子どもの頃、クリスマスなんて大嫌いだった。
家には煙突がないから、サンタは来ない、来れない。両親からは、そう説明された。団地に住んでいる友人たちには、クリスマスプレゼントが届いていた。煙突なんてないのに。だから、サンタクロースなんて作り話。小学校一年生で、俺はそう思うようになっていた。
しかし、である。
作り話だと分かっていても、やっぱり、なぜか、煙突が欲しかった。煙突さえあれば、サンタさんが来てくれる。本当は、作り話なんかじゃないのかもしれない。心のどこかに、そういう期待があった。恥ずかしい話、十八歳で家を出るときも、その期待だけは残っていた。そして、将来は煙突のある家に住みたい、そう思うようになっていた。
大学に入って最初のクリスマス・イブ。俺はクラスの独り者グループと酒を飲んだ。男も女も数人ずつ。話題がサンタになった。俺は、煙突のある家に住みたいことと、その理由を話した。友人たちには笑われた。そんな中で、一人だけ、真剣に聞いてくれた女の子がいた。それが、カオルだった。
飲み会の帰り道。カオルと二人きりになった。
「煙突があれば、きっとサンタも来てくれるさ」
白い息を吐きながら、カオルが言った。ショートカットのカオルは耳がむき出しで、寒さのせいか耳たぶが赤かった。少し酔った頭で、俺は煙突のある家を想像した。
煙突は、レンガ造りが良い。できれば、家だってレンガ造りが良い。暖炉、ロッキングチェアー、クリスマスツリー。期待と不安を胸に、枕もとに靴下を置いて眠りにつく。
「じゃ、またね。来年もクリスマスしようね」
俺の空想をさえぎって、カオルは自分の家の方向に歩いていった。
翌年の十二月二十四日は、生まれて初めて女性と二人きりで過ごすクリスマスだった。向かいに座っているのはカオル。近所の小さな居酒屋だったけれど、クリスマスの飾りつけはきれいにしてあった。小さなシャンパンを注文した。
「メリー・クリスマス」
店のアクリルだかガラスだか分からないグラスで乾杯した。
「音が安っぽいな」
俺は照れ笑いしながらシャンパンをぐいと一口。
「そう? 良い音。わたしは好きよ」
カオルが微笑んだ。
帰り道。一年前のクリスマスよりも寒く、手袋をしていても手がかじかんだ。隣には、ショートカットのカオル。耳たぶが赤い。ふと、去年も同じような感じだったなと思い出した。
「さむっ」
カオルが両手を口の前に持っていって息を吹きかけた。俺は左の手袋をはずして、カオルにあげた。
「サンキュー」
左手に手袋をはめたカオルは、右手で俺の左手をとった。つないだ手は、手袋をしている手よりも温かかった。
初めてカオルの部屋に入った。想像していたより狭く、予想以上に片付いていた。二人でコタツに入って、テレビを見ながらビールを飲んだ。自然と、手をつないでいた。
「キスして良い?」
カオルが、あごを突き出すようにしてうなずいた。
歯がぶつかるようなキスをした。シャンパンの乾杯を思い出した。電気を消した。出窓に置かれた小さなクリスマスツリーが点滅している。電球の灯りを受けて、カオルの目に映る俺の顔が浮かんでは消えてを繰り返した。
もう一回キスをした。今度は、なるべく、ゆっくり。
自分の緊張が恥ずかしくて、それを悟られたくなかった。好きだよとか、愛しているとか、なにかそういうことを言いたかった。だけど、ガツガツしているとは思われたくなかった。もっと先に行きたいとか、セックスしたいとか、そんなことは考えていないよ。そういう余裕の態度を見せたかった。
「煙突さえあれば、サンタが来てくれるんだけどな」
どこか間の抜けたセリフに、カオルは笑って頷いてくれた。
「大丈夫、サンタさん、今年は来てくれるよ」
カオルは、優しくそう言うと指さした。
カオルの指の先。
俺の下半身に。
煙突が立っていた。
きゅんきゅん♥♥
返信削除「煙突はしょうがない。男の子だもんね。」
研究室でさっき雰囲気たっぷりで朗読したら、先輩に言われました!笑
>あっこ
返信削除雰囲気たっぷりで朗読てw
朝から実験データ解析してたら「なんか面白い話してー。」って無茶ブリされたので、「じゃあクリスマスってことでキュン♥ってくるお話を…」ってことで使わせて頂きました。
返信削除一同絶賛(爆笑)でしたよー。同じ話を女の子視点で書いて欲しいって要望が多かったです。
>あっこ
返信削除ウケて良かったw
同じ話を女の子視点でかぁ。
その発想はなかったけれど、面白そうだから考えてみようっと。