2016年5月13日

コミュニケーション必須の職業の人にぜひとも読んで欲しい! 『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』


著者の米原万里はロシア語の通訳者である。本書は、彼女が通訳業として体験したエピソードや、そこから得られた言語にまつわる見解が、面白く読みやすく記されている。そして、意外なことに、精神科医にとって非常に参考になることが多かった。

考えてみると、精神科医は通訳者のような役割を求められることがある。患者と家族の間に入り、患者の言い分を家族に、家族の気持ちを患者に、双方の立場や想いを汲み取りながら仲介して伝える。患者と看護師、看護師と医師、患者と他科の医師の間に入る場合もある。

通訳者とは単に「外国語が堪能な人」ではない。日本語も堪能でなければ勤まらないのだ。著者の「母国語よりも巧みに第二言語を使いこなせる人はおらず、第二言語の技術は母国語を超えない」という主張は、まさにその通りだと思う。また、日本語と外国語が上手く話せるだけでなく、その外国語を使用する国の文化や考え方といったものにも通じている必要がある。

このように、双方の背景を把握しつつ、臨機応変で柔軟な対応を求められるのは、通訳も精神科医も同じである。それから、語彙力が求められるところも似ている。精神科医の場合、患者について描写しようとする時に、自分の語彙力以上のことは表現できない。極端な話、統合失調症と診断した患者の様子を記載する時に、どの患者のカルテを見ても同じような文言が並んでいて見分けがつかないということもあり得る。

ここまでで、精神科医と通訳が似ていると書いてきたが、おそらく看護師や作業療法士だって、主治医と患者の間で、あるいは患者と患者の間で、通訳業のようなことをしているはずだ。同じように、それが仕事かどうかに関わりなく、二者関係の間に立つ全ての人に、通訳業と同じような技術や能力が求められるだろう。

だから、本書はただの「通訳おもしろエピソード集」ではなく、二者の間を取り持つ際の技術や心構えに関する教本と言える。そして、これほど優れた教本はそう多くない。得るところが非常に多く、たくさんの人に読んで欲しい本である。

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