2015年11月20日

「眼球とは、剥き出しになった脳である」という言葉を思い出す一冊 『心の視力‏』

森の中で生活し、森から出たことがないという人は、遠近感覚が凄く乏しいらしい。自分から一番遠いものが2メートル先という生活を続けると、脳がそのような環境に適応してしまうのだ。

あるピグミー族の男性を森から連れ出した人の手記によると、そのピグミーの男性は遠くにある山を手でつかもうとした。さらに車で移動中に、
「あの虫は何だ?」
と言うので、彼が指さすところを見るとバッファローであった。森の中で生活している限り、「小さく見えるもの」は小さいのだ。ところが広い世界には遠近がある。結局、この男性は車がバッファローのいる場所を通り過ぎるまで、決して窓を開けようとしなかったそうだ。彼にとって「徐々に大きくなっていくように見える虫」が、どれほどの恐怖と衝撃を与えたのか、想像すると面白い。

これと似たような体験を中学3年生の時にしたことを思いだした。日本の山田舎で育ったので、ピグミーの男性ほどではないにしても、遠くにあるものはせいぜい数キロ先の山であった。夏休みに祖父とアメリカに10日ほど滞在し、グランドキャニオンに行った。あの雄大な景色を見た瞬間、遠近感がずれたような感じがした。遠くにあるのか近いのか、大きいのか小さいのか。知識ではちゃんと分かっているのに、知覚のほうが追いつかない。目まいがするようなその感覚に、胴震いしたほどである。


本書の原題は『The Mind’s Eye』。オリヴァー・サックスは様々な本を書いているが、今回は知覚の中でも特に眼と脳の関係について、自らが出会った症例と自分自身の体験から深い考察をしている。仕事で眼に関わる人、脳に関わる人、好奇心旺盛な人に勧めたい一冊。

ところで、邦題は『心の視力』であるが、日本で視力と言った場合、一般的には「1.0」とか「0.3」とか乱視とか遠視とか、そういうものを思い浮かべる。このように「視力」という日本語は、眼という器官に集中しすぎるところがあるが、本書のテーマはあくまでも「眼と脳」であり、「Eye」を敢えて「視力」と訳さずとも、『心の目』あるいは『心眼』としたほうが内容的にもしっくりくるのではなかろうか。

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