2018年4月16日

見ただけでなく、現地で働いた人にしか描けない世界 『藻屑蟹』


著者・赤松さんとは、僭越ながら個人的に少しだけやり取りをさせていただいている。年に数回、互いの近況をかいつまんで報告し合うような関係で、ときどき赤松さんの作品を添付していただくこともあった。

そんなある日、「まだ明らかにはできないが、ある賞をとれるかもしれない」というメールをいただいた。まだ確定ではないという話だったので、浮足立ちそうになるのを務めて抑え、しかし、こころは浮き立った。ついに赤松さんが世間から評価される日が来たか。

本作は作家「赤松利市」のデビュー作である。ただし、実のところ、赤松さんは以前に別のペンネームで本を出版されている。それを読んで書いたレビューが赤松さんの目にとまり、そこからのお付き合いになる。俺はその作品をとても面白いと思っているし、ここで大々的に宣伝もしたいのだが、「新人作家・赤松利市」の門出となる本書のレビューで紹介するには不向きと考え断念する。

さて、本作について。

出版されていないものも含めた作品を知っている身からすると、本作は赤松さんらしさが研ぎ澄まされ、ヒリヒリするような作品に仕上がっていると感じた。ただ、この研ぎ澄まされた「赤松さんらしさ」という評価が、ご本人にとって褒め言葉なのか、あるいは歯がみされるものなのか。赤松さんなら、賛辞を賛辞として受け止めつつ、歯がみもされそうな気がする。

他のレビューにも書いてあるので、本の内容を詳述するのは避けつつ感想を書く。

前半から中盤にかけては、グイグイ引っ張られた。誰が読んでもひきつけられるはずだ。人によっては眉をひそめながら、あるいは主人公にある種の密かな共感を抱きながら、これまで誰も明瞭には書いてこなかった原発事故後の町を読むことになる。

この段階で出てくる脇役である友人らを、ただ原稿を埋めるだけの登場人物にせず、各人の背景に触れていくことで人物に厚みを持たせている。そして、主人公と彼らとの友人関係を通じて、主人公の日常生活が想像される。これを短編でやってのけるあたりが、スゴい。

中盤からラスト。赤松さんらしさが研ぎ澄まされ、赤松さんにしか描けないと感じるのはここだ。前半から中盤の内容が多くの人をひきつけるのは確かだが、極端な話、現地を知っていて、なおかつ赤松さんレベルの描写力があれば書けるものでもある(ただし、実際にはそんな人は稀有なのだが)。

赤松さんにしか書けない、描けない。そんな中盤からラストにかけてを好むかどうかが、本作品の読者の分かれ目になるのではなかろうか。

面白くてエンタテインメントに特化した小説も創られる赤松さんの筆が、今回はかなり人間を掘り下げるほうに振られた。インタビューなどを読む限りでは、今後もこの方向性で小説を書かれるようで、これから「赤松刀」がどう研がれていくのか楽しみである。とはいえ、赤松応援団の団長を自認する俺は、基本的にエンタテインメント小説が好きだ。いつかまた、魅力的なキャラが活躍したり、ゾッとするようなラストが待っていたりするエンタテインメント小説も読ませてもらいたいと、団長なのにワガママなことを考えている。

今後の赤松さんのご活躍に期待して、敢えて星を一つ預からせてもらいます。

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