2016年10月13日

「命はすべて平等」なんて大嘘です! 『医師の一分』


「命はすべて平等」なんて大嘘です。

本書の帯に、ズバリこう書いてある。

同じ著者の『偽善の医療』も面白かったが、今回も歯に衣着せぬ書きっぷりで非常に痛快だった。中でも、ちょっと考えさせられたところを引用。『命に上下は存在する』という章の、『「命の値段」を決めるもの』という項の話である。

著者が研修医として勤務していた救命センターは、時々満床近くになり、受け入れを制限するしかない状況があった。
そういう時、指導医は、電話番として消防庁からの救急要請を受ける私ら研修医どもに、「いいかお前ら」と指示をした。もちろん、「俺たちが引き受けた患者は助かる可能性が高くなる」ことを前提としたものである。
「労災は、受ける。自殺(未遂)は、断る。交通事故は、その時考える」
「その時考える」とは、暴走族が自分でどこかに突っ込んだ、というようなのは断る、という意味である。そしてこの先生は、いつも最後にこう付け加えた。「子供は、何があっても、受ける」
このようにして、「最大限の努力をして、助ける価値のある命」と「そうでない命」を分けることを、若き著者は当然と考える。これだけを抜き出すと、極論のように感じられるかもしれないが、全体を通して読めば……、やっぱり極論である。ただし、極論ではあるけれど、頷かされることの多い極論でもある。

読む人の立場によっては、
「おいおいそれはないだろう」
と言いたくなるところもあるかもしれない。そういうことも、きっと著者は了解済みである。そのうえで、敢えて極論を放つことで今の医療のあり方を問うているところに、潔さや矜恃、すなわち「医師の一分」を感じてしまった。

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