2019年11月29日

タイトルが堅すぎるが、中身は依存症治療に携わるすべての人に読んでみて欲しい良書 『ハームリダクションアプローチ やめさせようとしない依存症治療の実践』


一年半前に読んだ『アルコール依存症治療革命』では、俺の脳内で本当に革命が起こった。
革命家・成瀬先生が新たに出された本、ということで期待して読んだ。
しかし、内容的には『アルコール~』に書かれていたことを薬物・処方薬へと広げたもので、一年半前のような興奮は感じなかった。

これは、少しも残念なことではない。

なぜなら、あの革命がいまなお脳内で生きているということだからだ。

では、人に勧めるなら『アルコール~』とどちらだろうか。
それは人による。
アルコール依存症にだけ関わる人なら前著で良いし、他の依存症にも関心があるなら本書だ。

残念な点を一つあげるならタイトル。
「ハームリダクション」という単語は、依存症に関わる人にはかなり普及しているが、医療者でさえ「なにそれ?」という人はまだまだいるし、たとえ聞いたことがあったとしても、
「あぁ、HIV予防のために、麻薬常習者に注射器を配ったあれね」
くらいの人も多いだろう。
そういう人たちに本書を読ませ、依存症治療への意識を改革する、ということを目的にした場合、このタイトルでは届きにくいのではなかろうか。
『アルコール依存症治療革命』のように、もっとポップに、『依存症、これだけ!』とか、出版社は違うが『ねころんで読める依存症治療』とか、そういう手に取りやすさを重視しても良かったのではなかろうか。

以下、本書で時おりまとめられるポイントを引用。

【依存症に関係する人間関係6つの問題】
  1. 自己評価が低く自分に自信をもてない
  2. 人を信じられない
  3. 本音を言えない
  4. 見捨てられる不安が強い
  5. 孤独でさみしい
  6. 自分を大切にできない
    ※自分は親からさえ受け入れられていない、他人から受け入れられる価値がない、と誤解している。

【依存症患者の背景にみられる具体的な特徴】
  1. 本当は、完璧主義できちんとしなければ気がすまない。
  2. 本当は、柔軟性がなく不器用で自信がない。
  3. 本当は、頑張り屋であり頑張らなければと思っている。
  4. 本当は、根はきわめてまじめである。
  5. 本当は、やさしく人がいい。
  6. 本当は、気が小さい・臆病・人が怖い。
  7. 本当は、恥ずかしがりで寂しがりである。
  8. 本当は、自分は人に受け入れられないと思い込んでいる。
  9. 本当は、自分は人に受け入れられたいと思っている。
  10. 本当は、生きていることがつらくて仕方がない。

【依存症患者への望ましい対応10カ条】
  1. 患者一人ひとりに敬意をもって接する。
  2. 患者と対等の立場にあることを常に自覚する。
  3. 患者の自尊感情を傷つけない。
  4. 患者を選ばない。
  5. 患者をコントロールしようとしない。
  6. 患者にルールを守らせることに囚われすぎない。
  7. 患者との1対1の信頼関係づくりを大切にする。
  8. 患者に過大な期待をせず、長い目で回復を見守る。
  9. 患者に明るく安心できる場を提供する。
  10. 患者の自立を促す関わりを心がける。

【「ようこそ外来」は「ハームリダクション外来」である】
  1. 外来に来たこと自体をすべてのスタッフで評価・歓迎する。
  2. 覚せい剤使用については通報しない保証をする。
  3. 本人が問題に感じていることを聞き取る。
  4. 本人がどうしたいかに焦点をあてる。
  5. これまでに起きた問題点を整理し解決案を提示する。
  6. 依存症について説明し適時必要な情報提供をする。
  7. 外来を正直な思いを安心して話せる場とする。
  8. 外来で治療を続けられるように最大限配慮する。
  9. 断酒・断薬を強要しない。再飲酒・再使用を責めない。
  10. 患者の困っていることに焦点を当てて関わる。
  11. ※患者の人権を尊重して信頼関係を築くことを優先する。

【依存症治療「7つの法則」】
  1. 依存症は「病気」であると理解できれば治療はうまくいく.
  2. 治療を困難にしている最大の原因は,治療者の患者に対する陰性感情である.
  3. 回復者に会い回復を信じられると,治療者のスタンスは変わる.
  4. 依存症患者を理解するために「6つの特徴」を覚えておく.
  5. 依存症患者の飲酒・薬物使用は,生きにくさを抱えた人の「孤独な自己治療」
  6. である.
  7. 断酒・断薬を強要せず再飲酒・再使用を責めなければ,よい治療者になれる。
  8. ※断酒・断薬の有無に囚われず信頼関係を築いていくことが治療のコツである。

【ハームリダクション臨床の心得10カ条】
  1. 患者中心のスタンスを常に維持する。
  2. 患者に敬意をもって誠実に対応する。
  3. 患者との信頼関係づくりを優先する。
  4. 患者の現状をそのまま肯定的に受け入れる。
  5. 患者の問題行動は症状の影響が大きいことを理解する。
  6. 治療目標を断酒・断薬に焦点づけしない。
  7. 患者の飲酒・薬物使用を責めずに受け入れる。
  8. 患者が困っていることに焦点づけする。
  9. 患者の飲酒・薬物使用に囚われず患者の害の軽減を目的とする。
  10. 患者に陰性感情をもたずに寄り添っていく。

2019年11月22日

日本初の「処方薬依存をテーマにした本」 『処方薬依存症の理解と対処法』


日本初の「処方薬依存をテーマにした本」。

いや、実際にはタイトルに「処方薬依存」を冠したものもあるのだが、中身は精神医療批判に近く、純粋に「処方薬依存」を扱っているとは言い難い。

本書はアメリカのジャーナリストによるもので、筆者自身が弟を処方薬依存で喪っている。

内容はかなり中立的、包括的、支持的であったが、治療者にとっては専門的な部分が物足りず、当事者にとっては分量が多すぎる感があり、なんとなく「帯に短したすきに長し」という印象だった。

翻訳も少々ぎこちない。

2019年11月18日

復刊か電子書籍化が強く望まれる良書! 『依存症から回復した大統領夫人』


アメリカのフォード大統領夫人ベティはアルコール依存症だった。そして、処方薬依存でもあった。彼女は自らの依存症を克服し、全国民にカミングアウトし、さらには依存症治療施設を創りあげ、多くの依存症者とその家族を救ったのである。

Wikipediaによると、米国では「ベティ・フォード」が依存症治療施設をさす一般名詞として普及し、「ベティ・フォードに行くべきだ」というのは、ベティ・フォード・センターではなく「依存症治療施設に行くべき」の意味になるらしい。

本書は彼女の回復記であると同時に、センター立ち上げの記録でもある。

非常に優れた本だった。

2019年11月11日

「回復」「解放」への提案 『もちきれない荷物をかかえたあなたへ アダルト・チャイルド、そして摂食障害・依存症・性的虐待……いくつもの課題をのりこえる生き方の秘訣」


アルコール依存症の親を持つ人たちへの援助を任されたクラウディア・ブラック。ところが、援助を受ける人たちの年齢層はバラバラで、小さな子どもから青少年、中高年の人たちまでいる。幅広い年齢の人たちに、同一の援助を行なっても効果的ではない。

そこで彼女は、被援助者を3つのグループに分けた。

12歳までのヤング・チャイルド・グループ。
13歳から19歳までのティーンエイジ・グループ。
20歳以上のアダルト・チャイルド・グループ。

そして、この「アダルト・チャイルド」(AC)という言葉がアメリカ、そして日本で爆発的に広まることになる。

もともとはアルコール依存症家族で育って成人した人の意味だったが、現在では日本だけでなくアメリカでも「機能不全家族で育った人」というように拡大されている。

ブラック自身は、このアダルト・チャイルドという言葉の流行と拡大に対して、ちょっと危惧を抱いていたそうだ。

アダルト・チャイルドは病名でも医学用語でもない。

機能不全家庭で育ったがゆえの問題から回復しようと取り組んでいる人、援助を受けている人のことである。決して、「自分はアダルト・チャイルドだから」という言い訳のための言葉ではない。重い荷物をおろすための気づきを与えてくれる言葉なのだ。

本書では、そんなアダルト・チャイルドがどうやって荷物をおろしていけば良いのかのヒントをたくさん提示してくれている。

治療者としても回復者としてもためになる良い本であった。

2019年11月8日

誰からも記憶されない女性が、生活改善アプリに毒されていくディストピアでたくましく生き抜く物語 『ホープは突然現れる』


主人公ホープは、誰からも記憶されない特殊体質を16歳で発現してしまう。両親や友人から徐々に忘れられ、人と会っても数分で忘れ去られてしまう。

そんな彼女の生きる術は、泥棒。

舞台は「パーフェクション」というスマホアプリが広まりつつある世界。この生活改善アプリによって画一化されつつある人々の暮らしぶりは、どことなくオーウェルの『1984年』で描かれたディストピアを彷彿とさせる。オーウェルが描いた「ビッグ・ブラザー」の役割を、本作では「パーフェクション」というアプリが担っている。

作者クレア・ノースの第一作『ハリー・オーガスト、15回目の人生』は心に残る名作だったが、こちらも「世界幻想文学大賞」を受賞したのが頷ける素晴らしい作品だった。

余談だが、この小説の映画化は絶対不可能だろう。「誰からも記憶されない」ということを映像では表現できないから。小説でしか描けない物語という点でも価値ある作品。

2019年11月7日

田代まさしさん逮捕へのコメントを見て思うこと

田代まさしさん逮捕で、普段かなり見識ある発言をしている人でも「薬物こわい」にフォーカスを当てすぎていて残念である。というのも、「こわい」にとらわれすぎると、「手を出したら終わり」になるし、それは容易に「そんなものに手を出した奴が悪い」に変わってしまう。

実際には、ハマらない人も、回復する人もいる。
意外かもしれないが、
「覚せい剤はしばらくやったことあるが、合わなかった」
と自然にやめてしまい、依存症に至らずに済んだという人は少なくない。
決して「手を出したら終わり」ではないのだ。酒やタバコと同じで、悪い意味での相性がある。相性が合うと、すんなり入って、そこから抜け出せなくなる。

本当に「こわい」のは薬物ではなく、田代さんが再使用するに至った個人的な問題や環境、入手経路が身近にあるという社会的な背景などのほうだし、もちろん依存症そのものが「こわい病気」である。

たとえば、糖尿病はこわいが、糖はこわくない。高血圧や動脈硬化はこわいが、塩分や脂質はこわいものではない。
もちろん違法か違法でないかの違いはあるし、それは社会的には重要なところだが、医療において「病気」として考えた場合、こわいのは「依存症」であって「薬物」ではない。

それから、「反省して欲しい」というコメントも見られるが、田代さんに対して世間が反省を求める必要などない。当たり前だが、使用した本人が最も後悔しているし、そもそも依存症は「反省で治る病気」ではない。
いくら反省しても再発は起こりえるし、反省なんてしなくとも回復することだってある。

これは、医療者であれば、臨床現場でのヒヤリハットやアクシデントに置き換えてみると分かりやすい。

ミスは起こりうる。だから対策を練る。

反省していないから、反省が足りないから、ミスが起こるわけではない。もっと反省すればミスが減るというわけでもない。
依存症も、反省よりは対策が重要かつ有効なのだ。


余談ではあるが、田代まさしさんがいた「RATS & STAR」には「ドブネズミからスターになる」という想いがあったそうだ。

鈴木雅之率いる不良グループがドブネズミからスターを目指したのに対し、法政大学に進学した甲本ヒロトは「リンダリンダ」で「ドブネズミみたいに美しくなりたい」と歌い上げた。

ドブネズミにまつわる二つのグループの対比が、なんだか美しい。

ちなみに、「RATS & STAR」は、逆から読んでも「RATS & STAR」である。

2019年11月1日

アンリミテッドで読める秀逸な怪談3冊 『寒気草』『崩怪』『坑怪』


Kindleアンリミテッドに『寒気草』という本があったので読んでみたところ、これが非常に面白かった。怪談はこれまでもたくさん見て聞いて読んできたつもりだったが、まだまだいろいろなレパートリーがあるものだなと感心した。いかにも日本的な怪談が多く、背筋がゾッとするようなものもいくつかあった。

作者は神沼三平太という怪談作家。この人の文章は日本語がきちんとしていて、怪談の導入、展開、オチがリズムよくて間延びせず、真実味と虚構感のバランスもとれていて、とてもクオリティが高い。読みやすくて、ついついたくさん読んでしまい、気づくと、普段は気にならないあちこちの暗闇が怖くなる。

とはいえ、すべての本が秀逸というわけにはいかず、何冊か損切りしたものもある。そんななかで上記3冊はオススメできる。