2018年4月11日

「終わり良ければすべて良し」が証明された心理実験 『ファスト&スロー』


面白い心理実験がある。

患者グループAとBに大腸内視鏡検査を受けてもらい、Aは10分、Bは20分をかけた。AとBに、1分ごとに感じる苦痛を0(平気)から10(耐えがたい)までの数値で表してもらったところ、双方ともピークは8。検査開始から8分前後が最も辛かった。Aはその後すぐに検査終了し、終了時の苦痛は7。Bはさらに10分近くかけて終了し、10分以降の苦痛のピークは5程度で、最後に感じた苦痛は1であった。

さて、この二つのグループの苦痛を折れ線グラフにすれば、グラフ下側の面積が、おおよその「苦痛の総量」と言える。当然、Bのほうが総量は多くなる。ところが、患者に「検査中に感じた苦痛の総量」を評価してもらったところ、AのほうがBよりはるかに検査に対して悪い印象を持っていた。これについて、ダニエル・カーネマンは次の二つが影響していると言う。

1.ピーク・エンドの法則
記憶に基づく評価は、ピーク時と終了時の苦痛の平均でほとんど決まる。

2.持続時間の無視
検査の持続時間は、苦痛の総量の評価にはほとんど影響を及ぼさない。


もう一つ、別の実験を紹介しよう。被験者は14℃の水に1分間、手をつける。14℃はかなり冷たくて苦痛だが、我慢できる程度ではある。

A.1分たったら、すぐに手を出して暖かいタオルをもらう。

B.1分たったら、水槽にお湯が流れ込み、水の温度が15度になる。15度はそれでもまだ冷たいが、14℃よりはいくぶん苦痛が和らぐ。そのまま30秒ひたして手を出し、暖かいタオルをもらう。

もうお分かりだろう。被験者に、「もう一回、同じ実験に参加するとしたらAとBのどちらが良いか」を答えてもらった結果、8割がBを選んだのだ。客観的に見れば、Bのほうが30秒余計な苦痛を受けているというのに!


単に「苦痛を減らす」ことが目的ならば、たとえピーク時の苦痛が大きくて印象が悪くても、さっさと終わらせてしまうほうが良いだろう。しかし、「苦痛の記憶を減らす」ことが目的なら、たとえ時間がかかっても終了時の苦痛を穏やかなものにするほうが効果的なようだ。

これはまさに精神科医療で実感することである。入院生活を、保護室という苦痛の多い環境からスタートする患者は少なくない。彼らの症状が治まったからといって、すぐに退院させるとどうなるだろう。逆に、そこから一般病棟に移って、看護師やスタッフと関係を築いて、それなりに居心地が良くなってから退院するとどうなるだろう。上記の実験のように、苦痛レベルと時間だけで考えたら、さっさと退院するほうが苦痛総量は少ないはずだが、実際には、ゆっくり退院させた患者のほうが精神科に悪い印象を持つことは少なく、治療の継続率も高い印象がある(※)。

「終わり良ければすべて良し」
心理学を応用した騙しと誤魔化しの手口とも言えるが、長期にわたる治療が必要な患者とその家族にとってプラスになるのなら、そのために医療者は多少ズルくならなくてはいけない。

※もちろん、長く入院することでより強い治療関係が構築されるという要素もあるだろう。

2 件のコメント:

  1. > 彼らの症状が治まったからといって、すぐに退院させるとどうなるだろう。
    > 逆に、そこから一般病棟に移って、看護師やスタッフと関係を築いて、それなりに居心地良くなってから退院するとどうなるだろう。

    最近増えている精神科スーパー救急病棟とか、どうなんでしょうね…。

    http://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-036.html
    > 6割以上が3ヶ月以内に自宅退院すること

    これって、患者さんにはかなり厳しい条件ですよね。
    (周辺の病院にも、「3か月経ったからって、治ってないのに無理やり退院させて他の病院に押しつける」なんて言われたりしてるみたいですし)

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    1. >匿名2014年5月31日 11:01さん
      スーパー救急でも仕事をしたことがありますが、3ヶ月あればまだ良い方みたいです。関東圏にある有名なスーパー救急病院は、基本、保護室を出たら転院と……。効率(?)を重視すればそれで良いのかもしれませんが、本書を読んで効率だけでは得られない「予後」があると思いました。

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