2011年12月2日

素顔のカラヤン―二十年後の再会



うーん。
『素顔のカラヤン』というタイトルのわりに、カラヤンのエピソードは多くなかった。半分くらいは著者の自伝的要素があったんじゃないだろうか。ただ、カラヤンという人のプライベートな姿を知るための貴重な本ではあると思う。

この本の中で面白かった一節に、以下のようなものがあった。

カラヤンが本番前に、ソニーの盛田氏から新製品ウォークマンを渡された。その性能チェックのためにカラヤンは音を聴いてチェックしていた。さて、いざ本番が始まると、カラヤンは出だしから指揮を間違えたのだ。オーケストラは戸惑って、演奏をストップ。それに対して、カラヤンも「あれ?」と指揮を中断。再度、やり直し。しかし、カラヤンはまたもや指揮を間違えたのだ。そして、コンサートマスターから間違いを指摘され、仕切り直し。
この話の面白かったのは、ここからである。
その日、オーケストラには参加していなかった団員が、著者のことろへやって来て、
「どうしてカラヤンはチャイコフスキーの第5番を指揮を始めたのですか? あれはどう見たって、チャイコフスキーの5番だった!!」
と言ったというのだ。そして、実はカラヤンが直前にウォークマンで聴いていたのが、まさに、そのチャイコフスキーの第5番だったのだ。これは凄い。
まず、間違いに気づいて演奏を中断したオーケストラが凄い。プロには指揮者の間違いが分かって当然なのかもしれないが、3拍子と4拍子を間違えたのならともかく、強弱の間違いなのだから、素人からしたら、やはり凄いと感じてしまう。
そして、この質問をした団員がさらに凄い。振り方で、チャイコフスキーの第5番と分かるところが凄い。
最後に、カラヤンが凄い。指揮者は、オーケストラの音を聴きながら指揮するわけではない、ということだろうか。自らの頭の中にある音をオーケストラに再現させるべく指揮をするためには、演奏されている音よりも少し先に思いを巡らせなければならないのだから。

カラヤンにかなり近かった方が書いている本なので、カラヤンびいきになってしまうのは仕方がない。

音楽に対して真摯で、人に対して不器用で、自分を良く見せることが下手で、人から誤解されやすい。そういうカラヤン像を持つようになる一冊。

最初に書いたように、著者の自伝的要素も多く、文体も俺の嫌いな「ですます」調なので、決して、お勧めではない。

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