2012年4月20日

忌むべきてんかん患者、それが私です

私はてんかん患者だ。なんで自分がてんかんになったのか、そんなこと分からない。生まれてから何のトラブルもなかったのにてんかんになる人もいれば、高熱、外傷などでてんかんになってしまう人もいるらしいし、大人になってからいきなり発作が起こる人もいるそうだ。では自分のてんかんは何が原因なのか。そんなこと考えても意味がない。私は知っている。世間の目から見て、自分がただの「忌まわしいてんかん患者」であるということを。

私は主治医を信頼していて、もうずいぶん長いこと通院している。薬を欠かしたこともない。発作を起こすのが怖いというのもあるし、もはや習慣化したからというのもある。内服が一日一回で済む薬を主治医が選んでくれたし、寝酒する人と同じ感覚とまではいかないが、一日の終わりに薬を飲んで安心して眠りにつく、そんな毎日だ。

私は運転免許を持っていない。発作はもう十年以上起きていないが、敢えて運転免許を取る気にもならない。病院には電車やバスを乗りつけば通えないこともない。自分が車なしで生活できることをつくづく恵まれていると思う。多くの患者がそうでないことは、情報のやり取りがしやすくなった今だからよく分かる。

先日、求職のためハローワークに行った。応対に出た職員はぞんざいな口調で、
「アンタ、何で免許持ってないの?」
と言った。私は自分の持病にてんかんがあること、発作はもう何年も起こっておらず、薬の内服も欠かしていないので免許の取得はできること、ただ自分自身の判断で免許を取っていないことを、なるべく分かりやすく簡潔に話した。

そのつもりだった。

しかし、相手にはそんなこと関係なかった。

「え!? てんかん!? 俺、責任取りたくないなぁ」

フロア中に響き渡るような大声で、彼はそう言って他の職員らを見渡し、そして苦笑いした。私はただただじっと、その場に座ってうつむいていた。

それでも幸いにして、そんなハローワーク経由の障害者枠で就職できた。自分がてんかんであることを承知して、それでも雇用しようという会社に感謝の念が止まらなかった。てんかんの発作にはストレスが影響するらしいが、自分の負担になりすぎない程度に一生懸命に働いて恩返しをしたいと思った。最初の出勤日、私は胸を高鳴らせて出社した。

「あんたは、席に座っているだけでいいよ」

業務説明はほとんどなかった。とにかく私が座っているだけで会社の利益になるそうだ。それが嫌なら辞めても良いよ、と。替わりはたくさんいるんだよ、と。だって障害者雇用枠でしょ、と。ぜいたく言いなさんな、と。

働きたい。社会貢献したい。そして何より、自分の力でお金が欲しい。親に養ってもらうか、年金か、生活保護だって考えたけれど、やっぱり自分が働いて得たお金で生きたかった。その思いだけにしがみついて、私はただただイスに座り続けた。

2年間、仕事は一つもなかった。口もきいてもらえない。家で愚痴ることもあった。ただ、家族には「お前は辛抱が足りない」と責められた。そしてとうとう胃潰瘍にもなり、私は会社を辞めた。

実は、その会社は障害者枠で人を採ってはいびり出す常習だった。それは、たまたま検査入院先で出会った患者家族から教えてもらった。

私はてんかん患者だ。なんでてんかんになったのか、そんなこと分からない。知ったところでどうしようもない。発作なんてもうずいぶん前に起きただけだが、それでも私はてんかん患者だ。薬を欠かさず飲んで発作が起きないてんかん患者だ。クレーン車で事故した人もてんかん患者だ。京都で事故した人もてんかん患者だ。そして私もてんかん患者だ。

なりたくてなったわけじゃない。親だって、私をてんかん患者にしたかったわけじゃない。私は私で、てんかん患者の親になってしまった父母が不憫だ。てんかん患者で、ごめんなさい。

誰か教えて欲しい。てんかん患者はハローワークで苦笑されないといけないのだろうか。てんかん患者には、イスに座る以外に仕事がないのだろうか。てんかん患者と口をきくとうつるのだろうか。

あなたはてんかんにならないのだろうか。あたなの恋人はてんかんにならないのだろうか。あなたの子どもはてんかんにならないのだろうか。

てんかんは病気で、原因はいろいろあって、それを知ったところで私はこれからもてんかん患者で、忌避されなくてはならない。それが、絆大好き、ガンバロウ日本の社会なのだ。


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疾患差別の一例を、ブログにコメントしてくださった方の実体験をもとに書いた。俺なりに小説風に書いたので、語り手を「私」と表記した。当然、心情などはこちらが想像して書いている部分が多い。

35 件のコメント:

  1. 発作が十年以上出てなくても自動車免許を取らない主人公は立派です。
    心無いハローワークの職員や障害者を利用する会社(中には学校もあります)また無知な世間。
    社会が事件を引き起こしているのを気づかせてくれるお話ですね。

    私と夫は、てんかん患者の息子さんがいる家族と親しいですし、その他の障害のある友人たちもいます。
    難しい問題ですが、一人でも多くの人がそれらの人々に沿ってくださるといいですね。

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    1. >なおこさん
      精神科医をやっていると、様々な差別を受けている人たちと接する機会が多いですので、いろいろと考えてしまいます。そしてできることと言えば、こうやってせこせことブログで現状を訴えていくくらいです。

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  2. >発作が十年以上出てなくても自動車免許を取らない主人公は立派です。

    主人公が立派…なのでしょうか?

    現状のようになる以前もてんかん患者による事故はありました。

    そういった事故の次第を患者に伝え、専門医の診察・治療を受けること、
    医師の指示に従って生活することを勧めてきたのは、
    今、左翼だ圧力団体だと絶賛叩かれ放題の患者団体なのです。

    多くの患者家族・患者本人が「子どもの療育」と「治療生活」そして
    食べていくための仕事で精いっぱいな生活の大部分を犠牲に活動を続けて
    こられた。一つ一つの事例について患者に伝え
    「ハンドルを握る者の責任の自覚」を促し、注意喚起をしてきた。
    その結果、考えて、免許を持たないことを選んだ患者も沢山います。
    自分もそのひとりです。また主治医との信頼関係があって話し合い、
    勧めに従っている人たちも大勢いるでしょう。

    その存在を知らない患者・患者家族も沢山います。
    自分も設立くらいから関わっている親御さんに出会ってはじめて知りました。
    立派なのは患者のサポートに心血注いで来られた先人の方々であり、
    今も誹謗中傷のなかで活動を継続している方々、そして医療スタッフの方々です。自分はそう思います。

    患者団体を終わらせようとしている方々もいる、
    だけど患者団体が「オワコンになれる日」を一番待っているのは
    この団体に関わる全ての方々ではないでしょうか?

    しかし…どうか知っていただきたいのです。

             今もこの疾患は「隠れ」が多いです。

     自分が実際に会った患者のなかにも思春期に発症して以来、
     親御さんが内職だけ与えて家の中に隠し続けて30代になって
     初診を受けたという人がいました。そのくらい厳しい状況が
     続いているのを「目にしたことがない」と強弁する方もいますが、
     そうに決まってます。

          居ないんじゃない、何の問題も無かったわけじゃない。
               隠す・隠れざるを得ないだけです。
       そして今、また「隠れ」が増えるだけの結末になるのではという
          そういう危惧を患者団体は持たざるを得ないのです。

    患者は、社会を不安にさせたいわけでも、被害者感情を害したいわけでもありません。(ナリで酷いことをネットに書きこむ輩もいますが、てんかんを知らない人の文章はすぐわかります)

    ただ患者が病院に行って診察と治療を受けて、一人でも多くの症状の改善・完治を望むことがご遺族の感情を傷つけるのでしょうか?自分たちの多くは社会のきまりと主治医の指示を守り、静かに暮らしています。出来る範囲は限られても社会貢献をしているのです。

    自分たちもこれからずっと社会的制裁の対象になるのですか?

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    1. 匿名Apr 19, 2012 08:49 PM2012年4月20日 13:03

      念のため自分の立場を記しておきますと、↑の方の紹介で日本てんかん協会の県支部に以前おりました。が、ある日、支部のまとめ役の方に呼び出され、

      「あなたは日常生活に支障の無い人だし活動よりも自分の生活を大切にしてほしい、願わくは普通の人と同じく結婚して幸せになってほしい」

      と言われました。それ以来ずっと交流ありませんし、知らないふりをするのが賢いことはよく分かっています。しかし残っている方々の多くは会の支えを必要としている方々なのです。
      今もあそこにいる患者本人や親御さんから、専門外来の情報を頂いたり薬の飲み方など会報や一般の雑誌切り抜きを持ってこられて懇切に教えていただいた恩があるのです。

      だから黙っていたくなかったのです。

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    2. >匿名Apr 19, 2012 08:49 PMさん
      「隠れ」「クローズ」という言葉を最近知りました。不勉強ながら……。でも確かに、50歳60歳、ひどい人は80歳すぎになって、実は子どものころからてんかんがあったけど……、という人を何人か診ました。こんな現状なのに、免許一律剥奪あるいは条件付き剥奪なんてやったら、ますます「クローズ」が増えるだけなんじゃないかと危惧しています。

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  3. Ciao Willwayさん
    怒り!! このあいだのコメント同様
    変な差別がなくなれば、もっとこういう事故はなくなるのではないかと思うんだけどなーー
    皆が知っていて、その状況をただ背が高いとか、声が低いとかそういうレベルの情報として受け止めてあげて、でも、少し気をつけてあげれれば、こういう事故は少なくなると思う私は楽天的かなあ...

    日本の人々が言う絆など、同じ立ち位置に立ってる人との間での申し訳程度の絆
    自分が仲間はずれにならないための詭弁であり、その辺が実に嘘臭い人種だといつも思っています
    自分と違う人たち、自分よりちょっとどこかで劣っているの{ではないか}?と思われる人たちへのこの差別感覚
    私にはどうしても理解できないんだよね
    何故って、私も日本ではあるタイプの人間たちからは差別されるから...ははは苦笑
    外国に住んでると思って...
    外国語がしゃべれると思って...
    つまり堂々と してちゃいけないみたいなのよね 日本って
    外国に住んでなくても、外国語しゃべれなくても
    今のまんまの私であると思うのですがね
    そういういんぎん無礼、きれいごとのまかり通ってる社会、最低だと思いますね
    あなたも明日そういう立場になるかもしれない。のにね

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    1. >junkoさん
      なんてったってイタリアに飛び出しちゃうくらいですもんねぇ。俺は正直すごいと思うし、マネしたいけど怖くてできない……。そこを素直に憧れきれるか、無意識に嫉妬にして斜めに見るか、そういう違いなんでしょうかねぇ。
      キレイごとは声を大にして言うのに、その実なにも分かっちゃいない。そういうの、嫌いなんですよね(笑)

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  4. はじめまして。てんかん患者です。
    人事部には一応採用後に診断書を出してますが、同僚などにはクローズにして、ごく普通に正社員で働いています。そういうあたりは「主人公」さんと違うのですが、共感するところが多々ありました。

    なりたくてなったわけじゃない。原因もよくわからない。
    薬もきちんと飲んでるし、運転免許も持ってない。お酒も飲まない。
    けど、「忌まわしいてんかん患者」だから、最近、傷つくことが多い。

    幸いにして病気を理由にいじめられた経験はないけれど、今、病気を明らかにしてしまえば、私も疾患差別にあうんだろうな、って怖くなりながら読んでました。

    けれど。
    こうやって病気を恥じている自分自身もまた、疾患差別をしているのかな、とも思いました。
    ちょうど今週、今まで通っていた小児科の先生から「成人なんだからてんかんの専門の先生がいる開業医の精神科に変わってほしい」と言われ、ショックを受けていたのですが…。
    精神科医の方にこういうことを言うのは失礼かとは思いますが、やはり精神科に行くのは嫌だったので。これも無知からくる偏見なんでしょうけれど。
    ただでさえ病気のことを隠さなくては支障があるのに、精神科に行くなら、隠しこまないといろんなマイナス面が出てしまう…。
    誰にも相談できないって、すごく苦しい。
    誰にも相談できないのはなぜかと考えだしたら、もっと苦しい。

    てんかん患者である私自身でさえ、こんなふうに病気のことについて差別してしまっている。そして、精神科についても差別してしまっている。
    だから、何にも知らない「世の中の人」は余計にでも差別してしまうのだろうか…と考え込んでしまいました。

    文章読んで、感情が高ぶったまま書いたので、乱文ですみません…。
    こういう現状を伝えていただいて、ありがとうございます。
    自分自身の考え方を見直すいい契機になりました。

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    1. >mさん
      小児科で診てもらえなくなっちゃったんですねぇ。てんかんは神経内科も充分にフォローできるはずだし(むしろそちらが本筋かも)、通常の内科でも良いと思うんですよね。誰だって精神科ってのはかかりにくいものですし、その感覚で良いのだと思います。それは決して偏見ではないと考えています。

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  5. 私もてんかん患者です
    まだ4年目で24歳です。
    医者にはつきあっていく病気だといわれました。
    私も完治することはないのだろう、とおもっていたのですが。
    それを受け入れるには難しいところもあります
    いまは臨時職員として働いていますが
    病気のことはいっていません
    主人公のように自立して生きていきたい気持ちが強いです。
    ですが、本文を読んでやはり簡単なことではないし
    現実を改めて思い知らされた気持ちです
    ですがそれでも負けずに強く生きていかなければならないのですね。
    お話を読めてよかったです。
    ありがとうございました。

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    1. >匿名2012年7月9日 12:15さん
      今のところ、てんかんに関する偏見はまだまだ根強く、そして根深いです。車の免許に関しては申告義務がありますが、わざわざ職場で申告する必要はありません(危険物を扱うなどの職業の場合は別ですが)。
      それでも10年前、20年前、50年前と比べると、ネットの普及、情報の共有などによって偏見は薄まってきているんじゃないのかなとも思います。

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  6. てんかん患者で
    免許は取らずにいます
    しかし周知にはてんかんを知らせずビクビク暮らしています
    妙な差別主義者は迷惑です
    はっきり言って

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    1. >匿名2012年9月6日 6:45さん
      問題は、彼らが差別していることに気づいていないということですね。

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  7. 私もてんかん患者です。
    幼いある日を境に発作が頻繁に出るようになりました。当時は毎日両親の喧嘩が絶えませんでした。今から思えば両親の喧嘩が私にストレスを与えいたのだと思います。ストレスの発散と思いスポーツを始めますが、発作が災いして途中で断念。周囲にも白い目で見られるという日々でした。
    しかし、両親が離婚して父と音信不通になってからは嘘のように発作が出なくなりました。ストレスを与えいた原因が解消されたからのような気がします。それから15年ほど今まで発作は出ていません。
    おそらく自分で解決出来ない問題に対してストレスを溜めると、私の場合は発作につながったのでしょう。今は経営者として新しいスタートを切っています。
    私の例が全ての人にあてはまる訳ではございませんがストレスを取り除くことにより改善した一例として読み流して下さい。

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    1. >匿名2014年5月20日 22:44さん
      ありがとうございます。
      ストレス、睡眠不足、体調不良などではてんかん発作が起こりやすくなります。またご両親が離婚されたのが、あなたが何歳の時か分かりませんが、幼少時期のてんかんは20歳を前に完全消失することも多いです。だからあなたのケースは決して珍しくはないと思います。あなたのようなケースが決して稀ではないことが世間的に知られていないことが、偏見を生み、助長していると考えいます。診察室でも、てんかんの患者にはストレスのない生活を心がけるように話しています(言われたからといってそう簡単にできるものでもないですが……)。

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    2. お返事ありがとうございます。
      匿名2014年5月20日 22:44です。補足ですが両親が離婚したのは私が25才の時でした。

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    3. >匿名2014年5月21日 6:11さん
      ありがとうございます。
      ストレス誘発性のてんかんは他にもありますが、いずれにしても環境改善が大きく影響したのでしょうね。

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  8. はじめまして。
    世の中には様々な価値観の人がいて、様々な環境の中生活する人がいて、十人十色とはよく言ったものです。
    多分てんかんについて書くのは最初で最後な気もするので、否定でも肯定でもなく、こういう人も居ますくらいの気持ちで書き綴ってみます。稚拙な文章でしょうし、回りくどい書き方になってしまったらごめんなさい。笑

    僕は現在41歳、男性です。
    てんかんは中学3年生(15歳)の時に発症しました。
    生まれも育ちも北海道なのですが、あるキリリと寒い冬の朝、寝坊で遅刻しそうになったために、僕は2km程の学校までの道のりを出来るだけ全力で走って登校しました。すると同じ日の2〜3時間後、急に視界が狭まって黒くなっていきました。そしてそのまま意識を失ったようです。その後より大発作を起こす様になりました。前後の記憶は無くなって、その日は結構ダメージでまともに動けせん。他の発作症状はちょっと分かりません。
    医者から説明があったわけではありませんが、恐らくはその時に軽く酸欠を起こしたのではなかったかと考えていますが、病院の検査でも原因は25年経った今も発見出来ていません。

    発症より数年は頻繁に大発作を起こしていたため、結構精神的に参っていたと思います。薬がなかなか合わず、副作用にも悩まされました。授業はまともに受けず、部活だけをしに学校に行っていた感じです。ただ、病気が理由で苛められた経験も学校での差別にも合う事はありませんでした。もしかしたら僕が天然で鈍いのかもしれませんが。

    コミュニケーション障害、発達障害、うつ、などなど当てはまりそうな疾患は沢山ありますし、疑った事もあります。輪の中に自分ひとりだけ入れないイメージは子供の時から持っていました。でも今は自分は周りの人と変わらない1個人として考えられる様になりました。誰もが悩みを持っていますし、誰がどんな病気で悩んでいるか分かりません。自分だけではない、ですね。
    偉そうに言える程達観しているわけではないのですが、少なくともそのくらいの理屈が言える様にはなりました。笑

    高卒で社会人になって、やっと自分を少しだけ持てる様になったと思います。
    幸い社会は僕には厳しいものではありませんでした。運がよかったのか僕が鈍いのか要因は分かりません。てんかんに対する理解度は高いとは言えない町だと思います。でも就職の際にはカミングアウトし、免許を持っていない事も告げました。それでも特に差別を受ける事もなく仕事をさせて頂く事が出来ました。
    1度目の就職はドラッグストアーで一般的に誰もが味わう仕事の厳しさ以外は、特に病気のために大変だった思いはしていないと思います。長距離移動の際に誰かに乗せていってもらわないとならないくらいでしょうか。10年程で転職後し、現在は企画・編集会社に勤めていますが、移動を誰かに頼らなければ行けない事、年に数回の大発作の際にやはり迷惑をかけてしまう事以外は普通に働いていると自分では思っています。性格上の理由で普通じゃない時はあるかもしれませんが。笑
    基本的に考え方は後ろ向きで自分が嫌いです。でも皆が支えてくれるので、割とポジティブに指向する事も出来る様になってきたのではないかなあと自分では思っています。

    結婚も2度(笑)し、先の妻とは2子をもうけました。よく頑張って側に居てくれたものと思います(離婚はともかく)。

    町の中で倒れて救急車を呼ばれた事も、クライアント先で倒れた事も、先に行った様に職場で倒れた事もあります。もちろんクライアント先全てにカミングアウトしている訳ではありません。さすがにケースバイケースです。
    現在は大分薬も合ってきて、ゼロにはなっていませんが年数度の発作で収まっています。ただ体質なんだと思いますが、飲んでいる量は多いのですがそれでも血中濃度は低く出てしまいます。おかげで眠い事眠い事。倦怠感と眠気。もう疲れなんだか副作用なんだか分からないです。

    これは一生付き合っていく病気だと思っています(カフェイン多量摂取しながらでも)。可能性は分かりませんが、取りあえず完治は考えていません。ストレスと疲れが主な原因の様なので、言う程簡単ではないのですがそれを取り除く事を第一として考えたいと思っています。

    僕は恵まれている。恐らくそうなのだと思います。理解のある妻も居ます。恐らくいい意味での差別も沢山して頂いていると思います。
    世の中十人十色とは最初に言いましたが、理解のある人無い人様々です。意識的に差別を行わない人でも、不理解のために相手を傷つけてしまう人も居るでしょう。そのためと言う程でもないのですが、相手には病気だという事を隠す事はしない。自動車免許は絶対に取らない。
    これは僕の中で絶対に守る事項となっています。

    きれいごとだけで世の中渡っていけるわけではありませんし、実際世の中には辛い思いをされている方が多くいらっしゃるのだと思います。
    自分は年数回の大発作を起こしているとは言え、てんかんの中では重い方ではないと自分では考えていますし、「病気」の括りでいくとそんなに悩む程でもないと思うのです。普通に生活をしているので。

    両親、特に母親は心を痛めたでしょうし、自分を責めることもしたのではないかと思います。誰が悪いものではないのに僕ですら自分を責める事が多々あります。でも後ろばかり向いていては却って症状を悪くさせてしまいます。

    ニュースでてんかんを理由に事故を起こした方や、てんかんが理由で職や生活に苦慮されている方を見ると辛く感じると同時に報道の仕方に時々疑問を感じます。同情を誘いたいのか、てんかんを叩きたいのか、理解のない社会を叩きたいのかよく分からない事が多いです。

    周りを見渡すとてんかんを持っている方、意外と多いです。高校時代にも同じ年代に数人居ました。病気なので自虐的になってしまう事も多いのだと思いますが、正直本人の気の持ち用で環境が変わる事も多いと思います。少なくとも僕はそれを体験してきました。病気だから、特別だから、他の人と違うから、では周りにも負を伝染させてしまいます。
    ガンだから、白血病だから、脚が不自由だから、目が悪いから、読解力が低いから、色弱だから、糖尿病だから・・・・個性じゃないですか。
    そう思うのですけどねえ。軽すぎですか?笑

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    1. うわ。長い上に何が言いたいのか。
      失礼しました。笑

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    2. >ねじ。さん
      ありがとうございます。
      ねじ。さんの人生の回顧録、というか、そういうものになっていて興味深く読ませていただきました。
      病気はあくまでもその人のごく一部であり、決して全てではないですもんね。

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    3. 患者の家族です!

      患者の家族の立場で読ませていただきました。

      患者《長男の嫁》の立場のブログ等はたくさんありますが私のように家族の立場からというコメントはなかなかありません。
      とても興味深く読ませていただきました。

      嫁は20代後半。
      息子が結婚の挨拶に嫁の実家に向かう途中で初めて発作が出たと言います。
      突然倒れ、意識がなく全身痙攣をする嫁に驚き、私に電話をしてきた息子。その後の病院での検査の結果《てんかん》ということでした。
      息子が全てを受けとめ結婚するという言葉に反対する理由はありませんでした。
      結婚すれば子供という嫁に息子を含め、私達家族は《焦らないで》と言い聞かせてきました。
      嫁の発作は二年間で2度。薬での治療を続けていました。○○
      病気についても勉強してきたつもりです。
      私も長年、介護士として働いており、色々な患者さんや家族をみてきました。
      そして嫁の妊娠と出産。
      息子の仕事が月の半分は出張で不在となることもあり、私は妊娠中の健診や産後も付き添いました。
      ようやく休職から復帰し、出産後の病院へ付き添いが終り、自宅へ戻ったところで息子からの電話。
      嫁の発作でした。
      今日病院へ行ったのに、嫁は先生が《車の運転していい》いいと言ったと喜んでいました。
      しかし後々聞くと結婚してから1度も脳波や血中濃度検査はなく問診のみでこの2年ほどを過ごしてきたとのこと。
      嫁のご両親も高校生頃から似たようなことはあったが病院で《てんかん》と言われたことはないと。
      まだ2ヶ月の孫と嫁を二人にすることはできないと息子。
      しばらく落ち着くまで実家でとお願いすると嫁のお母さんからは《嫁に出したのだから》と言われてしまいました。
      私は仕事を辞め、息子宅で生活をはじめました。
      患者さんが抱えている悩みはたくさん目にします。
      今は血中濃度を安定させ、コントロール出来てくれるまでは付き添うという段階ですが、患者本人の自覚や家族の認識と勉強、そして何よりも《いつまでの付き添い》を誰かに教えていただきたいのです。
      先日、睡眠中の発作を目にし、先生に話をしたところ《睡眠中の発作は事故のようなこと》と言っていただき、少しホッとしています。
      長文ですみません。
      少しでも嫁や家族が貴方様のように真剣に向き合ってくれたら救われるのですが。

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    4. >患者の姑さん
      病気との向き合いかた、あるいは目の背け方、戦い方、逃げ方。人それぞれですもんね……。医療者は相手の生き方を尊重すれば良いけれど、家族はそうも行きません。
      少しずつ、一歩ずつ、小さな話し合いを重ねていくしかないんでしょうねぇ。
      お嫁さんはともかくとして、お孫さんは可愛いくて仕方がないのでは!?(^.^)

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    5. いちはさん
      御返事ありがとうございます。
      読んで頂いて本当に嬉しいです。

      孫は可愛いですよ(^-^)
      しかし嫁ちゃんと伴に四六時中はキツイものがあります。
      五十前にして仕事も辞めて社会から取り残された気持ちがあります。
      先日の脳波と血中濃度検査の結果では脳波にはまだ異常がみられるものの、血中濃度は大部安定してきているとのことでした。
      少しずつ生活リズムを調えていこうと見守りをしています。
      今は一週毎に様子を見ながらテーマを決めて、、、今週は午前中は起きて、家事をするという感じです。
      もちろん眠けがあればサポートします。
      この二週間は睡眠中の発作もありませんでした。
      来週あたり1度、自宅へ帰ろうと思っています。
      約2ヶ月ぶりになります。
      もちろん嫁ちゃん&孫と車で3時間ほどかかりますが。
      今の私の目標はせめて週末を自宅で過ごすということです。
      主人も家もほっぱらかしなのです(笑)
      患者の家族の悩みを考えてくれるサイトがもう少しあれば助かります。
      読んでいただき、ありがとうございます。

      削除
    6. >姑さん
      脳波に異常が残っていて、血中濃度が足りていなくても、発作は起こらないという人もけっこういますので、検査結果に一喜一憂することなく、発作がなくて良かったぁくらいで良いかもしれません。
      てんかんの薬は、数年前に新薬が数種類でていますので、医師と患者と家族とで根気強く薬を合わせ続けていくことが大切になると思います!

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  9. いちはさん
    ありがとうございます。

    嫁ちゃんの発作は意識をなくし転倒痙攣をおこす、今まで息子が目にしてきたのは重積発作なのです。
    脳神経外科医に診ていただいています。
    妊娠で服用を中止、出産後も問診のみで《車の運転をしていい》という医師。
    2年の間、検査なく問診だけで薬の量を変更。
    信じがたく今は別の医師に診ていただいていますがこの先生《僕は専門ではありませんが勉強します》というのです。
    今はデパケンR200錠を一日3錠服用しています。
    患者本人、家族がこの病気を理解し、同じ気持ちで寄り添えたらいいなと思います。
    私の今の気持ちで言えば患者本人の認識は低く、生活のリズムを調えるにも時間がかかる。
    そして、ここにきて30前にして家事が苦手、結婚3年はどう過ごしていたのか、、、私としては毎日が忍耐なわけです。
    姑としては嫁ちゃんに好かれたいわけではないですが息子には嫌われたくないですから~(笑)

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    1. >患者の姑さん
      てんかん治療は、検査も大事ですが、とにかく問診です。そして家族の観察!
      お話からすると、きっとかなり発作回数を減らせるように思えます。あと、もう手続きはされているかもしれませんが、治療費が1割負担になる制度もありますのでご活用くださいね! 詳しくは病院でお尋ねになってください!

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    2. いちはさん
      ありがとうございます。
      手続きの件、出来てます。
      先週より少しずつ別に行動する時間を過ごすようになりました。
      少しずつ自立して行けると願いサポートしていきます。

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  10. 恐らく差別はこの世の中から無くなることはないでしょうね。
    私も病気になりたくてなったわけではありません。同じ境遇の人が集まって社会を見返してみたいとも思います。

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    1. >匿名2015年5月4日 17:01さん
      差別はなくならない、と俺も思います。
      なくならないものをなくそうとするより、絶対にあるものとして、する方もされる方も、それをどう意識して、どう受け止めていくか、どうやって折り合いをつけていくか、そういうことが大事だと思っています。

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  11. 35年間てんかん患者です。てんかんの発作を起こすまでは明るくスポーツ好きの健康体でした。42歳で仕事中発作を起こし辞めろとは言われませんでしたが迷惑がかかっていると判断せざるを得なくなり辞めました。そんな雰囲気になるのです。てんかんは一切公言していませんでした。母から絶対に言うなと小学校6年生の初めての発 作の時言われました。でもどうにか結婚も出来て二人の子供にも恵まれました。しかし離婚し、誰の助けも受けられなく車も運転し子供達を育てました。子供達が仕事に就いた頃 会社で発作が起き、その後頸椎の難病になり二十歳から悪かった腰も痛みが激しくなり今では50メートル歩くと痛みと痺れが走ります。田舎で電車などありません。汽車が何時間に1本あるだけで、バスを乗り継ぎ会社に間に合うか?それより動けない人間に仕事があるか?厳しい所ないです。障害者枠でもないです。私もまだ働ける歳なので働きたいです。でも子供におんぶに抱っこの状態です。うつ病もあり、頭の中は死にたいのオンパレードです。少し前に自損事故を起こして車の運転はしなくなりました。自分が死ぬのはいいですが他人を巻き込むと感じると恐ろしくなりました。10年間発作を起こしてないのに車の免許を取らないのは自覚があり立派です。車のいらない生活がしたいです。ただ、生活が出来なくなる…のは確かです。でも自分の生活のために他人を犠牲には出来ません。年金は頂いておりますが今までの子供達の就職や母が亡くなった時に出来た借金の返済に消えていきます。母子家庭は一人で頑張っていると、いくら母子扶養手当があろうと苦しいものです。なので子供達が親の手を離れた今は早く死にたいと思う事しか考えられない。働けないなら生きている意味は無いと…子供達に迷惑かけるくらいならと。そう思う人もいると思います。

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    1. >匿名2015年10月2日 20:33さん
      てんかんへの差別は一向に弱まりませんね。それどころか、昨今では強まってさえいるように見えます。問題の一つは知識の欠如と、欠如していることへの無自覚さだと思っています。
      障害年金なんてもの凄く安いし、最近は締め付けが厳しいというか、どんどん等級を下げられる傾向にあるようで、多くの患者さんたちから経済的な大変さを打ち明けられます。
      臨床現場から全体に向けてできることというのは少ないのですが、こういう場で少しでも世間に何らかの影響を与えることができれば良いなと考えています。

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  12. 私もハローワークで病気を告知すると、障がい者手帳を持っているかと聞かれ、素直に無いと伝えて返ってきた言葉は「障害者手帳を持っていないてんかん患者に紹介できる仕事はありません」でした。
    主治医に手帳が欲しいと話せば、発作も来ないし、一人で生活できるから取得は無理と返ってきました。
    発作が来れば手帳がもらえるだろうと、仕事を掛け持ちをしました。
    9時~17時まで事務、18時~20時までスーパーの品出しとレジ打ち、日祝日は中華屋さんでアルバイトをしましたが、一向に発作が来る気配がありませんでした。
    事務の職場には病気を打ち明け、診断書を提出して特別障害者枠として働いていましたが、3年も前兆だけで発作が来ないので、主治医は「これ以上診断書提出は無理」と言ってきました。
    障がい者手帳なし、車の免許なしでは雇ってくれる職場は無いので、QOLを上げるために免許取得をする事を考えました。
    本当にこれで良いのかと悩み、一人で決める事ができず、思いついたところに相談しました。
    病気のてんかんが欠格事由の時代だったからです。
    車を運転する人の責務、走る凶器を操る事、体調の管理、他人に迷惑をかけない事、事故を起こした時に取るべき事、移動手段の自由を得た反面、必ず付いて来る責務、てんかん以外に意識減損とけいれんを起こす病気。
    テレビの無い生活をしていたので、仕事の掛け持ちをしても、考える時間は沢山ありました。
    教習所の教官、警察署、法律相談、思いつくところに意見を聞きにまわりました。
    相談する時に病名を出しましたが、いずれも、現在の症状だけで責任を持てば取得してもいいと言ってきました。
    当時のてんかんへの認識が、意識減損とけいれんだったからかもしれません。
    その中でも、法律相談所の「責任を持てば何をしても良い。免許を取っても責任を持てば良い」との言葉が背中を押してくれ、行動に移せました。
    自分で運転に付いて考え、働いた貯金で、働きながら取得した免許は今では一番の宝物です。
    教官と警察署からはてんかんを治療しながら運転をしていると知られていたので、任意の申告になった時は免許センターに素直に申告ができました。
    それから月日は流れ、ヘルパーの資格を取得して、老健と障害者施設で働いて病気の事を話すと、理解者と思っていた人たちからは偏見の目で見られる事に気が付きました。
    私が会った医師、看護師、介護士、社会福祉士、(てんかん専門医を除いた)全員が、てんかんに付いての知識を持たず、未だに倒れてけいれんをするものとしか知らない事を知りました。
    医療従事者がてんかんに付いての知識を持たないので、単純部分発作だけなら絶対に話さないと決めました。
    医療従事者が理解できないてんかんとは不思議な病気ですね。

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    1. >ねじ回しさん
      詳しい実体験を教えていただきありがとうございます。

      特定の疾患(特に精神科周辺の疾患)に対して、未だに医療従事者が根強く偏見や忌避意識を持っていたり、まったくの無理解だったりすることは非常に残念ですし、同じ職業として申し訳なく思います。
      少なくとも自分は、周囲のスタッフや同僚への教育も医師の仕事と思って、適宜資料をコピーして配るなどしています。
      こうした草の根で、少しでも患者さんたちへの理解が進むと良いなと考えています。

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    2. いちはさん返信ありがとうございます。

      事実を知って欲しくて投稿しましたが、付け足します。
      私が老健で働いたのは平成17年12月から平成19年4月です。
      障害者施設は平成19年5月から平成23年3月です。

      どちらにも病気の事を話し、長年、前兆(単純部分発作)だけであることを伝えました。
      老健では、送迎車の運転を強制られ、運転が下手と伝えて普通車を運転していました。
      月日が経つと、ステップワゴンの運転、古いタイプのリフト車の運転をしていましたが、他の人も運転をしているのだからと、新型の大きいリフト車の運転も強制的に命じられました。
      常に、利用者を乗せたまま事故を起こした時の事を考えていたので、これは責任を持つのは無理だと断った時点で解雇となりました。
      一方の障害者施設では、日中の支援の延長でショートスティーも命じられ、32時間勤務もありました。
      泊まる施設までの移動は自分の車で行くように命じられ、帰宅ラッシュと走った事のない3車線のバイパス道を、案内の車の後を付いて行くように施設長から命令され、恐怖とストレスから複雑部分発作が来るのが怖い事と、発作による事故を起こした時の責任を取って欲しいと話しましたが、「何のために車の免許を取ったんだ!」と頭ごなしに怒鳴られ、前兆が来た恐怖からやむを得ず運転をしていました。
      私の場合、怒鳴られる事で前兆が来るので、複雑部分発作が怖くて正直に伝えていたのですが、「そんなことがあるわけない!」と最後まで聞き入れてもらえませんでした。
      バイパスの最初の運転は平成20年の経験です。
      発作の要因となる仕事を3回目で断った結果、契約解除となりました。

      老健施設と障害者施設でさえ、てんかんと車の運転に付いて理解してもらえません。
      栃木クレーンの職場、京都祇園の職場は尚更てんかんに付いての知識は無く、病気を知っても平気で運転をさせていたのではないでしょうか。
      ≪京都の事故はてんかん発作でないような気はします≫

      運転に支障をきたす発作が止まらないのに運転を続ける人にも問題はあり、自分がどこまでの範囲なら迷惑をかけないのかを把握して、無理だと判断した時点で断る勇気も必要だったのではないかと思います。

      私の経験から感じた事ですが、栃木の事故まではてんかんの事に見向きもせず、大事故を切っ掛けに、いたずらに問題重視と片付ける日本社会にも問題があると思います。

      私は免許を取得を考えた時から忘れない言葉があります。
      [車両の運転とは凶器を操る恐怖感を持つこと]だと。
      これが、運転手としての責任を持つ事につながるのではないでしょうか。

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    3. >ねじ回しさん
      コメントを読んで、ふと考えたことをフェイスブックに載せたので、それを以下に転載します。

      スマホ所有者は運転をしてはいけない。
      運転中に電話に出る人は論外として、電話に触らないよう心がけている人でも、絶対に触らないなんてことは言いきれないはずだ。思わず手が出ることがあるはずだ。触るまではなくとも、電話が鳴れば一瞬は気がとられるはずだ。
      それで事故につながる恐れがある。
      だからスマホ所有者は一律に運転禁止すべきなのだ。
      てんかん患者の運転を一律に禁止しろというのは、こういう論理である。

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