2012年4月10日

メメント・モリ

病棟師長の御子息が今朝、亡くなった。享年22歳。今年一月に他界した祖父が88歳だったことを思うと、あまりに早すぎる。ついさっき行ってきたお通夜の参列者も若い人が多かった。友だちの葬式なんて出たくない。

そんな俺も、病院実習で知り合った小学校4年生、医学部入って一年目で病いに倒れた後輩、30歳なるかならないかで命を絶った同級生と、若い人のお通夜・葬式には3回参列した。

祖父の葬儀は、非常に良かった。笑いあり、涙あり、祖父からしたらひ孫の泣き声あり。ただ悲しいだけじゃなく、お疲れさま、ありがとう、そんな気持ちもいっぱいで、だから、葬儀全体に漂う空気が柔らかかった。

若い人の葬儀にはそれがない。ただただ哀しく、居た堪れない。師長の御子息とは一面識もないが、それでも胸が苦しかった。まして家族、親戚、友人、知人の嘆きはいかばかりか。

他者の死に接して、自分の家族の大切さを改めて実感する。それは不謹慎、あるいは罰当たりなのかもしれないけれど、人の死に触れると、普段は当たり前に存在していると思っている家族の、掛け替えのなさというものをしみじみと感じてしまう。

人は死ぬ。遅かれ早かれ絶対死ぬ。誰かが死んで、自分が後悔するのも嫌だけれど、自分が死んで、誰かを後悔させるのも嫌だ。

会いたい人には会いに行こう。
話したい人には電話しよう。
いつか言おうと思っている感謝は、いま伝えよう。
謝りたいことは、いま謝ろう。
手をつなごう、抱きしめよう。
その人が明日の夜も絶対に生きているなんて、そんなの幻想なんだから。
それから、会いたいと言われたら都合つけよう。
電話がかかってきたら、面倒でも出て話そう。
ありがとうって言われたら、素直に受け取ろう。
ごめんねって言われたら、笑って許そう。
握手して、そしてやっぱり抱き合おう。
自分がもし急に死んでも、相手が後悔しないように。

メメント・モリ。
ラテン語で「死を忘れるな」という意味。人生は、時どき冷酷非情な方法で死を思い出させてくれる。

午後から降り出した死者を悼むような雨は、細く、冷たかった。

2 件のコメント:

  1. 先輩、いつもありがとうございます。先輩の色んな言葉に笑ったり、励まされたり、刺激になったり……元気もらってます(*^^*)


    自分も2ヶ月程前、生徒さんを亡くして色んな後悔が押し寄せました。
    そして先月は自分が死んでたかもしれない事態に巻き込まれ、改めて人の死が突然だと思い知らされました。どうしても“もっとこうしてれば良かった”と後悔は出てくるけど、できるだけ後悔しない生き方をしたいものですね。

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    1. >あー太
      そうだったねぇ。この一年間は、俺も患者さんが亡くなったり、なんだか身近でいろいろな人の生死に関わったよ。
      後悔させない生き方もしたいね。

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