2018年2月9日

転勤のご挨拶をしながら思うこと

3月の退職に向け、最終診察になる人たちに挨拶をしている。今回が最後の診察であることを伝えると、涙を流して惜しんでくださる人たちがいて、とても嬉しく、ありがたい。

「残念です」と言われることもあり、それに対して思わず「こちらも残念です」と答えそうになったが、思い止まった。こちらは希望して退職するのであって、決して「残念」ではないのだ。嘘の気持ちを言葉にすることはできない。正しい表現を見つけ、こう伝えている。

「ぼくも、こころ残りです」

始まりは「医師と患者」という関係でも、数年間にわたって月に1-2回も顔を合せていれば、そこに「個人と個人」という要素が少なからず入ってくる。良かれ悪しかれ、「人と人」というのはそういうものだろう。

これからも治療を続けていかねばならない患者さんたちに「こころ残り」を感じる。それが、彼らを治療してきた主治医としての正直な気持ちである。

ある高齢女性は、付き添いのご主人さんと娘さんも含め、三人そろって泣いて惜しんでくださった。彼女を引き継いだときには、ご家族が心労で倒れるほど派手な症状だったが、診断を見直し、薬を変更し、本人やご家族への精神療法をやっているうち、ある時を境にして劇的に改善し、以後はずっと落ち着いている。当院で診療したなかでも、胸を張れる治療の一つだ。

重度認知症の初老男性は、出会ったころには会話できていたが、いまはもう意味のある言葉を話されない。退職のお話しをすると、付き添いの奥さんが涙を流しながら、
「この人が喋っていた姿を知っているのは、先生だけだから……」
そう惜しんでくださった。そういえば、本人と二人で話しながら院内を散歩したこともあった。そんな数年前を振り返って、こちらも胸が詰まる想いだった。

認知症をはじめとした精神科の「慢性疾患」は進行が遅いものだが、出会って8年間も経つと、知り合ったときとは状態が大きく違う人たちが多い。亡くなった人も少なくない。だからこそ、「主治医が患者の元気なころを知っている」ことが、ご家族の慰めになることもある。転勤前の最終診察で、また一つ大切なことを教わった。

ある若年女性も、唇を震わせながら涙ながらに残念がってくださった。精神科の患者が偏見から受ける社会的な困難や壁を、二人三脚に近い形で乗り越えてきた。この2-3年で、ようやく安定した生活となった。やはり「こころ残り」な人である。彼女には、こんなことを伝えた。

わたしと創りあげてきた診療には、きっと良い点も悪い点もあったでしょう。次の主治医には、良かったところを同じように求めてみて良いと思います。逆に、わたしには言い出しにくかった悪いところもきちんと伝えて、そうならないようにお願いしてみましょう。
絶対に忘れないで欲しいのは、一番大切なのが、あなた自身、あなたの人生ということです。
もしかすると、この先、まったく合わない主治医が現れる可能性もあります。でも、それも一つの「出会い」という糧だととらえて、今後のより良い人生につなげて欲しいと願います。あなたなら、きっとできるはずです。


多くの「こころ残り」な患者さんたちやご家族に教えられ、与えてもらったことを、これから出会う患者さんたちに受け渡していきたい。それもまた一つのご恩返しであろうと信じている。

1 件のコメント:

  1. 「俺じゃなくっても、他にいい男はいるから、これからは他の男と上手くやっていけよっ!」

    ・・なんて、
    よく聞く、安っぽい男の別れ際のセリフのようですね。

    今後のより良い人生につなげて欲しい? あなたならきっとできるはず?
    なんですか?それ。
    キレイゴト言うのはやめてください。
    それはいちはさんの「そうであったらいいなぁ」と思う、勝手な気持ちの押しつけですよ。
    安っぽい男の別れ際のセリフとおんなじです。

    「じゃあ次の先生と新しくやっていこう!」「まったく合わない主治医でも一つの出会いだと考えよう!」
    ・・患者はそんなふうに考えることができると、本気で思っているのですか?

    まったく合わない主治医、いや合わないどころかトンデモ医者が主治医になったりしたら…
    その時の患者の絶望感、想像したことありますか?
    もう治療の継続もなにもあったもんじゃあなくなるんです。
    信頼する主治医との別れは、そういうことのはじまりなのです。
    そこに思いを馳せてもらいたい。
    安っぽいキレイゴト、を言うのはやめてください。


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