2018年12月27日

ハウツーと哲学のバランスがとれた良書 『動機づけ面接法 実践入門 「あらゆる医療現場で応用するために」』


「動機づけ面接」について、タイトルのとおり「実践」的な内容がふんだんに盛り込まれている。ところが、ただのハウツー本には留まらず、根底にある哲学、理論といったものも分かりやすく解説してあり、ナルホドと深く頷きながら読んだ。半ばまで読んだところで外来診療を行なったら、これまでより少しだけ良いほうに変化を持たせる治療ができた。

翻訳された専門書にはありがちだが、全体を通じて「読者の集中力を保つ日本語」ではないのが残念。とはいえ、良書であることは間違いない。


日本語の入門書であるこちらを購入したので、これも追って紹介したい。

2018年12月21日

読むと体が冷えてくる! 『八甲田山死の彷徨』


史実をもとにした山岳小説。それも199名が遭難死したという雪山遭難小説である。

こういう小説は寒い季節に読むに限る。外で吹きすさぶ北風の音を聞きながらの雪山小説は、暖かい部屋にいてさえ、なんだか自分の体がゾクゾクと冷えてくる。その感覚がたまらない。

あくまでも小説であり、史実とはけっこう異なるところもあるようだ。Amazon評価は高いものの、全体的にわりと地味で、派手なシーンはない。エンタテイメント性の高いものを求める人には不向きかもしれない。

2018年12月20日

猫との出会いによって、ヘロイン依存から回復していく男性の物語 『ボブという名のストリート・キャット』


映画が面白かったという紹介を受け、先に原作を読んでみることにした。

ホームレス男性と野良猫の交流を描く話だろうと思っていたら大違いで、野良猫(著者によってボブと名付けられる)との出会いによってヘロイン依存症から回復していく男性の「人生の物語」だった。

構成がなかなかに上手く、現在のボブとの生活と、路上生活者になってしまうまでの半生とが交互に描かれていて、決して飽きさせることがなかった。

猫好きにはもちろん、薬物依存、その他の依存症で苦しんでいる人たちに希望を与えてくれるような、そんな本だった。

YouTubeでドキュメンタリがあったので紹介しておく。

2018年12月17日

統合失調症の人が妄想世界に入りこむのはどうしてか?

統合失調症の人と話していると、彼らが妄想世界に入り込む瞬間を目撃することがある。

わりと多いのは、彼らの好まざる問題をアクロバティックな論理(これが妄想)でかわすパターン。たとえば、ハローワークで職探しという話題になったところで、
「天皇の孫だと判明したので働けなくなった」
とかわされる。

妄想突入の瞬間を目撃できたときは、
「この人の精神にとっての負荷は、こういう話題なのか」
と把握できる。その瞬間に居合わせなくても、妄想症状がひどくなったときに、自宅や入院での生活環境を確認してみると、彼らにとっての負荷がなにかを推し測ることができる。

さて、妄想には、被害妄想、誇大妄想、心気妄想など、いろいろな分類がある。

本人にとっての過剰な負荷を回避するための「アクロバティックな論理」が、ある人はその負荷に立ち向かう被害的な内容(「CIAと公安から嫌がらせされる」など)になり、別の人は負荷をするりとかわす誇大的なもの(「天皇の孫だから」など)になる。この負荷回避のパターンに、個々のキャラクタがにじみ出る。

こういう目で見ると、被害妄想を訴える人は妄想世界のなかでの「被害者」ではあるものの、キャラクタとしては「立ち向かう気質」の強い人、誇大妄想や心気妄想を抱える人は「直接的な戦いを避ける」タイプの人であることが多い。

2018年12月14日

発掘! 絶版名著!! 『ザ・ライト・スタッフ 七人の宇宙飛行士』


こんな名著が絶版なんて……。

著者トム・ウルフの語り口がクドい! でも! それが良い!!(それが良いのだ!)

こんな感じのクドさで、読者をグイグイと惹きつけながら、内容そのものも実に素晴らしいものだった。

アメリカとソ連による宇宙競争の最初期を描いたノンフィクションで、宇宙工学その他の専門知識なんてなくても存分に楽しめた(いいか、存分に楽しめたんだぞ!)。

Kidle化される日が来るのかもしれないが、書籍として手元に置いておきたい一冊。

2018年12月13日

美味しい言葉に必要なのは「隠し味」じゃない! まず知るべきは「言葉のレシピ」だった!! 『伝え方が9割』


美味しい言葉を紡ぐのに、一生懸命になって隠し味を探す必要はなかった。
ユニークなものを独力で創りだそうとするのもムダ骨だ。

なぜなら、素人にとってまず必要なのは「言葉のレシピ」だから。

そして、本書は美味しい言葉のレシピを、誰でも手軽にトライできるくらいシンプルに解説してある。ちょっと読んだだけで、以下のような例が思い浮かんだ。

病院の混み合う外来待合室で、苛立つ患者さんから待ち時間を尋ねられた場合の事務員の対応。

❌「今日は予約が多いので、1時間ほどお待ちいただけますか」

⭕「診察にきちんと時間をかけたいので、1時間ほどお待ちいただけますか」

どちらも「1時間ほど待ってください」と言っているのだが、前者は単に病院側の都合であるのに対し、後者は相手のニーズに触れている。たったそれだけの言い回しの違いで、言われたほうの気持ちは変わる。

あくまでも例ではあるが、こういう言い換え、言い回しを考えたり身につけたりするための最初の一歩、ファーストレシピとして非常に優れた一冊だった。

2018年12月11日

なに絶版だと!? ノバルティスが支援せんかーい!! 『ロリの静かな部屋 分裂病に囚われた少女の記録』

ロリの静かな部屋 分裂病に囚われた少女の記録

統合失調症の当事者であるロリ、父母、弟たち、友人、主治医らによる手記。

ロリの知的能力が高いからだろうか、彼女による発症前後の内面描写は生々しく、興味深く、そして恐ろしい。薬を飲んで寛解するとき、薬を飲まないで再燃するとき、その二つを繰り返すとき。それぞれの気持ちも、非常に巧みに記述してあり、精神科医としてとてもためになった。

父母や弟らによる手記は、辛く、切ない。また弟の一人はロリへの尊敬と愛情を強く抱きつつ、「自分も発症するのかもしれない」という発症恐怖を感じており、そういう気持ちが痛々しく綴られている。

主治医である女性医師の手記では、臨床姿勢や考えかたから、統合失調症の人と接するうえで大切なことを学ぶことができる。

そして、クロザピン。

日本でも限られた施設でしか処方できないこの薬が、ロリを崖っぷちから、いや崖の底から救い出した。劇的に回復するとき(精神科では数ヶ月単位の回復も「劇的」である)、幻聴や妄想、こころの動きはどうなるのか。ロリの手記から、その一端を垣間見ることができる。

こんな素晴らしい名著が、なぜか絶版である!!

クロザピンを日本で販売しているノバルティスは、本書の復刊を支援して、多くの精神科医に推薦してまわるべきではなかろうか。

Amazonではあまりに高値になっている。近所の古本で安くで見かけたら、即買いするべき一冊だ。

2018年12月10日

それでも戦地へ行く理由 『戦争を取材する 子どもたちは何を体験したのか』


4歳の息子を亡くした難民の男性が、著者の山本美香さんに言う。
「こんな遠くまで来てくれてありがとう。世界中のだれも私たちのことなど知らないと思っていた。忘れられていると思っていた」
ありがとう、ありがとうと涙を流す姿に大きな衝撃を受けました。
直前まで、山本さんは悩んでいた。若手ジャーナリストとして紛争地ではたらく医師や看護師たちを取材し、「なんてすばらしい仕事だろう」と感動し、そして自らの「ジャーナリスト」という職業をちっぽけな存在だと感じるようになったのだ。そんなときに出会った男性の言葉が、彼女の気持ちを変える。
私がこの場所に来たことにも意味はある。いいえ、意味あるものにしなければならない。たったいま目撃した出来事を世界中の人たちに知らせなければならない。
彼女のこの決意が、それから20年ほどして、彼女自身の命を奪うことになってしまう。2012年8月20日、山本さんはシリア内戦の取材中に銃撃を受け、搬送先の病院で死亡した。

本書の発行は2011年7月12日。亡くなる1年前である。中学生くらいを読者対象としているようで、文章はですます調、多くの漢字にルビがふられ、内容はシビアであるが、大人向けほど難解な話は出てこない。だからこそ胸を打つ部分もあるが、やはり物足りなさも感じる。ただ、我が子たちがいつの日か自然に手に取ってくれるよう、家の本棚には置いておきたい。

2018年12月7日

依存症とかかわるすべての人にお勧めの名著 『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』


素晴らしい本だった。以下、本書を紹介するにあたり、著者が用いる言葉を大まかに整理しておく。

アディクト 依存症者のこと
ソフトドラッグ群 アルコール、処方薬、危険ドラッグへの依存症者
ハードドラッグ群 覚せい剤依存症者、多剤(上記)依存症者

以下、簡略化するため、引用以外では依存症者、ソフト、ハードと記す。

ソフトとハードの依存症者を比較した場合、ハードのほうは幼少期から虐待や親の離別・自殺、同級生からのいじめによる不登校など「明確な生きづらさ」「過酷な生育歴」を生き延びていることが多い。

これに対してソフトのほうは「暗黙の生きづらさ」を抱える。この「暗黙の生きづらさ」は、親の不仲、父の酒乱、母の精神疾患など、その状況にいる本人でなければ実際の苦しさが分かりにくいものである。彼らは自らの我慢と努力で周囲に適応していく。この適応は決して適度・適正なものではなく「過剰適応」だ。

ソフトの依存症者たちは、
「我慢を続けてきた人」なのだ。だからこそ、彼らはアディクトではない人々より実ははるかに我慢強い。通常ならとっくに音を上げて、誰かに泣きつきたくなるような状況でも、アディクトは我慢し続ける。泣きつけるほど信頼できる、安心できる他者を彼らはもっていないからである。(中略)家族や友人たち、同級生や職場の同僚などには気づかれていないが、アディクトたちは基本的に「人」と一緒にいると疲れる
そして、依存している物質や行動によってこころが楽になった依存症者たちは、
自分が普段我慢して隠している本音や負の感情を周囲の人々に気づかれることなく、表面的には元気で明るく真面目な「ふり」をして、再び「人」のいる「我慢の戦場」へと踏み出すことができるようになるのだ。
自分自身がアルコール依存からの回復の道を歩む者として、とても身につまされる、非常に納得のいく文章である。

全体を通じて印象的なことが多く、とてもすべてを引用はできない。依存症者への援助・支援について書かれたところから、いくつか抜粋しておく。

海外の研究では、どんな治療であれ、患者が脱落せず長く治療にとどまっていれば、それだけ断酒断薬の可能性が高まると報告されている。
良い援助者とは、最終的にアディクトがその特定の援助者を必要としなくなるように背中を押してあげる援助者のことである。
最後に、違法薬物について。「ダメ。ゼッタイ」という禁止の言葉は、依存症者たち、子どもたちには届かないだろう、というのが著者の主張である。彼らは「人」を信用できないからこそ、効果が確実な「物」や「行動」に依存するのであり、そこが改善されない限り、依存の回復は難しいというわけだ。それを分かりやすい例え話でこう述べる。
太平洋の真ん中で、まったく泳げない人が「違法な浮き輪」につかまって漂流しているところを発見したら、あなたは「ダメ。ぜったい」と言ってその浮き輪を手放すよう命じたり、無理やり奪い去ったりするだろうか。相手は浮き輪の違法性に困っているのではない。泳げなくて漂流していることに困っているのだ。(中略)子どもは、薬物の有害性や違法性に困っているのではない。孤独と不安という感情の対処に困っているのである。
依存症者への援助に携わる人だけでなく、本人、家族が読んでも得ることの多い本で強くお勧め。

補記
アルコール依存症の治療目標は「治癒」ではなく「回復」と言われるが、著者は「回復」についてもやや否定的で、それよりは「成長」を目指そうと唱えている。詳しくは本書で。

2018年12月6日

傷ついたり障害を背負ったりした四人の子どもたちが、回復への道をゆっくりと歩む姿に胸をうたれる 『よその子 見放された子どもたちの物語』


自閉症や分裂病の子どもに、もしうまくいけばの話だが、ついにわたしたちの気持ちが届き、彼らが相手とふつうの関係が結べるようになったときには、彼らに備わっていた美しさが多少失われてしまっているのだ。まるでわたしたちが彼らを汚しでもしたかのように。
7歳の少年ブー、同じく7歳の少女ロリ、10歳の少年トマソ、12歳の少女クローディアと、補習教室の教員である著者トリイとの触れ合いを描いたノンフィクション。

ブーは自閉症で、突飛な行動を繰り返す。ロリは虐待の後遺症か先天的かは分からないが、書字・読字に著しい障害を抱えている。トマソは非常に粗暴な少年で、彼が5歳のとき、母が父と兄を射殺してしまった。クローディアは、なんと妊婦である。

泣いたり笑ったり怒ったりを繰り返し、彼らはくっつき、離れ、そしてさらに強固に結ばれていく。読みながら、切なさに何度となく涙腺がゆるみ、ときには暖かい気持ちになって微笑み、そして強く胸をうたれて、やはり泣いた。

今年読んだ本のなかでベスト10に入る名著である。

2018年12月4日

『ウォッチャーズ』が好きなら本作もお勧め! 『ミスター・マーダー』


この作品の魅力をネタバレせずに紹介するには、どうすれば良いだろうか……。難しい。

追いかけてくる悪者、逃げながら戦う主人公という構図は、評価の高い『ウォッチャーズ』と同じ。

本作には明らかなテーマがあり、それは「小説 vs 映画」である。主人公は小説家で、悪役は映画好き。それぞれの思考回路は、小説家が「考えすぎ」、悪役は「行動あるのみ」。はたして、勝つのはどっちか。

もちろん作者のクーンツ自身が小説家だし、小説のほうが映画より強い、という感じにはなっている。ただし、読みながら「クーンツもかなり映画好きなんだろうなぁ」と思うくらい、映画についての話が出てきた。

視点は、主人公、ヒロイン、主人公の娘、悪役、悪役の親玉を行きつ戻りつするが、そのなかで巧みだったのは、悪役視点でのパートが常に「現在形」だったこと。「彼は見た」ではなく「彼は見る」、「そして考えた」ではなく「そして考える」。このように、ずっと現在形での表現が続く。若干のネタバレになるが、この悪役には「過去」がない。一貫して「現在形」を用いることで、そのことを表現しているのだ。うーん、すごい。

『ウォッチャーズ』が面白かった人には手放しでお勧めできる作品。

2018年11月30日

60歳を目前にしたレオが大奮闘しない冒険活劇 『エージェント6』


本書の時間軸は長く、若いころのレオから60歳を目前にしたレオまである。メインは60歳目前のほうである。そして、基本的には冒険活劇なのに、主人公である初老レオが決して大奮闘しないのが本書の特徴だろう。

もちろん、ちょっとしたアクションシーンなどハラハラするような場面はあるし、旧ソ連のピリピリした緊張感も漂っている。しかし……、ネタバレになるので多くは書かないが、過去2作に比べると、レオは大奮闘しないのだ。そして、それがとても良い。レオという男性の、人間的な弱さと強さ、衰退と成長、失望と希望、そういったものがうまく描かれており、三部作の中では本書が最高である。

この三部作、2作目の『グラーグ57』が終盤でちょっと息切れするようなものだったが、すべてを読み終えて、とても素晴らしい作品だと感じる。

<前2作>
まだ読んでいない人が羨ましい! 『チャイルド44』
人間的に決してタフとは言えない捜査官レオが、こころと体を痛めつけながら懸命に戦う 『グラーグ57』

2018年11月29日

高い! でも面白いし、勉強になる!! 『医者は患者をこう診ている 10分間の診察で医師が考えていること』


医療人類学者で、医師でもあるセシル・ヘルマンによる研究の結果、
新たな医学的な問題が生じ、医師のもとを訪れたとき、患者には答えを求める質問が六つあるという結論をだした。こうした六つの質問とは、患者さんが世界のどこ――ロンドン、北京、パリ、東京――に暮らしていようと同じであるようだ。「なにが起こったのか?」「なぜ起こったのか?」「なぜ、私の身に生じたのか?」「なぜ、いま起こったのか?」「このままなにもしなければ、どうなるのか?」「私はどうすべきなのか」
患者さんが非常に不安な気持ちで来院する場合が多いことは、よくわかっている。それに気が動転したせいで、こうした質問を尋ねられない場合があることも承知している。ヘルマンは私たちに、こうした万国共通の質問を暗記し、診察のある時点でこうした質問に対処しなさいと訴えている。たとえ、患者さんのほうからこうした質問を投げかけられていなくても。
この引用の他、全体を通して示唆に富んだ本だった。

おそらく医療者でなくても充分に理解できるし、自分たちが受けている診察がどういう思考で行なわれているのかが分かり、さらに日本ではイギリスに比べていかに恵まれた医療を受けられているかを知ることができる。

2018年11月27日

てんかんで悩んでいる!? だったらまずはこれを読もう!! 『変わる! あなたのてんかん治療』


非常にシンプルで分かりやすく、てんかんに悩む人たち(患者も家族も、そして医師も)すべてに読んで欲しい本。

著者の中里先生は、東北大学てんかん科の教授である。中里先生のこれまでの著書と本書に通底している「中里イズム」は、

Simple is better.

Bestを求めすぎて複雑で難解になった結果、患者さんや治療者を気後れさせてはいけない。まずはBetterなことを、simpleに、広く発信というスタイル。

中里先生が唱える「発作ゼロ、副作用ゼロ、悩みゼロ」という、てんかん治療の目標「トリプル・ゼロ」も非常にsimpleな標語で、この言葉を知って以来、てんかん診療の初期対応にあたるときの指針にしている。患者さんへの疾患教育でも、この三本柱を押さえておくと漏れがない。

「まずは発作がなくなることを目標にします」
「しかし、発作ゼロでも副作用がきついというのではいけません。なにか困った副作用があったら教えてください。薬の種類はたくさんあり、組み合わせることで発作も副作用もゼロにできる可能性があります」
「発作もない、副作用もない。それでも就職や妊娠などいろいろ悩みが出てくるものです。そういう相談もお気軽になさってください」

さて、中里イズム「Simple is better.」の凝縮された一文が本書にある。
てんかん治療は、「とりあえず」から始まる。
こういうsimpleな割りきりを、てんかん科の教授が発信されるところが心強い。
「てんかん専門医ではないけれど、てんかん診療には携わらざるをえない」
そんな多くの一般臨床医にとって、これは「御守り」のような言葉である。

誤解を招かないよう強調しておくが、中里イズムは、決しててんかん診療の「ハードルを下げる」ものではない。正確には「ハードルを示す」ものである。
「治療に携わるなら、最低でもこの高さは飛べるようになって欲しい」
「この高さは飛べなくて当然。専門医に紹介してね」
ハードルが明示されるから、非専門医は「自信をもって、自信がないと言える」ようになるのだ。

では、専門医に紹介すべきタイミングはどのあたりか。「治療困難」と判断するハードルの高さはどこか。入院治療を検討すべき時期はいつか。中里イズムに「一定期間の治療でも改善しないなら」というような曖昧さはない。ズバリ、
治療開始から1年
この期間中に「発作ゼロ」「副作用ゼロ」「悩みゼロ」が達成できていなければ、「とりあえず始めた治療」から「じっくり見直した治療」に移行すべきときと考える。

なるほど、とっても分かりやすい。

そして、中里先生はこう続ける。1年間の治療で発作が半分に減ったとして、
もう1年待っても「発作ゼロ」になる確率は低いと思われます。その間にも、人生の時間はどんどん進んでいきます。
そう、人生は有限なのだ。「病気ではなく、人をみる」というのは、使い古され陳腐にさえ感じられる言葉かもしれないが、中里先生のこの一文には「人をみる」という気持ちが強く込められている。「患者さんの人生の時間がどんどん進んでいく」ことを看過できない中里先生の、こころからの叫びが感じられるではないか!

「じっくり見直した治療」のためには入院検査が最良だが、入院ということに及び腰になる人も少なくないだろう。しかし、考えてみて欲しい。長くて一週間程度の入院で、残りの人生がガラッと変わる可能性があるのだ。コストとベネフィットを比較してみて、ここまでお買い得な選択肢というのは長い人生でそうないはずだ。

恥ずかしながら、自分も中里先生の前著『ねころんで読めるてんかん診療』を読むまで、てんかんの入院検査があるとは知らなかった。長時間ビデオ脳波モニタリング検査のことを知ってからは、難治の患者さんたちに積極的に入院検査を勧めるようになった。実際に入院したのは一人しかおらず、その人も何度となく説得しての入院だった。結果、その人は心因性非てんかん性発作と診断された。
「なんだ、精神科医なのに心因性ということも見抜けなかったのか」
と笑う人は笑うが良い。きっと中里先生をはじめとした専門医の先生がたからは、「よくぞ入院させた!」と褒めてもらえるはずだ。中里先生が前著でも本書でも書かれている。
(てんかん科は)本当はてんかんではないのにてんかんと診断されて何年も治療を受けてきたような方に、「てんかん以外」の適切な診断をつけることも大切な任務です。そして、そういうケースは非常に多く見られるのです。
つまり、てんかん診療という視点で見るなら、上記のケースは粘り強い説得の結果、無益な治療を一年弱という期間で中止することができた成功例とさえ言える。

最後になるが、中里先生の臨床姿勢は、こんな文章にも現れている。
<てんかんでは、「発作以外」のことも大切>
てんかんの発作・症状も、てんかんがあることによる悩みも、一人ひとりでまったく異なりますが、どなたにも共通して言えることは、てんかんのある・ないにかかわらず、「自分の人生をどのように切り開いていくか」という視点が大切だということです。それでは、一緒に考えていきましょう。
医師向けで3600円の『ねころんで読めるてんかん診療』に比べると、一般向けの本書は1200円!! てんかんに悩んでいる患者さんや家族にとっては、必要十分な内容が詰まっている。いまいち分からないところがあれば、本書を診察に持っていって主治医に相談しよう。そうすれば、それが専門医受診のきっかけになるかもしれない!!

そして、晴れて入院検査するとなったかたへ。

Have nice seizures!(良い発作を!)


2018年11月26日

河合隼雄が参考文献に挙げられるという珍しいハードボイルド探偵小説 『ボーダーライン』


アメリカで探偵として働く日本人、サム・永岡(サムは単なるニックネームで、生粋の日本人。本名はオサム)が主人公。

決してタフガイではないが、軟弱ということもなく、わりと平凡で中肉中背的なキャラクター。それなのに、どういうわけか魅力的。このあたりが、さすが真保裕一という気がする。

物語にはサイコパスと言って良いような主要人物が出てくる。サイコパスの特徴をよくとらえている描写に感心した。そして巻末の参考文献に河合隼雄の『子どもと悪』が挙げられていて驚いた。

わりと綿密に取材・調査をするという真保裕一らしい作品。面白かった。

2018年11月22日

いかにも新書な薄まった内容 『医者と患者のコミュニケーション論』


休刊されてしまった『新潮45』への連載をまとめたもの。どうにも薄まってしまった感じの、いかにも新書という仕上がりになってしまっているのは残念。

里見先生(本名は國頭先生)の本で強く勧めるのは以下2冊。

『見送ル ある臨床医の告白』
『死にゆく患者(ひと)と、どう話すか』

2018年11月16日

音楽を聴きながら、鳥肌が立ったことはないかい? 『ドビュッシーはワインを美味にするか? 音楽の心理学』


CDを聴きながら鳥肌が立ったことはないだろうか?
あるいは、ライブに行って、CDとは違う歌いかた、演奏を耳にして、感情が高ぶったことは?
ホラービデオを観ながら、音響効果による驚きを弱めるため、音を小さくしたことは?

本書では音楽・音響が心理に与える効果について、いろいろな研究をもとに解説してある。メロディやリズムだけでなく、音色、音階、調、そして不協和音まで。

子どもが生まれてから音楽を聴く時間が極端に減ったが、子どもたちが成長して徐々に余裕も出てきたので、改めて「背後に音楽が流れている生活」に戻ろう。

せっかくなので、お気に入りのオススメCDをあげておく。

ジョージ・ウィンストン『Autumn』。
「Longing/Love」が有名で、聴いたことある人も多いだろう。Primeミュージックで無料で聴ける。これをかけながら寝た夜は数えきれない。


Eva Cassidy『NIGHTBIRD』
33歳にして皮膚がんで他界してしまった歌姫。その歌声は「力強い天使」。


Keith Jarrett『The Melody At Night, With You』『ザ・ケルン・コンサート』
どちらをあげるか迷ったが、ジャンルがまったく違うので二つとも紹介。


Miles Davis『Kind of Blue』
定番中の定番かもしれないが、ピアノジャズが初めての人は上記キースの1枚目、マイルス・デイヴィスが初めてという人はこちらをお勧め。


Carlos Kleiber『Complete Recordings On Deutsche Grammophon』
ベートーヴェンの曲を、いろいろな指揮者で聴いたなかで、クライバーのものが最高だった。この全集はCDで持っているが、なんとPrimeミュージックで無料……。お得すぎる。
ちなみにカルロスは、偉大な父エーリヒ・クライバーに対するコンプレックスからか、コンサート数が少なく、やるとしても大都市ではなく小都市、そして録音数も少ないらしい。


Aerosmith『Nine Lives』
エアロスミスは『GET A GRIP』とどちらを勧めるか迷ったあげく、こちらにした。筋トレ用。


Jamiroquai『High Times』
部屋や車の中でとりあえず流しておけば、なんとなく小洒落た雰囲気になる(笑)




Adiemus 『Essential』
視聴してもらうと良さが分かる。歌声はどの国の言語でもない造語らしい。


ダメだ、もう多すぎて書ききれない……。

2018年11月13日

ナルホド! そうだったのか! 最高裁!! 『密着 最高裁のしごと 野暮で真摯な事件簿』


長崎県佐世保市で起きた、小学生女児が同級生の女児を殺害した事件に関するルポ『謝るなら、いつでもおいで』の著者による「最高裁」の簡易解説本。民事2つ、刑事2つに分けて最高裁のしくみを解説してある。

民事は「親子関係不存在確認訴訟」と「夫婦別姓」。前者は少し分かりにくいが、簡単に言えば、

「妻が不倫し、不倫相手との間に子どもができる。夫はそれが自分の子ではないと知っていることもあるし、知らないこともあるが、父親としての役割は果たしている。ところがある日、妻(あるいは元妻)がDNA鑑定をやって、『あなたと子どもは血がつながっていないのだから、親子関係はない』として親子関係の解消を求める」

という裁判。なんだか身勝手な言い分だなと感じてしまうが、それを最高裁がどう判断するかが興味深い。

刑事は「松戸女子大生殺害事件」と「求刑超えした寝屋川市虐待死事件など」。こちらは殺害の様子などがチラホラ描かれるので、ちょっと精神的にキツイものがある。やはり最高裁の判断は興味深いが、一般人の自分としては、やっぱりちょっと納得いかないと感じる部分もある。著者はさすが新聞記者だけあってバランス感覚に優れており、最高裁の仕事を決して貶めることなく、しかし市民感覚にも寄り添う姿勢に好感が持てる。

よりによってあの「毎日新聞」の記者にしておくのは惜しい。

2018年11月8日

中井久夫という魅力的な星の猿マネをすることなかれ 『「伝える」ことと「伝わる」こと』


精神科医・中井久夫の論文・エッセイ集。自分にとって必要な部分を読んだ。以下、読んだタイトルを記載する。これが購入検討する人の参考にもなると思う。
  • 統合失調症患者の回復過程と社会復帰について
  • 精神科の病いと身体 - 主として統合失調症について
  • 解体か分裂か - 「精神=身体と“バベルの塔”」という課題に答えて
  • 神経症概念から出発して精神科疾病概念を吟味する
  • 発達神経症と退行神経症
  • 統合失調症における「焦慮」と「余裕」
  • 精神病水準の患者治療の際にこうむること - ありうる反作用とその馴致(じゅんち)
  • 統合失調症者の言語
  • 関係念慮とアンテナ感覚 - 急性患者との対話における一種の座標変換とその意味について
  • 禁煙の方法について - 私的マニュアルより
  • 看護における科学性と個別性
  • 「伝える」ことと「伝わる」こと
  • 笑いの機構と心身への効果
  • 「こころのケア」とは何か
かつて指導医Y先生に、
「研修医時代に中井先生の本を読んで精神科医を志した」
という話をしたところ、
「あの人は天才だから。マネをしないように」
と言われた。当時はピンとこなかったのだが、あれから臨床経験を重ねるにつれて、Y先生の言わんとするところがなんとなく分かるようになった気がする。Y先生の短い発言に込められた思いは3つある(もしかしたらもっとあるのかもしれないが)。

1. 猿マネをするな。
2. マネをしてうまくいかなかったとしても、落胆しすぎるな。ルーキーがベテランの天才と同じことをして、うまくいかなくても当然である。
3. マネではなく、自分なりのものを築け。

Y先生が転勤されて数ヶ月後、二人で飲んだ際、あれこれと相談したり話し込んだりした。そのときに、Y先生から、
「指導医がいなくなっても、きちんとした診療をしているようで安心した」
という言葉を頂いた。なにより嬉しい一言で、いまでも自分の支えになっている。

Y先生の期待を裏切らぬよう、今後も精進。

2018年11月5日

私生活でも、精神科診療でも、その他の仕事でも役に立つ技術 『プロカウンセラーの聞く技術』


タイトルが大げさで、一応「聞くこと」を仕事にしている身としては、ちょっと引き気味で読み始めた。ところが、なるほど評価が高いのも頷ける内容だった。

とはいえ、これを読んで「目からウロコ!」と絶賛するような診療はやっていないつもりである。「自分のやりかたは間違っていなかったな」という「答え合わせ」のような感覚を味わうことが多かった。そして、その「答え合わせ」が実は重要なのだ。

日常診療で無意識、感覚的にやっていることはなるべく言語化するよう心がけているが、それでもすべてを網羅することは不可能だ。そして、そういう漏れた部分をこうして言語化されたものを読むことで、今後の「うっかりミス」を減らせるようになる。

各章タイトルのうち、一般の人でも興味を持てそうなものを抜き出してみる。

・聞き上手は話さない。
・真剣に聞けるのは、一時間以内
・相づちの種類は豊かに
・相づちはタイミング
・自分のことは話さない
・情報以外の助言は無効
・評論家にならない
・LISTENせよ、ASKするな
・したくない話ほど前置きが長い
・聞きだそうとしない
・沈黙と間の効用

日常生活にもかなり有効な技術が書かれた本なので、一般の人にもお勧めである。

2018年11月2日

肥りゆく世界のなかで、自分や家族になにができるか 『加速する肥満 なぜ太ってはダメなのか 』


8年間の田舎生活に慣れてから都会に出て驚いたのは、肥満している人の多さ。

ではなく、その逆。

肥満の少なさ。

田舎の人の多くは「玄関から車、車から職場(スーパー)」しか歩かない、いわゆる「ドア to ドア」で生活している。農林水産といった一次産業の人は多少なりとも動くが、それらも機械化が進んできたせいか、肥満している人は少なくない。

比べてみると、都会の人たちのほうが圧倒的にスリムである。

スリムな都会人、肥満した田舎人というのは日本に限った話ではなく、全世界的に同様の傾向にあるらしい。本書によると、アメリカでも大都市の人のほうが一日の歩行距離が長く、平均体重は2.7kgほど差があるという。もちろん、田舎の人のほうが重い。

都会は公共交通機関が発達しているとはいえ、バス停や駅までは歩かないといけない。駅の中も案外に歩く。都会生活では、こうして「ウォーキング」という運動が日々の生活に「意識することなく」組み込まれる。ところが、田舎生活だと「意識して」歩かないといけない。この差がメンタルに与える負荷は、おそらく無視できないくらい大きい。

田舎暮らしだったころ、隣人はゴミステーションまで車でゴミ捨てに行っていた。その距離は、なんと300メートルもないのだ! 驚くような話だが、現実には、多くの田舎で似たような光景が多々見られているようだ。たとえば、歩いて10分の親戚の家に車で行くことは決して珍しくない。これが都会で「駅まで歩いて10分」となると、そこそこ良い立地だろう。「歩いて10分」とは、そういう距離である。そして、同じ「歩いて10分」なのに、田舎のほうが遠く感じるということは確かにある。

世界中が肥りゆくなかで、自分自身や家族のためになにができるだろうか。本書には、そのためのヒントがあれこれ書いてある。ちょっと極端に感じられるダイエットもあったが、多くは著者の本業である心理学を応用したもので、決してハードルの高いダイエットではない。

俺自身は、都会生活になってジョギングを再開し、7ヶ月で7kgやせた。いま、高校時代と同じくらいの体重だ。田舎でも一時期は走っていたが、道路は歩道が整備されておらず、「歩行者なんていない」と思って運転している車に怖い思いをしたこともあるし、スズメバチに追いかけられたことも、イノシシに遭遇したこともある。

田舎生活での散歩やジョギングは、精神面だけでなく、物理的にも容易ではないのだ。

2018年11月1日

「車いすの芸人」ホーキング青山がサクサク深く切り込み語る 『考える障害者』

障害者であるお笑い芸人ホーキング青山のことは、彼がテレビに出始めたころから知っている。そのころ俺は20歳前後。当時、彼が盲人用の歩道タイルを例にとって、
「あるバリアフリーが、別の障害者のバリアになりうる」
と言っていたのが印象的だった。あのタイルは、車イスの人間にとって邪魔になるのだ、と。だからどうすれば良い、という提案までしていたかは記憶にないが、彼の切り口の鋭さと、特異な容姿と「ホーキング青山」というふざけた芸名が印象的で、ずっと忘れられない存在となっていた。

それから10年以上たち、『セックスボランティア』という本を読んだのがキッカケだったと思うが、Amazonでホーキング青山の本を見つけた。一冊読んでみると非常に面白かったので、彼の本はほとんど読んでしまった。

本書は2017年12月に発行されており、乙武スキャンダル、やまゆり園事件、バニラ・エア騒動など、記憶に新しい話題が並ぶ。以下に目次を一部抜粋して紹介する。
1 「タブー」を考える
障害者は気を遣われる
障害と障がいと障碍
差別用語は使う人の問題
税金の問題

2 「タテマエ」を考える
個性で片づけるな
こんな個性は嫌だ
治せるものなら治したい
多様性のために生きているのではない
ボランティアが障害者を弱くする

3 「社会進出」を考える
セックスボランティア
『バリバラ』への違和感
パラリンピック

4 「美談」を考える
「24時間テレビ」のこと
聖人君子のイメージ
喜ぶ人がいる限り変わらない
感動ポルノ批判は容易だが
「感動するな」もおかしい
感動するなら評価をくれ

5 「乙武氏」を考える
日本一有名な障害者
よだれは見たくない
消臭されたウンコ
不倫騒動をどう見るか

6 「やまゆり園事件」を考える
介護者は天使ではない
生きていい理由

7 「本音」を考える
同じ人間として扱ってほしい
バニラ・エア騒動を考える
親切な人が壁になる
適切な線引き
お笑い芸人なので、真面目な話のあいだにちょいちょいネタを入れてくる。それが思わずプッと吹き出すくらい面白い。たとえば「障害者、障がい者、障碍者」について。「障」という字だって良い字ではないのだから、「害」を排除したら「障」が気になりだすだろうと指摘し、
「『障』は『翔』にしたらどうでしょうか。羽ばたくみたいで素敵ですよ。『害』も『碍』も論外です。ここは『涯』でどうですか。『はて』という意味だから、『はてまで翔ぶ』というイメージになります。ね? 『翔涯者』。素敵でしょう?」
これを不謹慎だと怒るようなら、本書は読まないほうが良い。もっとお行儀が良くて「正しい」本のほうを勧める。

青山氏は介護事業所の経営もしており、そこで感じたことはさすがである。
意外にも、介護者は「障害者は高齢者のために命がけで頑張る!」などと崇高な思いを表にあまり出さない人の方が、仕事を吸収するのが早く、長続きしやすいということだった。前述した「仕事」として取り組むタイプである。いい意味でこの仕事を「仕事」の一種として割り切ってやっている、そういう人の方が自然体で仕事に向かい合うことができて、疲れないようなのだ。
熱血漢タイプは、一見理想的な人材に見える。しかし、これはなにも介護の世界ばかりではないと思うが、理想が高過ぎて現実とのギャップに耐えられなくなってしまう人が結構いるようなのだ。またこういう人は、自分なりの理想を時として他の従業員やときにはお客様にまで押し付けてしまい、嫌われてしまうケースも何人かいた。
対人援助職をやっていると、必ず出会う「熱血漢タイプ」。本人が燃え尽きるだけでなく、周囲にも延焼させるので要注意だ。本人にとっては、燃え尽きたことにも人生の意味を見い出す日が来るのかもしれないが、延焼させられたほうはたまらない。

やまゆり園事件については強く共感した。それは、大口病院事件の容疑者が逮捕されたときに感じたことと同じ類のものだった。
かなり頭が規格外の容疑者が言ったことを真に受けて、皆が障害者の「生きる意味」を論じだす。そのこと自体が、何だか大げさというかおかしいのだ。結局のところ、容疑者の術中にはまっているのではないか。
「お前が勝手に他人を殺していいわけないだろう。バカ野郎」
それでいいのではないか。
この他、青山氏が実際に体験した「街中での勘違いお手伝い」の話など、面白くて考えさせられるエピソードがたくさんあり、すぐに読み終える文章量のわりに中身が濃厚で、非常に良い読書時間になった。

今後もホーキング青山を応援する!! → ホーキング青山のツイッター

2018年10月30日

情緒的、感傷的だが、読みごたえは充分にある良書 『心は実験できるか 20世紀心理学実験物語』


タイトルがわりと硬派なので、内容もそういうものを期待していたのだが、ちょっと違っていた。著者はアメリカの女性ライターで、臨床心理士でもあり、そして、自ら精神科での入院治療歴もある。

10種の心理学実験が取り上げられているが、実験そのものよりも、実験が巻き起こした社会的騒動や、その実験を行った研究者の考えかたや生きかたについての記述が豊富で興味深い。

以下、各章のタイトルを記す。

1.スキナー箱を開けて 【スキナーのオペラント条件づけ実験】
2.権威への服従 【ミルグラムの電気ショック実験】
3.患者のふりして病院へ 【ローゼンハンの精神医学診断実験】
4.冷淡な傍観者 【ダーリーとラタネの緊急事態介入実験】
5.理由を求める心 【フェスティンガーの認知的不協和実験】
6.針金の母親を愛せるか 【ハーローのサルの愛情実験】
7.ネズミの楽園 【アレクザンダーの依存症実験】
8.思い出された嘘 【ロフタスの偽記憶実験】
9.記憶を保持する脳神経 【カンデルの神経強化実験】
10.脳にメスを入れる 【モニスの実験的ロボトミー】

情緒的、感傷的な文章がちょっと鼻につくけれど、全体的には面白い良書であった。

2018年10月29日

酒に振りまわされた人たちの物語 『酔うひと 徳利底の看護譚』


酒害は、飲んだ張本人だけを苦しめるわけではない。その苦しみは家族にもおよぶ。それどころか、家族の苦しみは、時に本人以上となることさえある。

この文章を書いている現在、断酒して12ヶ月になる。自らの酒歴を振り返ると、ゾッとすることがある。それはまるで、渓谷にかかる手すりのない細い橋を歩いてきたようなもので、いま現在こうして健康に家族と暮らしていけるのは、かろうじて落ちることなく断酒にたどり着けたからである。

本書に登場するのも、細い橋の上をふらふらと歩く人たちである。「酔う人」も「支える人」も決して他人ごとではないので、読んでいてしみじみと感じ、考えさせられた。とても良い本で、お勧めである。

2018年10月26日

我々の周囲に潜む「食にまつわる無意識」を明らかにする名著 『そのひとクチがブタのもと』


『人はこうして「食べる」を学ぶ』で好意的に紹介してあった本。タイトルはいかにもダイエット本だが、原題は『Mindless Eating』。我々の周囲に潜む「食にまつわる無意識」を取り扱っている。

本書ではダイエットのための方法を示している。それは具体的に何を食べたら良いのかといった類のものではなく、「どうやったら無意識に痩せられるか」という方法である。たとえば「食事中にはテレビを消す」。こうして書き出すと、なんだそんなことかという感じだが、根拠となる実験や考えかたも述べてあるので、いろいろな場面に応用がきく。

著者は決してダイエットを専門に研究しているわけではない。逆のこと、つまり「どうやったら食べさせることができるか」という研究もしている。たとえば前線の兵士たちは1日に3000kclから6000kcalの摂取が必要とされるが、彼らの食事は食欲を低減させるさまざまなにおいに囲まれ、ときに暗闇の中ということもある。そんな彼らの食欲をどうすれば刺激できるのか。

全体を通して分かりやすく、今日の、次の一食からでも実践できる「無意識で地味なダイエット」が推奨してある。「○○ダイエット」で失敗を繰り返している人は必読。

<参考>
「食育」とは、「健全な食生活を実現することができる人間を育てる」こと 『人はこうして「食べる」を学ぶ』

2018年10月25日

体調モニタリングが下手な人のためのプチ・トレーニング

元気な日が続いてパタッと数日寝こむのを周期的に繰り返す人は、「体調モニタリング」が極端に下手なのかもしれない。だから、本格的な故障に陥るまで気づけない。気づいたときには手遅れで、パタリ……。

もう少し早めに不調のサインを見つけられるようになれば、少し変わるかもしれない。それはきっと、ほんの小さなサインだ。たとえば、二重まぶたが一重になる、逆に一重が二重になる。あるいは、ちょっとだけ便秘、オナラが臭い、朝から口の中に変な味がする、寝起きに目やにが少し多い、しゃっくりが続く、アクビが増える等々。

逆説的ではあるが、不調のサインの一つとして「いつも悩まされている不調が気にならなくなる」というのだってあるかもしれない。
「いつもの頭痛、肩こり、倦怠感その他の不調がない! 絶好調!!」
これが実は不調のサインという可能性だ。

こういう「体調モニタリング」が下手な人は、もしかすると体重コントロールも下手、というより、食欲や空腹・満腹感のモニタリングが下手かもしれない。

そこで、体調モニタリングのプチ・トレーニングとして、ほとんどの人が1日に2回以上はとっている食事を利用する。

最近、俺は食事を半分くらい食べた時点と、8割くらい食べた段階で、10秒くらい自分の食欲と空腹・満腹感の確認をしている。見た目の量や、同席した人の食べっぷりに惑わされることなく、自分のお腹、自分の頭、自分の食欲に尋ねてみるのだ。
「まだ食べたい?」
答えがイエスなら食べる、ノーならやめておく。もちろん「あと一口」「肉だけもう少し食べる」という微調整だってアリだ。とにかく、「目の前にあるものを全部食べる」という無条件の習慣をやめ、毎回の食事ごとに2回、10秒だけ、自分の身体と対話する。これは、体調モニタリングの良いトレーニングになるはずだ。

ダイエットにもなるので一石二鳥である。

2018年10月19日

幻想世界の名手・恒川光太郎による短編集 『無貌の神』


『夜市』が俺のツボにどハマりした恒川光太郎。その後に発表された雷の季節の終わりに『秋の牢獄』と素晴らしく幻想的な小説に心酔。

これら初期作品群は極めて独特の持ち味で、非常に印象的な小説が多かった。それがだんだんと、良くも悪くも「ちょっと普通っぽいな」という感じに変わってきつつあるのだが、本書は初期のものに近いような味わい。

とはいえ、やはり初めて恒川光太郎に触れたときのような感動は得られなかった……。

2018年10月18日

人間的に決してタフとは言えない捜査官レオが、こころと体を痛めつけながら懸命に戦う 『グラーグ57』


『チャイルド44』の著者・トム・ロブ・スミスによる小説、ということしか知らずに読み始めたら、なんと『チャイルド44』の続編だった。

ということで、舞台は旧ソ連。

前作もそうだが、旧ソ連が舞台というだけでアレルギー反応を起こして読まない人がいるかもしれない。これはなんとももったいないことで、なにはともあれ『チャイルド44』だけでも読んでみて欲しい。

本作の主人公は、もちろんレオである。前作でも相当に痛めつけられたレオだが、今回もこれでもかとばかりに痛めつけられる。レオは超人ではないので、へこたれそうになるし、涙も出る。そんな姿が生々しくて、親近感が持てる。

前作同様、「正義とは何か」ということをいろいろと考えさせられる内容だった。どうやら三部作のようで、続編も必ず読む。

<関連>
まだ読んでいない人が羨ましい! 『チャイルド44』

2018年10月16日

あとあじの良いタイムスリップ恋愛小説 『つばき、時跳び』


タイムトラベルものを多く書いている梶尾真治による恋愛小説。時間移動は、意図せず巻き込まれるタイムスリップと、自ら望むタイムトラベルの中間という感じ。

主人公は現代人で、江戸時代末期の女性が現代にタイムスリップしてくるという設定。彼女の驚きを通して、この150年で現代文明が成し遂げたことの凄さを感じる。

切ないラストになるかと思いきや、SF小説らしい、すごくあとあじの良いエンディングで、読後感が良かった。

2018年10月12日

近代医学の礎を築いた偉人として、もっと評価されるべき人 『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』


解剖医ジョン・ハンターについては、これまでに読んだいろいろな医療ノンフィクションで取り上げられていた。なんとなくキワモノというイメージで、本書を見つけたあとも、読むかどうかずっと迷っていた。Amazonで星1つをつけている人のレビューを読んで、さらに気持ちが遠ざかっていた。どういうキッカケで読むことになったのか思い出せないが、実際に読んでみてしみじみと感じる。

読んで良かったぁ。

星1つのレビュワーが指摘している誤訳(?)などは些細すぎてとるに足りないもので、本書の価値を損ねることはなかった。Amazonレビューには、高評価にも低評価にも、こういう「惑わせる罠」があるので要注意だ。

ジョン・ハンターは、解剖医であり、現代の科学的医学や外科学の祖とも言える医師であり、また博物博士でもあった。田舎の出身で、気取りがなく、癇癪もちで、しかし面倒見が良く、多くの弟子たちに慕われ、同時に多くの敵に憎まれた。そういう非常に人間味のある人の生涯をとても丁寧に面白く描いてあった。こんな偉人が切り拓いた医学・医療という世界で仕事をしていることに、感謝と誇りの気持ちが湧いてくる、そんな本だった。

2018年10月11日

疫学の誕生 『感染地図 歴史を変えた未知の病原体』


医師なら、医学部の授業のどこか(たぶん疫学)で教わったことのある話。

医師ジョン・スノーと、聖職者ヘンリー・ホワイトヘッドが、1854年にロンドンのソーホー地区で発生したコレラを終息させるまでを描き、さらに終息後の奮闘までフォローアップしてある。本書では特に、医学素人であるホワイトヘッドが果たした役割(地域住民からの信頼など)に価値があったことを見抜いている。読んでみると分かるが、ホワイトヘッドのような人がいてこそ、専門職は本領を発揮できるのだ。

ちょこちょこと歴史話や雑学などが入るため、少しかったるいと感じられる部分もあったが、全体を通じてみれば面白い本だった。

2018年10月9日

アルコール問題と重なって見える…… 『新訳 ジキル博士とハイド氏』


タイトルは超有名だが、読んだことのある人は意外に少ないかもしれない。手にとってビックリ。こんなに薄い本だったとは……。しかも主人公はジキル博士ではない。ハイド氏でもない。ジキル博士の親友で、弁護士のアタスンなのだ。

大雑把なストーリーは知っている人も多いだろう。ジキル博士が、自ら開発した薬を飲むことで凶暴な人格ハイド氏になってしまう。このハイド氏のことを、ジキル博士は恐れてもいるが、同時に憧れてもいる。それも当然で、ハイド氏の人格はまったくの外部から来たものではなく、ジキル氏が日ごろ抑え込んでいるものなのだから。簡単に言うと、ハイド氏になればスカーッとするわけである。この感覚にジキル博士はハマりこんでいく。

人間の二面性を描いたとも言えるだろうが、俺には自らのアルコール問題と重なって感じられた。とうとうジキル博士は自殺を選ぶのだが、こういう結末も、まるでアルコール依存症の人である。

ところで、この小説は当時の外科医ジョン・ハンターから着想を得たという。そもそもの読むキッカケは、『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』を読んで興味を持ったからである。ジキル博士が住んでいるのは「昔の外科医の家」であり、その外科医こそジョン・ハンターなのだ。

どんでん返しがあるわけでもなく、知っているストーリーをなぞるだけの読書ではあったが、それでもさすが名作として残っている古典だけあって、充分に面白かった。

2018年9月25日

死刑廃止を願った死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンの人生 『死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』


「死刑執行人」というから、どんな非情で恐ろしい人物かと思って読み始めたが、これがぜんぜん違っていた。この先入観、偏見こそ、本書の主人公シャルル=アンリ・サンソンが当時受けていたのと同じものだろう。予備知識なしとはいえ、自らの内にある偏見を恥じた。

サンソン一族は200年にわたって死刑執行人を務めたという。シャルル=アンリは4代目当主であり、ルイ16世を敬愛しており、そしてフランス革命のときに、その敬愛するルイ16世に死刑を執行した人物である。そのときの苦悩や葛藤も本書では描かれている。

文章は読みやすくて飽きさせない。主人公は魅力的。全章を通じて、まるで小説を読んでいるような感覚であった。もちろん、題材が死刑執行人なので、残酷な描写はところどころあった。読みながら、首筋のあたりがひんやりしたことは確かである。そういうのが苦手な人は読まないほうが良いかもしれない。

2018年9月21日

支援者必読! しかし、邦題がミスリーディング!! 『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』


アメリカのある病院は、オペ室が常に予定手術で満杯なうえ、予定外の緊急手術が頻繁に入りこみ、そのせいで慢性的なオペ室渋滞に悩まされていた。病院から依頼されたコンサルタントが調査した結果、この病院に勧めたのは、オペ室を一つ「空けておく」ということ。すでに予定手術で満杯なのに……。当然、外科医らは反発した。しかし、いざ実行してみると、なんと大幅に改善されたのだ。

いったい、なにが起こったのか。

「オペ室を一つ空けておく」ことで、緊急の「予定外」手術はそこで行われるようになった。すると、これまで予定外の手術のためにずらしたり調整したりが必要だった予定手術がスムーズにいきだした。急な調整による時間外労働がスタッフを疲弊させていたので、それらが解消されたことでスタッフの負担は大幅に減り、それがまた手術のスムーズさにつながった。

予定外の緊急手術のためにオペ室を一つ空けておくのは、「予定外」を常に起こりうるものとして考え、「予定外を予定しておく」ということ。つまるところ、「予定外」の手術とはいうものの、それが頻繁に入り込むのであれば、それは「予定された予定外」であり、そもそも「予定外」という言葉のほうが間違っていたのかもしれない。

時間でも金銭でも仕事でも、この「予定外を予定した」緩衝材があるだけで、負の連鎖に落ち込まずに済む。

本書は、お金や時間の「欠乏」がいかに人間の処理能力を劣化させるか、そして、適度な緩衝材があれば、その劣化をかなり防ぐことができる、ということをテーマにしている。

それなのに、それなのに。

なんでこんな邦題をつけたのやら……。これではまるで「タイム・マネジメントの自己啓発本」みたいだ。実際には時間だけでなく、というより、時間以上に、お金、貧困といったことを中心に語られていた。表紙も文庫版、Kindle版ともに、かなりミスリーディングなものである。


ちなみに、英語版のKindleはこんな感じ。


英語版のペーパーバックはこんな感じ。

本書では時間やお金、その他なにかの「欠乏」「貧困」が、その人のもっている本来の処理能力をいかに浸食し低下させるか、ということについて詳しく論じてある。その影響力は予想以上に大きいだけでなく、本人の無意識下で起こることなので気づかれにくい。さらに「欠乏」「貧困」を支援するはずの人たちの無意識下でも強く影響を与えていて、問題の原因を支援を受ける人たちの「人格」「人間性」に帰結しがちとなる。

読みながら、これは自分と家族の今後についてためになる本だと確信した。それと同時に、精神科領域における支援者として活かせるヒントに満ちていると感じた。まだ具体的な言葉にはできないが、支援する際に活用できる「考えの種」をこころにまいたような気がする。

支援のヒントを探し続けるすべての支援者にとって、大いにためになる本だろう。

2018年9月20日

「発達障害」の人からみた外界と、彼らの内界を巧みに小説化 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』


いわゆる「発達障害」、それもおそらく前に高機能とつくタイプの少年(高校生くらいか?)が主人公。彼の視点からみた外界の描写は興味深く、また彼の内界の描写が突然に(多くの読者にはそう感じるだろう)挿入されるのも、決して読みやすくはないが、こういう特性を持った人たちの感覚を追体験するようで面白い(現実には感覚の個人差が大きいだろうが)。

発達障害の人の家族、支援者が読むと、彼らへの支援のヒントが得られるのではなかろうか。もちろん、小説としてもそれなりに面白いものである。たいていの小説は読みながら主人公に感情移入するものだが、本書ではおそらくほとんどの人が主人公のクリストファーには感情移入しないし、できない。頑張ればできるかもしれないが、簡単ではない。これがまさに発達障害の人をとりまく現実であろう。そのあたりを、とても上手く計算して構成しているように感じた。

2018年9月18日

リンカーン・ライム・シリーズの9作目は電気が凶器だ! 『バーニング・ワイヤー』


脊髄損傷を負ってしまった犯罪科学者リンカーン・ライムのシリーズ第9弾。凶器は電気。

電気って怖いなぁ、なんてチープな感想を抱きつつ読んだ。これまでの作品が名作揃いだっただけに、ちょっとパワー不足を感じたことは否めないが、それでも決してハズレではなかった。

著者のディーバーは弁護士でもあるからか、どの作品にも社会問題が絡めてある。今回は日本でも話題の電力問題についてで、「自然派」の人たちへのちょっと皮肉のきいたセリフなどもあり面白かった。