多くの励ましや慰め、お悔やみのコメントをありがとうございます。
祖父の葬儀から一週間が過ぎ、気持ちも多少は落ち着いてきました。人間の生死と、それにまつわる運命的で不思議な出来事を通じて、いろいろなことを考えました。とても一言では表せませんが、人にはやはり運命というようなものがあるんでしょう。俺が祖父の初孫として生まれたのも運命、俺が36歳になるまで祖父が生きていて、そして祖父が87歳で潔く生涯を閉じたのも、やはり運命だったのだろうと思います。「晩節を汚さない」とは、まさにあんな生き方だろうと、我が祖父ながら感心しました。
俺は無宗教なのですが、宗教そのものやその教えにはもともと興味がありました。それで、いつか読もうと購入して放置していた宗教関連の本を読み始めました。といっても、吉川英治の『親鸞』や遠藤周作の『キリストの誕生』、『沈黙』、『ダ・ヴィンチ・コード』、『クムラン』、『小説・新約聖書』といった本で、宗教書ではありません。宗教に入る予定も一切ありません。後回しにしていた本を読むというだけです。
本来であればコメントを下さった皆さんお一人お一人にお返事を書くべきところなのですが、いかんせん内容が内容なもので、明るく返すというのも憚られてしまい、こういう形ではありますが、お礼を述べさせていただきます。本当にありがとうございます。
さて、祖父に関するブログは、あと少しで終了の予定です。だいぶ気持ちも落ち着いてきましたし、ブログ書いていて良かったなぁと思います。祖父の思い出を残すということで、細やかながら慰めを感じることができました。また、思いのままに書くことで自分の感情を見つめ、そうすることで、漠然とした心の中の動揺に「哀しみ」というラベルをつけて整理することができました。そういうわけで、読み専の方にはぜひブログを始めることを勧めます。
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