2015年9月30日

もの凄い疾走感で引っ張られていく 『知らない映画のサントラを聴く』


とにかくもう、もの凄い疾走感で引っ張られていく。カバーイラストはラノベ調で、文章全体からもそういう雰囲気は漂うのだが、言葉の選び方、ストーリーの運び方、登場人物の人数や設定などが絶妙で、読後感もスッキリのとした良い小説だった。

恋愛小説とは銘打ってあるが、俺はほろ苦さと切なさを含んだ青春小説に感じられた。騙されたと思って読んでみて欲しいくらい、お勧め。

2015年9月28日

責任能力とはなんぞや……? やっぱり難しい…… 『死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人』


大阪で若い姉妹が刺殺された。犯人はその数年前、17歳の時に自分の母親をバットで撲殺して3年間を少年院で過ごしていた。少年院では広汎性発達障害と診断を受け、裁判での精神鑑定では人格障害と診断されたこの若い男が、どういうふうに育ち、どうやって母や女性2人を殺害するに至ったのか。そしてこういう加害者、加害者予備軍を、この社会はどう扱っていけば良いのか。あれこれ考えさせられる本だった。

姉妹殺人に関しては同情の余地なしなのだが、母親殺害に関しては、筆者らが取材した幼少期から思春期までの生育環境を読む限りでは、決して許されることではないにしても同情はしてしまう。というのも、この殺害された母親がかなりだらしない生活をしており、加害者は育児放棄に近い扱いを受け続けていたからだ。本書を読むと、殺人や責任能力とは別の社会問題についても考えさせられる。

最後に、
「発達障害やアスペルガー症候群だから犯罪に手を染めやすいということは断じてない」
本書で何度となく繰り返されていることだが、俺もまったくその通りだと思う。

<関連>
グロテスクな一冊 『自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』

2015年9月25日

質・量ともに、大人が読むのにちょうど良い!! 『予告犯』


非常に面白いコミックだった。最近映画化され、CMで面白そうだったので原作を読んでみた。

新聞紙で作った覆面をかぶり、ネット動画で犯罪予告を行なう男と、彼を追う警察との攻防が描かれる。随所にネットスラングやネットサーフィンで見慣れた画面が出てきて、時には実在の人物や団体を風刺した内容が盛り込まれるので、ニヤリとしたり思わず吹き出したりする。

3巻で完結する分量と中身のバランスがとても良い。海外での評価も高いようで、映画を観る前に読んでみても良いんじゃなかろうか。

2015年9月24日

「病院食が美味しくない」と市議会で問題視された

病院食が美味しくない、と市議会で取り上げられたらしい。

おいおい……。

まず、うちの病院は市立ではないから、市議会で問題にしてもほとんど意味がないのではないか? 知人の市議会議員に文句を言った人がいるのかもしれないが、それは筋違いであろうし、それを議会に持っていった議員も何を考えているのだか……。

それから、現在は病院食は外部委託していて、もしも市議会がその会社に「病院食の味」の改善を求めたとしたら、それはそれで問題があるような気がする。経営や衛生面の改善を市が求めるならまだ理解はできるが、味はねぇ……。

病院で当直もしている師長によると「確かに美味しくない」らしいのだが、それが議会で取り上げられるという前代未聞さに驚き呆れてしまった。

ところで俺は、家の中でも外でも人が作ってくれたものを「美味しくない」と感じたことがほとんどない(※)。舌の許容範囲の最低ラインが低いのだろう。この最低ラインが高い人は大変だね。


※医学部時代に家の近くにあった中華料理屋の野菜炒めは食べられたものではなかった。まずいというより、油の中に野菜が浮いていると表現したくなるくらい油だらけだったのだ。

2015年9月18日

僕の父は母を殺した

小学校6年生の時に、実父が実母を殺した。

事件当初は、母が酔った上での溺死と思われた。父と二人で支え合いながらの二年間を過ごし、そして父は著者の目の前で詐欺容疑にて逮捕される。それからしばらくして、テレビニュースで父が母を保険金目当てで殺人したという情報を知ることになる。


著者は父を激しく憎み、それから何年もの間、万引きやバイク泥棒と素行は荒れ狂い、自殺未遂も繰り返した。そしてついに、自らの前進のため拘留中の父と会う決意をする。

父と直接に話し、手紙をかわし、著者は裁判では認められなかった「父にとっての事実」を知る。しかし、だからといって、「裁判では認められなかったが、父の言い分のほうが真実だ」とは主張しない。あくまでも「父の話」であり、周囲はともかく自分はそれを信じる、と明言するに留めている。そして、父が高裁で死刑判決を受けた後も、なんとか死刑を免れるように手を尽くす。

「死刑に反対というわけではない。ただ、自分は加害者家族であると同時に、被害者遺族でもある。そして自分のように、被害者遺族が死刑判決を望まない、そんなケースもあるのだということを伝えたいだけ」
そういうふうに著者は語る。

本のカバーに顔も含めた全身の写真を使い、実名を明かしたうえで、こういったことを主張していくのは相当に勇気が必要だっただろう。また不利な扱いを受けることも多かっただろう。それでも著者は腹をくくって、表舞台で堂々と自分の考えを訴えている。

冗長さもなく、スッキリとまとまっており、時おり涙ぐまずにはいられなかった。

どうにもショボい「元少年A」とは大違いである。

2015年9月16日

天才神経内科医オリヴァー・サックスが自らに起きた転落事故と入院体験を語る 『左足をとりもどすまで‏』


「天才」という言葉にふさわしい神経科医であるオリヴァー・サックスが、自ら登山中に転落して左足に受けた障害から立ち直るまでを描いたもの。時に詩的な、時に臨床医学的な、さまざまな言葉を使いながら、日記のような考察のような、そんな一冊を織りなしていく。

サックス先生は、自らが入院することで、「患者になる」とはどういうことかを書いている。それは「体系的に個人化されることなのだ」とサックス先生は言う。この本は1983年頃に書かれているようだが、それから30年以上がたった今、医療はどのようなものになっているだろうか。幸か不幸か、自らが大病をしたことがない俺にとっては判断のしようがないが、サックス先生が入院した当時よりは良い医療を提供していると思いたい。

左足に大けがをしたサックス先生は、その「左足が自分のものでない」ような奇妙な感覚に悩まされる。そういえば、俺も19歳の時に右の人差し指を骨折したことがあった。その時には、その人差し指が自分のものではないような感じがする、ということはなかったが、違和感があったのは確かだった。そういう違和感を深く考察する若者であれば、今の俺はもう少し違ったところにいるのかもしれない。

2015年9月15日

「目を背けてはいけない、これが世界の真実だ!」 なんてことはない。そこにどういう意味を見出すか、どんな時代の空気を読み取るか、それはすべてあなた次第 『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録』


ピュリツァー賞を受賞した報道写真が、時代背景や写真撮影時のエピソードとともに掲載されている。1942年から現代のものまで、各年で見開き2-4ページくらい。中にはショッキングなものもあるし、思わず涙ぐみそうになるような写真もある。

「目を背けてはいけない、これが世界の真実だ!」

ということはない。「写真」とはいうものの、どんな写真家であっても真実を写すことは不可能である。多くの場合、撮影者の意図があり、目的がある。そういうものはなく、ただタイミングが良くて撮れた写真(※)だとしても、その出来事の「真実」を写しているわけではない。あくまでも「場面」を切り取っているにすぎない。

そこにどういう意味を見出すか、どんな時代の空気を読み取るか、それはすべてあなた次第なのである。

ようやく読み終えたと思ったら、第2版である2015年の最新版が刊行されてしまった。さすがに追加で買うことはしないが、これから買おうと思う人は間違うことなく最新版を購入するように!!

※例えば有名な「ハゲワシと少女」という写真は偶然の産物であるが、これがどうやって撮られたのか、そして世界中から非難を浴びた撮影者がなぜ自殺したのかについては、『絵はがきにされた少年』に詳しく書いてある。

2015年9月14日

心のどこかに引っかかって留まり続ける一冊 『絵はがきにされた少年』


とんでもなく面白いというわけでもないのに、なぜか心のどこかに引っかかって留まり続けるような内容の本。

多くの日本人にとっては非常に縁遠いであろうアフリカ。そこに長年滞在したジャーナリストが、アフリカのいくつかの国の現状や歴史、自らの体験、調べたことや感じたことなどを綴ってある。

表題作『絵はがきにされた少年』では、裸でクリケットをやっていた少年が、村にやって来たイギリス人に写真を撮られる。当時の少年は写真というものを知らず、成人してから自分の写真が外国で絵はがきになっていたことを知って驚く。彼はそのことについてどんなことを想い、感じ、どんな行動をとったのか。決して派手ではないが、多くの人の予想を裏切るんじゃないだろうか。

他にも『ハゲワシと少女』というピュリツァー賞をとった写真の裏話(実はみんなが考えているような写真ではなく……というもの)と、その写真を撮ったカメラマンが自殺したことに関する真相など、短いエッセイはいずれも興味深かった。アフリカにはあまり興味がなかったけれど、なんだか少しだけ心が惹かれるようになってしまった。

2015年9月11日

死者を鞭打ちたくなるほどの衝撃 『家族喰い』


兵庫県尼崎市を中心に発覚した大量変死・失踪事件を地道に追いかけたルポ。

これまでにも殺人事件をあつかったルポは何冊か読んだが、この事件はとにかく人間関係が複雑に絡んでいて、読んでいても誰と誰がどういうつながりでどうなっているのか頭が混乱しそうだった。いや、実際に混乱した。

主犯とみられる角田美代子は逮捕後に拘置所内で自殺した。彼女は相手が自分より弱いか強いかを見抜く目が圧倒的に優れていた。そして弱い者には徹底的に攻撃的に、強い者にはとことんへりくだる。そうやって自らの王国を築き上げていった。

死者を鞭打つのは心苦しいものだが、この角田美代子については、死んでもなお厳しく鞭を打たれ続けなければならないだけの業がある。

安らかに眠っている場合ではないぞ、オバハン。

2015年9月10日

こころと人生


河合隼雄の講演を文書化したもの。児童期、青年期、中年期、老年期に分けて、思うところを語ってある。たった4回の講演を文書化したものなので分量は多くない。

河合の本を何冊か読んだ後では、とりたてて目につく話はなかったので、フーンと思いながら読んだ感じだが、たまにはこういう本に触れて「あぁそうだ、自分は精神科医だった」と思い出さなければいけないかな。

2015年9月8日

安保法案に興味がある人であれば立場を問わず読んでおくべき一冊 『メディア・コントロール―正義なき民主主義と国際社会』

安保法案というと、賛成派でも反対派でも、多くの人が「アメリカ」の存在を意識すると思う。ではそのアメリカが、どういう外交戦略をとり、実際にどういうことをしてきたのか、ということを真っ正面から指摘して突っ込んでいるのが本書。著者は現代における知の巨人とも言われるノーム・チョムスキー


2001年9月11日のテロ以前は、あまり深く考えることもなくアメリカ礼賛主義であったが、その後の対テロ戦争という大義と、アフガニスタン爆撃やイラク攻撃などを見て、アメリカはちょっと危ない国なのではないかと感じ始めた。素晴らしいところがたくさんあるのは確かだと思うけれど、どうもそれだけじゃないぞ……、という警戒感。

一般人を巻き込んだテロへの報復が大義として成り立つのなら、アメリカの首都ワシントンだって他国から報復攻撃を受けるだけの充分な資格があるではないか。ベトナムを見よ、ハイチを思い出せ、アフガニスタンやニカラグアやパナマでやったことをふり返れ。というのが、これまでアメリカがやってきたことを「大義」という色眼鏡をつけずに見据えたチョムスキーの、ちょっと過激だが、確かに一理あると思わせる意見。

今のところ、俺は安保法案に対して消極的賛成派だが、本書は賛成か反対かに関わらず、安保法案に興味がある人であれば立場を問わず読んでおくべき一冊だろう。平和憲法云々の議論は置いといて、アメリカと超親密な蜜月関係を築いて保つことが本当に良いことなのかどうか、考えさせられること請け合いである。

2015年9月4日

邪悪、とにかく邪悪、ひたすら邪悪。その邪悪さに怖くなる 『模倣犯』



面白い本を読むという快感を長時間にわたって与えてくれる本。

多くの登場人物の背景を細部まで描くところが宮部みゆきらしく、そこが読者の好みを分けるかもしれない。小説の奥行きはぐっと深まるのだが、ストーリーのスピーディな展開を期待する人にはもどかしいだろう。

殺人には加害者と被害者がいるだけでなく、加害者にも被害者にも、家族や恋人や友人がいる。そして、そういう人たちで織りなしている社会という布地の1ヶ所が殺人で破れると、その周りが次々とほつれていく。本書ではそういう「ほつれ」の残酷さや切なさが大きなテーマで、だからこそ「こんな脇役についてもここまで背景・細部を描写するか」と思えるほどに描きこまれていて、それが実際に活きている。

犯人の底なしの邪悪さには怖気を感じるほどである。小説とはいえ、よくもまぁこれほどグロテスクな内面を持つ人間を描き切ったものだと感服する。

ストーリーは充分にハイレベルで面白いのだが、最後が若干大味になった感がある。宮部みゆきの本には、時々こういう「突然の来客で部屋を慌てて片付けた」ようなラストのものがある。そんなところもひっくるめて、宮部みゆきの魅力、かな?

2015年9月2日

チェックリストのハウツー本ではなく、どうやればあらゆる分野でのミスを減らせるかがテーマ 『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』


外科医の失敗談から話が始まり、第二次大戦の爆撃機の事故とチェックリスト、現代の航空機や高層ビルの建築法とチェックリスト、災害、料理、投資とチェックリスト、といった話題を、非常に興味深く分かりやすく示してくれる。そして最後は外科手術とチェックリスト。

この本はチェックリストのハウツー本ではない。あくまでも、どうやればあらゆる分野でミスを減らせるかについて「チェックリストを中心にして」語ってあるものだ。原題は『The Checklist Manifesto:How to Get Things Right』であり、日本語タイトルの『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』で思い浮かべた内容とは大幅に違う。

語り口は平易で、中身が深い。こういう本こそ素晴らしいと思うし、多くの人に読んでみてもらいたい。読んだうえで、チェックリストを使うかどうかはどちらでも良い。単純に、読み物として面白いのでお勧めである。

ところで、「チェックリスト」という単語をこんな短期間でここまでたくさん目にしたのは生まれて初めてだし、「チェックリスト」をこんなにたくさん書いたのも初めてだ(ここまででタイトルと英語を含めて13回)。

ちなみに著者は、『医師は最善を尽くしているか― 医療現場の常識を変えた11のエピソード』のガワンデ先生。