きすさぶ北風の音を聞きながらの雪山小説は、暖かい部屋にいてさえ、なんだか自分の体がゾクゾクと冷えてくる。その感覚がたまらない。

あくまでも小説であり、史実とはけっこう異なるところもあるようだ。Amazon評価は高いものの、全体的にわりと地味で、派手なシーンはない。エンタテイメント性の高いものを求める人には不向きかもしれない。

2018年12月20日

猫との出会いによって、ヘロイン依存から回復していく男性の物語 『ボブという名のストリート・キャット』


映画が面白かったという紹介を受け、先に原作を読んでみることにした。

ホームレス男性と野良猫の交流を描く話だろうと思っていたら大違いで、野良猫(著者によってボブと名付けられる)との出会いによってヘロイン依存症から回復していく男性の「人生の物語」だった。

構成がなかなかに上手く、現在のボブとの生活と、路上生活者になってしまうまでの半生とが交互に描かれていて、決して飽きさせることがなかった。

猫好きにはもちろん、薬物依存、その他の依存症で苦しんでいる人たちに希望を与えてくれるような、そんな本だった。

YouTubeでドキュメンタリがあったので紹介しておく。

2018年12月17日

統合失調症の人が妄想世界に入りこむのはどうしてか?

統合失調症の人と話していると、彼らが妄想世界に入り込む瞬間を目撃することがある。

わりと多いのは、彼らの好まざる問題をアクロバティックな論理(これが妄想)でかわすパターン。たとえば、ハローワークで職探しという話題になったところで、
「天皇の孫だと判明したので働けなくなった」
とかわされる。

妄想突入の瞬間を目撃できたときは、
「この人の精神にとっての負荷は、こういう話題なのか」
と把握できる。その瞬間に居合わせなくても、妄想症状がひどくなったときに、自宅や入院での生活環境を確認してみると、彼らにとっての負荷がなにかを推し測ることができる。

さて、妄想には、被害妄想、誇大妄想、心気妄想など、いろいろな分類がある。

本人にとっての過剰な負荷を回避するための「アクロバティックな論理」が、ある人はその負荷に立ち向かう被害的な内容(「CIAと公安から嫌がらせされる」など)になり、別の人は負荷をするりとかわす誇大的なもの(「天皇の孫だから」など)になる。この負荷回避のパターンに、個々のキャラクタがにじみ出る。

こういう目で見ると、被害妄想を訴える人は妄想世界のなかでの「被害者」ではあるものの、キャラクタとしては「立ち向かう気質」の強い人、誇大妄想や心気妄想を抱える人は「直接的な戦いを避ける」タイプの人であることが多い。

2018年12月14日

発掘! 絶版名著!! 『ザ・ライト・スタッフ 七人の宇宙飛行士』


こんな名著が絶版なんて……。

著者トム・ウルフの語り口がクドい! でも! それが良い!!(それが良いのだ!)

こんな感じのクドさで、読者をグイグイと惹きつけながら、内容そのものも実に素晴らしいものだった。

アメリカとソ連による宇宙競争の最初期を描いたノンフィクションで、宇宙工学その他の専門知識なんてなくても存分に楽しめた(いいか、存分に楽しめたんだぞ!)。

Kidle化される日が来るのかもしれないが、書籍として手元に置いておきたい一冊。

2018年12月13日

美味しい言葉に必要なのは「隠し味」じゃない! まず知るべきは「言葉のレシピ」だった!! 『伝え方が9割』


美味しい言葉を紡ぐのに、一生懸命になって隠し味を探す必要はなかった。
ユニークなものを独力で創りだそうとするのもムダ骨だ。

なぜなら、素人にとってまず必要なのは「言葉のレシピ」だから。

そして、本書は美味しい言葉のレシピを、誰でも手軽にトライできるくらいシンプルに解説してある。ちょっと読んだだけで、以下のような例が思い浮かんだ。

病院の混み合う外来待合室で、苛立つ患者さんから待ち時間を尋ねられた場合の事務員の対応。

❌「今日は予約が多いので、1時間ほどお待ちいただけますか」

⭕「診察にきちんと時間をかけたいので、1時間ほどお待ちいただけますか」

どちらも「1時間ほど待ってください」と言っているのだが、前者は単に病院側の都合であるのに対し、後者は相手のニーズに触れている。たったそれだけの言い回しの違いで、言われたほうの気持ちは変わる。

あくまでも例ではあるが、こういう言い換え、言い回しを考えたり身につけたりするための最初の一歩、ファーストレシピとして非常に優れた一冊だった。

2018年12月11日

なに絶版だと!? ノバルティスが支援せんかーい!! 『ロリの静かな部屋 分裂病に囚われた少女の記録』

ロリの静かな部屋 分裂病に囚われた少女の記録

統合失調症の当事者であるロリ、父母、弟たち、友人、主治医らによる手記。

ロリの知的能力が高いからだろうか、彼女による発症前後の内面描写は生々しく、興味深く、そして恐ろしい。薬を飲んで寛解するとき、薬を飲まないで再燃するとき、その二つを繰り返すとき。それぞれの気持ちも、非常に巧みに記述してあり、精神科医としてとてもためになった。

父母や弟らによる手記は、辛く、切ない。また弟の一人はロリへの尊敬と愛情を強く抱きつつ、「自分も発症するのかもしれない」という発症恐怖を感じており、そういう気持ちが痛々しく綴られている。

主治医である女性医師の手記では、臨床姿勢や考えかたから、統合失調症の人と接するうえで大切なことを学ぶことができる。

そして、クロザピン。

日本でも限られた施設でしか処方できないこの薬が、ロリを崖っぷちから、いや崖の底から救い出した。劇的に回復するとき(精神科では数ヶ月単位の回復も「劇的」である)、幻聴や妄想、こころの動きはどうなるのか。ロリの手記から、その一端を垣間見ることができる。

こんな素晴らしい名著が、なぜか絶版である!!

クロザピンを日本で販売しているノバルティスは、本書の復刊を支援して、多くの精神科医に推薦してまわるべきではなかろうか。

Amazonではあまりに高値になっている。近所の古本で安くで見かけたら、即買いするべき一冊だ。

2018年12月10日

それでも戦地へ行く理由 『戦争を取材する 子どもたちは何を体験したのか』


4歳の息子を亡くした難民の男性が、著者の山本美香さんに言う。
「こんな遠くまで来てくれてありがとう。世界中のだれも私たちのことなど知らないと思っていた。忘れられていると思っていた」
ありがとう、ありがとうと涙を流す姿に大きな衝撃を受けました。
直前まで、山本さんは悩んでいた。若手ジャーナリストとして紛争地ではたらく医師や看護師たちを取材し、「なんてすばらしい仕事だろう」と感動し、そして自らの「ジャーナリスト」という職業をちっぽけな存在だと感じるようになったのだ。そんなときに出会った男性の言葉が、彼女の気持ちを変える。
私がこの場所に来たことにも意味はある。いいえ、意味あるものにしなければならない。たったいま目撃した出来事を世界中の人たちに知らせなければならない。
彼女のこの決意が、それから20年ほどして、彼女自身の命を奪うことになってしまう。2012年8月20日、山本さんはシリア内戦の取材中に銃撃を受け、搬送先の病院で死亡した。

本書の発行は2011年7月12日。亡くなる1年前である。中学生くらいを読者対象としているようで、文章はですます調、多くの漢字にルビがふられ、内容はシビアであるが、大人向けほど難解な話は出てこない。だからこそ胸を打つ部分もあるが、やはり物足りなさも感じる。ただ、我が子たちがいつの日か自然に手に取ってくれるよう、家の本棚には置いておきたい。

2018年12月7日

依存症とかかわるすべての人にお勧めの名著 『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』


素晴らしい本だった。以下、本書を紹介するにあたり、著者が用いる言葉を大まかに整理しておく。

アディクト 依存症者のこと
ソフトドラッグ群 アルコール、処方薬、危険ドラッグへの依存症者
ハードドラッグ群 覚せい剤依存症者、多剤(上記)依存症者

以下、簡略化するため、引用以外では依存症者、ソフト、ハードと記す。

ソフトとハードの依存症者を比較した場合、ハードのほうは幼少期から虐待や親の離別・自殺、同級生からのいじめによる不登校など「明確な生きづらさ」「過酷な生育歴」を生き延びていることが多い。

これに対してソフトのほうは「暗黙の生きづらさ」を抱える。この「暗黙の生きづらさ」は、親の不仲、父の酒乱、母の精神疾患など、その状況にいる本人でなければ実際の苦しさが分かりにくいものである。彼らは自らの我慢と努力で周囲に適応していく。この適応は決して適度・適正なものではなく「過剰適応」だ。

ソフトの依存症者たちは、
「我慢を続けてきた人」なのだ。だからこそ、彼らはアディクトではない人々より実ははるかに我慢強い。通常ならとっくに音を上げて、誰かに泣きつきたくなるような状況でも、アディクトは我慢し続ける。泣きつけるほど信頼できる、安心できる他者を彼らはもっていないからである。(中略)家族や友人たち、同級生や職場の同僚などには気づかれていないが、アディクトたちは基本的に「人」と一緒にいると疲れる
そして、依存している物質や行動によってこころが楽になった依存症者たちは、
自分が普段我慢して隠している本音や負の感情を周囲の人々に気づかれることなく、表面的には元気で明るく真面目な「ふり」をして、再び「人」のいる「我慢の戦場」へと踏み出すことができるようになるのだ。
自分自身がアルコール依存からの回復の道を歩む者として、とても身につまされる、非常に納得のいく文章である。

全体を通じて印象的なことが多く、とてもすべてを引用はできない。依存症者への援助・支援について書かれたところから、いくつか抜粋しておく。

海外の研究では、どんな治療であれ、患者が脱落せず長く治療にとどまっていれば、それだけ断酒断薬の可能性が高まると報告されている。
良い援助者とは、最終的にアディクトがその特定の援助者を必要としなくなるように背中を押してあげる援助者のことである。
最後に、違法薬物について。「ダメ。ゼッタイ」という禁止の言葉は、依存症者たち、子どもたちには届かないだろう、というのが著者の主張である。彼らは「人」を信用できないからこそ、効果が確実な「物」や「行動」に依存するのであり、そこが改善されない限り、依存の回復は難しいというわけだ。それを分かりやすい例え話でこう述べる。
太平洋の真ん中で、まったく泳げない人が「違法な浮き輪」につかまって漂流しているところを発見したら、あなたは「ダメ。ぜったい」と言ってその浮き輪を手放すよう命じたり、無理やり奪い去ったりするだろうか。相手は浮き輪の違法性に困っているのではない。泳げなくて漂流していることに困っているのだ。(中略)子どもは、薬物の有害性や違法性に困っているのではない。孤独と不安という感情の対処に困っているのである。
依存症者への援助に携わる人だけでなく、本人、家族が読んでも得ることの多い本で強くお勧め。

補記
アルコール依存症の治療目標は「治癒」ではなく「回復」と言われるが、著者は「回復」についてもやや否定的で、それよりは「成長」を目指そうと唱えている。詳しくは本書で。

2018年12月6日

傷ついたり障害を背負ったりした四人の子どもたちが、回復への道をゆっくりと歩む姿に胸をうたれる 『よその子 見放された子どもたちの物語』


自閉症や分裂病の子どもに、もしうまくいけばの話だが、ついにわたしたちの気持ちが届き、彼らが相手とふつうの関係が結べるようになったときには、彼らに備わっていた美しさが多少失われてしまっているのだ。まるでわたしたちが彼らを汚しでもしたかのように。
7歳の少年ブー、同じく7歳の少女ロリ、10歳の少年トマソ、12歳の少女クローディアと、補習教室の教員である著者トリイとの触れ合いを描いたノンフィクション。

ブーは自閉症で、突飛な行動を繰り返す。ロリは虐待の後遺症か先天的かは分からないが、書字・読字に著しい障害を抱えている。トマソは非常に粗暴な少年で、彼が5歳のとき、母が父と兄を射殺してしまった。クローディアは、なんと妊婦である。

泣いたり笑ったり怒ったりを繰り返し、彼らはくっつき、離れ、そしてさらに強固に結ばれていく。読みながら、切なさに何度となく涙腺がゆるみ、ときには暖かい気持ちになって微笑み、そして強く胸をうたれて、やはり泣いた。

今年読んだ本のなかでベスト10に入る名著である。

2018年12月4日

『ウォッチャーズ』が好きなら本作もお勧め! 『ミスター・マーダー』


この作品の魅力をネタバレせずに紹介するには、どうすれば良いだろうか……。難しい。

追いかけてくる悪者、逃げながら戦う主人公という構図は、評価の高い『ウォッチャーズ』と同じ。

本作には明らかなテーマがあり、それは「小説 vs 映画」である。主人公は小説家で、悪役は映画好き。それぞれの思考回路は、小説家が「考えすぎ」、悪役は「行動あるのみ」。はたして、勝つのはどっちか。

もちろん作者のクーンツ自身が小説家だし、小説のほうが映画より強い、という感じにはなっている。ただし、読みながら「クーンツもかなり映画好きなんだろうなぁ」と思うくらい、映画についての話が出てきた。

視点は、主人公、ヒロイン、主人公の娘、悪役、悪役の親玉を行きつ戻りつするが、そのなかで巧みだったのは、悪役視点でのパートが常に「現在形」だったこと。「彼は見た」ではなく「彼は見る」、「そして考えた」ではなく「そして考える」。このように、ずっと現在形での表現が続く。若干のネタバレになるが、この悪役には「過去」がない。一貫して「現在形」を用いることで、そのことを表現しているのだ。うーん、すごい。

『ウォッチャーズ』が面白かった人には手放しでお勧めできる作品。