2012年3月27日

もっと広く知らしめたい名著! 『セラピスト入門―システムズアプローチへの招待』

いきなりだが、下記の家族のやり取りを読んで、どう思うだろうか。
「そんなことでどうするんだ!」
田村は箸をテーブルの上に置き、声を荒げて長男の義雄の肩をつかんだ。
「ほっといてくれよ」
義雄は今にも泣き出しそうな声で田村の手を振りほどいた。
(こいつはまだなにもわかっちゃいないんだ)
田村は、中学生にしては幼い義雄の振る舞いと、それに対する父親としての自分のどこかぎこちない態度、その両方に腹を立てている。本来なら楽しいはずの一家団らん夕食どきは、今やすっかり張り詰めた空気に覆われてしまった。テーブルの向かいでは妻の和子が心配そうに田村と義雄のやり取りを見ている。その隣では義雄の妹、愛子がわれ関せずとばかり黙々と箸を動かしている。事態をこれ以上悪くしたくはなかったが、ここで引き下がってしまうと父親の威厳が保てない。田村にはそう思えた。
「とにかくお前の仕事は学校に行くことだ。腹が痛くなるなんて気持ちがたるんでいるからだ」
義雄は下のほうから田村をにらみつけた。
「なんだその目は!」
田村にすれば、ここはひとつありきたりの説教でも垂れることで事態の収拾を図りたかったのだが、期待に反してますます緊張の度は深まってしまった。その時である。
それまで黙々と食事を進めていた愛子がにわかにうつろな眼差しになり、手にしていた茶わんをひっくり返してしまったのだ。
皆の視線が愛子に向けられる中、いち早く和子の手が愛子の頬をとらえた。ピシャ!
「なんですか、だらしない!」
われに返るやいなや、愛子は声をあげて泣きだした。
「和子! なにも殴らなくてもいいじゃないか」
乱暴なことの嫌いな田村は、日ごろから和子の短気な行動を苦々しく思っていた。
それでも精一杯柔らかくいさめたつもりである。
しかしそれは予想以上に和子を刺激してしまったようだ。
「あなたは黙っていてください。だいたいあなたがいつも甘い顔をするから、子どもがだらしなくなるんですよ」
「なんだと……」
田村は明らかに冷静さを欠いていく自分を意識していた。
「俺のどこが甘いんだ。お前の優しさがたりないんじゃないか。もっと子どもの気持ちを理解してやれよ」
「よくおっしゃいますね。仕事仕事で子育ては全部私に押しつけてきたくせに今さら偉そうに」
プッツン。田村は切れた。
「もう一度言ってみろ! それが主人に対して言う言葉か!」
「ええ、何度でも」
その時である。義雄が腹を押さえて苦しみ出したのだ。
「痛たたたっ……」
田村は義雄の顔をのぞきこんだ。
「どうした、また腹痛か」
「そうだよ、しょっちゅうなんだよ。だから学校に行きたくないんだ」
「医者はなんともないと言ったじゃないか。精神力の問題だ」
「しばらく学校を休むよ。痛たたたっ」
「そんなことでどうするんだ!」
田村は声を荒げて義雄の肩をつかんだ。
「ほっといてくれよ」
義雄は田村の手を振りほどいた。
「学校に行くのがお前の仕事だ。わがままは許さん!……、なんだその目は!」
その時である。すでに泣きやんでいた愛子が再びうつろな眼差しで、壁を指さした。
「あそこに死んだおじいちゃんがいる」
田村はギクッとして壁を見たが、もちろんなにもあるはずがない。
「愛子、だれもいな……」
ピシャ!
田村が振り返ったときには、すでに愛子は和子にぶたれて泣いていた。
「変なことを言うんじゃありません!」
「和子! どうしてすぐに手を出すんだ、お前は」
「私の好きなようにやらせてください! あなたの指図は受けません」
「なんだと、俺はお前の主人だぞ」
「立派なご主人様だこと」
プッツン。田村は切れた。
「なんだその口のきき方は! もう一度言ってみろ! ……なんだその目は!」
その時である。
「痛たたたたっ」
「どうしたんだ、いったい!」
田村は怒鳴った。
「やっぱり学校行きたくない……」
「根性のないことを言うなよ、男だろうが」
「うるさい」
「なんだと、それが親に向かって言う言葉か。 ……なんだその目は!」
その時である。愛子はうつろな目で……。

田村家の夜は更けていく……。
これを読んでの皆さんの感想はどんなものだろう。


本書では、だいたい下記のようなものじゃないかと記されている。
・仲の悪い家族だ。
・ばらばらの家族だ。
・夫婦関係に問題がある。
・母親に母性が欠落している。
・父親に問題がありそうだ。
・兄は問題児だ。
・妹が問題児だ。
・夫婦喧嘩が兄の腹痛の原因だ。
・父親と兄の対立が妹の問題の原因だ。
しかし、見方を変えれば下記のようにも解釈できると書いてある。
「特定の二者間に、ある一定以上の緊張状態が生じたとき、常に第三者が緊張緩和の役割を果たす」
田村と義雄の間が緊張状態になると、愛子が行動を起こします。それに和子が引き込まれて騒ぎは大きくなり、結果として田村の注意をひきつけることで、田村と義雄の緊張を緩和します。また一方、田村が参入することは和子と愛子の緊張をも緩和しますが、今度は田村と和子の間が緊張状態になります。すると今度は義雄が行動を起こします。そして田村がそれに引き込まれることで、田村と和子の緊張は緩和されます。
……そして振出しに戻るのです。
見方を変えてみると、いろいろな感想も湧いてくるというのが本書のメインテーマで、上記のような見方をすると、田村家がどう見えてくるかというと……。
・特定の二者関係が壊れないように守りあっている、優しい家族だ。
・チームワークのある家族だ。
・母親はよく妹と協力して、父親と兄の関係を守った。
・兄は腹痛で夫婦関係を守る優しい子だ。
・妹は一見意味不明の行動で父親と兄の関係を守る優しい子だ。
・兄の腹痛こそが、まわり回って、夫婦喧嘩の原因だ。
・妹の問題こそが、まわり回って、父親と兄の対立の原因だ。
ここでたったこれだけ読んだだけでも、物ごとの見方が少し変わった自分を感じないだろうか? 精神科医がセラピスト入門の本を読んで、目からウロコだったなんて言うと、「それでもプロか!!」と怒られそうだが、いやいや、本当に良い本だった。

これさえ読めば万事うまくいく。

そんなわけがないのは百も承知。だけど、いろいろな方法を知っておくことは、少なくとも損にはならない。ケース提示では、ややトリッキーな方法もあって、さすがに診察室では無理かなぁとは思うが、読み物としても非常に面白かったし、治療者として心理療法に興味のある人はぜひ読んでみて欲しい。

最後に、本書にあった面白い宗教エピソード。
あるえらい坊さんが何人かの弟子たちと旅をしていました。
あるとき大きな川を渡らねばならなくなったのですが、そこに一人の女がいます。女は、自分の力ではこの川を渡れそうもないので、どうか向こう岸まで抱いて渡してくれないかと言うのです。弟子たちは、とんでもないことと、女の申し出を断りました。女人に触れることは、宗教の戒律により禁じられていたからです。
ところが、えらい坊さんは、いとも気楽にその申し出を受け入れ、女を抱いて、バシャバシャと川を渡り始めたではありませんか。
弟子たちはあわてて坊さんの後をついていきました。向こう岸で女をおろした後、坊さんは何食わぬ顔で歩き始めます。
弟子たちは、悶々とした不全感を抱きつつ、坊さんの後を歩きます。しかし、とうとう我慢できなくなった弟子のひとりが、坊さんに問いました。
なぜあなたは女人に触れたか。あれは戒律違反ではないのか。堰を切ったように他の弟子たちも、口々に坊さんを問い詰めました。坊さんはびっくりして、弟子たちに言いました。
「なんだ、お前たちはまだあの女を抱いておったのか。ワシはもう抱いていないよ」
このとき、弟子たちは悟りを開いたということです。

2 件のコメント:

  1. 私はホラーものかと、、。すいません。

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    1. >佐平次さん
      た……たしかに^^; (笑)

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返事が遅くてすいません。