2015年6月30日

宗教って何だろう……?

キリスト教に入信している若い女性が、イースターやクリスマス、その他なんだかんだの行事に熱心に取り組んでいる。

そんな彼女が夫とケンカしたあげく、包丁を持ちだして夫と子どもを殺そうとしたという。幸いにも誰もケガはしなかったのだが、俺はとても疑問に思ったので彼女に聞いてみた。

「あなたが信じている宗教は、支えにはなりませんでしたか?」

「わたしが通っている教会には、牧師さまが月に1回しかいらっしゃらないので……」

「そうではなくて、宗教そのものは支えになりませんか?」

「週に1回は礼拝に行って気分を落ち着けるけれど、最近はその時にまだ小さな子どもが邪魔をするので、集中できなくて……」

俺はキリスト教に詳しくはないが、「父なる神がみていらっしゃる」というのが信仰の中心だと思っている。だから、牧師の話が月に1回だろうと毎日だろうと、礼拝が集中してできようとできまいと、「宗教による心の支え」には無関係だと考えている。宗教は信徒の日々の心のあり方を支えるもので、牧師の話や礼拝でストレスを癒すようなものではない、ということだ。それも含めて心の支えの一つではあるのかもしれないが、それだけだとマッサージ屋さんのようなものだ。

特定の信教を持たない俺だが、辛かったり迷ったり、あるいは嬉しかったり幸せを感じたり、そういう心が動いた時には亡くなった祖父のことを思い出す。そうすると、辛さは癒やされ、迷いは導かれる。嬉しさや幸せでは、育ててもらった感謝の気持ちが呼び起こされる。特別な宗教として名前をつけたり儀式を行なったりしなくても、「亡き人を想う」ということそのものが、俺にとっての「宗教による心の支え」になっている。

宗教問答とも言えないようなやり取りを通じて、宗教とは何だろうかと改めて考えた次第である。

6 件のコメント:

  1. とくに女性は宗教にはまる傾向があるように思います・・・

    上記とは関係ないですが、宗教は心の弱い人が頼ろうとしてるような気がします。牧師さんや教会の雰囲気が弱った心をいっとき癒してくれるんでしょうが・・・宗教は結局根本的な解決にはなっていないように思えます。よく、悩んで最後に訪れるのは、牧師か精神科医かバーテンダーっていいますよね。人に相談するのはいいけど、結局最後に解決しなければいけないのは自分自身だと思う・・・

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    1. >うーたんさん
      いま読んでいる本で、人は愛する人を失うと神とのつながり、神への想いが強まるようです。宗教と神は一体のようであり、切り離して論じるべきもののようでもあり、ちょっと難しいところですが。
      信仰、神、宗教などは、考え出せばきりがないですが、現実を解決するのは自分自身しかいませんね。

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  2. 宗教は他人とのつながりを保つためのもので、行き詰った時の逃げ道なのかなと思います。
    どんな種類の宗教でも、神様がいて、宇宙が必ず出てきます。
    自慢ではありませんが、結構な回数の意味不明な勧誘を経験しています。

    子どもの頃、星座占いから夜空で本物の星座を見つけ、オリオン座、白鳥座とはまり、ニュートン雑誌と出会い、ビックバン宇宙、ホーキングの宇宙、重力波、ニュートリノ、クオークとはまっていきました。
    そんな中の宗教勧誘で、宗教の最後の頂点が宇宙です。
    ここぞとばかり、気が済むまで勧誘してきた人に宇宙の事を話しましたが、相手はチンプンカンプンのようで全て入会に辿り着きませんでした。
    キリスト教にはクリスマスと頂点に飾る星(ベツレヘム)ベツレヘムの由来も話しました。

    天体ショウがある度に出かけ、しし座流星雨も撮影しました。
    落ち込む度に自分で撮影した流星雨を見て、ヘールボップ彗星を見ています。
    ここ最近は、推測でしかなかった、ニュートリノと重力波が現実のものとなり、落ち込んだ時の支えになっています。

    私にとっての信仰物は自然であり、宇宙であり、解決策は自分で行動に移す事だと思います。

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    1. >ねじ回しさん
      素晴らしい宗教(?)ですね。俺も宇宙は絶対的なものだと考えています。怖さを感じる時もあるくらいに。
      天体観測まではしないけれど、時どき夜空を見上げて、凄いなぁと感じます。特に田舎住まいなので、星はきれいですから。

      「自分で行動に移す」
      これ、俺も凄く好きです。自分もそうやって生きています。

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  3. 宗教勧誘をする人たちの話し方はとても優しく、納得させるように勧誘相手を引き込む話術を持っています。
    何かに縋り付きたい人なら入会してしまうでしょう。

    「人はどこから来てどこへ行くのか」ノーベル賞を受賞した梶田さんがインタビューで話していました。
    この言葉は昔からあって、いろいろな人が使っています。

    幼児期から発作で悩み、病気発覚から家族同士のケンカで悩んだ私もまた、「自分はなぜ生まれて来たのか、どうすべきか」と考え、宇宙の世界に魅了され、ホーキング博士、佐藤勝彦教授が使っていた「我々はどこから来てどこへ行くのか」にひかれました。

    人は必ず弱い部分を持つので、何かを支えにして縋りたいのが本当だと思っています。
    縋った物が必ず自分を助けるわけではないので、縋った物からヒントを得て行動に移して行くものだと思います。

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    1. >ねじ回しさん
      人はどこからどこへ行くのか分かりませんが、俺は、
      「母から来て、祖父へ行く」
      そんな気がします。まぁあまりに個人的な話すぎて分かりにくいと思いますが、そういう個々人の哲学というのがあるだけで、人は道を見失わずに済むような気がします。

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