2013年10月29日

かばん屋の相続

妻の実家で酒を飲んでいる時、池井戸潤の小説に関してメガバンクでエリート行員として勤務している妻の従兄と、同じく元銀行員である義従兄の奥さんに話を聞いたところ、
「銀行員の心理をうまく表現している」
ということだった。また、話の中身もそれぞれ「あるある」というようなものらしい。それを聞きながら俺は思った。

俺に銀行員は無理だ……。

俺が卒業した九州大学経済学部といえば、九州地方ではそれなりに格のあるところである。友人の多くは商社や証券会社、そして銀行に就職していった。就職活動を熱心に行なう彼らを横目に、俺はろくな就職活動もせずに、というか4年生後期にもなって足りない単位を集めるのに必死だったのだが、結局ブックオフに就職してしまった。

人生万事塞翁が馬という言葉があるように、それから紆余曲折を経て、なんとか医師というポジションにたどり着けたわけだが、池井戸潤の小説を読んでいてつくづく感じるのが「締め切りとノルマのない幸せ」だ。

もちろん、まったく締め切りがないというわけではなく、様々な診断書や届けを出す期限というのは決まっているし、毎日の患者をすべて診てしまわなければ1日が終わらないという意味ではそれもノルマと言えるかもしれない。しかし、そんなもの、銀行員の抱えている締め切り・ノルマと比べたら楽なものだ。

決して、精神科医の仕事のほうが気楽だ、というわけでない。ただ気苦労の種類が違っていて、とてもではないけれど、俺には銀行員にかかるプレッシャーに耐える自信がない。

義従兄は毎日23時過ぎの帰宅らしい。池井戸潤の小説に出てくるようなハードで神経をすり減らす仕事もやっているそうで、しかもそれを、
「わりと自分には合っていると思うなぁ」
と言って微笑むのだから、つくづくその強心臓ぶりに戦慄するのであった。

かばん屋の相続
面白かったので蔵書決定。

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