2018年6月29日

ちょっと古いが読む価値はある 『アルコール依存症に関する12章 自立へステップ・バイ・ステップ』


アルコール依存症に関して、わりに読みやすい新書。初版が1986年と、30年以上前なのでちょっと古めかしい部分もあるが、わりと良い本だと感じた。

中でも勉強になったことを以下に記しておく。

アルコール依存症の夫をもつ妻は、夫が断酒した直後の時期に心身の不調を訴えることがあるらしい。
妻にとって夫の断酒はうれしいことながら、長年の習慣を変えることは大変です。中には、夫の断酒後に身体的な不調や精神的不安定さを訴える例もあります。また、大半の妻たちは、夫の断酒開始当初は、生活の中で緊張感が増します。「飲んだくれていたときの方が楽だった」というわけです。
断酒開始当初の酒害者は、彼自身としてもイライラした精神状態にいます。その雰囲気の中で妻も緊張します。
依存症の人を支援するにあたって、今後この点は特に留意する。

2018年6月28日

暴力への正しい向き合いかた 『暴力を知らせる直感の力 悲劇を回避する15の知恵』


副題に「15の知恵」とついているが、いわゆるハウツー本ではない。本書では、暴力そのものについて、暴力をふるうタイプの人間について、そして、そういう人間や危険を見抜く方法や対策について詳述してある。

印象深かった部分を引用していく。

ネットでも話題になることの多い「サイコパス」は、現実に出会うと「魅力的な人」に見えることが多いらしい。この「魅力」について著者はこう語る。
魅力は、勘違いされやすいもう一つの能力である。魅力を能力と呼んだことに注意してほしい。魅力は、人が生まれながらに持っている性質ではないのである。ほとんどの場合、それは人が操る道具なのだ。(中略)魅力には動機がある。相手を魅了するということは、魅力によって相手になにかをさせたり、コントロールしたりすることにほかならない。(中略)「この人は魅力的だ」ではなく、意識してこう言ってみる。「この人はわたしを魅了しようとしている」と。
実に分かりやすい説明で、同じように「親切」についてもこう述べる。
親切と善良はイコールではないと、わたしたちは肝に銘じるべきである。
本書ではDVについても多くのページを割いてある。異論はあるかもしれないが、著者の主張には考えさせられるものがある。
殴られる子どもと同様、殴られる女性も、暴力がやんだときの圧倒的な安心感を経験する。その感情に中毒になる。
この意見に対して「あんたなんかになにが分かる!」と反発を感じる人もいるかもしれないが、著者自身、ひどいDV継父のもとで育ったサバイバーである。
被害者に束の間の平穏を与える。それができるのは、虐待者だけだ。虐待者だけが、被害者に幸福感をもたらすことができる。それは暴力と暴力のあいだにはさまれた一瞬の陶酔感にすぎないが、暴力の程度がひどくなればなるほど、大きく感じられる。
また、著者はテレビやインタビューでこんなことも言う。
「最初に殴られたとき、女性は犠牲者です。ですが二度目に殴られたとき、その女性は志願者です」
これはアメリカでも大いに反発を招くようで、「あなたには虐待の力学がわかっていない」「症候群を理解していない」という反響があるそうだ。これに対して、著者はこう語る。
選択ではないと反論する人には、では女性が最終的に家を離れたとしたら、それは選択ではないのかと訊ねたい。あるいはそれもなにかの症候群で、女性たちは望んでもいないのに家を出ていくのかと。家にとどまることは選択の一つなのだと、女性自身が気づくことが重要だ。そうでなければ、家を離れることも選択の一つだと、なかなか思えないからである。
さらに、女性が暴力に屈したまま家にとどまることが選択ではなく、どうにもならない力学や症候群だとすると、男のほうはどうなるのだろう?(中略)男の行動もまた症候群で、いたしかたのないものだというのだろうか? どんな人間の行動も、過去に原因を求めることができる。だが、それが行動の言い訳になるわけではない。虐待する男たちの責任は、必ず問わなければならない。
ただ、責められるべきなのは男だけではない。責任は双方にある。こどもがいる場合はとくにそうだ。両親とも、こどもをひどく傷つけている(暴力を振るうほうが振るわれるほうよりひどいが、ともに傷つけているのは間違いない)。
実際に大きく傷ついた著者だからこそ分かり、かつ言える言葉だろう。

ストーカーについてもたくさん書いてあり、その的を射た表現が心に残った。
話したくない相手に、十回話したくないと言ったとすれば、それは九回も余分に話しているのである。
ストーカーからの留守番電話へのメッセージを、三十回も無視していられたのに、三十一回目にはとうとうこたえてしまったとする。そうすると、そのこたえの内容がどんなものであれ、相手はあなたを電話口に出すのには、三十回メッセージを無視されることが必要なのだと解釈する。このタイプの男は、どんな接触も前進と受け取る。(中略)
女性がつき合いたくない理由を言うと、それがどんなことであれ、このタイプの男には挑戦目標になる。
400ページ近くある大作で、序盤はちょっとかったるいと感じる部分もあって飛ばし読みしかけたが、途中からは完全に引きこまれ読み耽ってしまった。身の回りの暴力に関心のある人には強くお勧めする一冊。

2018年6月27日

笑顔のような表情をするだけで気分は少し上向きになる 『その科学が成功を決める』

人は嬉しいから、あるいは楽しいから笑うのだろうか?

もちろんそうだ。

だがその逆もあるらしい。つまり、笑うから、いや、実際に笑わなくても、笑ったような顔を作ることで、嬉しさや楽しさが引き出されるということだ。

固有反射心理学という研究分野があり、そこでさまざまな実験がなされている。例えば、あるグループには歯で鉛筆くわえて唇につかないようにしてもらい、もう片方のグループには歯を使わず突き出した唇だけで鉛筆をくわえてもらう。こうすると、歯を使うグループは顔の下部分が笑顔に近くなり、唇だけだと不満げになる。ただこれだけで、本人の気分に差が出るというのだ。他にも様々な実験が行なわれており、結論として、気分が行為を左右するだけでなく、行為が気分を左右することは確かなようだ。

これは精神科医として診療にもの凄く有用な知識である。歯で鉛筆をくわえて笑顔のような顔をするだけで気分が少し明るくなるのなら、診察室には患者用の鉛筆を用意しておいて、それを口でくわえてもらいながら診察をするのも独創的で良いかもしれない。というのは半分冗談にしても、デイケアや作業療法、院内活動などで「笑顔体操」なるものを考案して実施するだけで、患者の気分が上向くかもしれない。実際にやるとしたら、患者が笑顔を押しつけられたと思わないよう、「アンチエイジングの顔面体操」といったネーミングが良いのかもしれない、というのは結構本気。


本書はそうしたことを考えるキッカケになる一冊。『その科学が成功を決める』という邦題は胡散臭さを感じさせるが、著者はハートフォードシャー大学の心理学教授であり、また本書の執筆にあたっては240以上の文献(心理学論文や『サイエンス』『ネイチャー』といった科学雑誌)を参考にしてあり、トンデモ本の類いではない。お勧めである。


<関連>
幸せを感じやすい人が成功する 『その科学が成功を決める』

2018年6月26日

分量が多すぎず、内容が高度すぎず、値段が高すぎず、三拍子そろったアルコール依存症の本 『おサケについてのまじめな話 アルコール依存症という病気』


治療については、「底つき」「突き放し」をするしかないという点で、ちょっと考えかたが古いかもしれないが、全体的には「いま現時点でアルコールの問題に悩まされている家族」が読むのに良い本だと思う。

分量が多すぎず、内容が高度すぎず、値段が高すぎず。

こういう三拍子がそろっている本はなかなかない。悩める人は、最初の一冊と思って読んでみてはどうだろうか。

2018年6月25日

病名になった人たちの生きざま 『アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語』


人名のついた病名や用語は、いかにしてそのような病名を与えられたのか。1900年前後から現代までの医学史に触れながら、病名や用語となって残っている医師・研究者らの生涯を描いている。

各章で1つずつの病名・用語がとりあげられる。

シャルル・ボネ症候群
パーキンソン病
ゲージ・マトリックス
ブローカ野
ジャクソンてんかん
コルサコフ症候群
ジル・ド・ラ・トゥーレット症候群
アルツハイマー病
ブロードマンの脳地図
クレランボー症候群
カプグラ症候群
アスペルガー症候群

一般の人にもなじみ深い病名もあれば、医師でさえほとんど目にしないものもある。知らない病名・用語でも、語られているのは医師や研究者の人となりや生きざまなので、決してチンプンカンプンということにはならないだろう。ただ、翻訳がやや読みにくい(もしかすると原文が読みにくいのかもしれないが)ところがあったり、文章構成にちょっとしたクセがあったりするので、人によっては途中で放り出すかもしれない。そのわりに値段が高いので、買って読むのはリスキー。

2018年6月22日

高田純次が、浅いことを、浅く語る、その浅さがテキトーで心地良い 『人生の言い訳』


テキトー男こと高田純次が、人生のあれこれについて、浅いことを、浅く、テキトーに語ってしまう本書。思わず吹き出すことも多々あったが、ただの時間つぶしにしかならない、と言いたいところだが、案外にそうでもなかった。

浅いことを浅く書くというのは、実はけっこう難しいのではなかろうか。人間、どうしても深みを持たせたくなるものである。かといって、あまりにテキトーすぎても誰も読まない。バランス感覚はかなり必要になってくる。

バランス感覚というのは、精神科診療をするうえで自分自身も気をつけているし、おりにふれて患者や家族に提案してみることでもある。彼らに、こういう本を薦めてみるのもアリなのかな……?

うん。

ナシだね。

2018年6月21日

スタンダードすぎる新選組 『土方歳三散華』


新選組小説で、隊士たちのキャラづけはかなりスタンダード。

小説ではあるのだが、作者がちょいちょい個人的な意見を出してくるので、ふっと現実に引き戻される。司馬遼太郎や池波正太郎などの歴史小説でよく見られる「神視点」は、本来あまり好きではない。司馬や池波が巧みなので引き込まれるが、本作はちょっと神視点が多すぎた感がある。よほどの新選組ファンでなければ、敢えて読むほどでもない。

2018年6月19日

もっともっと観たかった…… 『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』


平成26年1月6日に亡くなった関西の視聴率男やしきたかじん。彼の生い立ちから亡くなった後までを丁寧に、そして柔らかく優しく描いたノンフィクションである。

たかじんのことは経済学部の学生時代に友人から、
「夜中にやっているたかじんのバーが面白いぞ」
と言われて知った。確かに話術が面白く、その勢いでたかじんの著書も読んだ。ただ、『たかじんnoば~』は毎回ゲストを呼んでのトーク番組で、あまり知らない人たちが入れ替わり立ち替わりするので、あまり入り込めなかった。

その後しばらく、彼をテレビで観ることはなかった(というか、テレビ自体をあまり観なかった)。『そこまで言って委員会』で久しぶりにたかじんを観て、面白かったので録画してでも観るようになった。ところが、病休したかと思ったら、あっさりと他界してしまった。

この本で初めて、実はたかじんが在日韓国人2世だったことを知った。あそこまで右寄りで嫌韓な番組の司会者をやっていたのに、まさか自らがいわゆる「在日」だったとは……。本書でも何回か触れてあるが、彼は自らの出自に非常に大きなコンプレックスがあったらしい。そうだったのか……。なんだか複雑な気持ちになってしまう。

テレビでのたかじんは、歯に衣着せぬ物言いをしながらも、対立する意見をうまくまとめ、揉めているのを丸くおさめるなど、素晴らしく人格者のように見えたのだが、実際には好き嫌いが激しく、我が強く、ワガママで、裏表があり、粗暴で、自分が王様で……、かと思えば寂しがり屋で、ナイーブで……、とても人間くさい人だったようだ。

読み終えて、あぁ、もっとたかじんの番組を観ておけば良かったなぁ、と思った。

2018年6月18日

サイコパスの不気味さをまざまざと見せつけられるノンフィクション「小説」 『復讐するは我にあり』


サイコパスの不気味さをまざまざと見せつけられるような本だった。

昭和38年、37歳だった西口彰という男が5人を殺害した。この西口彰事件を題材にしたものである。途中まで完全なノンフィクションだと思い込んでいたので、出てくる人たちの内面描写が多いのに驚きつつ首をひねった。

ノンフィクションなのに、人の気持ちをここまで書けるものかなぁ?

それでちょっと気になって調べたら「ノンフィクション小説」、つまりあくまでも小説ということで納得した。とはいえ、事件をかなり綿密に取材したうえでの内容なので、ほぼノンフィクションのようなものである。

本書での殺人犯は西口彰ではなく榎津巌(えのきづいわお)となっている。この榎津が逮捕後に笑いながら語る内容が怖い。
いちばん印象に残っているのは「あさの」のおかみで、ぜんぜん抵抗しようとせず、死ぬまで俺の顔を「先生、冗談でしょ」というように見つめていたなぁ。
詐欺というのは骨折り損のくたびれ儲けということ。殺しはたいした手間もかからず、確実に金になるからね。
こういうことは著者の佐木隆三が想像で書けるものではない。佐木隆三自身がサイコパスだったり、よほどサイコパスに精通していたりすれば、もしかしたらこんなことも書けるかもしれないが、おそらくそうではない。西口彰は、実際に笑いながらこう言ったのだろう。こういう人とは、絶対お近づきになってはいけないのだが、サイコパスは一見すると魅力的な人が多いらしいから恐ろしい。

彼が犯した殺人事件はともかくとして、詐欺事件だけに目を向ければ、その手口の鮮やかさ、堂々としたなりすましかたには、ある種のエンタテイメント性を感じてしまう。騙された被害者がいるので、決して「面白い」とは言えないが、映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の日本版小説を読んでいるような気持ちにはなる。

直木賞受賞も頷ける一冊であった。

※本文中に「西口彰がサイコパスである」ということはまったく書かれておらず、俺の個人的見解である。

2018年6月15日

新選組小説が好きなら一読して損はなし 『新選組魔道剣』


新選組を題材にした短編集。

ややエロチックな場面が多いところは、これまで読んだ新選組関係の小説とやや趣が異なる。ただ人物像はわりと典型的で、入り込みやすくもある反面、新鮮さには欠けた。短編小説なので、奇をてらったキャラづけよりはストーリーで勝負というところか。さて、そのストーリーであるが、星4つはつけられるくらいの読み飽きしないもので、新選組ものが好きな人なら読んでおいて損はしないだろう。

2018年6月14日

情報伝達の55%を担うボディ・ランゲージに関するライトな専門書 『本音は顔に書いてある』


人が情報を伝える時、言葉そのものが果たす役割は全体のわずか7%に過ぎず、声の調子やイントネーション、声以外の音が38%、言葉以外の表情や態度が55%もの割合を占めているという。

本書はいわゆるボディ・ランゲージに関するライトな読み物である。情報伝達において役割の55%を占めるという表情や態度に関して、参考になる話がわりと多い。ただし、すべてを完全に真に受けるのは問題だろう。というのも、お国柄、国民性というものもあるからだ。

本書の中から精神科臨床に役立ちそうな話を一つだけ紹介。

ノースカロライナ大学の心理学教授が行なった実験で、まず、うつ病の初期症状を示している人を二つのグループに分けた。それぞれにコメディ映画とそうでない映画を3週間にわたって観てもらったところ、コメディグループのほうは明らかに症状が改善した。また、同教授は潰瘍患者がそうでない人に比べて眉をひそめる表情が多いことにも気がついた。

固有反射心理学の研究で分かっているのは、気分とは無関係に「意図的に笑顔を作る」だけで、脳が刺激を受け幸せな気持ちになるということだ。これを精神科に応用するなら、例えば精神科の作業療法の一環として映画鑑賞があるが、患者の精神衛生を改善させるにはどういう映画が良いかの参考にできそうだ。

本書はタイトルからすると表情に関する本のように見えるが、原題は、『The Definitive Book of BODY LANGUAGE』であり、表情以外にもたくさん記述してある、というより表情に関する記載はごく一部である。目次から抜き書きして紹介してみると、

・手のひらと握手で相手を支配する
・笑いという魔法
・腕が発するシグナル
・手と指に注目
・嘘は手と顔に出る
・本音は脚に聞け
・なわばり感覚とパーソナルスペース
・動きをまねれば心が通う
・タバコ、メガネ、メーク - 雄弁な小道具たち
・高さと地位の微妙な関係
・仕事に役立つボディランゲージ

興味がある人は読んでみると良い。量は多くないしイラストもたくさん使われているので簡単に読み終えることができる。ちなみに著者は、一時期有名になった『話を聞かない男、地図が読めない女』を書いた人である。

2018年6月12日

まだ読んでいない人が羨ましい! 『チャイルド44』


舞台は旧ソ連。

と聞いただけで読むのをやめようと思う人もいるかもしれない。そういう人に、声を大にして言いたい。

なんてもったいない!!

旧ソ連のことなんて知らなくても、興味がなくても、充分すぎるくらいに面白い。実際、俺も旧ソ連のことなんてほとんど知らなかったし。

ただ、本書の題材となった実際の連続殺人事件に関するノンフィクション『子供たちは森に消えた』を事前に読んでおくと、面白さが数倍増すかもしれない。というのも、『子供たちは森に消えた』では旧ソ連の司法・捜査体制などについても詳しく書かれていたからだ。

本書はいわゆる「神視点」である。俺は神視点小説が嫌いで、読むのを途中で投げ出すこともあるのだが、本書ではページをくる手が止まらなかった。状況さえ許せば、徹夜小説になっていただろう。

だから、最後に改めて言う。舞台が旧ソ連だからって読まないのはもったいない。
ああ、まだ読んでいない人が羨ましい!!

2018年6月11日

学び、トライし、エラーし、フィードバックし、アレンジし、また学ぶ。こうして自分なりの診療ができあがる

若い精神科医が諸先輩の著した本を読んだり、後ろ姿を見たりして、
「よし明日からやってみよう」
と思い立ってマネしてもうまくいくことはほとんどないし、漫然と待って熟成するというものでもない。学び、患者に対して恐る恐る小出しにトライし、エラーからフィードバックし、自分の個性に合わせてアレンジし、そこにまた別の本から学んだことを追加し、トライしフィードバックしアレンジし、この積み重ねを続けるうちに、何年かして、
「あっ、なんだか身についている! 大御所とはちょっと違うけれど、これが自分なりにしっくりくるやり方だ!」
となる。そういうことを最近感じる。

ある精神科の先生が若手のころ、計見先生がこんなことを仰っていたそうだ。
「君らは何かといえば様子を見ましょうと言う。そうじゃない、介入しなきゃ、介入を!」
計見先生の著書では戦争、特に戦術の話がたくさん出てくる。その中でこんな話が書かれていた。

昔の海戦では、一発目の大砲は当てることを目的とはしていない。一発目がどれくらい的から逸れたかで二発目、三発目を軌道修正する。そのために一発目がある。だから、まず一発目を早く撃たないといけない。一発目から正確に当てようとして慎重に狙いを定めていると、その間に撃沈されてしまう。

計見先生が「介入しなきゃ、介入を!」というのは、まさに「一発目を撃て!」ということだろう。



2018年6月8日

50人以上の犠牲者を出した連続殺人事件を綿密に描いた、とてもスリリングでおぞましい犯罪ノンフィクション 『子供たちは森に消えた』


1980年から1990年ころにかけて起きたレソポロサ殺人事件を緻密に描いた秀逸な犯罪ノンフィクション。

沈滞した空気の漂うソ連社会にあって、ミハイル・フェチソフ捜査部長とヴィクトル・ブラコフ捜査官の熱心さと真摯さ失わない姿にはひたすら感心した。ところが、それだけ必死に捜査しても犯人が捕まらない。これほどの捜査網をくぐり抜けられるのは、犯人が「捜査する側の人間」だからではないのか。そんな疑念もわいてきて、二人はだんだん神経症的になってしまう。
フェチソフはときどき、自分が悪夢のなかを生きているのではないかという気がした。毎晩のように夜中に起き上がって外に出かけ、人を殺しておきながら、家に帰って眠りに落ち、朝になると何も憶えていないのではないかという気がするのだ。
フェチソフはそのことをブラコフにだけ打ち明けた。
「なあ、ヴィクトル」ある日、フェチソフはひそやかに言った。「今度の一連の殺しは、われわれがやっているんじゃないかって思うことがないか? きみとわたしでだ」
「わたしもついそんな気がしてしまうんです」ブラコフは答えた。
犯人逮捕後、裁判で認められた殺人件数は52件だが、実際にはもっと多いかもしれないというから驚きだ。しかもこの犯人、ただ殺すのではなく、かなり痛めつけ、血を舐め、舌や唇や乳首を噛み切り、少年の陰嚢を切り裂いて睾丸を口にふくむなど、とにかくサディストっぷりがハンパない。読んでいて、うーっ、気持ち悪い……、となることも何度かあった。

とはいえ、ノンフィクションとしての構成や描写が巧みで、しかも翻訳が素晴らしく、ぐいぐいと読み進めることができた。犯人の名前は知らずに読むほうが、若干のミステリぽさも味わえると思う。

2018年6月7日

背徳の純愛エロ小説…… 『飛ぶ夢をしばらく見ない』


ネタバレばかりなので、これから読む人はここでストップ、さようなら。

主人公の中年男・田浦は、大腿骨を骨折して入院していた病院で、見知らぬ女性と「声だけのセックス」をする。翌朝、彼女が実は老婆であったことを知って愕然とするのだが、そこから田浦の不思議な物語が始まる。なんとその女性・睦子が月日を追うごとに若返っていくのだ。

40代の睦子と逢瀬を重ね、20代の睦子と肌を合わせる。精神的には老齢なので、とても円熟味のある40代、20代である。田浦は睦子の美しさだけでなく、こころにも惹かれていく。さて、この睦子がついに13歳くらいまで若返ってしまうのだが、それでも二人はやはり抱き合う。40代後半の男と、13歳くらいの少女のセックスシーン。かなり背徳的エロ描写なのだが、なぜか純愛を感じてしまう。

そして、睦子はついに幼女にまで若返る。触れ合うことはできても、抱き合うことはできても、当然、セックスはできない。田浦の理性が邪魔をして、幼女姿の睦子には性的な興奮が起こらない。それでも、彼らは愛撫しあう。

声だけのセックスで始まった二人の関係が、実際に肌と肌を合わせ、精神的に惹かれあい、やがて肉体的に隔絶されてしまう。設定自体は中年男と若返る女性のセックスなのだが、根底にあるテーマは「老いたり病んだりしたパートナーとの性生活」なのかもしれない。

読後感の良い純愛エロ小説であった。

2018年6月5日

「依頼者から忘れ去られる」ことを嬉しく思う仕事人たちに肉薄したノンフィクション 『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』


親を失うと過去を失う。
配偶者を失うと現在を失う。
子を失うと未来を失う。

遺族は愛する人を亡くすのと同時に自分の一部も失うのだ。もう二度と取り返しはつかない。
本書は、海外で亡くなった日本人や、日本で亡くなった外国人のご遺体を、遺族のもとに届ける専門業者『エアハース・インターナショナル』に迫ったノンフィクションである。

ご遺体として日本に戻ってくる人の死因は、もちろん病気だけではない。むしろ事件・事故・災害がかなり多いのではなかろうか。ということは、ご遺体の損傷もあるだろうし、現地での司法・行政解剖の痕もあるだろう。こういう「その人が生きていたときにはなかった傷」を、エアハースの職員は可能な限りキレイにする。そのために、化粧だけでなく解剖学まで学んだ人もいる。時には腐敗臭のするご遺体から数センチという距離にまで顔を寄せ、生前の顔を取り戻すことに全精力を注ぐ。

テーマがテーマなだけに、「グロテスクだ」と忌避感を抱く人がいそうな描写もある。そういうのが極端に苦手な人は、読まないほうが良いかもしれない。ただ、自分や家族が海外へ行くことがあるなら、万が一のためにも、こういう会社の存在は知っておいたほうが良い。

開高健ノンフィクション賞を受賞したのも頷ける素晴らしい内容で、何度となく涙ぐんだ。多くの人に、ぜひとも読んでみて欲しい一冊である。

余談ではあるが、著者はツイッターもされている(@ryokosasa)。ご自身のツイートは多くないが、興味深いツイートをたくさんRTされている。また、@をつけた本の感想ツイートには、迅速かつ気さくに返信をいただいた。

2018年6月1日

診療ヒントの見つけかた 『アイデアのちから』

クリスマスや誕生日に向けて、家族への贈り物を選んでいると想像してみよう。
「お父さんはジャズが好きだから、素敵なCDがあれば見逃さないようにしよう」
「お母さんは料理が趣味だから、なにか良い調理器具があればチェックしておこう」
そんなことを頭の片隅で思いつづけるようになる。そして、たまたま出かけたところでジャズの新譜、あるいは画期的な調理器具を見つけたら、ほとんど無意識にプレゼント候補として目をつける。

これは多くの人が自然と行なっていることである。この無意識に近い目の向けかたを「プレゼント・メガネ」と呼ぶとすると、生活の中には同じような「メガネ」がたくさんある。例えば俺は「精神科メガネ」というのをいつもかけている。いろいろな患者のことが無意識に頭の中にあって、読んだ本、観た映画、聴いたラジオなど、あらゆるものの中にちょっとしたヒントを見つけることができる。

だからといって、私生活でも仕事のことばかり考えているというわけではない。たとえばプレゼント・メガネにしても、両親の誕生日が近いからといって、いつも親のことを考えているような人はほとんどいないのだ。


上記は、本書の一部を読んで広げた考えで、アイデアや思考のヒント満載の良書である。