2012年5月24日

甲子園の想い出

野球はプロも甲子園もまったく興味のない俺だが、生中継で見て記憶に残ったシーンというのが二つだけある。今日は、そんな話である。

一つは、松井秀樹の5打席連続敬遠の試合。1992年8月16日、俺は17歳の夏休みを祖父母の家で過ごしていたと思う。松井のいる星稜高校(石川)と明徳義塾高校(高知)の試合だった。松井が大物だという話はそれまでもニュースで取り上げられていたから、いったいどういう試合になるのかという興味はあったが、わざわざテレビで観ようとも思わなかった。ただ、高校野球好きな祖父がテレビをつけていたので、だらだらと眺めていたという感じ。

この試合の何が俺を熱くしたのかというと、それは相手ピッチャーの精神力の強さ。俺と1歳違うか違わないかの人が、観客席からのブーイングを受けながら、それでも松井に5打席連続でボール球を投げ続けたのは、並大抵の胆力ではできないことだ。俺なら半ベソかくか、キレて観客席に向かって石か泥か投げかねない。今Wikipediaで調べてみると、相手ピッチャーは河野和洋。監督の指示に従って、淡々と敬遠し続けたのは凄い。勝敗にこだわったからこその展開で、これを無気力試合と評価するとしたら、俺はそういう考えの方が嫌いだ。

河野投手がその後どういう人生を歩んだのかが気になった。詳しくは分からなかったが、現在は日本橋学館大学で硬式野球部のコーチをされているようだ

記憶に残るもう一つのシーンは、いつの甲子園だか定かではないし、選手名も分からなかった。そこで調べてみて分かった(ネットって凄い)。1996年の松山商と熊本工の試合で、3対3で迎えた10回裏のことである。1アウト満塁、一打サヨナラの場面。松山商の攻撃で、守る熊本工はそれまでベンチにいた矢野選手を、ライトの選手と交代出場させた。そして数十秒後、打球は大きく弧を描いてライト方向へ飛んだ。まず間違いなく犠牲フライとなる当たりだったが、それをキャッチした矢野選手がホームベースに向かって放ったボールはみごとにキャッチャーミットに突き刺さり、タッチアップしてきた3塁走者を仕留めた。少し荒いが、その時の映像を見つけた。


当時大学の3年生だった俺は衝撃を受けた。なんてすごい選手なのだ。この一打サヨナラの超がつくほど大切な場面で、それまでベンチに控えていて、「じゃお前ライト行け」と命じられて、それでこのプレーである。この矢野選手、これまでに大暴投が頻発している選手だったようで、ノーバウンドでの返球を禁止されていたらしいが、この場面で矢野選手はそれでは間に合わないと判断して思いきり投げたそうだ。それがまさにドンピシャで決まったわけで、この映像は15年以上たった今観ても鳥肌が立つ。

矢野選手はその後、「最後に出てきて、いいところだけ持っていった」と、未だに当時のメンバーから冷やかされるそうで、高校卒業後は松山大でプレーした後、地元の愛媛朝日テレビに入社したようだ。今どうしているかまでは分からない。

この二つの甲子園名場面から、俺はいろいろなことを学んだが、それは敢えて書かない。読んだ人、観る人がそれぞれにいろいろなことを感じてくれれば良い。

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