2017年9月28日

ある未来を選ぶことは、別の未来を捨てること

少し古い2012年のニュースで「妊婦の血液で、胎児がダウン症かどうかがほぼ確実にわかる新型の出生前診断を、国立成育医療研究センター(東京)など5施設が導入することがわかった」というのがある。これはかなり物議を醸した。

ふと思うのだが、「ダウン症の子なら、わたし生みたくない」と考えて中絶した女性は、その後に健康な子を産んで、その子が成長していく過程で、「こんな言うことをきかない子は欲しくなかった」とか、「こんな成績の悪い子だとは思わなかった」とか、「こんな不良になる子だなんて……要らない」とか、そういうふうにならないのだろうか。いや、さすがにそれは考えすぎだと思う。まず、お腹の中の生命に対してそこまで割り切れる人も、生まれてきた子に対してそこまで冷淡になれる人もいないだろうと……、信じたい。

変な例え話になるが、ゲームの中に、最初にキャラがランダムで決まるようなものがあって、ファミコン時代には好みのキャラが出るまで延々とリセットボタンを押すなんてことがあった。出生前診断のニュースを見ると、そういうゲームを思い出す。

もちろん、生まれた子どもがダウン症だと経済的・精神的に苦しいという場合はある。例えば第1子がダウン症だった場合、次の子までダウン症だと養育する経済的・精神的負担はきっと想像以上のものだろう。だからそういう場合に限ってはこういう検査を許可する……、というのも難しい話で、経済的・精神的負担というものは客観評価できないから、負担が大きいか小さいかは親の主観でしか決めようがない。どんなに金持ちで時間的に余裕があっても、ダウン症児を育てるだけの「親力」がない人はたくさんいるだろうし、逆に貧しくて忙しくてもダウン症児と向き合える「親力」を持っている人もたくさんいるだろう。

ここで誤解して欲しくないのは「親力」に高低や優劣があるという話ではないということ。「親力」とは、数値で表すものではなく、きっと「種類」だ。足の速い人と勉強のできる人を比べることができないのと同じように、ダウン症児を育てきれる人とそうでない人の「親力」は、種類が違うのだと思う。そして、これまたややこしい話なのだが、そういう「親力」というのは実際に親になってみないと分からないものなのだ。

この手の話題では、「デリケートで難しい問題だ」と締めくくるのが無難ではあるが、それだと何も主張していないのに等しいと思っているので、自分は賛成か反対か、そしてどう考えるかを書かなければなるまい。

出生前の検査という手段がある以上、それを受ける自由は保障されるべきであるし、その結果として増えるかもしれない中絶に関しても、現在の法律に則って行なわれる限りは認められるべきだと思う。ただ、検査そのものについては嫌悪感とまではいかないまでも、違和感のようなものがある。やはり、俺はこの検査の存在には漠然とではあるけれど反対だ。そうは言っても検査は既に存在しているし、前述したように各妊婦の事情を考慮して検査を認めたほうが良いような場合もある。それなら、今できることは、その事情をなるべく客観評価できる基準を作っていくことだろう。

ただ、やっぱり最後にこう思う。

自分にどんな「親力」が備わっているか分からない段階から、ダウン症児と「その子の親である自分」という2人の未来を見限るというのは、ちょっと早計ではないのかな。

<追記>重要
友人である小児科医から一言あり、重要だと思ったので付言しておく。この検査は、ダウン症(21トリソミー)以外に13トリソミー(Patau症候群)と18トリソミー(Edwards症候群)も見つけることができる。下記記事の『重い障害を伴う別の2種類の染色体の数の異常も同様にわかる』というのがこの二つの染色体異常のことである。そして、この二つは生まれてすぐに死んでしまうことがほとんどで、妊娠初期にこの二つを見つけることにこそ検査の意義がある。だから、ダウン症についてだけ議論するのはちょっと違うんじゃないか、ということであった。


<関連>
ダウン症児は親を選んで生まれてくる
座敷わらしの正体

妊婦血液で胎児のダウン症診断…国内5施設で
妊婦の血液で、胎児がダウン症かどうかがほぼ確実にわかる新型の出生前診断を、国立成育医療研究センター(東京)など5施設が、9月にも導入することがわかった。

妊婦の腹部に針を刺して羊水を採取する従来の検査に比べ格段に安全で簡単にできる一方、異常が見つかれば人工妊娠中絶にもつながることから、新たな論議を呼びそうだ。

導入を予定しているのは、同センターと昭和大(東京)、慈恵医大(同)、東大、横浜市大。染色体異常の確率が高まる35歳以上の妊婦などが対象で、日本人でのデータ収集などを目的とした臨床研究として行う。保険はきかず、費用は約20万円前後の見通しだ。

検査は、米国の検査会社「シーケノム」社が確立したもので、米国では昨年秋から実施。妊婦の血液にわずかに含まれる胎児のDNAを調べる。23対(46本)ある染色体のうち、21番染色体が通常より1本多いダウン症が99%以上の精度でわかるほか、重い障害を伴う別の2種類の染色体の数の異常も同様にわかる。羊水検査に比べ5週以上早い、妊娠初期(10週前後)に行うことができる。

(2012年8月29日10時04分 読売新聞)

1 件のコメント:

  1. いつもブログを拝見しています。

    検査を受ける自由は保障しつつ、そこに押し付けにならないような倫理があったほうがいいのではないかと思いました。
    単に検査を受けますか、受けませんかというクローズドクエスチョンを提供するのではなく、検査についてどう考えますかというオープンクエスチョンを受診者に投げかける場を作り、考えてもらうことができればいいのではないかと。
    自動販売機で物を買うように検査を受けるのではなく、自分の言葉で検査を受けることの意味を語れるようになってほしいなと思いました。

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