2019年1月17日

「認知症という生きかた」を探る 『認知症の人々が創造する世界』


施設に入所している認知症の人が、スタッフの手に負えないくらい興奮するなどの問題で入院になることがある。入院後も興奮を引きずる人はいるが、特になにか新たな治療をすることもなく落ち着くケースもある。施設に問題があるとか、入院治療が素晴らしいとか、そういうことではなく、多くの場合、その人にとっての「興奮スイッチ」「静穏ポイント」といったものがマッチするかどうかなのだろう。

看護師である著者は、認知症病棟の人たちと接しながら観察し、彼らの「認知症という生きかた」を探っていく。この「認知症という生きかた」は本文中に出てきた表現で、強く印象に残った。認知症はすぐに命取りになるような病気ではないから、発症後も「彼らなりの生きかた」で人生は続く。それが「認知症という生きかた」だ。そういう目で彼らの行動を見たとき、それまで無意味・無目的だと思っていた行動に、彼らなりの意味・目的があることに気づく。

いやいや、実際そんなふうにきれいにまとまることは少なくて、やっぱり意味も目的も不明のままということは多い。それは著者も充分に承知していて、「やっぱり分からない」というようなことも書いている。しかし、著者の「分かろうとする姿勢」には、大いに学ぶべきところがある。

認知症の診療を行なう者として、大いに刺激になる一冊であった。

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