2011年12月18日

幻想世界にとらわれる物語 『夜市』

まだ、とても小さいころ。
祖父母の家で、コタツに頭からもぐりこんで遊んでいた。親戚たちの笑い声が、コタツ布団を通したせいか、くぐもって聞こえる。ほの赤い灯りのこもったコタツの中で、ふと思った。いま、顔を出したら、そこにいるのは見知った親戚たちだろうか。いつもより低く感じられる声は、本当に親戚の声なのだろうか。
コタツの中に入っている足を数えた。
4人いる。
祖父、祖母、叔父、叔母。
みんな、ちゃんと、本当に、いつものみんななのだろうか。ぼくの見ていないところで、ろくろ首みたいに首が伸びていないだろうか。のっぺらぼうの正体をあらわしているんじゃないだろうか。もし、みんなの首がコロリと取れていたらどうしよう。
カチリ、と音がして、コタツのスイッチが切られた。誰かのいたずらか、あるいは暑かったのか。突然の暗闇に驚いて、コタツの外に飛び出した。そこには、いつもどおりの風景のなかに、笑顔の親戚たちがいた。

浦島太郎に限らず、むかし話では異世界に入り込むというものが多い。そして、定番として、異世界から戻ると、もともとの世界とは馴染むことができなくなる。人間にとって、周囲の人とコミュニケーションがとれなくなる、ということは恐怖だ。古くは旧約聖書のバベルの塔のエピソードからも、相通じなくなることへの恐れが感じられる。

精神科領域ではカプグラ症候群というものがある。家族・恋人・親友などが瓜二つの替え玉に入れ替わっているという妄想を抱いてしまうのだ。先に述べた幼いころの話で言うなら、コタツから出たら見知らぬ人たちばかりだった、と感じるわけで、これは非常に怖い、本人も怖いし、その場にいた人たちも「ニセモノ」と言われたら凍りつくだろう。



夜市

恒川光太郎という人は、幻想世界をうまく描く。
決して丁寧な描写ではないのだが、それがまた凄くこちらのイメージをかき立てる。

幻想世界に迷いこんだ人たちの不安や恐怖、哀しさや切なさが描かれている。
今後の活躍を大いに期待している作家の一人である。

4 件のコメント:

  1. そーゆー精神病がありますよね。

    返信削除
  2. Ciao Willwayさん
    私ね、この世の中なんでもありだと思うんですよ
    感じ方が、ちょっと鋭敏だったり、もしくはその逆だったり
    だから精神病というくくりも、病気だと思えないのです
    たとえば、私は霊感がちょっとあるので、いろんなものが見えたりします、人の本性みたいなものを察するのも、とても早いのです
    私は、気にしてないけど、それを気にしてお医者さんに行ったら、精神病の何らかの名前をつけられると思うのです
    人って、いろんなものが入り込んでるし
    いろんな側面があるから、見方によっては、わたしの知ってる誰かさんじゃないこともだってある
    入れ替わってると思っても仕方ない
    私もね、幼稚園の先生が妖怪だと思ってた時があるし。。苦笑
    不思議な世界も知らないから不思議なだけであって、みんなひっくるめて、存在してるのが、私たちの生きてるこの世界だと思うのです

    返信削除
  3. >たに
    そうそう、カプグラs……、いや記事に書いてたw

    返信削除
  4. >junkoさん
    俺もどっちかというと感じる方です。
    それがただの錯覚というか思い込みというか、そういうものかもしれないし、
    本当になにかあるのかもしれないし、それは不明ですが、ある気がします。
    最近のテレビでやるホラーは、なんというか昔と趣きが違うんですよねぇ。
    「あなたの知らない世界」とか凄い好きだったのに、あんな感じのがない。
    おどろおどろしいのが多くて、「なんか不思議だよなぁ」というのが減った気が……。

    返信削除

返事が遅くてすいません。