2018年10月30日

情緒的、感傷的だが、読みごたえは充分にある良書 『心は実験できるか 20世紀心理学実験物語』


タイトルがわりと硬派なので、内容もそういうものを期待していたのだが、ちょっと違っていた。著者はアメリカの女性ライターで、臨床心理士でもあり、そして、自ら精神科での入院治療歴もある。

10種の心理学実験が取り上げられているが、実験そのものよりも、実験が巻き起こした社会的騒動や、その実験を行った研究者の考えかたや生きかたについての記述が豊富で興味深い。

以下、各章のタイトルを記す。

1.スキナー箱を開けて 【スキナーのオペラント条件づけ実験】
2.権威への服従 【ミルグラムの電気ショック実験】
3.患者のふりして病院へ 【ローゼンハンの精神医学診断実験】
4.冷淡な傍観者 【ダーリーとラタネの緊急事態介入実験】
5.理由を求める心 【フェスティンガーの認知的不協和実験】
6.針金の母親を愛せるか 【ハーローのサルの愛情実験】
7.ネズミの楽園 【アレクザンダーの依存症実験】
8.思い出された嘘 【ロフタスの偽記憶実験】
9.記憶を保持する脳神経 【カンデルの神経強化実験】
10.脳にメスを入れる 【モニスの実験的ロボトミー】

情緒的、感傷的な文章がちょっと鼻につくけれど、全体的には面白い良書であった。

2018年10月29日

酒に振りまわされた人たちの物語 『酔うひと 徳利底の看護譚』


酒害は、飲んだ張本人だけを苦しめるわけではない。その苦しみは家族にもおよぶ。それどころか、家族の苦しみは、時に本人以上となることさえある。

この文章を書いている現在、断酒して12ヶ月になる。自らの酒歴を振り返ると、ゾッとすることがある。それはまるで、渓谷にかかる手すりのない細い橋を歩いてきたようなもので、いま現在こうして健康に家族と暮らしていけるのは、かろうじて落ちることなく断酒にたどり着けたからである。

本書に登場するのも、細い橋の上をふらふらと歩く人たちである。「酔う人」も「支える人」も決して他人ごとではないので、読んでいてしみじみと感じ、考えさせられた。とても良い本で、お勧めである。

2018年10月26日

我々の周囲に潜む「食にまつわる無意識」を明らかにする名著 『そのひとクチがブタのもと』


『人はこうして「食べる」を学ぶ』で好意的に紹介してあった本。タイトルはいかにもダイエット本だが、原題は『Mindless Eating』。我々の周囲に潜む「食にまつわる無意識」を取り扱っている。

本書ではダイエットのための方法を示している。それは具体的に何を食べたら良いのかといった類のものではなく、「どうやったら無意識に痩せられるか」という方法である。たとえば「食事中にはテレビを消す」。こうして書き出すと、なんだそんなことかという感じだが、根拠となる実験や考えかたも述べてあるので、いろいろな場面に応用がきく。

著者は決してダイエットを専門に研究しているわけではない。逆のこと、つまり「どうやったら食べさせることができるか」という研究もしている。たとえば前線の兵士たちは1日に3000kclから6000kcalの摂取が必要とされるが、彼らの食事は食欲を低減させるさまざまなにおいに囲まれ、ときに暗闇の中ということもある。そんな彼らの食欲をどうすれば刺激できるのか。

全体を通して分かりやすく、今日の、次の一食からでも実践できる「無意識で地味なダイエット」が推奨してある。「○○ダイエット」で失敗を繰り返している人は必読。

<参考>
「食育」とは、「健全な食生活を実現することができる人間を育てる」こと 『人はこうして「食べる」を学ぶ』

2018年10月25日

体調モニタリングが下手な人のためのプチ・トレーニング

元気な日が続いてパタッと数日寝こむのを周期的に繰り返す人は、「体調モニタリング」が極端に下手なのかもしれない。だから、本格的な故障に陥るまで気づけない。気づいたときには手遅れで、パタリ……。

もう少し早めに不調のサインを見つけられるようになれば、少し変わるかもしれない。それはきっと、ほんの小さなサインだ。たとえば、二重まぶたが一重になる、逆に一重が二重になる。あるいは、ちょっとだけ便秘、オナラが臭い、朝から口の中に変な味がする、寝起きに目やにが少し多い、しゃっくりが続く、アクビが増える等々。

逆説的ではあるが、不調のサインの一つとして「いつも悩まされている不調が気にならなくなる」というのだってあるかもしれない。
「いつもの頭痛、肩こり、倦怠感その他の不調がない! 絶好調!!」
これが実は不調のサインという可能性だ。

こういう「体調モニタリング」が下手な人は、もしかすると体重コントロールも下手、というより、食欲や空腹・満腹感のモニタリングが下手かもしれない。

そこで、体調モニタリングのプチ・トレーニングとして、ほとんどの人が1日に2回以上はとっている食事を利用する。

最近、俺は食事を半分くらい食べた時点と、8割くらい食べた段階で、10秒くらい自分の食欲と空腹・満腹感の確認をしている。見た目の量や、同席した人の食べっぷりに惑わされることなく、自分のお腹、自分の頭、自分の食欲に尋ねてみるのだ。
「まだ食べたい?」
答えがイエスなら食べる、ノーならやめておく。もちろん「あと一口」「肉だけもう少し食べる」という微調整だってアリだ。とにかく、「目の前にあるものを全部食べる」という無条件の習慣をやめ、毎回の食事ごとに2回、10秒だけ、自分の身体と対話する。これは、体調モニタリングの良いトレーニングになるはずだ。

ダイエットにもなるので一石二鳥である。

2018年10月19日

幻想世界の名手・恒川光太郎による短編集 『無貌の神』


『夜市』が俺のツボにどハマりした恒川光太郎。その後に発表された雷の季節の終わりに『秋の牢獄』と素晴らしく幻想的な小説に心酔。

これら初期作品群は極めて独特の持ち味で、非常に印象的な小説が多かった。それがだんだんと、良くも悪くも「ちょっと普通っぽいな」という感じに変わってきつつあるのだが、本書は初期のものに近いような味わい。

とはいえ、やはり初めて恒川光太郎に触れたときのような感動は得られなかった……。

2018年10月18日

人間的に決してタフとは言えない捜査官レオが、こころと体を痛めつけながら懸命に戦う 『グラーグ57』


『チャイルド44』の著者・トム・ロブ・スミスによる小説、ということしか知らずに読み始めたら、なんと『チャイルド44』の続編だった。

ということで、舞台は旧ソ連。

前作もそうだが、旧ソ連が舞台というだけでアレルギー反応を起こして読まない人がいるかもしれない。これはなんとももったいないことで、なにはともあれ『チャイルド44』だけでも読んでみて欲しい。

本作の主人公は、もちろんレオである。前作でも相当に痛めつけられたレオだが、今回もこれでもかとばかりに痛めつけられる。レオは超人ではないので、へこたれそうになるし、涙も出る。そんな姿が生々しくて、親近感が持てる。

前作同様、「正義とは何か」ということをいろいろと考えさせられる内容だった。どうやら三部作のようで、続編も必ず読む。

<関連>
まだ読んでいない人が羨ましい! 『チャイルド44』

2018年10月16日

あとあじの良いタイムスリップ恋愛小説 『つばき、時跳び』


タイムトラベルものを多く書いている梶尾真治による恋愛小説。時間移動は、意図せず巻き込まれるタイムスリップと、自ら望むタイムトラベルの中間という感じ。

主人公は現代人で、江戸時代末期の女性が現代にタイムスリップしてくるという設定。彼女の驚きを通して、この150年で現代文明が成し遂げたことの凄さを感じる。

切ないラストになるかと思いきや、SF小説らしい、すごくあとあじの良いエンディングで、読後感が良かった。

2018年10月12日

近代医学の礎を築いた偉人として、もっと評価されるべき人 『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』


解剖医ジョン・ハンターについては、これまでに読んだいろいろな医療ノンフィクションで取り上げられていた。なんとなくキワモノというイメージで、本書を見つけたあとも、読むかどうかずっと迷っていた。Amazonで星1つをつけている人のレビューを読んで、さらに気持ちが遠ざかっていた。どういうキッカケで読むことになったのか思い出せないが、実際に読んでみてしみじみと感じる。

読んで良かったぁ。

星1つのレビュワーが指摘している誤訳(?)などは些細すぎてとるに足りないもので、本書の価値を損ねることはなかった。Amazonレビューには、高評価にも低評価にも、こういう「惑わせる罠」があるので要注意だ。

ジョン・ハンターは、解剖医であり、現代の科学的医学や外科学の祖とも言える医師であり、また博物博士でもあった。田舎の出身で、気取りがなく、癇癪もちで、しかし面倒見が良く、多くの弟子たちに慕われ、同時に多くの敵に憎まれた。そういう非常に人間味のある人の生涯をとても丁寧に面白く描いてあった。こんな偉人が切り拓いた医学・医療という世界で仕事をしていることに、感謝と誇りの気持ちが湧いてくる、そんな本だった。

2018年10月11日

疫学の誕生 『感染地図 歴史を変えた未知の病原体』


医師なら、医学部の授業のどこか(たぶん疫学)で教わったことのある話。

医師ジョン・スノーと、聖職者ヘンリー・ホワイトヘッドが、1854年にロンドンのソーホー地区で発生したコレラを終息させるまでを描き、さらに終息後の奮闘までフォローアップしてある。本書では特に、医学素人であるホワイトヘッドが果たした役割(地域住民からの信頼など)に価値があったことを見抜いている。読んでみると分かるが、ホワイトヘッドのような人がいてこそ、専門職は本領を発揮できるのだ。

ちょこちょこと歴史話や雑学などが入るため、少しかったるいと感じられる部分もあったが、全体を通じてみれば面白い本だった。

2018年10月9日

アルコール問題と重なって見える…… 『新訳 ジキル博士とハイド氏』


タイトルは超有名だが、読んだことのある人は意外に少ないかもしれない。手にとってビックリ。こんなに薄い本だったとは……。しかも主人公はジキル博士ではない。ハイド氏でもない。ジキル博士の親友で、弁護士のアタスンなのだ。

大雑把なストーリーは知っている人も多いだろう。ジキル博士が、自ら開発した薬を飲むことで凶暴な人格ハイド氏になってしまう。このハイド氏のことを、ジキル博士は恐れてもいるが、同時に憧れてもいる。それも当然で、ハイド氏の人格はまったくの外部から来たものではなく、ジキル氏が日ごろ抑え込んでいるものなのだから。簡単に言うと、ハイド氏になればスカーッとするわけである。この感覚にジキル博士はハマりこんでいく。

人間の二面性を描いたとも言えるだろうが、俺には自らのアルコール問題と重なって感じられた。とうとうジキル博士は自殺を選ぶのだが、こういう結末も、まるでアルコール依存症の人である。

ところで、この小説は当時の外科医ジョン・ハンターから着想を得たという。そもそもの読むキッカケは、『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』を読んで興味を持ったからである。ジキル博士が住んでいるのは「昔の外科医の家」であり、その外科医こそジョン・ハンターなのだ。

どんでん返しがあるわけでもなく、知っているストーリーをなぞるだけの読書ではあったが、それでもさすが名作として残っている古典だけあって、充分に面白かった。