この本、前半の方では「タイトルに偽りあり」という感じ。倫理学というより、子育てに関する加藤先生の知見を記したという印象。加藤先生と言えば倫理学、というイメージがあるせいか、なんでもかんでも「○○の倫理学」と付ければ良いってもんじゃない。ただ、内容は良かった。中盤から後半にかけて、ようやく倫理学にまつわる話が出てくる。倫理学に関係するかどうかはさておいて、興味深かった部分をいくつか引用する。
1996年、子どもの家庭内暴力を無抵抗でしのいできた父親が、ある日、金属バットで息子を殺してしまうという事件があった。なぜ父親がずっと無抵抗であったのかについて、さまざまな考察が書いてあった。その中の一節。
「自分がこれほどの苦しみに耐えるならば、子どもに気持ちがつながり、何らかの良い結果が得られる」という苦しむものは救われるという希望の持ち方に問題がある。父母が苦しめば苦しむほど子どもが異常になっていくという連関が成り立ってもまだ苦しむことを持続しようとした父の意志には、苦しみへの依存がある。苦しみへの逃避がある。「自分がこんなに苦しんでいるのだから、必ず救いがあるはずだ」という逃避である。精神科でも、「苦しみへの逃避」という状況は時どき目にする。それが良いか悪いかという話ではなく、そういうこともあるのが現実だ。自律を目標とした子育てについては、こんな一節が。
甘やかすと子どもに自立心がなくなるという考え方はまちがっている。甘やかさないと自立できないというのが真理である。これは、我が家の飼い犬である太郎の成長を見ていても同じであった。距離を伸ばしては戻ってきて、しばらくするともう少し遠くまで行ってみる。この繰り返しで、安心して世界を広げていけるのであって、放置された子どもは安心感をもって自らの行動範囲を広げることができない。
三歳(生後48ヶ月)までは、甘やかして育ててよい。甘やかすよりもあかちゃんをかまってやらずに放置しておくことの方が危険である。というのは母親への依存が自立の出発点だからである。子どもはまるで遠洋航海にでる船が母港に立ち寄るように、外洋と母港の間を往復しながら、少しずつ距離をのばしていく。母港に立ち寄ることは、距離を伸ばすことの必要条件である。
学校教育に関しての一節。
子どもが道徳的に失敗した育ち方をしたので、学校で直してもらいたいと思うのはまちがいである。学校は道徳性の病院ではない。
少年法の厳罰化に関する議論に関して。
人権擁護という名目を掲げた甘やかしの文化が凶悪犯罪を生む温床なのだから、「人権派」を言論界から追放し、厳罰主義の徹底をはかるべきだという意見を述べる人のこころに、幼児的な攻撃性がないと言えるだろうか。「犯罪者にも権利があるといって犯罪者を甘やかすから、犯罪が増える」という意見を述べる人が、犯罪の予防に熱心な人ではなく、「犯罪を予防する見せしめの効果を強めるために厳罰にせよ」というのは口実で、実は隠れた攻撃性の現れに過ぎないことが多い。これは自分自身も常日ごろ感じていたことであった。というのも、何か犯罪関係のニュースがあると、ネット上ではすぐに厳罰論が盛り上がり、「同等の痛みを与えよ」とか「死刑」とかいう言葉が軽々と飛び交うからだ。そのようなことを簡単に言う人が本当の意味での「善人」なのか、はなはだ疑わしい。むしろ、合法的な欲求のはけ口(例えば石打ちの刑など)が許された場合、自らの良心によってではなく、快楽を得る手段として刑罰に参加しそうだからだ。
『子育ての倫理学』と銘打ってはいるものの、実際には高度な育児書といった趣がある。倫理学の講義を期待して買うと、ちょっと肩すかしをくらうかもしれない、そんな本である。
いつも様々な世界を覗かせて頂いてありがとうございます。
返信削除旧バージョンのままでしたのでバージョンアップさせて頂きました。
もし何かありましたらご一報ください。
>こばねさん
削除ありがとうございます!
こちらも追加しておきました!!
たいへん遅くなりまして…
返信削除失礼致しました!!
「甘やかすと子どもに自立心がなくなるという考え方はまちがっている。甘やかさないと自立できないというのが真理である。」これは、救われる思いです。私と主人では教育方針が真逆で、主人は親が教え込むという考え方。私は子供に選ばせて見守り必要であればアドバイスする。なぜなら親が絶対に正しいと思わないからです。勿論常識的なことは教えますが、体験程身には付きません。子育てに答えは無いので、主人と私とどちらが正しいかは分かりませんが、夫婦で方向性が違うのは子供にとっては悪影響だと感じてはいます。それを考えるとなぜこの人をパートナーに選んでしまったのかと・・・。しかし、それも子供ら自身で乗り越えてくれたらと今は思っています。
返信削除>匿名2013年6月4日 22:34さん
削除子育ても精神科医療も似ているところがあって、「正解はないけれど、ヒントは無限大」なんですよね。このブログに書かれていること(引用ばっかりですが)も、もちろん正解ではないんですが、ヒントにはなるはずです。
父母で考えが違って当たり前だし、その方がきっと子どもにとって良い環境だと思いますよ。