2012年4月2日

『「生徒の暴言で教諭自殺」を公務災害と認定』というニュースについて

これはまず、ニュースの要約を読んでもらうことにする。
自殺した高校教諭の遺族が請求した公務災害の認定を認めなかった決定について、審査会が決定を覆したうえで、公務災害と認定する裁決をした。裁決は、生徒からの暴言などによる精神的ストレスが極めて大きかったとして、自殺との因果関係を認めた。
教諭は08年4月、校内でも荒れているとされるクラスの担任になった。生徒から暴言を浴びせられるなどして約1か月後にはうつ病などと診断され、09年3月に自殺した。
遺族から公務災害の認定請求を受けた県支部は10年12月、生徒からの暴言を認める一方、「それが重なって精神疾患を発症したとまでは認められない」とし、公務災害と認めなかった。しかし、遺族の審査請求を受け、審査会は「教諭は最も荒れた学級の担任を命じられた被害者。問題を起こす生徒との関わり方を模索し、日々苦悩していた」と判断、支部決定を覆した。
このニュースに対する反応を見ると、大まかに分けて二つ。「この教師が精神的に弱かった」というものと、「暴言を吐いた生徒は教師を死に追いやった十字架を背負え」というもの。俺はこのどちらも間違っていると思う。

うつ病による自殺は、「うつ病による自殺」以上でも以下でもない。だから、この教師が精神的に弱かったというのは、「癌にかかるのは体が弱いからだ」と言っているのと同じでバカバカしい。「自殺する前に仕事辞めるなどの方法があったのでは?」という意見もあるが、それは冷静に考えられる平常状態の意見であって、うつ病にかかってしまえばそんな風には考えられない。ましてうつ病になりやすい人は、一般的には「真面目で責任感が強い」と言われているので、そういうストレス回避手段はあまり思いつかない。

暴言を吐かれた人のすべてが自殺するわけではない。また、自殺した人のすべてが暴言を吐かれたり極度のストレスを受けていたりするわけでもない。自殺への一線を超えるかどうか、それは誰にも分からないのだ。自殺させないように気をつけながら真剣に向き合っている精神科医でさえ、その患者がある日突然に自殺して呆然となることがある。それくらい、ある人が自殺するかどうかなんて分からないものだ。

しかし、それを分かるものとして判断したのが今回の判決。労災認定のためには仕方がなかったという意見もあるが、その「労災認定のため」に、生徒らに十字架を負わせることは正しいのだろうか。もしその十字架を背負った生徒が、その重さに耐えかねて自殺した場合、今度はそのストレスを認定してくれるのだろうか。それとも「それは自業自得だ」と切って捨てるのだろうか。

敢えて、今回の件で誰かが槍玉に上がるとしたら、生徒ではなく職場の管理職ではないだろうか。それは「うつ状態を見抜けなかった」という理由ではあるが、上記したように精神科医にだって容易には見抜けないこともあるし、家族でさえ分からないのだから、職場の人が気づけなかったのを責めるのは酷だ。そもそも、自殺するほどのうつ病の人が、表向き元気を装うことさえあるのだから。

労災認定することに決して反対ではない。しかし、認定するための理由として生徒や同僚・上司など周囲を巻き込むことには断じて反対だ。ストレスは生徒からだけだったのか分からないし、自殺を見抜けなかったのは家族も同じなのだから、これは誰にも責任などない。あくまでも「うつ病による自殺」であって、それがどの範囲でどう補償されるかというところで議論を深めて欲しかった。

2009年に自殺した大分県立高校の男性教諭(当時30歳代)の遺族が請求した公務災害の認定を認めなかった地方公務員災害補償基金県支部の決定について、同支部審査会が決定を覆したうえで、公務災害と認定する裁決をしたことがわかった。3月27日付。

裁決は、生徒からの暴言などによる精神的ストレスが極めて大きかったとして、自殺との因果関係を認めた。同支部は近く認定手続きを行う見通し。同県高校教職員組合は「支部決定が覆るのは珍しい」としている。

組合によると、教諭は08年4月、校内でも荒れているとされるクラスの担任になった。生徒から暴言を浴びせられるなどして約1か月後にはうつ病などと診断され、09年3月に自殺した。

遺族から公務災害の認定請求を受けた県支部は10年12月、生徒からの暴言を認める一方、「それが重なって精神疾患を発症したとまでは認められない」とし、公務災害と認めなかった。

しかし、遺族の審査請求を受け、審査会は「教諭は最も荒れた学級の担任を命じられた被害者。問題を起こす生徒との関わり方を模索し、日々苦悩していた」と判断、支部決定を覆した。

(2012年4月1日 読売新聞)

7 件のコメント:

  1. 考えてみたのですが、まとまらないので
    ご意見をお伺いしたくコメントしました。MYブログ関連で。
    「罪の意識の自覚を促す」 というのは、イコール
    「十字架を背負わせる」 ことになるでしょうか?
     私は素人なので自覚は再生への第一歩のように思っているのですが、そうではなくて残酷なことなのでしょうか?
    時と場合で違うとは思いますが、何か一言ヒントを頂けると嬉しいです。勝手ですみません。

    返信削除
    返信
    1. >こばねさん
      罪の意識の自覚を促すために、公式な発表として「生徒の暴言が理由で」とするのは、やはり正しくないと思います。「暴言が理由でうつになった」というのが本当なのかどうか、それは本人以外、誰にも分からないというのが大きな理由です。

      「暴言を吐かれるのが辛いので死にます」などの遺書があれば別ですが、そうでなければ、あくまでも「うつ病での自殺」であって、それ以上でも以下でもないということです。

      削除
  2. ありがとうございました。

    返信削除
  3. これ、僕の担任だった人です。
    九大合格数人の(自称進学校)から底辺高校に代わって、今までのようにスパルタ指導、高圧的な態度を取っていたら逆襲されたってききました。

    進学校やから、そんなに悪いのはいませんてしたが、そこしか教師経験がなかったからでしょうね。

    離任式の時に、[生徒に勉強させてる間に僕は子作りしてました(笑)]とか言ってたひとです。

    返信削除
    返信
    1. >匿名2013年3月17日 11:05さん
      スパルタ指導の逆襲ですか……。どちらにも言い分はあるのでしょうけれど、自殺の責があるとされた生徒も複雑な気分でしょうね……。

      削除
  4. この方…友人と同じ時期に同じ高校に転勤になって自殺された方です。転勤して1ヶ月ぐらいで休職されて3月末の自殺でした。勤務で言えば、1ヶ月の勤務でしたので現場では生徒を理由に…の部分は疑問視されていました。職場の方でも「家族があるのに自殺とか、心が弱い!」と死後も叩かれていて、何だか複雑な気持ちになりました。
    友人も同じ職場なので、職場環境…と言うより教職員という職業自体がブラック化しているので、労災認定に「生徒」のみを引き合いに出すのは私も変だと思います。
    1ヶ月の勤務期間などを考えると、以前から病気を発症していたのでは?という声が現場では多かったです。
    「鬱病による病死」という認識がシックリくる出来事でした。

    返信削除
    返信
    1. >ゆうさん
      1ヶ月ですか……、それが事実なら、やはり色々な批判や意見はずれていますね。生徒のせいにしたり、個人の弱さのせいにしたりするのではなく、「うつ病による自殺」(個人的な意見として、自殺を病死するのには反対なので)というのが正しいと思います。

      削除