2013年11月27日

輸血は怖いものなのです(宗教は関係なく)

HIVに感染した献血者の血液が、検査をすり抜けて患者2人に輸血され、そのうち一人に感染が認められたことが明らかになった。これに対する世間の反応は大きいが、いずれも「輸血のリスク」を日頃いかに過小評価しているかということがあらわれている。

医師であれば、輸血のリスクは医学部で徹底的に教わる。もしもHIVや肝炎ウイルスなどの検査方法が、科学の奇跡で偽陰性(今回のように、本当は陽性なのに結果が陰性になる)が完全に0%になったとしても、それはあくまでもすでに知られている病原体がないというだけであって、未知のウイルスがいないとも限らないのだ。それに、偽陰性が0%になるなんてことは今後もありえないので、どんなに検査精度を高めてもHIVや肝炎ウイルス感染のリスクはゼロにはならない。

また、HIV、肝炎ウイルスに関しては確実に感染していないと分かっている血液を用意して、輸血を受ける側と輸血用血液の血液型が完全に一致していたとしても、輸血後にアレルギーやアナフィラキシーが起こる可能性はある。中にはそれが致命的な結果につながることもある。

輸血というのはこれほどに怖い医療介入であり、だからこそ手術ではなるべく輸血をしないで済ますよう必死なのだ。決して輸血用血液が高い(例えば赤血球濃厚液であれば、400mlで約1万6000円)から節約しているというだけの話ではない。

このように輸血は怖いと主張すると、エホバなどの宗教に関係していると誤解されそうだが、俺は無宗教であり、自分も家族も必要とあらば輸血は受ける。ただ、今回のニュースに関して、多くの人の反応の根底に「輸血は安全」だという誤解が見受けられたので、こうして輸血について書くことにした。

「検査が杜撰」という意見については、最初に書いたように偽陰性がゼロになることは絶対にない。また20人分の血液をまとめて検査して、陽性が出たら各人を調べ直すという方法は決して手抜きではなく、むしろ統計的に理にかなった方法である(このあたりを詳しく簡単に知りたければ、『リスク・リテラシーが身につく統計的思考法』という本がお勧めである)。確かに1人分ずつ個別に検査するほうが精度は高い、が、しかし、費用も高い。20人まとめて検査する今と比べて20倍の費用がかかるとまでは言えないが、それなりのコストになるだろう。現在、輸血パックの値段は、例えば赤血球濃厚液なら400mlで約1万6000円、今回問題となっている新鮮凍結血漿だと240mlで約1万7千円する。これが高すぎると思うなら、今以上に手間のかかる検査は望むべくもない。

「感染しているのに献血するな」とか「検査目的の献血は最悪」とかの怒りはよく分かるが、いずれも今回の事故についての本質からはズレてしまい、今後の改善にはつながりそうにない。献血時に感染を知らない場合もあるし、そもそもこの献血者が感染を自覚していたかどうか不明だ。感染を自覚したうえで献血する「バイオテロ」的なことをやる人がいないとも限らないが、そこまで恐れだしたらキリがない。

また、検査目的の献血は確かによくない。検査目的ということは、すなわち「身に覚えがある」ということだ。偽陰性が絶対にゼロにはならないことを知っていれば、「身に覚えのある人」の献血が増えることで、今回のような重大事故が起こりうるということが分かる。ただ、今回の男性の献血は検査目的だったかどうか今のところ明らかではないので、検査目的での献血と決めつけて責めるのは間違っている。

「検査目的の献血を減らすために、献血者に検査結果を知らせなければ良い」
ある医療サイトで見かけた意見で、これは一瞬だけ納得しかけたが、果たしてそれは全体としての事態をいい方向に導くのだろうか。もし今回の献血者にHIV感染の結果を伝えなければ、彼は自分が感染していることを知らないままで、他者と無防備なセックスをするかもしれない。また再び献血に行くかもしれないし、それが運悪くまた「偽陰性」にならないとも限らない。

検査目的の献血や、結果の本人への通知に関しては、
「検査目的かもしれないが、かなり低い偽陰性のリスクに対して、ある人がHIVに感染しているということを自覚することが公衆全体としての利益にはなる」
と考えるか、それとも、
「検査目的による献血での偽陰性の結果は重大だから、たとえ公衆全体としては不利益になるかもしれなくとも、検査結果は献血者に知らせないことにして検査目的の献血を減らすほうが良い」
と捉えるかだ。これについて俺は前者を支持するが、感情的には後者も充分に理解できる。

最後に、厚労省は「検査目的で献血した可能性が高いとみている」(毎日新聞)ようだが、献血者に直接に問いただしたわけでもない段階でこういうことをコメントするのもおかしいし、上記した献血・輸血にまつわるいろいろな問題から国民の目をそらして、献血者個人が悪いかのように印象操作しているように見えて胸くそ悪い。

【追記】
日本赤十字社によると、
「現在、日本赤十字社では、HIV陽性献血者に対しHBV、HCVのような陽性者への通知は行っていない」ということだが、「感染拡大の防止、感染者の早期治療を促すために必要な措置を講じている」ようで、これは通知・非通知の一体どっちなんだ……。

<参照>
献血におけるHIV検査の現状と安全対策への取り組み
1人がHIV感染=献血血液で60代男性-輸血後、検査で陽性・日赤

エイズウイルス(HIV)に感染した献血者の血液が、日本赤十字社の検査をすり抜けて患者2人に輸血されていた問題で、輸血を受けた60代男性がHIVに感染していたことが26日、明らかになった。輸血後の抗体検査で陽性の結果が出た。厚生労働省の委員会で日本赤十字社が報告した。もう1人の感染の有無は不明。
検査をすり抜けた血液の輸血によるHIV感染が判明するのは2003年以来で、04年に日赤が検査精度を高めてからは初めて。
日赤によると、輸血された2人のうち、慢性消化器疾患を患う60代男性は、10月に持病の手術を行った際、新鮮凍結血漿(けっしょう)製剤を輸血された。輸血前の検査では陰性だったが、今月に行った抗体検査で陽性反応が出た。
もう1人は2月に赤血球製剤を投与された。本人と連絡が取れており、詳しい検査を行う。
献血をしたのは40代の日本人男性。今年2月に献血した際、6カ月以内に同性との性交渉があったが、申告していなかった。
その後11月に献血した際に、採取した血液の検査で感染が判明。日赤が過去の献血歴を調査し、2月の献血の保管検体についてより精度の高い検査をした結果、HIV感染が判明した。
HIVの感染から約1カ月半は、血中のウイルスが少なく、検査で検出されない期間(ウインドー期間)とされる。2月の献血は同期間中だったため、検査をすり抜けたとみられる。この男性は2月より前にも3回献血していたが、日赤は、いずれも感染前で問題はないとみている。(2013/11/26-19:22)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013112600551

8 件のコメント:

  1. 改めて、今回のニュースで輸血のリスクというのを実感しました。

    質問になってしまって申し訳ないのですが、私自身過去にウイルス感染の肝機能障害と診断されてお医者さんに「このウイルスにかかると一生ですから。」と言われました。
    何型肝炎とも言われず、ウイルス性の肝機能障害としか診断されませんでした。

    その後2度出産しましたが血液検査で肝炎ウイルスは出なかったのですが、献血などは「高リスク」の人に該当するのでしょうか?

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    1. >ゆうさん
      ふむ……、なんとも不思議な……。ウイルス性肝炎で一生モノと言えばBかCですが、その後に検査で引っかからなかったというのは不思議ですね。セロコンバージョンが終わっていたということでしょうかね。
      https://www.google.co.jp/search?num=100&newwindow=1&q=セロコンバージョン&spell=1&sa=X&ei=ErKbUrPjAY3rkgXTrIHADA&ved=0CCkQvwUoAA&biw=1241&bih=584

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    2. セロコンバージョン。なるほど!確かに発症時が25歳でしたので年齢的な若さの免疫力のたまものですかね(笑)
      当時、町の一番大きな病院で診察を受けてGPTの数値がお医者さんが二度見する数値に上がってまして。「この病気は一生涯ですので、疲れたりすると発症しやすくなります。」など、注意を受けました。

      当時ブラック企業のような労働時間で働いていたので、疲れすぎて肝臓がやられたのかと思ってました。(お酒は飲まないので。)
      まー、でも私のような場合は献血とかはしない方がいいかもしれませんね。

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    3. >ゆうさん
      そうですね、セロコンバージョンが起こっていても、献血では断られると思います。
      働きすぎて疲れると、体の抵抗力が低下して、もともとあった慢性肝炎が悪くなるということはあると思いますから、ブラック企業のせいというのもあるはずですよ!

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  2. このコメントは投稿者によって削除されました。

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  3. いつも有益な知識をありがとうございます。
    以下に書かせていただきました。

    http://ameblo.jp/vet-manekineko/entry-12272121601.html

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    1. >石井ますみさん
      ありがとうございます。
      前コメントぶんとあわせて、こちらもツイッターで広報いたしました!

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  4. ありがとうございます。

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