2012年2月22日

『橋下市長 小中学生の留年検討』に対する反応に一言

例によってmixiの日記をつらつら眺めるのが好きな俺は、このニュースで橋下市長への反対意見が多いのに驚いた。そこで、mixiにザッと書いた文章を、ここでもほぼそのままザッと載せる。


留年で子どもの自信が奪われる、落ちこぼれの烙印が押される、いじめられる、という日記が多い。そういう人に聞いてみたい。小学校一年生で足し算も引き算も満足にできず、読み書きも怪しいけれど二年生になりました、という場合、その子は二年生の勉強が分かるだろうか。分からないまま三年生になりました、そうするとどうなるだろう。そのまま中学校になりました。みんなと一緒で自信を失うこともなく元気に成長できました。で、それからどうする? 高校は最底辺のところにも進学できませんでした。友だちはみんな進学しています。そんな友人たちとは疎遠になってしまいました。なんとなく持っていたはずの自信も無意味でした。

と、これは極端にしても、要するに、
「次の学年で学ぶのに必要な学力は最低限、身につけてね」
ということであって、みんなで競争させて上から90%を進学させる、残りの10%を落ちこぼれじゃ、留年じゃ、なんていうことではないわけ。

この記事に対して反対意見の日記を書いている人には、
「ゥチも成績ゎ悪かったけど、今ゎリッパな社会人してるょ」
みたいな人はほとんどいなくて、
「自分も学力は低かったけれど」
と、きちんとした文章を書いている人が大半。そういう人は、確かに学力は低かったかもしれないけれど、ここでいう留年の対象にはならない。mixiに入会して、ニュースが読めて、それだけの文章が書ければ問題なし。

ただ、そうじゃない人もいるわけ。自信、とか、心の傷、とか言うけれど、小学校の一年生でつまずいたまま、引きずられるように進級させられて、学年が進むごとに頭が悪いバカだ小学生レベルだと言われながら、そのまま体中すり傷だらけでようやく義務教育を終えて解放される、という人が、
実はけっこうたくさんいる、実際に、周りに似たような人、いたでしょ? そういう人たちを、まだ始まりの段階でセーフティ・ネットに引っ掛けて、最低限わかっておいて欲しいこと、分かっていないと将来その人が損をすること、そういうことをキッチリ学んでおいてもらうために留年をさせるという制度だろうと思う。

「いくら勉強してもできない子もいるのに」
という意見もあったけれど、だからみんなと一緒に進級させるべき、というのはマズい。いくら勉強しても、というのは、たとえば数年勉強しても足し算も分からないということだ。そこまででもない子は「いくら勉強してもできない子」とは言わない。いくらやっても足し算も引き算も理解できない子は、
本来であれば特別支援学級などでの「療育」などを必要とする。mixi日記を書いている人が想像できないくらいに、とにかく国語も算数も成績が悪すぎるという子が、人づきあいや社会のルールだけはバッチリ、ということはない。もしあったとしたら、それはご両親の熱意ある療育の賜物だ。そして、そこまでやれる親はそう多くはいない。だから、うまく生きることを教える「療育」(のようなもの)が必要になる。普通の学級ではそんなことは専門的には教えない。

ザザッと書いたので、ツッコミどころはあるだろうけれど、この留年制度が単なる学力偏重主義での留年じゃないんだよ、というくらいは分かっておくべき。だって、ちゃんと読めば、
「目標レベルに達するまで面倒を見る」
きちんと、そう書いてあるじゃない。

<追記>
「義務教育はエスカレーターで、高校から成績重視でいいじゃない。小中学校では、そこでしか学べないことを学ばなきゃ」
という人もいたが、そういう方式だと高校に「行けない」人を減らせないでしょ。

小学校一年生でつまずいた人が中学までエスカレーターで行ったら、高校進学なんてできないか、最底辺の高校に拾ってもらうかになる。これが、義務教育の段階で留年を設けて、最低限の知識を身につけさせれば、そういう人が少なくなる。ここで勘違いする人は騒ぎ出すのだが、あくまでも「最低限」が大前提。なにも頭よくなれ勉強しっかりしろ成績のばせ偏差値あげろと言っているわけではないのだ。なぜか勘違いしている人たちは、こういう「学力偏重主義反対!」的な意見になっている。

留年したら一生落ちこぼれの烙印が押されるなんて人もいるが、では、勉強ができないままエスカレーター式で中学卒業した人には、何の烙印もないか? 高校ではちらほらある留年、大学では頻繁に見かける留年。彼らが社会に出て何らかの烙印があるか? 小学校で留年してイジメに発展するのなら、エスカレーターで成績悪い子もイジメにあうよ。

「エスカレーターで進級して、できない子を支え合うクラス」
これは、支える側のエゴ。支えられる側は、勉強が分からなくても学年だけは上げられる。身長が伸びないのに大きな服を着せられるのと同じで、不恰好だし、笑われるし、うまく動くこともできない。

いじめとか疎外とか烙印とかを問題視するなら、むしろ、留年した子も分け隔てなく接するようなクラスを目指すべきで、子どもってのはそれくらいの溶け込みやすさは持っていると思う。そんな柔軟性など子どもにはない、というのなら、どんな教育方式にしたってダメなものはダメだ。

最後に、留年制度を導入するなら飛び級も併せて取り入れるべきだ、という意見についてだが、俺は飛び級に関してあまり賛成の立場ではない。アメリカのように、12歳で大学生、というのは心理発達的にあまり良くない。飛び級を導入するにしても、小学生のうちはせいぜい2学年が限度かなと思っている。10歳で中学2年生というのはまずい。これはギャングエイジ(10歳前後)という成長発達の段階が非常に大切だと思うからである。

大阪市の橋下徹市長が、小中学生であっても目標の学力レベルに達しない場合は留年させるべきだとして、義務教育課程での留年を検討するよう市教委に指示していたことが分かった。法的には可能だが、文部科学省は年齢に応じた進級を基本としており、実際の例はほとんどないという。

橋下市長は、市教委幹部へのメールで「義務教育で本当に必要なのは、きちんと目標レベルに達するまで面倒を見ること」「留年は子供のため」などと指摘。留年について弾力的に考えるよう伝えた。

文科省によると、学校教育法施行規則は、各学年の修了や卒業は児童生徒の平素の成績を評価して認定するよう定めており、校長の判断次第では留年も可能。外国籍の生徒で保護者が強く望んだ場合などに検討されることがあるという。

市教委も「学校長の判断で原級留置(留年)できる」としているが、実際は病気などで出席日数がゼロでも進級させているという。担当者は「昔は長期の病気欠席などでごくまれにあったと聞いているが、子供への精神的影響も大きい」と話している。

橋下市長は22日に予定されている教育委員との懇談で義務教育課程での留年について提案、意見を求める予定という。
(毎日新聞)

4 件のコメント:

  1. 留年というか、小児科領域な気がしますよ。
    おっしゃる通りだと思います。

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  2. ししとう432012年2月22日 17:05

    病気や事故とかで、出席日数があまりに少なくて、「留年」というか、1歳下の学年で勉強してた生徒は昔もいた。
    それが理由で、特にいじめられてたのなんて、なかったがなあ。
    時代が違うのか?
    それこそ、ケンカになった時に、「おまえの母ちゃんデベソ」みたいな調子で、「ダブり(留年)のくせに」というヤツがいたが、そいつの方が嫌われていた。

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  3. >たに
    俺も療育問題を入れた時点で、ちょっと小児科だろうなと思った。

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  4. >ししとう43さん
    俺も留学していて留年した人が同級生でいますが親友です。まぁこれは高校での話なんですが。差別や蔑視が生まれるから留年はダメだ、というよりは、そういう差別や蔑視がバカバカしいと分からせるように変えていく方が建設的だと思うんですよね。

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