2011年12月3日

国民の理解を得るための啓蒙活動

ずいぶん前に、山口赤十字病院の内科医で村上先生という方とメールのやり取りをした。そして、先生が山口県の医師会に提出しようとされている文章を頂いた。その中に一般の方を対象として書かれている部分があるので紹介する。転載許可は頂いている。

村上先生にお断りして、一部改変した。改行と句読点を増やし、語尾を多少変化させた部分もある。以前のブログの文字数を超えたので、一部割愛してある。

また、個人的にインパクトのある部分を太字にしてある。
国民の理解を得るための啓蒙活動について
山口赤十字病院 内科 村上嘉一

最近になり産科医や小児科医が不足し重大な事態になっていることが報道されていますが、実際には産科や小児科だけの問題ではなく日本中の大病院から勤務医が立ち去り始めており、医療全体が急速に崩壊しつつあることをご存知でしょうか。日本の医療制度は現在いくつもの深刻な問題に直面しており、従来どおりの仕組みではもはや成り立たなくなってしまいました。日本の医療はタイタニック号のような状態です。今はまだ波が甲板を洗うような状態ではありませんが、やがて沈没することは避けられない状況だと思われます。政府は今後船をまったく別の形に作りかえることを計画しています。「規制緩和」と「市場原理の導入」により、医療は福祉から「商品」に変えられ、健康を守ることは国の仕事ではなく個人の「自己責任」となろうとしています。たくさんお金を払えば豪華客船に乗れますが、お金が払えなければ自分で泳ぐしかありません。高額な私的医療保険に入らないとまともな医療が受けられなくなり、国民が自分の健康のために支払ったお金のうちかなりの部分が保険会社の売り上げとなり国民には還元されません。今国が向かおうとしている方向は、やがて多くの国民を荒海に投げ出し、日本人の物の考え方、ひいては国の将来にも取り返しのつかない悪影響を与えるのではないかと思えてなりません。

現在の医療制度にも大きな問題点があり、いずれにしても新しい船が必要であることには変わりないと思います。しかし新しい船をどういう船にするかは、乗客である国民全体で十分に議論してから決定されるべきではないでしょうか? 
議論をするためには現状をしっかり知ることが大切です。日本や外国の医療のしくみや実情、そして日本の医療が崩壊しようとしている原因をきちんと理解した上で方策を考えないと決して良い制度にはならないからです。現在報道されているように「医師がきつくて儲からない部署へ行きたがらなくなった」ことが医療崩壊の真の原因ではないのです。
私たち医師の側からみた医療崩壊の原因について、みなさんに知って頂くことは非常に重要なことだと思います。なぜなら国民のみなさんが良い医療を受けるためには、我々医療従事者にとっても納得のできる頑張り甲斐のある制度にする必要があると思うからです。我々医師には新しい医療制度を自ら作り出す力はありません。新しい制度ができてしまえば、例えそれがどんなに理不尽でも良心に反するものであってもそれに従うしか方法がないのです。しかし我々が心の底にそんな気持ちを持ったままみなさんに接しても決して良い医療は行えません。全ての国民に現状を正しく理解した上で新しい医療制度の建設に加わって頂きたいと思うのです。
みなさん一人では医療を変えることはできませんが、関心をもつ人が増えてゆけば、やがては大きな力になり、政府も無視できなくなるでしょう。

日本の医療達成度はWHOから世界第1位と認定されており(アメリカは第37位)、国民一人当りの年間受診回数も欧米と比べると約4倍の頻度です。一方OECD Health Data 2006によると日本の医療費の対GDP比はOECD加盟30カ国中第21位で、先進国7カ国中では最低でした。ちなみにイギリスではこれまで僅差で日本より医療費が低く先進7カ国中最下位でしたが、医療費抑制の結果医療が崩壊し、その反省から医療費を1.5倍に増やしてEUの平均まで引き上げる改革の真っ最中です。このため2004年以降日本の医療費が先進7カ国中最低に転落しました。日本では医療機関の受診頻度が世界一高いにもかかわらず医療費の総額が低い水準に抑えられているのは、個々の医療費の単価が世界最低の水準に抑えられているからです。一回受診当たりの総医療費の平均は日本では7000円ですが,アメリカでは6万2000円、スウェーデンでは8万9000円です。 

世界的な保険会社であるAIUの調査によると、ニューヨークで虫垂炎の手術を受けると一日の入院で243万円かかります。それに比べ、日本では一週間の入院で37万8000円です。アメリカでは医療費が高いので一日で退院し、病院のとなりのホテルやナーシングホームから通院するのです。アメリカの物価は日本より安く、週刊誌や新聞の値段は日本の半分です。日本の医療費がいかに安いかが分かると思います。(武蔵野市医師会ホームページより引用)。

アメリカでは受けられる医療の質は金次第であり、みなさんが思っているような最先端の医療を十分に受ける事ができるのは高額な医療保険に加入できる一部の裕福層だけなのです。病床あたりの医師数もアメリカは日本の5倍、ドイツも日本の3倍です。日本では少ない医師が安い治療費でたくさんの患者さんを治療しているのです。外国では多くの場合まず開業医を受診してからでないと専門医を受診できず、開業医を受診するにも予約が必要です。専門医へ紹介されても何ヶ月も先にしか予約が入らず、仮にそこで癌が発見されても手術を受けるのにさらに何ヶ月も待たされる場合もあります。日本では諸外国のような面倒な手続きなしに直接自分の受診したい病院を受診でき、国民皆保険制度よって世界一安い費用でWHOから世界一と認定される良心的な医療を受けることができるのです。

このように国際的には高い評価を得ている日本の医療ですが、国内では医療への不信の声が巷に溢れ、医療の安全性の向上や各種の説明の充実も含めた「さらに良い医療」が強く求められています。
しかし、これは国民が支払っているコストを無視した要求といえます。安全で良い医療を行うには医薬品や医療機材、機器や設備等にも莫大な資金が必要です。スタッフの仕事量も大幅に増えるので医師や看護師の増員も必要で、より多くの人件費がかかります。一般の企業であれば良い製品には高い値段をつけます。良い医療を提供するには当然ながら相応のコストが必要になります。ところが、日本の病院は治療費を自分で決めることができません。日本では全ての医療行為に対する治療費は国が決めています。この点で医療は国の統制下にあり一般の企業が価格を自分で決めることができる条件で価格競争を行っているのとは根本的に異なっています。本来は増やすべきものであっても国の都合で一方的に減らされているのです。

レストランに例えるならば、病院は国の食料備蓄(国庫)という限られた資源から国の統制下に食料(医療費)の「配給」を受けて公的福祉サービスを行っているといえます。手間をかけて良い料理を作っても、料理の値段は国によって安く定められています。外国であればスーパーの惣菜しか買えない料金で高級レストラン並みの料理を、誰にでも平等に提供しているです。飢えた人が来れば、例えそれが無銭飲食を繰り返している客であっても他の客と同じような料理を提供しているため、未払いによる赤字だけでも膨大な額に上っています。それにもかかわらず客である国民からは、さらに安全でおいしい料理をたくさん用意しサービスも向上させる義務があると言われ、国からは食料が乏しいからと一方的に配給を減らされ続けているのです。そして「配給が減り十分な料理を作ってあげられないので減らさないで欲しい」と訴えても、当の国民からは「客が多くて儲かっているんだから、国のために減らせばいい」と冷たい目で見られています。

最も深刻な状況なのが急性期病院です。より良い医療を行うために様々な手続きが行われるようになったため、急性期病院では一人の患者さんを治療するのに医師が費やす労力が以前と比べると約2倍といわれるほどに増加しています。医療が専門化し、いろいろな病気に対してそれぞれの専門医が治療を行うようになったことも、一人の患者さんに関わる医師の数を増やし、結果として医師の仕事量を増やしています。残業が多い上に入院患者さんの主治医として24時間拘束され、重症患者さんを担当すると深夜や休日にも頻繁に呼び出しを受けます。予定が立てられず、約束していた家族サービス等をキャンセルしなければならないこともまれではありません。

多くの急性期病院では当直は過酷でほとんど睡眠をとることができない上、当直の翌日も休むことができず36時間前後ほぼ連続で勤務することが日常的に行われています。過労や睡眠不足は医師の健康を害すだけでなく、飲酒と同程度に判断力を低下させるため危険でもあります。パイロットには長時間の勤務は禁じられていますが、パイロットと同等の責任を負わされる医師の過重労働は放置されています。厚生労働省の医師の勤務状況調査(平成18年3月27日に中間報告)では病院の常勤医師の労働時間は、平均で週63.3時間(最大152.5時間)と労働基準法が定める週40時間を大幅に上回り、残業時間も月約100時間と、過労死の労災認定基準とほぼ同じ時間に上っています。
事実最近では過労死する医師が増加していますが、「当直」とは本来入院患者の管理のための待機で実質的な労働を伴わないものなので、実際には一睡もせず働いていたのに、「当直」で寝ていたと扱われ労災の認定を受けられないという悲劇が起こっています。責任を負うべき厚生労働省は見て見ぬふりで、担当者も「労働基準法を厳格に適用したら、救急病院は全てつぶれてしまいます」などと発言しています。このような状況なので良い医療を行うために増やさねばならないはずの勤務医は増えるどころか急激に減少しつつあり、残された医師の負担は増える一方となっています。

このような過酷な労働条件の下で、諸外国と比べれば非常に良心的といえる医療を行っているにもかかわらず、マスコミや患者さんからは不信の眼差しを向けられ、「もっと患者中心の納得できて安心で安全な医療を提供すべきだ」との要求は高まるばかりです。
最も深刻なことはこれまで医療の理想像ばかりが宣伝・報道されてきたため、医療は本質的に不確実であるという「真実」や、高度な医療をうけるには莫大なコストが発生するという事実が国民に認識されていないことです。その結果誰もが安価に最高の医療をうけられて当然であり「医療ミスが起こるのは医師が無責任でモラルがないからであり、悪徳な医師を訴えることは悪に対する正義の鉄槌である」といったような世論が形成されてしまいました。もちろん医師の側にも謙虚に批判を受け止め改善すべき部分は多々ありますが、あまりにも医療の現状に理解がなく公正さを欠いた報道が多いのも事実です。医療事故はスポーツにおけるエラーと同じような面があり、どんな名選手でもエラーをするように、どんなに頑張ってもゼロにはできないのです。ましてや現状のような勤務状況では医療ミスは防ぎようがありません。

また医療行為は必ず合併症などのリスクを伴います、これはミスではありません。しかし最近ではそのような防ぎきれない合併症や事故までもが「犯罪行為」として大々的に報道され、検察や司法も医療の本質や現状を理解していない医師の側からみれば極めて不当な判断を下すようになったことも全国の医師を絶望させ病院勤務を続ける意欲を奪っています。
特に福島県の県立病院の産科医が帝王切開の手術中の医療事故が原因で逮捕された事件は、たった一人で献身的な診療を行っていた医師が、医師の側からみれば全くといってよいほど過失がなかったにもかかわらず殺人者扱いされたという点で日本中の医師の心に決定的な打撃を与えました。自分の健康や楽しみを犠牲にするだけでなく、家族の幸せまでをも犠牲にして患者さんに尽くしても、ひとたび事故が起これば、例えそれが現状では避けようがなく医師にとってミスだとは思えないような事故であっても、結果の重大性のみで場合によっては刑事事件の容疑者として逮捕され、あたかも非道な殺人鬼のごとく報道されてしまうのです。このことは多くの医師に言いようのない絶望感を与え、リスクを伴う医療を行うことを避ける傾向が一気に強まり、産科医療は崩壊してしまいました。そして崩壊の波は今や外科、内科、救急医療を中心に医療全体に波及し、全国の急性期病院から医師が立ち去り始めました。

従来から地方の急性期病院などは少ない医師の献身的努力によってかろうじて支えられていましたが、さらに医師が減ることにより残った医師の負担が限界を超え、ドミノ倒しのように崩壊が進んでいます。
全国の病院で診療科の閉鎖が目立つようになり、基幹病院であるのに内科の医師が全員辞職する病院さえいくつも現れてきました。関東のある地方では二日に一日しか内科系の二次救急が行えないという事態になっています。全国の国立大学附属病院も補助金の削減や医師離れにより破綻の危機に瀕しており、日本の医学の発展にとっても取り返しのつかない損失となりつつあります。

医師を養成するには長い時間と良い教育体制が必要ですが、指導医が次々と大学や病院を去っていく今の状況が続けば、医師の養成も困難となり、外科系では手術の技術が継承できなくなる危険もでてきています。優秀な医師が疲れ果て、また絶望し、次々と第一線を去って行く現状は、第二次世界大戦の際に、人命を大切にしてベテランを育てた連合軍とは対照的に、補給も無い状況で人命を軽視した大消耗戦を行い、育成するのに時間も金もかかる最も貴重な財産である「人材」をいたずらに失った日本軍の状況に似ていると思います。
大手インターネット医療情報サイトの医師専用掲示板では全国の医師から各地の大学医局や病院の崩壊が報告され、日本の医療が崩壊の危機にあることが繰り返し語られています。自身を「奴隷」と呼び、 「ほとんど自宅で過ごせる時間もなく、子供から『今度はいつ帰ってくるの?』と泣かれる」 と嘆き、「最先端の医療から退くのは不本意であるし、今や開業しても経営は困難であろうが、もう病院勤務に耐えられなくなったので開業する」などという声が多く寄せられています。

勤務が過酷で理不尽であること以外にも政府、マスコミ、国民からのあまりにも理解のない不当な扱いに絶望し労働意欲を失いかけている医師が驚くほど多く、医療崩壊が全国の医師の心の中でも進行していることがひしひしと伝わってきます。ランセットという世界的に有名な医学雑誌で、
「イギリスでは医療費削減を失敗と認め医療費を増やしたにもかかわらず十分な成果が上がっていない、それは一度低下した医療従事者の士気を回復させるのは医療費を増やしても困難だからだ」
と述べられていますが、現在の日本でも医師の士気の低下という最も深刻な事態を招きつつあるように感じられます。
新しい制度ができるまでの間、これ以上医療の崩壊が進行するのを少しでも食い止め、被害を最小限にするためには、以下の2つが特に重要だと思います。
一つは医療事故を公正に処理するシステムの設立です。スウェーデンの無過失補償制度等も参考に、第三者事故調査機関、第三者調停機関や医療事故損害賠償責任保険等により医療事故が起きた時に公正かつ速やかに適正な判断が行われ、医療従事者も過剰なリスクを背負わなくてすむような制度が必要です。しかし現在のような国民の意識では患者側にとっても医療者にとっても納得できる実効性のある制度とするのは非常に難しいと思われます。医療が本質的に持つ限界や不確実性やリスク等についてマスコミ、検察、司法を含め広く国民一般に正しく認識されることが絶対的に必要です。
もう一つは政府が医療に対して適正な予算を投入することです。政府は公的医療費の抑制は避けることができないとしていますが、例えば日本の公共事業費は6.0%と社会保障費3.4%の倍近い額で、日本以外の先進6カ国の公共事業費の合計よりも多いのです。公共事業が社会保障より多いのは日本だけです、公共事業に対し社会保障はイギリスでは9倍、ドイツでは7倍、フランスでは3倍、アメリカでさえ2.5倍優先されています。この10年間で、先進国では日本だけが社会保障費を減額しており国民が支払った税金と社会保険料が社会保障給付として還元さる割合は国際的にみても低い水準に留まっています。

政治家は選挙のたびに福祉、福祉と口に出しますが日本の福祉のレベルは非常に低く、老人保険施設や特別養護老人ホームは、入所したくても数年待ちの状態になっています。社会保障の体制を整備することは社会的に必要なだけでなく、雇用の増大など経済効果の面でも公共事業以上に期待ができると言われています。
公共事業費を欧米並みの金額にすれば国民医療費の半額以上の16兆円を社会保障に活用でき、国民の負担を増やすことなく医療の質を向上させることが可能です。混合診療に関しても、現在の公的医療水準を維持した上での混合診療であれば必要かもしれませんが、公的保険のカバーする範囲が、なしくずし的に縮小され、まともな医療をうけるためには高額な私的保険への加入を余儀なくされるようになるのではないかと懸念されています。そうなると「命も金次第」という究極の格差社会がもたらされ、国民の財産は保険会社に搾取され、貧困層は切捨てられ、社会に対する不満が高まり、日本社会の美徳である助け合いの精神が破壊され、日本人の心が一層荒廃するのではないかと危惧しています。
しかし、医師側が医療費を増やす必要性を訴えても、「自らの権益を守ろうとする抵抗勢力」とされているため、一刻も早く国民が事態に気づき、公的医療の充実を求める強い世論を形成する以外にはみなさんの未来を守る方法がないように思われます。

病院への医療費の配分を増やして勤務医の労働条件を改善することも必要です。安全性の確保のためにも病床あたりの医師や看護師の数を増やすことが急務です。現在の病院、特に公的病院は医師にとってあまりも働き甲斐がない場所になっています。医師の勤労意欲を回復させるような手当てが必要です。日本の医療費単価が世界最低水準なのにWHOから世界一と評価されるほどの成果を上げたのは、医師たちが決して給料のためだけではなく、使命感に燃え、患者さんを思って献身的に医療に取り組んできた努力の結果なのです。医師達に力を発揮させるには、その貢献が正当に評価され、もう少し苦労が報われて、国民からももっと感謝されることが必要だと思います。国民の医療に対する理解と感謝を忘れた態度こそが医療崩壊の真の原因だと思うからです。
ある方がブログに、
「医学生の頃実習で小児科をまわったとき、医師が『救急の患者なんて待たしておけばいい。どうせたいしたことないんだから。待たされることで患者も来なくなればいい』と言っていた言葉に、大いに憤っていた私が、今はその気持ちが理解できてしまうところに医師の現実があるのだと思います。(さかまりのブログより抜粋)」
と書いておられますが、まさにそのとおりだと思います。
急性期病院の崩壊はすでにくい止めることが困難な状態にまで進行しています。一見健康そうに見えても、内実は重い病いにあえいでいます。これまで国民の健康を献身的に守ってきたのは誰でしょうか?医師達の心が折れ、今の医療が崩壊してしまえば、次に現れるのは、一部の特権階級のみが全てを手にし、国民の多くが医療難民となるような荒涼とした社会ではないかと懸念します。

病院は重い病気になった患者を守る最後の砦であり、その果たすべき機能に相応した「人財」や設備への費用が必要です。良い医療を行うためには、相応のコストと、理にかなった良い医療システム、そして何よりも国民の理解が必要です。
現在の医療制度は医師が手厚い治療を行えば行う程病院が赤字になるような無慈悲な仕組になっていることも医師と患者さんの関係を悪化させています。私は良い医療(高度な医療や手厚い医療)を行い、患者さんに感謝された医療施設や医師個人が金銭的にも報われるようにすることと、医療者と患者の利害を一致させることが大切だと思います。
例えば今の制度では長く入院したら病院の収入が減らされ赤字になってしまうので病院は早く退院させようとしますが、患者さんのご家族は家で面倒を見たり施設に入れたりするよりも大きな病院に入院させておいた方が安いし手間もかからないし安心なので退院させたがりません。そして「病院から追い出された」と医師や病院を恨みます。これは医師にとっても不幸な事です。
私は病院の入院費用は不当に安いのでもっと引き上げるべきだと思っています。その上で「必要以上に長く入院したら病院の収入も減るが、患者さんの負担も増える」ようにしたり、政府が補助して慢性期病床や老人保健施設などをたくさん作り、患者さんの自己負担も減らして、大病院に入院するよりはるかに安い費用で入院できるようにしたり、在宅医療の支援システムをもっと充実させたりすれば、病院側も患者さん側も「早く良くなって施設に転院したり家に帰ったりすることができる」ように心を合わせて同じ目標に向かって努力できるので、無用な対立をしないで済み、「戦友」として信頼関係が高まるのではないかと思います。

また今の制度では初診時を除くと通常は診療所にかかるより病院にかかるほうが患者さんの自己負担額は安くなります。ですから風邪のような病気でも「安くて安心な」病院を受診する患者さんが多く、病院の外来は軽症患者さんであふれ、医師は忙殺され重症患者さんへ十分手が回らなくなっています。政府も「病院は外来を減らし、入院患者の治療に専念せよ」と言って、病院が外来患者を診療所へ紹介するように誘導しています。(この4月から廃止されましたが、病院がかかりつけの患者さんを診療所へ紹介して外来を減らさなければ経営が成り立たないようなしくみになっていました)。しかし、これも「診療所よりも安くて安心」な病院での治療を希望する患者さんから「病院から見捨てられた」と恨まれる結果となりました。
私は病院の受診料を引き上げ、診療所を受診する際には患者さんの自己負担割合を減らし今までより安く受診できるようにしたらどうかと思います。そうすれば患者さんも病状が安定すれば診療所で治療をうけることに納得すると思いますし、高いお金を払っても病院にかかりたい人はそうすれば良いのではないかと思います。

一般的に病院は診療所と比べ、はるかにコストをかけて高度な医療を提供しているのですからそれが理にかなっていると思います。良い医療を受けるためには患者側も相応の負担をする、良い医療を提供した施設はそれに見合った報酬を得る、医療機関が治療費をある程度自分で決められるようにして、医療機関の間に通常の企業と同じように「良い医療を提供する」、「料金を下げて患者を増やす」という正常な方向で競争原理が働くようにする、そして努力した医師個人が人としての良心も満たされてかつ報われる。そんな医療制度になって欲しいと思っています。これは私が個人的に考えていることに過ぎませんから、色々な面から検討が必要でしょう。しかし国中で色々な人が知恵をしぼって考えれば、良いアイディアが出てくると思います。

どうすれば日本の医療システムがよくなるのかということを、国民全体が自分自身の問題として真剣に見つめる中で、国家を挙げて議論し、日本国民の英知を結集し、真に国民と国家のためになり、そして医療者にとっても働き甲斐のある医療システムを構築することがみなさん自身のために必要です。そのためには多くの方々にこのような議論の前提となる知識を持って頂くことが必要です。
医療に関する適切な知識を得る情報源としてまずは小松秀樹著『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』(朝日新聞社刊)や、武蔵野市医師会のホームページの「市民の皆様へ」の中に掲載されている「日本の医療を正しく理解してもらうために」や「混合診療についての見解」などのページ、あるいは医療制度研究会のホームページ「このままでいいの?日本の医療」周産期医療の崩壊をくいとめる会のホームページなどを見て頂きたいと思います。

今、日本の医療は運命の分岐点に立っています。どうか大きく目を見開き、高い視野に立って医療について真剣に考え、多くの方々と意見を交わし、日本中で医療の問題が正しい認識のもとに議論されるようにしてください。国民全体で真剣に知恵を出し合って議論し、そしてみなさん自身の手で納得のできる医療制度を選択してくださることを願います。
医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か

2 件のコメント:

  1. もう少し短くして医師会ではなく、新聞の論壇あたりに載せてほしいですね。

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    1. >匿名2012年9月3日 23:57さん
      確かに、若干長いですが、でもこれでもたしか村上先生にお願いしてちょっと削らせて頂いたと思います。

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