非常にシンプルで分かりやすく、てんかんに悩む人たち(患者も家族も、そして医師も)すべてに読んで欲しい本。
著者の中里先生は、東北大学てんかん科の教授である。中里先生のこれまでの著書と本書に通底している「中里イズム」は、
Simple is better.
Bestを求めすぎて複雑で難解になった結果、患者さんや治療者を気後れさせてはいけない。まずはBetterなことを、simpleに、広く発信というスタイル。
中里先生が唱える「発作ゼロ、副作用ゼロ、悩みゼロ」という、てんかん治療の目標「トリプル・ゼロ」も非常にsimpleな標語で、この言葉を知って以来、てんかん診療の初期対応にあたるときの指針にしている。患者さんへの疾患教育でも、この三本柱を押さえておくと漏れがない。
「まずは発作がなくなることを目標にします」
「しかし、発作ゼロでも副作用がきついというのではいけません。なにか困った副作用があったら教えてください。薬の種類はたくさんあり、組み合わせることで発作も副作用もゼロにできる可能性があります」
「発作もない、副作用もない。それでも就職や妊娠などいろいろ悩みが出てくるものです。そういう相談もお気軽になさってください」
さて、中里イズム「Simple is better.」の凝縮された一文が本書にある。
てんかん治療は、「とりあえず」から始まる。こういうsimpleな割りきりを、てんかん科の教授が発信されるところが心強い。
「てんかん専門医ではないけれど、てんかん診療には携わらざるをえない」
そんな多くの一般臨床医にとって、これは「御守り」のような言葉である。
誤解を招かないよう強調しておくが、中里イズムは、決しててんかん診療の「ハードルを下げる」ものではない。正確には「ハードルを示す」ものである。
「治療に携わるなら、最低でもこの高さは飛べるようになって欲しい」
「この高さは飛べなくて当然。専門医に紹介してね」
ハードルが明示されるから、非専門医は「自信をもって、自信がないと言える」ようになるのだ。
では、専門医に紹介すべきタイミングはどのあたりか。「治療困難」と判断するハードルの高さはどこか。入院治療を検討すべき時期はいつか。中里イズムに「一定期間の治療でも改善しないなら」というような曖昧さはない。ズバリ、
治療開始から1年この期間中に「発作ゼロ」「副作用ゼロ」「悩みゼロ」が達成できていなければ、「とりあえず始めた治療」から「じっくり見直した治療」に移行すべきときと考える。
なるほど、とっても分かりやすい。
そして、中里先生はこう続ける。1年間の治療で発作が半分に減ったとして、
もう1年待っても「発作ゼロ」になる確率は低いと思われます。その間にも、人生の時間はどんどん進んでいきます。そう、人生は有限なのだ。「病気ではなく、人をみる」というのは、使い古され陳腐にさえ感じられる言葉かもしれないが、中里先生のこの一文には「人をみる」という気持ちが強く込められている。「患者さんの人生の時間がどんどん進んでいく」ことを看過できない中里先生の、こころからの叫びが感じられるではないか!
「じっくり見直した治療」のためには入院検査が最良だが、入院ということに及び腰になる人も少なくないだろう。しかし、考えてみて欲しい。長くて一週間程度の入院で、残りの人生がガラッと変わる可能性があるのだ。コストとベネフィットを比較してみて、ここまでお買い得な選択肢というのは長い人生でそうないはずだ。
恥ずかしながら、自分も中里先生の前著『ねころんで読めるてんかん診療』を読むまで、てんかんの入院検査があるとは知らなかった。長時間ビデオ脳波モニタリング検査のことを知ってからは、難治の患者さんたちに積極的に入院検査を勧めるようになった。実際に入院したのは一人しかおらず、その人も何度となく説得しての入院だった。結果、その人は心因性非てんかん性発作と診断された。
「なんだ、精神科医なのに心因性ということも見抜けなかったのか」
と笑う人は笑うが良い。きっと中里先生をはじめとした専門医の先生がたからは、「よくぞ入院させた!」と褒めてもらえるはずだ。中里先生が前著でも本書でも書かれている。
(てんかん科は)本当はてんかんではないのにてんかんと診断されて何年も治療を受けてきたような方に、「てんかん以外」の適切な診断をつけることも大切な任務です。そして、そういうケースは非常に多く見られるのです。つまり、てんかん診療という視点で見るなら、上記のケースは粘り強い説得の結果、無益な治療を一年弱という期間で中止することができた成功例とさえ言える。
最後になるが、中里先生の臨床姿勢は、こんな文章にも現れている。
<てんかんでは、「発作以外」のことも大切>医師向けで3600円の『ねころんで読めるてんかん診療』に比べると、一般向けの本書は1200円!! てんかんに悩んでいる患者さんや家族にとっては、必要十分な内容が詰まっている。いまいち分からないところがあれば、本書を診察に持っていって主治医に相談しよう。そうすれば、それが専門医受診のきっかけになるかもしれない!!
てんかんの発作・症状も、てんかんがあることによる悩みも、一人ひとりでまったく異なりますが、どなたにも共通して言えることは、てんかんのある・ないにかかわらず、「自分の人生をどのように切り開いていくか」という視点が大切だということです。それでは、一緒に考えていきましょう。
そして、晴れて入院検査するとなったかたへ。
Have nice seizures!(良い発作を!)
Have nice seizures(良い発作を)!健闘祈ります.ある方「先生のTwitterで色々考えまして,今日から,てんかんモニタリング入院.頑張って発作を起こしてきま〜す」/bot— N Nakasato & bot (@nkstnbkz) 2017年3月28日
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