2016年9月6日

世界は続くよ、それなりに、厳しく、優しく、汚く、美しく 『アニバーサリー』


全3章から成る小説。主人公は東日本大震災の時点で75歳の晶子と、30歳過ぎた真菜。

第1章は晶子の出生時から戦前、戦中、戦後の暮らしが描かれる。これまでの窪美澄の作品からすると異色で、わりと淡々としていて、読者をグイグイひきつける感じではない。こう書くと、なんだか退屈そうだが、読んでみるとそうでもなく、時おり涙ぐみそうになった。子どもができてから、家族がテーマの話では涙腺が緩い。

第2章は真菜の出生から大震災後まで。真菜は俺よりちょっと下の世代なので、時代の雰囲気がよく分かる。この章では援助交際の話が出てくる。かつて、ただ軽蔑して卑下するだけの存在だった援助交際が、自らが父親になったことによって危機感や恐怖心を抱くものになってしまった。

第3章では、晶子と真菜の視点を交互に移しながら描かれる、いわば「まとめ」の章であるが、クライマックスといった感じでもない。第2章が窪美澄らしい、わりと派手でエロチックな内容だったので、第3章はどうしてもトーンダウンしたように感じてしまう。

全体を通じて窪美澄が訴えたいことは分かるのだが、晶子が75歳で、マタニティ・スイミングの指導者で、しゃきしゃき動きまわって、という強引な設定に戸惑ってしまう。物語のテーマを語るうえで戦前と戦後を対比する必要があり、そのために、戦時中の疎開を経験した人を主人公にしなければいけなかったのだろう……、というところまで考えてしまい、ちょっとだけ興ざめしてしまった。もちろん、そんな元気な75歳がいることだって分かってはいるんだけれどね……。

内容としては良かっただけに、ちょっぴり残念。

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