2011年12月13日

ポイ捨て禁止? うぜぇ!!

道路わきには毎日のように真新しいポイ捨てゴミが増えている。人間だけでの散歩やジョギングだと、前を見ているから気づきにくいが、飼い犬の太郎の様子を見るために下を向きながら歩くと、そういうゴミがよく目につく。真新しいゴミで多いのが、タバコの箱とコーヒーの空き缶、たまにジュースのペットボトルだ。

うちの前の幹線道路は、左右どちらに行っても店など数キロ先までなく、道路の両側は原っぱになっていて、民家が点在している。お隣さんに行くにも車で行きたくなる距離で、歩行者はほとんどいない。そんな道路なので、ゴミははおそらく車から捨てられたものだ。

「ポイ捨て禁止」と書かれた100センチ×70センチくらいの看板もあるが、これはいったい誰のために立てられているのか。ポイ捨てする人は看板があってもお構いなしで捨て、ポイ捨てしない人は看板がなくても捨てない。結局、あの看板がポイ捨てを抑制する効果などほとんどない。京都で、大きな寺の庭に「ゴミを捨てるな」というとんでもなく大きな看板があったのを見て、なんとも興ざめでバカバカしい気分になったことがある。

ああいう看板は、捨てられた側の怒りを代弁しているに過ぎない。一つだけ利点があるとすれば、ゴミを捨てている人に対して、
「あの看板が見えませんか? 読めませんか?」
という風に注意できるということくらいだが、こんな態度はなんだか情けない。悪いことは悪い、看板などなくてもダメなことはダメ。できればそう言いたいが、いまの日本、注意した側が殴られるかもしれないくらい物騒だ。見て見ぬふりも仕方がないか。

「ポイ捨て禁止」の看板で、古いものなど文字が薄くなって読めないものもある。もうこうなると、看板は無意味どころか、景観を乱し、それ自体がすでにゴミとなっている。あんなウザったらしい看板など、これ以上立てない方が良い。義憤に駆られて、あるいは私憤を晴らすために看板を立てたくなる気持ちはよく分かるが、無意味な看板を立てることはゴミを捨てることと大して変わらない。むしろ「ポイ捨て禁止」の看板を禁止したほうが良いくらいだ。

結論。
ポイ捨て禁止。
同時に、「ポイ捨て禁止」の看板禁止。

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