2011年12月6日

パズーとシータ、二十五年後の物語

珍しく、シャルルから手紙が届いた。
「ママが亡くなった」
下手くそな字で、それだけが書いてあった。

ママ。
おばさん。
ドーラ。
船長。

「シータ……」

そう声をかけると、キッチンで目玉焼きを焼いていたシータが振りかえった。暗い声で呼びかけたはずだけれど、シータはいつもと変わらない表情だ。僕の浮気がばれたあの日以来、シータは常にこんな顔をしている。

「船長が、ドーラが……、亡くなったよ」

喉から振り絞るようにそう言うと、

「あら、おばさまだって人間よ」

シータはいつもの顔で、淡々と料理の仕度を続けた。


僕もシータも、黙々と葬式に行く準備をした。早く行かないと、と思う僕の気持ちとは裏腹に、シータの準備は遅かった。喪服を着て、化粧をして、地味目のアクセサリを選んでつけて、鏡で全体をチェックした後、アクセサリを選び直したのには閉口した。僕は思わず言ってしまった。

「四十秒で仕度しな!!」

まだおばさんだった頃のドーラの生き生きとした顔が思い浮かんだ。目の前がにじんで、鼻の奥がツンとなって、僕は下を向いた。シータが投げつけてきたアクセサリが、僕の頭を直撃した。僕は心の中で言った。

(ぼくの頭は、親方のゲンコツより硬いんだ)

口に出して言っても、多分シータの表情は変わらないだろう。
そう思うと、ため息がもれた。

お墓の前には、たくさんの人が集まっていた。やせてしまってヒゲも真っ白なシャルル。太ってしまったちょびヒゲのルイ。アンリのそばかすは、もう顔どころか首すじにまで広がっている。車いすに座っているじっちゃん。みんな、懐かしい。
それから、目の錯覚かもしれないけれど、飛行機乗りの格好をした豚が一匹、いや一人か、いや一匹、あぁ、どっちでもいいや。きっと、疲れているんだ。

それぞれ別れの言葉を述べて、ドーラの入った棺が土の中に降りて行く。気のせいか、棺の降りるスピードが早い。これじゃ、棺が壊れちまう。

「ブレーキ!!」

思わず、五年前に脳卒中で死んだ親方のような声が出た。周囲の人たちが、急に大声を出した僕を見ている。

「偉そうな口をきくんじゃないよ。娘っこ一人守れない小僧っ子が!」

きっと空耳だと思うけれど、ドーラの声が聞こえた気がした。そう、僕は、シータを守れなかったのだ。いや、守りきれなかったのだ。子どもの頃の、あの空の大冒険の後。本当は、それからの人生こそ本当の冒険で、そこでこそ僕はシータを守らなければいけなかったのに。

帰り道。
僕は無性に、もう一回、シータと明るく笑って過ごす、そういう日々をやり直したくなった。口下手な僕には、こんな時、シータになんて言えばいいのか分からない。
(おばさん、僕はどうしたら……)

「甘ったれんじゃないよ。そういうことは、自分の力でやるもんだ」

また、ドーラの声が聞こえた気がした。シータは、ただ前を見つめたまま歩いている。ドーラの幻の声に励まされて、僕はシータの右手をつかんだ。こんな真剣にシータの手を握るのは三度目だ。
一度目は、恐怖で震えるシータの手をつないで「バルス」と唱えた。二度目は、喜びに打ち震える手をつなぎ「誓います」と大声を出した。
そして、いま、三度目。
僕は、なんて言えば良いのだろう。こんな時、どんな言葉が正解なのだろう。僕たちは、どうやったら、またあの時みたいに一緒に翔べるんだろう。だめだ、僕には……、僕たちには、飛行石が、もうないんだ。

「男が簡単にあきらめるんじゃないよぉ!」

また、ドーラの声。これはきっと、僕の心の中のドーラの声。そうだ、そうなんだ。僕は、僕なりに、僕たちのこれからについて、自分で答えを出すしかないんだ。僕自身の気持ちを言葉にするんだ。シータといたい、ずっといたい。幸せなんて、今すぐ手に入らなくても良い。二人で、じっくり、ゆっくり進めば良い。今日のドーラみたいにいつか天に召される時、お互いが幸せだったって感じられれば、きっとそれで良いんだ。
そのために。
その日のために。
僕は、今までよりも左手に力を込めて、シータの横顔を見ながら言った。

「四十年で仕度しよう」

シータが、いつもの表情を変えずに小声で言った。

「ここはお墓よ。あなたとわたしの」


バルス!!

心の中で、純粋な少年の声がそう叫んだ。

--------------------------------------------------------------------------

(25年前の二人)

セリフは、ほとんどが劇中で使われたもの。
ただただ、なんとなく書いてみた作品。
それにしても、パズーのダメ男っぷりが……。
もう少し明るい話にしたかったのに。

ラピュタファンの皆さん、ごめんなさい。
俺も大ファンです。

10 件のコメント:

  1. ラピュタみてませんがいい話です。

    返信削除
  2. >佐平次さん
    ぜひラピュタをご覧になってください!!
    アニメながら、大人でもかなり面白い映画でしたよ。

    返信削除
  3. これは良い話でした^^

    返信削除
  4. 昨日この話読んで、朝から研究室でラピュタ見ましたwそしてジブリ鑑賞会になっちゃってる現在ww

    返信削除
  5. >キム兄さん
    でもこれ、なーんか暗いですよねw

    返信削除
  6. >あっこ
    研究室でラピュタとか、まじリッチですやん。
    生き方、時間の使い方という意味でね。

    返信削除
  7. 人生はハイライトシーンだけでなく、
    平凡な日々が積み重なっていく、
    活劇の後日談は寂しいものなのかもしれません、
    映像化して欲しいと想いました。

    返信削除
  8. >匿名2013年5月19日 20:34さん
    >人生はハイライトシーンだけではなく、平凡な日々が積み重なっていく

    映画やドラマを観ると、まさに同じことを思います。
    「本当にそれ、ハッピーエンドなの!?」
    と聞きたくなることもしばしば。あと、脇役やエキストラがばんばん死んじゃうようなパニック映画で、それでも最後はきれいにまとまると、遺族のことなんかに想いを馳せちゃいます。

    この小説を映像化するなら、ハリウッドではなくヨーロッパ系の監督でしょうねぇ(笑)

    返信削除
  9. 25年後の自分も、看てみたいような☆でも無いような?複雑に彩られちゃうよね☆性交を納めた自分と路頭に迷う自分とを看るのは怖いようで成りません☆近い将来も遠い未来も看たくない☆今という現在に僕は生かされているのかも失レナイ☆(^―^)/僕等は、今日を件名に生きたい☆だから今、僕の未来は看る器にも成りません☆ハッピーエンドを貴女と過ごす☆そんな未来が良いじゃん☆

    返信削除
    返信
    1. >匿名2014年5月7日 11:08さん
      ……、分かりません。

      削除