2013年2月2日

内柴レイプ事件、疑わしきは罰せず?

内柴レイプ事件で、疑わしきは罰せずとか被告人の利益にとか言っている人は、実はまったく事実を認識できていない。
「酒を飲んで酔った教え子とセックスした」
これは内柴自身が認めていることで、なんら疑わしくないのだから。

では、どうして「疑わしきは罰せず」などという言葉を思いつくのか。それは内柴の心理と同じで、「合意があった」ということにこだわるからだ。内柴は「合意があった」と主張する。被害者は「強姦だ」と訴える。
「なんだ、互いに正反対のことを言っているじゃないか。だったら疑わしきは被告人の利益にが原則だろう」
ちょっと待て。これは裁判なのだ。被告と原告の主張が正反対なのは当然だ。それをもって「疑わしきは罰せず」という言葉を持ち出すなんて、まったくもってナンセンス。それが通れば、ほとんどの被告が無罪だ。

互いの主張ではなく、起こった事実を重ねていき、内柴に非があったかどうかを検証するのがこの裁判だ。合意の有無は、この際あまり重要ではない。一番大切なのは、「相手が酔っていた」という一点に尽きる。そしてそれは内柴も認めていることなのだ。

内柴レイプ事件を痴漢冤罪と並べて論じる人も結構多いが、それもまた変な話で、こういう人はちょっと痴漢冤罪事件に引きずられて被害妄想的になっているんじゃないだろうか。敢えて痴漢冤罪と同列に語るなら、内柴は、
「痴漢したことは認める。しかし、相手は酔っていたとはいえ合意があった」
と言っているようなものだ。そしてその主張が滑稽なのは、誰が見ても分かるはず。

控訴は被告の権利だから、内柴憎しの人たちが勢い余って、彼の控訴に対してどうこう言うのも変だけどね。

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内柴被告実刑:不満げな表情「控訴させてもらう」
毎日新聞 2013年02月01日 

酒に酔って熟睡していた10代の女子柔道部員に性的暴行をしたとして準強姦(ごうかん)罪に問われた九州看護福祉大(熊本県玉名市)元コーチでアテネ・北京両五輪の柔道男子66キロ級金メダリスト、内柴正人被告(34)に対し、東京地裁は1日、求刑通り懲役5年の実刑判決を言い渡した。内柴被告側は即日控訴した。

この日の法廷に白いシャツと黒のカーディガン姿で出廷した内柴被告は実刑判決を言い渡された瞬間、握った拳をかすかに震わせた。両手で顔を覆い、動揺を隠さなかった。

公判では一貫して「(性行為は)合意の上だった」と無罪を主張。判決を読み上げる裁判長が「明らかなうそ」「虚言をろうして」などと厳しい言葉を重ねると、腕組みをして不満げな表情を見せた。いすに何度も座り直すなど、落ち着かない様子も見せた。

言い渡し後、裁判長が控訴できることを説明すると、被告はすぐさま「させてもらいます」と発言した。

一方、女子部員は代理人の弁護士を通じてコメントを出した。「これまでのことが、やっと報われたと思います。事件そのものによるつらさに加えて、法廷でも証言をし、被告人のうその弁解を聞かされることによって、つらい思いをしてきました。でも、私は間違ってなかった、勇気をもって告訴してよかったと思います。ただ、正しい判決がされても、私が受けた苦しみは完全に癒えることはありません」などと記している。【鈴木一生】

◇内柴被告の弁護団が会見

内柴被告の弁護団は東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見。内柴被告は弁護団を通じ「応援してくれている人にとっては残念な結果になってしまいましたが、まだ僕には頑張る気持ちがあるので、もう少し待っていてください。僕は無実です」とコメントした。

閉廷後に約1時間接見した弁護団によると、内柴被告は大変ショックを受けた様子だったという。弁護団は「極めて情緒的で不当な判決」と話した。
http://mainichi.jp/select/news/20130201k0000e040176000c.html

18 件のコメント:

  1. 「酒を飲んで酔った教え子とセックスした」だけでは犯罪にはあたらないから、「推定無罪」や「疑わしきは罰せず」の原則との問題が指摘されているのです。仮に内柴の証言通り相手が起きていて、合意があったことが真実であった場合、いくら社会的・道義的に避難される行為だったとしても、犯罪にはあたりません。準強姦罪の成立要件は相手の「心神喪失」や「抗拒不能」の状態であり、その点の立証が判決を下すに十分であったかどうかという指摘です。あなたの仰るような、原告に非があるんだからとにかく有罪だというのは極めて稚拙で乱暴な主張です。(ちなみに私自信は今回の判決は支持しています。今回のように犯罪の立証責任に限界がある場合において、一部原則の例外が認められるべきと考えるからです。)

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    1. >匿名2013年2月2日 22:58さん
      社会的・道義的な話はまったく関係ありません。妻子持ちでも、教え子でも、別にまったく問題ありません。そこを取り上げているわけではないです。それは過去リンクも参照されてください。

      準強姦に関しては調べていらっしゃるようなので、抗拒不能に「飲酒酩酊」も入っていることはご存じのはずなのです。そしてその一点で有罪であるという話です。泥酔状態でも「起きて」いることは多いですし、それでも「うん」と言わせれば合意があったと主張して通るのか、ということを指摘しています。

      非があるから有罪、というのとはちょっと、というかだいぶ違うんですけどね^_^;

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  2. 過去記事も読ませて頂きました。概ね同意です。その上で、再度この記事を読み直しましたが、やはり感想は変わりません。「飲酒酩酊時の合意は無効」というあなたの主張を補って読めばまだ理解出来ますが、少なくともこの記事「だけ」を読む限りにおいては、「酒を飲んで酔った教え子とセックスした」ことを認めた時点で犯罪は立証されている、故に「疑わしきは罰せず」など議論の余地なしと否定したように読めました。また、稚拙で乱暴だと感じた点は他にもあります。一点目は、「疑わしきは罰せず」という言葉を裁判に持ち出すことがナンセンスだとしたところ。この言葉は刑事訴訟法を根拠とした言葉で、裁判での原則を表したものではありませんか?もう一点は後半の比喩で、それ自体が犯罪である痴漢と、それ自体は犯罪ではない性交を同列に扱っている点です。

    しかし、ここまでの話について言い争いたい訳ではありません。前回のやや失礼なコメントに対する言い訳と思って頂いて結構です。出来ればもう少し議論を深めたいのはこの後です。本件の本質が「飲酒酩酊時の合意は無効」というお考えは分かりました。そう言う考え方もとても理解出来ますし、特に男性に向けた教訓としては非常に有効だと思います。しかし、「合意の有無」は争点ではありましたが、判決(準強姦が成立かするどうか)の根拠はではないと思います。宜しければ以下の点についてお考えを聞かせて下さい。

    ①合意の無い性交、または無効な合意に基づく性交は、それ自体犯罪となりますか?合意の有無が問題となるのは、今回のように被告側がいわゆる「和姦」を主張した場合で、強姦や準強姦を立証するには、その和姦とする主張を反証する必要がありますが、反証出来たからといって、強姦や準強姦が立証出来たことにはならないと考えます。酒を飲んで酔った相手と性行為をした場合、有効な合意があったことや、強姦や準強姦に当たらないことなど、被告側に証明責任が発生するという主張ではありませんよね?

    ②心神喪失・抗拒不能にはもちろん飲酒による酩酊状態も含まれますが、飲酒して酔ってることイコール心神喪失・抗拒不能とは言えないと考えます。原告側は正常な判断が出来ない、また抵抗が出来ない状態であったことを証明する必要があります。その証明が十分行われたかという論的において、十分ではないとか、原告側の偽証の可能性もゼロではないと考える人が、「疑わしきは罰せず」や「推定無罪」を主張する人がいるのは極めて健全だと考えます。少なくともナンセンスと切り捨てられるようなことではないと思います。

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    1. >匿名2013年2月4日 0:25さん
      体調不良かつちょっと時間がないので、後日に改めてコメントするか記事にする予定ですが、お返事だけ早めにしておきます。

      この事件において「推定無罪」が成り立つのは、被告が「セックスしていない」と主張する場合だと考えます。事実があったかどうか明らかでない、という場合において、推定無罪が適用されるものと捉えています。この事件では、内柴はセックスしたことを認めています。そこで、セックスした事実はあった、ということは確かです。
      次に、相手が酔っていた、これも内柴は認めていますし、二人きりで飲んだわけではないので同席した人も複数いて、事実であることは確認されています。
      酔っている教え子とセックスした、これは事実なので、ここに推定無罪は当てはまりません。

      次に、合意の有無が争点か、というとそんなことはなく、一番大切なのは合意が有効かどうか、というこの一点に尽きると思います。それはつまり、その合意が「正常な判断」で成されたかどうか、ということです。この「正常な判断」は状況によっても違います。例えば飲酒運転は「ビール一杯」で正常な判断ができないとして取り締まられます。同じ考えでセックスの合意を取り締まるのはナンセンスだとは思います。そもそも「完全な正常判断」で始まる恋愛・男女関係なんてほとんどないでしょうから。そこで重要になるのが、「性交時の合意に求められる不完全とはいえ正常と思われる判断」とは、どのラインかということです。こんなもの表出する酔った感じで決めるわけにもいかないので、酒量を検証・評価するしかありません。従って、もしこの裁判において、教え子の飲酒量を検証せず、教え子の酔った姿だけをもって話を進めていたなら、この裁判は不当でしょう。しかし、今回は同席者も複数いますし、客観的に酒量を考慮して、「不完全とはいえ許容される正常判断」とは見なされなかった、ということではないでしょうか。

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  4. 返信ありがとうございます。体調が良くないようでしたら無理なされないでください。こちらこそ返信遅れました。

    お考えはだいたい理解しました。平行線のような気もしますが、こちらからもコメントさせて頂きます。

    「酔った相手とセックスする」ことが準強姦罪であれば、その両方を認めている内柴は明らかに有罪です。しかし、繰り返しますが、準強姦罪であれば、相手が心神喪失もしくは抗拒不能であることの立証が必要となるはずです。頂いたコメントの後半を読む限り、有効な合意や正常な判断が出来る状態であるかどうかは、飲酒や酩酊の程度によるもの、つまり「酔った相手とセックスする」ことだけでは犯罪にあたらないとお認めになっていると考えられます。内柴は「心神喪失」であったことも、「抗拒不能」であったことも認めてはいないのですから、「セックスをしたこと」と「相手が酔っていた」ことを認めたからといって、犯罪が成立し、推定無罪が成り立たないとするのはおかしいと思います。酔った相手とセックスすること自体が準強姦罪にあたるという主張であれば理解出来ますが。

    次に、合意の有無と、合意が有効であったかについてですが、セックスの合意の際に相手の判断の正常性を見極める義務があるかどうかという点についても議論の余地があると思いますが、推定無罪とはほぼ関係ないと考えますのでここでは割愛します。今回の事件に関して、相手の女性は正常な判断が出来ない程度に酔っていであろうという見方については、私も恐らくそうであろうと思います。しかし、それはあくまでホテルに戻る前の状況からの推測であって、犯罪を立証したことになるかどうかという問題です。被告人が否定しているのですから、100%立証出来たと言えないのであれば、少なくとも推定無罪の議論はあってしかるべきだと考えます。


    最初のコメントにも書きましたが、私は今回の判決はほぼ妥当だと思いますが、それは推定無罪の原則の例外としてであって、「疑わしき」の状態ではあり、「推定無罪」や「疑わしきは罰せず」の原則を根拠に、判決を支持しない人がいても不思議ではない、むしろ健全だと考えています。よって、「酔った相手とセックスをした」こととを根拠に、そのような考えを「全く事実を認識できていない」と全否定して退ける主張には同意できません。

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    1. >匿名2013年2月9日 20:40さん
      飲酒酩酊の度合いに関しては、本件では酒席に同席者がいることから具体的・客観的に数字で出せそうです。この手の事件は、本件と同様に「酔っていた」「正常に見えた」の泥仕合になりますし、そこに数値という指標を持ち出してきちんと検証するということは重要だと思います。二人きりで飲んで、女性が「たくさん飲んだ」、内柴が「そんなに飲んでいない」と主張しあえば、それこそ推定無罪に近くなるかもしれませんが、本件ではそれはありえませんし。
      http://psichiatra.blogspot.jp/2013/02/blog-post_2909.html

      ちなみに、半分冗談とはいえ、半分本気で、内柴を推定無罪の土俵に持って行って救うには、根底から主張を改める方法しかないと思います。大博打ですが、求刑5年の実刑5年の判決ですから、博打もやるだけやって良いんじゃないかとも思います。
      http://psichiatra.blogspot.jp/2013/02/blog-post_4945.html

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  5. 飲酒運転を持ちだした意図はなんでしょう?飲酒運転は少しでも飲んだら正常な判断が出来ないとみなされるのと同じように、少しでも飲んだ相手のセックスすることは準強姦だという主張でしょうか。もしそうなら、それは非常に無理があり、「正常な判断」という言葉を使ったこじつけのようなものです。車の運転に必要とされる「正常な判断力」が無いというレベルと、自己の性的自由が侵害されているかどうかも分からない程度、つまり心神喪失と言えるほどの泥酔状態が同じレベルとは考えられません。百歩譲って両者の「正常な判断力」が同じレベルだとしても、それらを同列に語るのは問題があります。飲酒運転の場合は(恐らく予防的な意味も含めて)酒気を帯びて運転すること自体が違法であり、実際に運転した時に正常な判断力があったとしても違法なのに対し、準強姦の場合、酒気をおびた相手とのセックス自体は違法ではなく、実際に性行為の時点で「正常な判断力」があれば違法ではありません。いずれにしても性行為の時点で心神喪失・抗拒不能であったことが100%証明された訳ではないのですから、そう考えるのが妥当であるという「推定」による判決です。

    私は別に推定無罪を主張して内柴を救いたい訳ではなく、くどいようですが今回は推定無罪の原則を適用することは不適当であり、判決自体は妥当だと考えています。判決の是非ではなく、あなたの「内柴レイプ事件で、疑わしきは罰せずとか被告人の利益にとか言っている人は、実はまったく事実を認識できていない。」との主張に異議を唱えているだけです。私の表現が悪かったのかもしれませんが、今回の判決は「推定」によるものなので、「推定有罪」を支持する人も「推定無罪」を主張する人も両方いて全くおかしくないと考えます。少なくとも「まったく事実を認識できていない」などと全否定されるような筋合いは全くないと考えます。

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    1. >匿名2013年2月10日 20:23さん
      >飲酒運転は少しでも飲んだら正常な判断が出来ないとみなされるのと同じように、少しでも飲んだ相手のセックスすることは準強姦だという主張でしょうか。
      いやいや、それについては、リンク先のほうにちゃんと書いていますよ。そういう極端なことを言いたいわけではないです。推定無罪、というのは、事実があったかどうかが分からない場合には被告人に有利な方に解釈しましょう、という原則ですよね。ここでは、この「事実」を問題にしているわけです。本件において、明らかな事実はいくつかあるわけです。それらを根拠に判断しましょうと言いたいだけです。逆に、明らかでない部分はたくさんあるけれど、それはあくまでも「事実」というより「主観」です。主観をもとに「推定無罪」なんてのは通じない、という話です。そこでリンク先に書いたように飲酒量の問題が出ますし、アルコール血中濃度や酩酊状態はそこで書いているように科学的根拠に基づいて推測されるもので、限りなく事実に近いです。

      ちなみに、ちょっと話はそれますが、推定無罪の原則が揺るがされることは許されないと考えます。例外的に、というのは危険です。

      今回の判決は、さすがに判決文までは知りえませんが、推定によるものではなく、
      ・被害女性が飲酒した量は分かる(事実)
      ・内柴は、被害女性との性交を認めた(事実)
      ・被害女性の酩酊状態の程度は飲酒量から類推できる。
      ・被害女性と内柴の性交があった時間帯は、飲酒した時点とそう離れていない(事実)
      というふうに、事実とそれによって科学的に類推できることを根拠にした判決だと思いますよ。

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  6. 連投すみません。(投稿の削除が出来なかったので…)どうも話がずれてしまっているので論点を絞ります。

    あなたは今回の裁判において準強姦の事実が100%立証されたとお考えでしょうか?

    私はだれが見ても客観的に100%立証されたと言えない限り、「疑わしき」の状態は脱していないと私は考えています。よって、「疑わしき」の状態である以上「罰せず」との主張があるとこも(支持はしませんが)十分理解出来ます。

    疑いの余地なく100%立証されたものが罰せられるべきなのは当然です。罰せられるべきかどうかが議論になるのは「疑わしき」の場合でしょう。少数ながら罰せられるべきではないという主張が出ること自体、「疑わしき」の状態を脱していないことの証明のようなものです。繰り返しますが、私が論点としているのは内柴が罰せられるべきかどうかではなく、「疑わしき」かどうか、つまり準強姦の事実が100%立証出来たと言えるかどうかという点です。

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  7. さらに投稿が前後しました。やはり今回の判決に対する見方はほとんど変わらず、言葉の使い方だけの違いかもしれません。

    仰る通り、性行為したことは双方が認めたことなので事実でしょう。直前まで飲酒酩酊状態であったことも事実ですが、その事実を以って、性行為した時点で睡眠中であったことや、心神喪失・抗拒不能だったことの証明にはなりません。仰るとおり事実から「類推」されたことです。「推定」による判決ではないですか。その類推は十分合理的で説得力があり、私を含めて多くの人が妥当だと感じたと思いますが、100%立証された訳ではなく、妥当だと考えない人もいるという意味において、「疑わしきは罰せず」との主張は全否定をもって知りぞれられるものではないと考えます。

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  8. 性犯罪時に痴漢などの場合は被害者の証言のみを鵜呑みにした「疑わしきは罰する」が多いのも事実で、仰るとおりそれは非常に危険です。ただ、今回のよに立証責任に限界があり、十分に合理的な裏付けがある場合に限って、慎重に例外が適用されることは妥当だと考えます。

    これは犯罪が証明されない限り無罪とすべきという意味の方で、有罪が確定するまで無罪として扱うべきという意味での「推定無罪」については、当然例外は認められません。

    ちなみに推定無罪の例外、つまり立証責任の限界から、推定有罪が認められた例としては、公害罪があるようです。

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    1. >匿名2013年2月10日 22:05さん
      確かに、「推定無罪」をあなたくらい理解したうえで「推定無罪」と主張している人が大多数であれば問題ないのかもしれませんが、ざっと見た限りの印象としては、もっと単純、つまり、
      「内柴は合意があったと言っている。被害者は準強姦だと言っている。現場は密室だ。真実は誰にも分からない。ならば推定無罪じゃないか」
      といった程度の使い方をしている人が多いのです。
      もっとひどいのになると、
      「内柴はやっていないと言っている。やったかやっていないか分からないのだから、推定無罪じゃないか」
      なんてことを言う人も。「セックスしたこと」は内柴自身が認めているというのに、「やったかどうか分からないから推定無罪だ」と主張している頓珍漢がいるわけです。そしてこれ、決して例外だったり、少数派だったりではないですよ。騒動発覚当時からネット上での意見に興味があったので何度となく検索したりタイムライン追ったりしていたのですが、「推定無罪」「疑わしきは罰せず」という言葉を使う人の大多数は、「推定無罪の無限拡大解釈」といった感じの意見でした。この無限拡大解釈を適用すれば、密室、あるいは二人きりでの対人犯罪のほとんど全てが、被害者の証言しか根拠がなく、みんな無罪になってしまいます。

      また、痴漢の冤罪を持ち出して「疑わしきは罰する」だと批難している人も多かったのですが、痴漢の場合、男性側は犯罪事象そのものに一切かかわっていない、と否定しているにもかかわらず、そして「関わった」という科学的、あるいは状況的に確たる証拠がないにも関わらず有罪にされるものであって、本件のように、男性側が事象の有無に関しては「有」と認めたうえで、「でも合意があったから」と言っているのとは話が違うと考えます。

      本件において内柴の準強姦を立証する側としては、証明すべきものは数多あり、それに比べて証明できるものは限られています。ただ、その限られたもののなかに「飲酒量」というのが厳然としてあり、これは科学的に十分に根拠をもって被害者の酩酊状態を証明するものです。実際のところ、本件裁判においては、両者の証言と同等かそれ以上に、この飲酒量、アルコール血中濃度が決定的な証拠として扱われているんじゃないだろうかと思っています。そして、それらを判決の根拠にした判断は正しいと考えます。

      本件判決によって、準強姦に問われる場合の女性の血中アルコール濃度が判例として残れば良いと思います。というより、もしかしたら判例としてすでにあるような気もしますが……。だとするなら、推定無罪に話を戻して考えると、内柴がどんなに合意を主張しても、判例に則っての判決ですし、推定無罪を主張する根拠がなくなってしまいます。逆に、もし女性がそんなに酒を飲んでいないことを内柴側が立証できれば、これは女性側がある程度の判断力を保っていたと考えることができるようになります。そうなると俄然、推定無罪に近づきます。もし当初から内柴が酒量の具体的な数字をあげて「これだけしか飲んでいないのに……」と主張していて、しかもその数字から推測される血中濃度が充分に判断能力を保てる程度であれば、俺は絶対に推定無罪を支持します。ただ、内柴は最初から「合意があった」を連呼するのみでしたし、飲酒量の情報もちらほら出ていましたので、到底推定無罪を支持する気にはなれませんでした。

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  9. 何度も回答ありがとうございます。やはり基本的な部分はそう違わないと感じます。私は「疑わしきは…」をの原則に触れる報道が見当たらないことが気になって、同じように検索していました。確かに仰るように「やったかどうか分からないから推定無罪」という短絡的なものが多い一方で、その反対派も論理的でないものが多いと感じました。失礼ながらこの記事を最初に読んだ時もその後者の印象を受けました。他の記事を読んでその印象は消えましたが、この記事の主張にはやはり同意出来ませんでした。「酔った相手とセックスしたことを認めている以上疑いいの余地なく有罪」という主張は、「やったかどうか分からないから推定無罪」という主張と同程度に乱暴だと思います。短絡的な主張を批判するために、あえて短絡的な表現を用いたような印象があります。

    とは言え、その後のやりとりのおかげで考えを深め、整理することが出来ました。いちはさんとの考え方の違いと思われる部分を2点あげておきたいと思います。


    私は「推定無罪の原則に則り無罪とすべき」という主張ではなく、「もし推定無罪の原則にのみ則るならば無罪となってしまう事案である」という考えです。頂いた回答は主に前者の主張に対する反論であり、その部分についてはこちらもほぼ同意であり、無罪にすべきだとは全く考えていません。対していちはさんは「推定無罪の原則自体があてはまらない」という主張と理解しました。

    すべての犯罪が直接証拠をもって証明出来るならば「推定無罪」や「疑わしきは罰せず」の原則を貫くべきですが、そうではないものについては例外として、相当程度の疑わしさがあれば罰せられてもやむを得ないと考えます。連単殺人やカレー毒殺などもそれにあたるかと思います。但し、当然ながら冤罪を防止するためにいっそう慎重に審理されるべきものであり、一方で「推定無罪」や「疑わしきは罰せず」の主張があることも健全であり、その主張と対抗・拮抗する緊張感の中で注視されるのが望ましいと考えます。


    次に準強姦という犯罪の立証についてですが、私は直前の酒量や酩酊状態が証明されたとしても、それを以って性行為時の心神喪失・抗拒不能状態を証明したことにはならないという立場、いちはさんはある程度の酒量が科学的に証明出来れば、心神喪失・抗拒不能も証明されたことになるという立場と理解しました。

    血中アルコール濃度の数値を用いるのは確かに定量的なアプローチだとは思いますが、性行為時点の濃度測定が事実上不可能である上、いちはさんもご指摘されているように酒量と酩酊状態の関係自体に個人差等の不確定なばにつき要素があります。また、犯罪の構成要件自体が酒量やアルコール濃度で規定されている訳ではないのですから、酒量やアルコール濃度は構成要件である「心神喪失・抗拒不能」の裏付けとしては有効だとは思いますが、どこまでいっても関節証拠であり、直接的な証明となり得ないというのが私の考えです。


    いずれにしましても、いちはさんも正常な判断力が保てる程度であったかどうかという点を指摘されています。つまり飲酒や酩酊の事実そのものではなくむしろその程度の問題であり、飲酒や酩酊の程度によっては無罪になり得たとお認めになっています。それに対して当初の記事は、酔いの程度には一切触れず、「相手が酔っていた」こと一点を内柴が認めたことを以って、有罪確定のように表現されていることはやはり説明不足であり、不適切であったと考えます。

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    1. >匿名2013年2月11日 11:08さん
      こちらこそ、貴重で有意義な異議と議論を提供して下さり、ありがとうございます。

      なるほど確かに、本エントリに関してはこちらの不手際があったことは認めざるをえません。というのも、まずこちらとしては、この話題についてはこのブログで散々取り上げたのだからという油断があり、読んでいる人も情報など様々な前提条件を共有しているものだという誤認識をしていました。そういう情報の共有なく本エントリを見ると、確かに言葉足らずな面が目につきます。これは今後、同様のことを語る場合にも留意しようと思います。

      共有していると思い込んでいた情報とは、
      http://psichiatra.blogspot.jp/2011/12/blog-post_2088.html
      からそのまま引用すると、
      『ここで内柴自身の証言と、その他のほぼ確実と思われる状況だけを知っているだけ書く。こちらに関しては、間違いを指摘されればその都度訂正する予定。
      ・女子学生は飲酒して、トイレで吐いた。
      ・内柴は、女子学生を抱えてホテルへ帰った。
      ・内柴は「介抱した」ことを認めている。
      ・内柴はセックスしたことを認めている。
      ・内柴は「合意があった」と主張している。

      この事実だけを見れば、内柴に完全に非がある。相手がトイレで吐いた後に、抱えなければ連れ帰れないほど酔った女子学生を、内柴が介抱したことを認めつつ、そんな女性と「酩酊時の合意」でセックスしており』

      という部分です。これはつまり、介抱が必要であったことを内柴が認めていて、そのような状態の女性と合意をとってセックスしたと主張しているということです。アルコール血中濃度が推測であるとして脇に置いたとしても、介抱が必要なほどの酩酊ぶりが果たして「正常」と判断されるかどうか。

      上記を書いた当時は、まだ血中濃度にまで考えが及んでいませんでした。改めていろいろ考える中で、「介抱が必要なほどの酩酊状態」というのが裁判の判決を下すにおいて曖昧であれば、より客観的な指標である血中濃度を取り上げてみようと思い至りました。

      このように、前提条件をうっかり省いてしまったがために、説明不足となってしまったのが齟齬の最たる原因ではないかと思います。

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  10. >酒を飲んで酔った教え子とセックスした

    これ事実でしょうか? 単に全体の飲酒量が発表されているだけで誰がどれだけ飲んだのかは発表されていませんよね。
    こちらの下記のブログによると部員たちはそんなに飲んでいないという話もあるようです。
    少なくとも彼自身酔った教え子とS4Xしたことは認めていませんよ。吐いたことも酔ってはいたのではなく、食いとれだったといっています。

    酒を飲んで酔った教え子とセックスした」ことを認めた時点で犯罪は立証されているというのは完全な事実誤認ではないでしょうか??

    http://ameblo.jp/ganbare-masato/
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121201/trl12120118010000-n2.htm
    http://www.j-cast.com/tv/2012/11/30156109.html?p=all

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    1. >匿名2013年5月15日 20:34さん
      リンク紹介ありがとうございます。
      最初のブログはともかくとして、あとの二つはなんだか内柴に不利な内容がてんこ盛りな気がしてしまいました……。
      論点はそれますが、「食いトレ」というのは確かに相撲でも聞きます。ただ「吐くほど食いトレする」というのに意味があるんでしょうかね……? 吐いちゃったら意味がないような……。

      内柴は「合意があった」と認めており、少なくとも「女子学生とセックスしたこと」は認めているわけで、今度は相手が酔っていたかどうかが問題になりますよね。それはもう同席者にしか分からない話なのですが、一応参考までに下記リンクもご覧ください。

      http://psichiatra.blogspot.jp/2013/02/blog-post_2909.html
      http://psichiatra.blogspot.jp/2013/02/blog-post_4945.html

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  11. あ 上の匿名の方とは別人です。

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