2012年11月6日

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)

祖国ユーゴスラビアの解体、ボスニア内戦などに巻き込まれた壮絶な体験を持つからか、オシムの放った言葉は奥が深かった。あるとき、日本の記者から、そういった洞察力などは戦争体験から学んだのかと聞かれたオシムは、こう答えた。
「(影響は)受けていないと言った方がいい。そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が……」
なろうと思えば大学の数学教授にも医師にもなれたオシムは、攻めの人生を選んでサッカー選手の道を進んだ。サッカー好きなら読むと面白いだろうし、そうでなくてもリーダー論として読める良い一冊。

『オシムの伝言』公式ブログ

2012年11月5日

ユキちゃんと、ユウキと、オナベと、キスと

まさかのまさか、だった。彼女は、僕にこう言ったのだ。 
「ごめん、男、好きじゃないんだ。そういうの、オナベって言うらしい」
お互いに二十歳。僕は、オカマもオナベも知識としては知っていたけれど、自分の身の回りの男は女を、女は男を好きになるものだと信じて疑っていなかった。それから、恋はひたすら願えば叶うものだ、なんて、そこまで能天気じゃないけれど、強い想いは少しは報われるはずだ、報われても良いだろう、報われて欲しいです神様仏様、なんてことを思うくらいにはバカだった。彼女はそんな僕なんかより断然クールで、それが女の子だからなのか、それともオナベという立ち位置によるものなのか、それは分からない。とにかく、彼女は、クールだった。

彼女の名前は、ユキコ。大学に入ってからずっと、僕は彼女をユキちゃんと呼んでいた。身長は、低めのヒールをはけば男子と並ぶほど高い。ショートカットで、色白で、長いまつげと切れ長の目。女の子にしてはちょっと低めの声。いつも白いシャツにジーンズをはいていた。大学に入ってから同じ学部で知り合って、ユキちゃんとはかなり仲良かったと思う。二人で飲みに行って酔いつぶれて、お互いの部屋に寝泊まりしたり、授業を一緒にサボってカラオケやゲーセンに行ったり、これはもう、僕から「付き合って」と言いさえすれば交際開始なんだと、そう思っていたからこそ告白したのだ。それが、まさかまさかの、こんなフラれ方。

そしてユキちゃんは、その日から、ユウキになった。 心の中でのイメージとしては「ユーキ」。ユキちゃんを、もっと馴れ馴れしく呼んでいるような、そんなニュアンスで。別にそう呼んでと頼まれたわけではないけれど、僕の気持ちの整理をつける目的が半分、いや、七割で、ユキちゃんになんとなく気をつかったのが三割。オナベにちゃん付けが正しいのか分からなかったし、君付けは変だと思ったから。ユウキと呼び出してから、僕たちはさらに仲良くなった、ような気がする。遊びに行く回数も増えたし、お互いに軽口を叩きあう頻度も増えた。正直なところ、僕には、微かな恋心が残っていた。ユウキはというと……、きっと気が楽になったのかな。そんな関係で、僕たちは学生生活を送った。

ユウキから、好きな人ができたと言われたのは、二年生の後期、十一月を過ぎていた。僕はユウキに連れられて、相手の学部の授業に忍び込んだ。授業が始まる直前、ユウキが顔を少しだけ赤くして、前の方の席を指さした。

一番前の席。

そこに座っていたのは。

違う学部の。


女の子。


当たり前だけど。いや、当たり前なんかじゃない。当たり前なはずはないんだけれど、うん、納得した。そして。 ショックだった。これまた、当たり前だけど。それから、相手が女の子でホッとしたのも偽らざる気持ち。男心、意外に複雑。そんな心境だったけれど、そこはもう、男と男の友情、くらいの勢いで、
「良かったじゃん、可愛いじゃん」
そう言うしかなかった。実際のところ、小さくて女の子ぽいだけで、顔はそれほど可愛くもなかったけれど。

その日から、だと思う。ユウキとは何となく疎遠になった。僕は淡い恋心をユウキに抱いていたけれど、ユウキは小さな女の子が好き。その事実を突き付けられたから、なのかもしれない。ユウキがオナベだっていうことを、実感したからかもしれない。よく、わからない。そうこうするうちに、僕にも彼女ができた。彼女の名はサキちゃん。ユウキと違って小さくて、ユウキと違って目がパッチリしていて、ユウキと違っていつもスカートをはいていて、ユウキと違って声も高くて、ユウキと違ってものすごく女の子ぽくて、ユウキと違って、ユウキと違って、ユウキと違って……。僕は本気でサキちゃんを好きになったし、サキちゃんからも好かれていた、と思う。だけど、恋愛って、一寸先は闇。
「好きだけど、キョリをおきたいの」
ありきたりのそんな言葉を真に受けて、そのあけたキョリに別の男が入ってくるなんて思いもしなかった。僕のサキちゃんは、一夜にして、誰かのサキちゃんになってしまった。女心は、やっぱり複雑だ。

僕は傷心でしばらく大学を休んだ。一人暮らしの部屋でボーっとして過ごして、ゆっくり、ゆっくりと、僕は立ち直った。元気になると、誰かと話したくなったけれど、かといって男友だちと話すのは、なんとなく嫌だった。からかわれるのはごめんだし、同情されるのは最悪だ。失恋をネタにされたら、そいつをぶん殴るかもしれない。だから僕は、久しぶりに話す相手をユウキに決めて、ユウキの携帯に電話をかけた。
「もしもし」
久しぶりのユウキの声。
「久しぶりに、飲みますか」
軽さを装ってそう言うと、ユウキは、
「オッケ。今家だから。いろいろ買ってきて」
と、これまた軽そうに答えた。久しぶりに会ったユウキは、前より少し髪が伸びていて、大して整えたりしていないんだけれど、それがまた似合っていた。僕たちは、缶ビールで乾杯をした。 アルミ缶のクニャンとした音が鳴った。それから、買ってきたお菓子やおつまみを食べて、チューハイを飲んで、日本酒も少し飲んだところで、僕はもう、良い感じで酔っぱらっていた。他愛もない話をしている時、何気ないふりをして、
「彼女がいたんだけどさ、結局、ふられたよ~」
そう言った。何気ない風にしたはずが、ため息と声をブレンドしたような口調になった。ユウキは、しばらくだまって、ふぅと長いため息をついた。ユウキも、かなり酔っているのかもしれない。

「キスしようか」
そう言ったユウキの目は、切れ長というより、細かった。色白の頬が、赤かった。声は多分、いつにもまして低かった。そんなユウキを見つめる僕も、酔っていた。心臓は大太鼓を打っていたけれど、なぜか気持ちは冷静だった。ドクンドクンと心臓が動くたびに、アルコールが脳に運び込まれて、脳細胞の一つ一つがにぶくなっていく。そうして、脳全体にアルコールが行きわたったように感じても、頭の芯、もしかしたら、それは心の真ん中なのかもしれないけれど、その部分だけはキンキンに冷えて、ギラギラと冴えていた。ユウキはぎゅっと目を閉じて、僕はまぶたを開けたまま、くちびるが重なった。僕は、ユウキの肩を抱いた。ユウキは、両手を床につけたまま。僕はユウキの背中に手をまわして、強く抱きしめた。ユウキの体が硬くなったのが分かった。僕は、自分のくちびるを開いた。ユウキのくちびるは、瞳と同じで、かたく閉じたままだった。ゆっくりと、ユウキの右手が僕の胸に当てられて、それからユウキは、僕を押しやった。ユウキと目が合った瞬間、ユウキが何か言った。 
「ゴ……」しか聞こえなかったけれど、ユウキが言いたかった言葉は分かる。なぜなら僕も、そのあとに「ゴ……」としか声が出なかったから。僕は下を向いて、目の端でユウキを見ていた。ユウキも、うつむいていた。数分、もしかしたら数十秒かもしれない。ちょっとした沈黙の後、ユウキが顔を上げるのが分かった。それに合わせて、僕もユウキを見た。また、目が合った。

何か言わなきゃ。
そう思った僕が口を開きかけた時、
「オェッ」
ユウキはそう言って、顔をしかめ、それから少しはにかんだ。僕は、ユウキのその顔を見て、立ち上がった。そして、洗面所まで行って、わざと大きな音でうがいした。遠くの方で、ユウキの、
「ひどーっ」
と叫ぶ声、それから笑い声が聞こえてきた。しばらくお互いに笑いあった。洗面所から戻った僕に、ユウキがポツンと言った。
「同性とキスするのって、やっぱり抵抗あるし、キモチわるい、ね」
僕には何となく、ユウキはユウキで、辛いことがあったのかもしれないと思った。僕は、心も体も、完全に男。ユウキは、本当は女の子のユキちゃんで、だけどオナベで、だから、オナベのユウキ。ユキちゃんと付き合いたかった僕は、ユウキとキスをした。

そして、恋心は、消えた。


ユキちゃん、さようなら。


だけど。


友情は、残った。


ユウキ、今後とも、よろしく。

2012年11月4日

「自殺」 → 「自死」 を考える

島根県で「自殺防止計画」を「自死防止計画」に改める方針としたそうで、そのことについてネット上でちょっとした議論となっているようである。

まず俺の根本的な考えから述べておく。言葉というのは国民の共有財産で、言い換えや使用禁止を決定する場合には慎重な議論が必要である。言葉と似たようなものとして「名前」がある。これは個人の所有物のように見えるが、やはり皆で共有するもので、個々人が好き勝手に名前を変更できるようだと社会は混乱する。本人が「嫌いな名前だから」という理由で名前を変えることは基本的には許されていない(『運子』など例外はある)。言葉も同様で、「遺族が救われるんだから良いじゃないか」という理由だけでは、言い換えにはあまり賛成できない。

それならば絶対的に反対かというとそうでもない。精神科医は自死遺族と接することも多いので、彼らの哀しみの深さや苦悩は、分かる、とまでは言わないにしても、もらい泣きしそうなくらいには伝わってくる。ここで敢えて「自死遺族」と書いたのは、遺族を表す場合には「自殺遺族」より「自死遺族」のほうが語感が良いし、呼び方としても適切に思えるからだ。決して、自殺を自死と言い換えるほうに与してのことではない。

自分自身も友人を一人「自殺」で喪っている。これを自死と言い換えたほうが良いとは思えない。自殺とは、自分を殺すことである。これは誰がどう訂正しようとしても変えられない事実である。「心の病気に殺されたのだ」というレトリックはあるかもしれないが、ならば「病死」と言うかというとやはり違う。自殺はやはり、自殺なのだ。ただし遺された人たちを呼ぶ場合には、呼び名に「殺」が付いているのはやはり不快だろうから「自死」遺族と言い換える。しかし、「自殺防止」を「自死防止」に変更することには非常に抵抗がある。

まだ自分の中でこれといった結論ができあがっているわけではないけれど、「自殺」は行為そのもの、「自死」はその結果、というのが一番しっくりくるのではないだろうかと思っている。だから、自殺という行為を減らすための計画は「自殺防止計画」、自殺の結果として遺された家族は「自死遺族」と使い分けるので良いんじゃないだろうか。

自殺を自死へ言い換えることが正式になった場合には、未遂の場合には「自死未遂」という言い方になるのだろうが、これも妙な言い方である。それから、「自殺」という言葉が消滅すると、同時に対義語である「他殺」も失われるだろう。また「レトリックでなく本当に病気に殺されるのだから病死で良い」という意見もあるが、その場合には統計その他での混乱を避けるために現在の「病死」を他の語に言い換える必要が出てくる。このようなことがあるので、言葉を言い換える時には、共有財産を扱っているという慎重さを持つことが大切なのだ。

<関連>
閲覧注意!! 樹海の自殺防止パトロール
『「生徒の暴言で教諭自殺」を公務災害と認定』というニュースについて

<参考>
「自殺」→「自死」へ ネット上では反発の声も
「自殺」は使わず「自死」に変更 島根県が「公式文書」の用語で新方針

2012年11月3日

生ける屍の死

生ける屍の死 (創元推理文庫)
ミステリはあまり読まないのだが、以前に佐平次さんのブログで紹介されていて(哄笑するかorシニカルに笑いたいか? 山口雅也「生ける屍の死」)興味深かったので買っていた。しかし厚いのでちょっと後まわしにしていた。今回、思い切って読み始めたところ、最初はなんだか死や葬式に関するウンチクの多い本だなぁ、と退屈していたのだが、途中からはジョークに笑いながら事件の謎に頭を悩ませ、非常に楽しい読書体験をすることができた。

死者が甦って、体を徐々に腐らせながらも人を襲うでもなく、考え喋り動き回る世界で、殺人をおかす意味はあるのか、犯人を捜すことに価値はあるのか。奇妙な世界で起きる殺人事件と、その周りで起こるドタバタ群像劇。

こういう本、好きである。

2012年11月2日

ダンボーとアヒルの組体操

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ピッ!!

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ピッ!!

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ピッ!!

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ピッ!!

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ピーッ!!