2012年6月16日

真の信用を得るために必要なこと

『信用は得難く、失い易い』
あまりにもありきたりで陳腐な言い回しだが、本当にそうなのか? そうじゃないこともある、そんな話を今日は書く。俺が医学部2年生の時の話だ。

俺はバドミントン部に所属していて、同級生は7人いた。それまでパッとしなかったバドミントン部をもっと盛り上げていこう、そんな気概のある仲間たちで、そんな彼らを俺は好ましく思っていた。

2年生になると後輩ができた。残念ながら、入部した3人のうち1人は早々に退部し、残り2人もなかなか上達しなかった。そんな後輩を見ながら、同級生らは口々に、
「俺が鍛える」
「使い物になるようにしてやる」
「しごいてやる」
とそんなことを言っていた。

夏の大会は名古屋であり、そこから俺は後輩の一人と西の果てまで青春18切符で帰った。1泊2日かかったが、道中まったく退屈しなかった。その後輩との会話は話し心地、聞き心地というものが良かった。

さて、その彼は同級生の期待に反して伸び悩んだ。そんなある日、俺と同級生らが学食で話し込んでいた時、同級生の一人が、彼について、
「俺はアイツを見限った。運動ができないのは仕方がないとしても、アイツは頑張ると言うくせに口ばっかりじゃないか」
と言ったのを聞いて、俺はキレた。別に親しい後輩だから反論したわけではなく、後輩を非難する同級生の矛盾に満ちた中身が気に入らなかったのだ。俺は言った。

「お前さ、数ヶ月前になんて言った? 俺が鍛えるとか、使い物にするとか、しごくとか、そんなこと言ってたよな? で、なに? 見限る? 口ばっかり? あのさ、数ヶ月前にあんだけ鍛えるとか可愛がるとか言ってたのに、たった数ヶ月でもう見限るとか。口ばっかりって、お前のことじゃねぇの?」
彼は黙った。周りも言葉を発さない。しばしの沈黙の後、誰かがぽつりと言った。
「いちはの前で、後輩の悪口を言うのはやめようぜ、キレるから」
そうじゃない。でも、まぁ、それでもいいや。なぜなら俺は、キレるから。

価値観というのは人それぞれで、多くのことに正解も不正解もない。しかし、できることならば、過去の自分と今の自分の整合性はつけておきたい。数ヶ月前の発言には責任を持ちたい。その場限定で綺麗に輝く言葉なんてバカバカしい。

さて、その後輩はどうしているかというと、小児科医として生きている。俺からしたら非常に頭の下がる働きっぷりだ。どこに出しても恥ずかしくない後輩で、うちの娘を安心して診せられる小児科医の一人だ。逆に、その後輩から俺が精神科医として信頼されているかどうかはともかく、人として信用されていることには自信がある。

そこで話を戻そう。
『信用は得難く、失い易い』
本当にそうなのだろうか。実はそうじゃないのかもしれない。真の信用というものは、得るのはそう難しいことじゃない。上記したように、信念というか、曲げない部分というか、そういうものがあれば、そこに共鳴した人はついてくる。そして、そうして得た仲間はそうそう簡単には離れない。

2 件のコメント:

  1. いい話だ。
    いい話ですが・・・いや、いい話か?
    いい話な気がします!

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    1. >たに
      いい話じゃないか。
      いい話だと思っているんだけど……、あれ、いい話か?
      いい話は気はする!

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