2018年2月21日

ことばで世界の模型を作る 『辞書を編む』


三浦しをんの小説『舟を編む』が辞書作りを題材にして、映画化もされるなど大ヒットした。本書も辞書編纂がテーマだが、こちらは小説ではなく、三省堂国語辞典の編纂者によるノンフィクション・エッセイ。

さて、辞書の編纂とはどんなことをするかというと、大まかに「用例採集」「取捨選択」「語釈」「手入れ」に分けられる。

まず、用例採集。小説、日常会話、テレビ、看板、広告など、ありとあらゆるものから言葉を拾い集める。このとき、採集日時、文脈なども記録しておく。著者の場合、年間で5000語近くを採集するらしい。

次に取捨選択。これは編纂委員が集まって、「この言葉は載せよう」「これは不要」など話し合う。この話し合いについて、面白いエピソードが紹介してあった。4人いる委員の一人が「スイスロール」を提案。著者以外の3人が採用に賛成したが、著者は反対。以下に引用する会話を、中年過ぎた男性4人が真剣に交わしている場面を想像しながら読んでみて欲しい。
「やや細かすぎると思います」と、私は発言しました。「今回、『ロールケーキ』も新規項目の候補に挙がっています。こちらは現代語として必要ですね。『スイスロール』はその一種ですが、これを載せると、『チョコロール』『いちごロール』など、すべて載せなければならないでしょう」
「いや、『スイスロール』は、『チョコロール』といったような種類を指すものではありません」と塩田さん。「いわばロールケーキの変種なんですよ。ロールケーキは、一般にクリームをたっぷり巻き込んでいます。ところが、スイスロールは、クリームやジャムの層がごく薄いんですね。ケーキというより、カステラに近い感じです」
「なるほど。そういうものですか」
なんと微笑ましく、そしてなんと真摯なのだろう。ますます辞書が好きになる。

さて、辞書作りは次に「語釈」を行なう。これは、新規採用する言葉の説明を考えることである。そして、最後に「手入れ」だが、これがけっこうすごい。なんと全体の8分の1の言葉について、マイナーチェンジからフルモデルチェンジまで、それぞれ書き換えを行なうらしい。約8万語を収録する小型辞書でも、およそ1万語について検討することになる。

こうやって辞書を生まれ変わらせるのだが、改訂スパンは今のところ6年から7年くらいとのこと。ネット普及も影響しているのか、新しい言葉が生まれたり、古い言葉が新しい使われかたをされたりで、改訂スパンはだんだん短くなる傾向にあるらしい。

全体を通して、さすが辞書の編纂者、きれいな日本語で読みやすい文章だった。辞書作りの舞台裏を知ることもできた。本書の最後に、著者の辞書作りにかける熱い思いが淡々と語られており、中でも「ことばで世界の模型を作る」というフレーズがすごく素敵で印象的だった。

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