2011年12月19日

サンタさんのプレゼント

小さいころ、お父さんが死んだ。車にはねられたのだ。お父さんは二十七歳だった。わたしは五歳だった。泣かなかったと思う。泣いた記憶がない。中学校に入るまで、お母さんが泣いているのも見たことがない。小学校のころを思い出すと、家でお母さんの帰りを待つ自分と、くたくたになって帰ってくるお母さんの「ただいま」という笑顔が真っ先に浮かぶ。小学校に入る前の記憶には、ちらりちらりと、お父さんが出てくる。記憶の中のお父さんは、大学生のわたしにとってはもはや「お父さん」と呼ぶには若すぎる。少し上の先輩という感じだが、そのうち後輩、それから子ども、いずれ孫みたいに感じるのかもしれない。

お父さんが、わたしへのクリスマスのプレゼントを買った帰りにはねられたことは、だいぶ後になって、わたしが中学に入ってから知らされた。そのときはショックで涙もたくさん出た。お母さんが泣いているのを初めて見たのもあの時だ。倒れたお父さんのすぐ近くに、リボンをつけた大きな白い熊のぬいぐるみが転がっていたらしい。ところどころに少し赤茶けたシミの残ったぬいぐるみを、十三歳のクリスマスにお母さんからもらった。

ところで、お父さんの命日はクリスマスイブじゃない。十二月十日、クリスマスイブ二週間前の土曜日だった。お父さんはわたしに、サンタさんにお願いするプレゼントを尋ねてきた。
「きっとサンタさんは忙しいからね、早めにお願いしとかなきゃなんだ」
お父さんは、そう言って笑った。これも後になって知ったのだが、その年のクリスマス前後、お父さんは仕事が目いっぱい入っていたらしい。だから早目にプレゼントを、ということだったのだろう。

そういうわけで、わたしはクリスマスには複雑な思いがある。決して嫌いではない。でも、手放しではしゃぐ気持ちにもなれない。我が家のサンタさんは、プレゼントのために車にはねられちゃったんだから。

高校を卒業したわたしは、お母さんのおかげで、隣の県の大学に進学できたうえに、一人暮らしまでさせてもらえた。最初の年、つまり去年のクリスマス、友だちから「シングル」ベルパーティというものに誘われた。なんのことはない、彼氏彼女のいない人たちが誰かの家に集まって飲み会するというだけだ。毎年クリスマスイブは、お母さんと熊のぬいぐるみと過ごすのが恒例だった。二人と一匹でお父さんの話をするのだ。だから、ちょっとためらった。お母さんに相談したら、
「年ごろの娘なんだから、参加してお父さんを心配させてあげなさい」
と言って笑っていた。

参加者に一人、サンタについて熱く語っている人がいた。ケイちゃん、とみんなから呼ばれていた彼は、煙突とかサンタとか熱く語りすぎて笑われていた。でもわたしは、そんなケイちゃん、ケイイチ君に好感を持った。クリスマスに、煙突があればサンタがプレゼントを持ってきてくれるかもしれない。なんというか、子どもっぽいような、でも、その考えには優しい感じがある。わたしのお父さんは、わたしに黙ってこっそりプレゼントを買いに行ってくれた。サンタさんはいるんだよって信じさせるために。ケイちゃんを見ていて、うまく言えないけれど、こう思ったのだ。
こういう人だったんじゃないかな、お父さんって。

帰り道は雪が降りそうなくらい寒かった。途中まで方向が同じだったので、ケイちゃんと一緒に帰った。二人きりになると、なんだか急に恥ずかしくなった。飲み会で、お父さんと重ねるなんて変な想像をしたからかもしれない。意識し始めたら、顔が赤くなってきたのが分かった。たぶん、耳まで真っ赤だ。ショートカットだから、赤い耳が丸見えかもしれない。
「煙突があれば、きっとサンタも来てくれるさ」
照れ隠しのつもりでそう言うと、ケイちゃんは空を見て黙り込んだ。しばらく歩いても、返事がない。なにを考えているんだろうか。この人は、ちょっと不思議くんなのかもしれない。妙に気まずくなった。
「じゃ、またね。来年もクリスマスしようね」
帰り道はまだしばらく同じ方向だったけれど、私は逃げるように別の道に入った。うしろから、ケイちゃんのクシャミが聞こえた。

今年のクリスマスイブは、そんなケイちゃんと二人で居酒屋にいる。三月から始まった交際は、もう十ヶ月目になるのに、まだ手しかつないだことがない。この十ヶ月で、ケイちゃんがかなり天然で、それ以上に奥手だということが分かった。ロマンチックな雰囲気作りも、どうも苦手っぽい。いま、居酒屋にいるのがその証拠だ。それでも、シャンパンで乾杯するところまでは気が回っていたのだ、ケイちゃんも。それなのに、
「音が安っぽいな」
なんて、そんなこと言わなくてもいいのに。
「そう? 良い音」
わたしは、そんなケイちゃんが、大好きだ。
「わたしは好きよ」
耳が熱くなった。

今日こそは、ちょっとだけ勇気を出して欲しかった。いや、勇気を出したかった。片方だけ借りた手袋を左手にはめて、右手でケイちゃんと手をつないだ。ケイちゃんの華奢なわりに意外に厚い手のひらが、わたしは好きだ。指をからめるんじゃなく、包み込むようにつないでくれるところも。

ケイちゃんを部屋に入れるのは初めてだった。そのために、朝からけっこう気合いを入れて片づけた。ケイちゃんが喜びそうなプレゼントも用意して飾っておいた。さらにビールも用意しとこうかと思った。でも、天然のケイちゃんから、わたしが一人で晩酌しているなんて思われかねないからやめた。帰り道のコンビニに二人で立ち寄ってビールやお菓子を買った。

テレビを見ているふりをしながら、わたしは自分の手を少しずつケイちゃんの手に近づけた。一分で一ミリくらいの、慎重な動き。ようやく手をつないで、しばらくするとケイちゃんが、
「キスして良い?」
まさか奥手のケイちゃんがそう来るとは思っていなかったので、驚いてビールを吹きだしそうになった。小さく咳きこんだら、ケイちゃんの顔がすぐ近くに来ていた。歯と歯がぶつかった。
キスってこんな感じなの!?
びっくりしていたら、ケイちゃんが電気を消した。それから、もう一回、今度はゆっくりな、キス。唇が唇に触れるって、こんなに柔らかいんだ。ケイちゃんの舌が、わたしの唇に触れる。わたしの舌が、ケイちゃんの舌をさぐる。ケイちゃんの唇が、わたしの舌を求める。わたしの唇が、ケイちゃんのすべてを欲しがる。ああ、なんていうか、溶けそう、と思ったその時、ケイちゃんは唇を離して、
「煙突さえあれば、サンタが来てくれるんだけどな」
どこまでもロマンチックに程遠いのだ、ケイちゃんは。
そして、そんなケイちゃんを、どこまでも好きなのだ、わたしは。
「大丈夫、サンタさん、今年は来てくれるよ」
わたしは、そう言って指差した。

ケイちゃんに喜んでもらえると思って、飾っておいたプレゼント。ミニチュアのかわいい家。洋風のレンガ造り。もちろん、煙突つき。

ケイちゃんは、何を勘違いしたのか、あそこを押さえてあたふたし始めた。たぶん、またトンチンカンなことを考えているに違いない。
「いや、これは、いや、そうじゃなくて、いや、これはね」
わたしは、わたしの唇でケイちゃんの口をふさいだ。

クリスマスに対して複雑な思いがなければ、きっとケイちゃんとつき合うことはなかっただろう。我が家からいなくなったサンタさんは、十五年後に素敵なプレゼントを運んでくれたのだ。


ありがとう、サンタさん。

実家のリビングのイスに置かれた熊のぬいぐるみを思い浮かべる。

ありがとう、お父さん。

クリスマスツリーのイルミネーションが、にじんでいく。


(終)


『煙突に願いを』という小説の女の子視点を読んでみたいというリクエストに応えて書いた。前作と場面をリンクさせているので、できれば両方を読んでほしいなとは思う。正味2時間ほどで書いたのでちょっと雑な部分もあるが、個人的には好きになれる作品になった。

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