2017年2月28日

発達障害、アスペルガーといった診断がついている人、自分はそうかもと思っている人には共感できる話が多いかもしれない 『世界音痴』


著者はかなり独特な感覚の持ち主である。歌人として「言語感覚」が独特、というわけではない。人としての「五感」がかなり独特なのだ。

コミュニケーション能力はお世辞にも高いとは言えず、神経過敏なところがあるかと思えば、その真逆に過鈍なところもある。味覚の偏りのせいか偏食もするようだ。身の周りのできごとに対する解釈も一風変わったところがある。

こうしたことが原因で、本人が日常生活や社会生活で困難を抱えて診察室に現れれば、発達障害圏の診断をつけてしまうかもしれない。

そんな短歌歌人のエッセイ集である。

タイトルが非常に秀逸だ。いわゆる「発達障害」といわれる人自身が感じる周囲とのギクシャクさ、それから、そういう人の周りにいる人たちの困惑といったものが、「音痴」という二文字でみごとに表現されている。こういう言語感覚は、独特というより、「鋭い」と高く評価されるべきだろう。

一編が3ページほどで、時どきクスッと笑えて、気軽に読めるエッセイ。

2017年2月27日

ラストが駆け足過ぎたか 『警官の条件』


『警官の血』の正統的な続編である。主人公が絞られてはいるが群像劇で、ミステリの要素はそう強くない、というか、ほとんどない。こういうのはハードボイルド小説というのかもしれない。

クライマックスからラストにかけて、ちょっと駆け足になってしまった感があるが、まずまず面白く楽しく読めた。前作に比べればちょっと見劣りするか。

2017年2月20日

テーマは硬く、描写はラノベ 『臨機巧緻のディープ・ブルー』


登場する人工知能が「ちょっとアンタ!」と喋るなど、小説全体の雰囲気はラノベである。しかし、テーマは真面目。人類が「知は力なり」の信念を携えて宇宙に飛び出し、地球以外の惑星で生命体と遭遇した時、人類と相手の双方にとってどういうことが起こるのかを描いてある。

ラノベではなく、もうすこし硬派なものに仕上げても充分に通用する気がする……。異星人間の重大トラブルが、さして優秀でもない主人公の人柄によってあっけなく解決していくので、そういうお気楽な展開に対して「なんじゃこりゃ!」と思うような人にはお勧めできない。

2017年2月17日

「うつの8割に薬は無意味」というタイトルは煽り気味だし、文章表現にトゲを感じる部分も多く反感を招きそうだが、書いてあることはいたってまとも 『うつの8割に薬は無意味』


タイトルがいかにも煽りという感じだが、序章をきちんと読めば、タイトルの意味が分かる。それを簡単に説明しよう。

治療効果を判定する指標にNNTというものがある。「Number needed to treat」の略で、「その治療を受けた何人に一人が治療効果を得られるか」というものだ。だから「NNTが1」だと全員が治療効果を得られ、「NNTが10」だと10人に1人ということだ。

さて、うつ病に対する抗うつ薬はどうかといと、ある論文で3-8だったとのこと。この中間をとって5とすると、5人に1人が治療効果を得られる、つまり20%だ。だから、タイトルのように、「残り8割には無意味」ということになる。

本書の著者・井原先生の『激励禁忌神話の終焉』は素晴らしい名著で文句なしの星5つだが、こちらは星1つ減じたい。内容はかなりまともなのだが、文章には精神科医に対する刺々しくて皮肉っぽい部分が多々あり、同業者の反発を敢えて煽っているのではないかと思ったほどだ。一応、一般向けの新書ではあるが、精神科医が読むということはかなり意識されているだろう。

「治しながら働く、働きながら治す」、「診断書は戦略をもって記せ」などは、「休職診断書」を乱発するような医師には啓蒙的である。また、患者にとって要注意な精神科医として、
  • 初診で薬3種類。
  • 副作用の説明がない。
  • 不調を訴えるたび薬が増量・変更。
  • 治療についての疑問で機嫌が悪化。
  • 処方のみで、助言・指導・提案なし。
  • 患者の生活を知ろうとしない。
と具体的に書いてあるのは、患者や家族にとっては大いに参考になるだろう。

本書は決して精神科医を批判・非難することに徹している本ではない。どちらかというと、「薬を飲めば治る」と安易に考えている人や「薬を飲んだのに治らないじゃないか!」と憤っている人にとってこそ、耳に痛い話が多いかもしれない。というのも、「薬物療法以上に患者本人の自助努力が大切だ」と強調してあるからだ。もちろん、患者の自助努力を、どう促し、引き出し、継続させるかという部分は精神科医として大切な仕事になるが、それは精神科医だけでなく家族の役割でもあると書いてある。

タイトルは扇情的だが、内容はバランスがとれているように思う。ただし、繰り返しになるが、敢えてなのか、うっかり筆が走り過ぎたのか、トゲトゲしい部分があるので星4つというところ。

2017年2月16日

『リレンザ服用の男子中学生が転落死』というニュースを読んで思うこと

リレンザ服用の男子中学生が転落死

インフルエンザそのものに異常行動を引き起こす何かがあるとか、タミフルやリレンザとの関連性が明らかでないのにマスコミが騒ぎすぎとか、あれこれ言われている。

でも一番大切なのは、異常行動があってもなくても、病気で寝込んでいる子の側には、誰かがついていてあげるということではかなろうか。

異常行動が原因で亡くなる子も可哀想だが、側に付き添うことができない事情のある親も可哀想である。そこを考慮せずに、「薬のせいだ」と騒いでも、「いや、インフルエンザそのものに原因があるんだ」という反論で議論しても、誰も幸せにならないんじゃないのか?

病んだ子に必ず家族が付き添えるようにするには、どうしたら良いだろうか。

「医学」ではなく「医療」では、人を救うためにこういうことも考えるべきではなかろうか。もちろん、「医療」という枠だけではおさまらず、もっと大きな話が必要にはなるだろうけれど。

リレンザ服用の男子中学生が転落死 産経新聞 2/15(水) 12:04配信
東京都品川区で14日、インフルエンザ治療薬「リレンザ」を服用した中学2年の男子生徒(14)がマンション4階の自室から転落し、死亡していたことが15日、警視庁大井署などへの取材で分かった。同署が事故とみて詳しい状況を調べている。
大井署によると、14日午後0時50分ごろ、品川区大井のマンションで、男子生徒の母親(53)から「息子がいない」と110番通報があった。駆けつけた警察官が捜索したところ、敷地内のフェンスに服などが引っかかり、宙づり状態になっている男子生徒を発見。搬送先の病院で死亡が確認された。
生徒は同日午前、病院でインフルエンザの診断を受けてリレンザを処方され、薬を飲んで自室で1人で休んでいたという。部屋の窓が開いており、真下に転落したとみられる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170215-00000529-san-soci

2017年2月15日

持ち帰れないチョコ

若い看護師が診察室にきて、恥ずかしそうに顔を赤くしながらチョコを置いていった。

普段から仲良くしている看護師なだけに、困ったなぁ、妻になんて言おうと悩んだ挙句、やっぱりこれは受け取れないと決断した。

本人しかいない時を見計らって、

「ごめん、嫁さんに怒られるわ」

と返すと、

「いや、それ僕も妻に怒られそうで持ち帰れないので、先生もらってくださいよ……」

2017年2月13日

医学生から脳外科医になるまでに出会った人々やできごとを、ドラマチックに描き出す名著 『脳外科医になって見えてきたこと』


医学生時代の思い出からスタートし、研修医として脳外科、一般外科、小児科、神経内科などをまわったときの話、脳外科レジデントになってからのエピソードなどが、どれもドラマチックに、ときにユーモアをまじえて描かれている。

専門用語も多少は出てくるが、たいていは本文の中で自然に、読みやすく分かりやすく解説してある。これはおそらく、医師として数多くの患者説明を、相手が理解しやすいように試行錯誤しながら行なって身につけたものだろう。Amazonレビューには「専門用語が多く」という評もあるが心配無用。専門的な知識を教授するための本ではなく、あくまでも「医師全般に通底する想い」を語ったものなのだから。

翻訳も良く、文句なしで星5つ。こういう本は、ぜひとも文庫化、電子書籍化して欲しい。

2017年2月10日

くだらない決まりとクレーマー

  • エレベーターで患者・家族と一緒になったら「何階ですか」と尋ね、「失礼します」と一声かけてボタンを押す。
  • 廊下で患者や家族を追い越さない。

これは、研修医として勤務した国立病院で、接遇委員会が話しあってビラまで配った、非常にくだらない決まりの例である。患者や家族からの苦情を受けた結果らしいので、こんなことにクレームをつける人がいたということなのだろう。

ところで、クレーマーは患者や家族だけとは限らない。

医学生時代、「食堂では白衣を脱ぎなさい」と教わった。「白衣は作業着なのだから、着たまま食事をしないように」ということだった。ところが、研修医になると、「休憩時間に白衣を脱いでいる研修医がいる」と先輩医師からクレームがついた。

そう、クレーマーは医師にもいるのだ。

2017年2月9日

病院の未収金の話

病院に金を払わない人たちがいる。診察や検査を受け、説明を聞き、処置をされ、処方箋をもらった後に、会計は済まさずにスタコラサッサと帰っていくのだ。処方箋は病院の印鑑が押していないと無効なことがあるのだが……。

コンピュータ管理されているので、そういう未払い常連の人は受付けで分かる。
「あ、この人、未収金の人だ」
しかし、だからといって、
「前回までの分を支払っていないので、受診は拒否します」
とはできない。

当院の場合、今までに積もり積もった未収金が3700万円以上。ド田舎の病院でこの状況。

「病院は金儲け主義」「医は算術になり下がった」なんて、どこの世界の話だろう?


ところで、入院患者の家族が長年にわたって入院費を滞納している。家族の生活ぶりからするに、金がないわけではないが、毎回のらりくらりと逃げていく。この件について、病院の事務から、
「家族が来たら、看護師から入院費を請求するように」
という指示が出たので、それはオカシイだろうと反発を招いた。そこで、
「家族が来たら事務を呼ぶように」
という方針に変わったのだが、それも俺が却下した。看護師が請求するにしろ、事務を呼ぶにしろ、そんなことをしたら、その家族が面会に来なくなる。そちらのほうが不利益が大きい。家族が面会に来る来ないに関係なく、病院の取り立て屋が自宅まで出向けば良いのだ。こうすれば、「借金は、待ち伏せではなく、追いかけてくるものだ」と認識してもらえる。

2017年2月8日

将棋そのものではなく、小池重明の人格破綻ぶりが痛快で面白い! 『真剣師 小池重明』


いやー、面白かった!!

真剣師とは、賭け将棋(他にも囲碁や麻雀)で生計を立てている者のことである。44歳という若さで亡くなった小池重明は「新宿の殺し屋」という異名を持ち、プロ棋士さえも何度となく打ち破った、まさに天才と言っても良いアマ棋士であった。

その破天荒な生きざま、いや、そんな表現では生ぬるい、性格破綻者としての人生の乱れぶりは、読んでいて痛快ですらあった。団鬼六の文章もさすが読ませるもので、思わず吹きだしてしまうことも何度となくあった。

将棋そものもの話はほとんど出ないので、将棋をほとんど知らなくても読めると思うが、少しでも将棋を知っている人ならなおさら面白いのではなかろうか。

2017年2月4日

研修指定病院に、「指導スタッフ」の配置を義務づけ、「指導スタッフ講習会」を開きませんか? → 厚労省

研修医を受け容れる病院には、「指導医」の認定を受けた医師がいなければならない。このため、認定を受けるべく指導医講習会に参加した。

たくさんの医師の話を聞いて気づいたのが、あらゆる規模の病院の、多くの医師が、
「研修医は指導医から指導を受けるだけでなく、看護師などのスタッフからも学ぶことが多い」
と考えているということ。講師陣も同様のことを思っているようだった。

そういうことなら、研修指定病院には「看護師、放射線技師、検査技師、事務職員、看護助手等に指導スタッフが各一名いること」という配置基準を設けて、「指導スタッフ講習会」を開催すべきではなかろうか。

「指導するのは上級医だけじゃないよね」
「うん、看護師も看護助手も、事務職員からも、いろいろなことを学べる」
「そういう人たちにも、研修医の指導や評価をお願いしよう!」
みんなそう考えているのに、そういう職種向けの「指導・評価」の講習会がないのはおかしい。

研修指定病院に指導スタッフの配置を義務づけ、また講習会を開くことの利点は、スタッフに「研修医を育てる」という意識がより強く芽生えることと、研修医が「自分は医師だ」という驕りを捨ててスタッフに対して謙虚になれること。

講習最後のアンケートに一応書いてはみたものの、どうせ実現はしないだろうな……。でも、厚労省は本気で「指導スタッフの配置と講習会」を検討してみませんか?

臨床研修病院の指定基準
第一 施設、人員等に関する基準
一般病床約300床以上、又は年間の入院患者実数が3000名以上であり、かつ、病床数及び患者実数が診療各科に適当に配分されていること。
 内科、精神科、小児科、外科、整形外科、皮膚科、ひ尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、及び放射線科の各診療科がそれぞれ独立して設置されていること。
常勤医師が医療法上の定員を満たしていること。
2の各診療科について、それぞれ適当数の常勤医師が配置されていること。
2の各診療科毎に十分な指導力を有する指導医が配置されていること。
年間の剖検例が20体以上であり剖検率が30%以上であること、又はその他剖検に関する数値が相当数以上あること。
救急医療の研修が実施できること。
臨床検査室、放射線照射室、手術室、分娩室等の機能を示す数値が相当数以上であること。
研究、研修に必要な施設、図書、雑誌の整備及び病歴管理等が十分に行われていること、かつ、研究、研修活動が活発に行われていること。

2017年2月2日

タイトルはうさん臭いが、きちんとしたサイエンス・ノンフィクション 『アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ』


1901年、地中海の海底で沈没船の残骸が見つかった。その中に、とても奇妙な機械が含まれていた。それは、精巧な歯車を組み合わせて作られており、機械に刻まれた文字からすると2000年ほど前のものと推測された。このような精巧な歯車を作る「技術」が2000年前にはあったとしても、歯車を組み合わせて複雑な機械に仕立て上げる「知識」はあったのだろうか? そもそも、この機械は何のために作られたのだろう?

タイトルが『古代ギリシアのコンピュータ』なので、なんとなくうさん臭さく感じる人がいるかもしれない。実際、「宇宙人が地球に遺したもの」という説を唱えた人もいて、しかもそれが意外に広まったせいで、この機械が考古学における「キワモノ」扱いになってしまったという経緯もある。

本書は「潜水服の歴史」から始まり、地中海近辺の政治史、そして歯車の数学的な話、考古学研究をめぐる学者たちの戦いと人間模様、といった具合に話が展開される。読みながら、『フェルマーの最終定理』や『暗号解読』といった名作ノンフィクションを思い出した。本書も紛れもなくサイエンス・ノンフィクションであり、サイモン・シンを好きな人なら楽しめる一冊だろう。