あるはずのないものが、見えたり聞こえたり。
普通の人よりはそういう体験が多い。
時々、イヤ~な感じがすることがある。皆もたまにそんなことあるんじゃないだろうか? 大体が気のせい、気の持ちようだ。でも、どうにも説明のつかない『イヤ~な感じ』ってのはあるもんだ。初めて、イヤ~な感じを体験したのは高校の時だった。ちなみに、イヤ“~”という波線のもつ雰囲気は、こういう体験をした人には分かってもらえると思う。
さて。
高校時代のイヤ~な感じは、どれが最初だったか覚えてないけれど、寮のある部屋の話だけは忘れられない。俺が通っていた高校の寮は、なんと墓の隣に建っていた。部屋の窓から墓が見下ろせる。なんとも恐ろしい立地だ。
寮の中には、生活をするための部屋の他に、学習室というだだっ広い部屋があった。5、60人が勉強しようと思えばできる位の広さの縦長の部屋。出入り口は真ん中に一つ。夜の八時から十時半位までは、この部屋で全員が強制的に勉強させられた。
そして、この部屋が最も墓に近かった。だだっ広い部屋には何枚も窓があるのだが、その全てから見える景色が墓。そんな部屋で十時半まで勉強して、その後は各自散り散りに自分たちの部屋に帰る。ただ、自分たちの部屋は三人部屋で、深夜まで勉強したい者にとっては集中できない空間だった。だから、深夜まで勉強するものは学習室に残って勉強していた。一応マジメだった俺も学習室残り組。
学習室の電気は深夜十二時に消える。つくのは電気スタンドのみ。だだっ広い部屋の中で、数人が点々と座り無言で勉強している姿は、幽霊とかお化けとか関係なしに不気味だ。お受験って感じ。ま、それは良いとして。
その日、普段一緒に勉強している連中が何故か眠いと言って、いつもより早めに自室に帰っていった。全員帰った。俺一人。
ポツーン。
最初は真っ暗な学習室の真ん中で勉強していたが、どうにも前後が気になりだして、一番前の席に移動した。何故、一番前かというと、一番前が墓から一番離れていたからだ。深夜一時位だと、遠くの部屋の方から寮生が騒いでいるのが聞こえてくる。人の気配は安心する。深夜も二時を過ぎると、夜更かし好きの連中も徐々に静かになってくる。そうすると非常に心細い。完全に物音がしなくなる、そんな数分間が出てくる。
そんな時。
カタン。
と、後ろの方で机が鳴った。
スチールの机の下で足を引き出しにぶつけた時の、あの音。
小さく、カタン。
後ろを振り向いても誰もいない。そもそも人が入ってきた気配などないのだから、誰もいないのは当たり前だ。でも、再び前を向くと、後ろの方で。
カタン。
俺は気のせいだと自分に言い聞かせる。気のせいじゃないにしても、この音は湿度とか温度とか、とにかくなんらかの物理的な力が働いて、机が勝手にきしんでいるだけなんだと。そういう風に考えた。
キッ。
今度は椅子が鳴ったようだ。
これも温度か湿度のせいだ。
カタン。
キッ。
カタン。
カタン、キッ。
真っ暗なだだっ広い部屋に独りで座っていて、背中から聞こえてくるこの音はたまらない。どんなに無視しようと思っても、鳴っているものは怖い。背中ごしに誰か、あるいは何か、イヤ~なものが覗き込んでいる気がする。いや、気のせいだ。集中しよう。勉強に集中すれば、気にならなくなるさ。
よし、集中集中。机にかぶさるようにして教科書に意識を集中しようとした瞬間。
「いちは!」
後ろから誰かが俺の名前を呼んだ。聞き覚えのない声。だが、そんなわけはないだろう。誰かが俺を驚かそうとしているんだ。俺はダッシュで部屋の出入り口へ行った。誰もいなかった。防音設計を失敗した寮で、4階の足音が2階まで聞こえてくるような、そんな建物だった。だけど、誰かが逃げたような足音はしなかった。近くのトイレや階段も調べたが、誰もいなかった。
勉強道具を取りに帰って、電気スタンドを消して、俺はダッシュで学習室から帰った。それ以来、学習室が真っ暗な時には独りで勉強しないように心がけた。
あれは一体、誰の、いや何の声だったんだろう?
今思い出しても、かなりイヤ~な感じがする。
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