2012年1月2日

シェルターの夜

シェルターの天井照明が薄明かりになった。
「もう、そんな時間かぁ」
隣でユミがつぶやいた。
「夕飯にしよう」
リーダーのシンイチが言った。
僕は、配られたカロリーメイトを頬張った。ボソボソとした感触で喉が渇いた。今日の配給分の水は残り少ない。僕はほんの少しだけの水で、口を湿らせた。薄暗がりの中、離れて座っている誰かのアクビの音がした。それにつられたかのように、ユミもアクビして、僕もなんだかアクビをしたくなった。アクビも、うつるのだろうか。

僕は横になった。毛布を頭からかぶったユミの背中を見つめた。僕たちがシェルターに入って、今日でどれくらいになるのだろう。外の世界はどうなっているのだろうか。同じようなシェルターで生活している人たちがいるはずだ。みんな、あとどのくらいシェルターにいる計画なんだろう。それとも、もしかしたら、もう、世界なんてものはなくなっているのかもしれない。

最初はだれも大げさには考えなかった。
独居老人の死は日常茶飯事だったし、若い男女が孤独のうちに自殺しても話題になることは少なかった。だけど、いつのころからだろう。年間自殺者が五万人を超えたあたりから、大人たちはなにかおかしいと気づきはじめた。さまざまな対策はことごとく失敗。あっという間に、一ヶ月の自殺者が二万人にまでのぼった。

死にたくない、だけど死なないとやっていけない。
たくさんの人たちが泣きながら自殺していった。
そしてそれは、日本だけの話じゃなかった。
全世界で似たような自殺が相次いでいた。
そんななか、若い学者の発表が注目を浴びた。

寂しさが、感染する。

感染性の寂しさ症候群。日本のニュースでは「イルズ」とか「イルス」とか言われていた。
正確には「ILS」。
ネットの情報だと、英語圏では「アイルス」と言われているようだ。
「Infectious Loneliness Syndrome」
それがウイルス性なのか、細菌性なのか、あるいは別のなにかなのか。神の御意思だと言う人もいた。ある人は宇宙人の攻撃だと騒いだ。別の誰かは地球の自浄作用だとため息をついた。でも、だれも、本当の答えを知らなかった。治し方も、予防法も分からなかった。残された方法は、感染していない人たちだけで避難すること。こうして、急ごしらえのシェルターに僕たちは逃げこむことになった。

ILSは、すでに世界を滅ぼしてしまったのだろうか。もう、僕たちは、このシェルターから出られないのかもしれない。そんなことを考えていたら、いつの間にか眠り込んでいた。

僕は教室にいた。中学校二年生になってからはほとんど不登校だった僕の、夢に出てくる教室だ。細部はあいまいで、ところどころ明らかに小学校のような部分もある。どうやら昼休みのようで、ブレザーの同級生たちが弁当を食べている。どの顔も、知っているような、知らないような。皆、それぞれグループを作っているけれど、僕は独りで食べていた。教室の隅の方を見ると、ユミがいた。
ユミも独りだった。
ユミとは、このシェルターで知り合ったのだから、これが夢だということがはっきり分かった。僕は独りで弁当を食べていたけれど、別に何とも感じなかった。ユミも、淡々とした表情で弁当を食べている。誰も僕に話しかけないし、僕も誰かと話す気にはならない。声をかけられたら答えるつもりだし、必要があれば僕から声をかけるつもりだ。ただ、誰も僕とは喋らず、僕も喋る必要がないだけ。きっと、ユミも同じなのだろう。
ふとユミが座っていた机に目を向けると、ユミはいなくなっていた。教室の中を見渡してみても、ユミの姿はない。グループを作っている皆は、笑顔ではしゃいでいた。彼らの笑い声を聞きながら、改めて教室中を探してみた。ユミはどこにもいなかった。
まぁ、どうでもいいや。
頭ではそう思っているはずなのに、僕は、立ち上がっていた。

そこで、目が覚めた。ほんの少し離れた場所に、毛布にくるまったユミの背中があった。なんとなく、僕の口からため息がもれた。薄暗闇の中、誰かがクシャミをした。音に反応したのか、ユミは少しビクリとし、それから寝返りをうった。僕の方を向いたユミの目は、開いていた。
ユミと目が合った。
ユミの瞳は濡れていた。
「ゴ」「メ」「ン」
ユミが唇を動かした。
僕は、小さく首を振った。

僕とユミ。
どちらがどうやって感染したのか、それは分からない。僕からユミへうつしたのか、ユミから僕にうつったのか。今、ただ一つ確実に言えることは、僕もユミも、寂しさを発症してしまったということだ。だから僕たちは、なるべく早く、このシェルターから出て行かなければならない。他の人たちに、寂しさを感染させる前に。

寂しさに感染してしまった僕とユミは、これから、外の世界で生きていかなければならない。いや、外の世界で死ななければいけないのかもしれない。避難前、ネット上では、ある感染者の言葉が広まっていた。
「寂しさを知らないことほど寂しいものはない」
それはただの強がりだと笑う人もいれば、激しく同意と書き込む人もいた。寂しさは、感染者の眉をひそめさせ、涙腺を緩ませ、ため息をつかせ、胸を締めつける。それがいったいどんな感じなのか、いま、感染して分かった。
だけど、なぜだろう。
生まれて初めての、苦しいはずの寂しさなのに、今まででの人生で一番満たされているような、この気持ち。
僕は、ユミの手を握りしめた。

2 件のコメント:

  1. 上手く現代社会の問題点が浮かび上がる話ですねぇ…
    読んだ後の切ないようなほっこりするような感じが私好きですよ。

    そういえば、あけましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いしますm(_ _)m

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  2. >あっこ
    ありがとう。
    mixiニュースの「寂しさは感染する」というのを見て、書き始めたんだよなぁ。

    今年もよろしく!

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