2018年4月6日

音楽にまつわる症例で知的興奮を感じるだけでなく、サックス先生の臨床姿勢に背筋を伸ばされるような一冊 『音楽嗜好症 脳神経科医と音楽に憑かれた人々』



音楽幻聴が聴こえる側頭葉てんかんの話題から始まり、絶対音感、音楽サヴァン(サヴァン症候群の中でも音楽に秀でるもの)、共感覚、記憶喪失と音楽、失語症やパーキンソン病や認知症に対する音楽療法、片腕のピアニストの幻肢、音楽家のジストニー(指が動かなくなる)、ウイリアムズ症候群など、扱われる話題は幅広く、そして奥深い。

オリヴァー・サックス先生は神経内科医だが、その中でも立ち位置的に精神科寄りのところがある。実際、先生自身が精神科病院で勤務した期間も長いようだ。だからだろうか、単に専門的に詳細なだけでなく、サックス先生が患者と関わりながら、温かな目を通して患者の症状や生活が描かれていて、その姿勢にこちらも背筋が伸びる気持ちになる。

本書を読むには大脳生理学、神経生理学の知識が多少ないとちょっと分かりにくいところがあるかもしれない。逆にそういう知識が少しでもある人(本当に少しでいい)が読むと、これほど面白い本はないのではないかというくらいに引きこまれる。

最相葉月の『絶対音感』も面白かったが、それを圧倒的に上回る、エキサイティングでスリリングな音楽と脳にまつわる一冊。

2018年4月5日

「なんとなく」の感覚を大切に!! 『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』 (後編)

人の顔を思い出すという行為は無意識の認知である。考える必要はなく、顔がすっと浮かぶ。しかし、紙とペンを渡されて、輪郭、髪の色、目鼻立ち、服装、アクセサリーなど、見た目の特徴を詳しく書かされたらどうだろう。警察が容疑者を捕まえて目撃者に確認させることを「面通し」と言うが、こうした説明を求められた後に面通しをすると、今度はその人の顔をちゃんと言い当てられなくなるそうだ。

何もしなければ問題がなかったはずの「顔を見分ける能力」が、顔の特徴を説明することで弱まってしまう。心理学者ジョナサン・W ・スクーラーは、これを「言語による書き換え」と呼ぶ。顔を言葉で説明すると、視覚記憶が言語に置き換わり、「どんなふうに見えたか」ではなく、「どんなふうに見えると言ったか」の記憶を引き出すというのだ。


別の話もある。

1983年、カリフォルニアにあるゲッティ美術館に、紀元前6世紀の大理石像が持ち込まれた。「クーロス」と呼ばれる全裸の若い男性の立像で、美術商の言い値は1000万ドルだった。美術館側はクーロス像を借り入れ、徹底的な調査にかけるなど慎重に対応した。地質学者が高解像度の立体顕微鏡を使って2日がかりで精査し、また電子顕微鏡、質量解析機、X線解析などのハイテク装置を駆使して調べあげた結果、このクーロスは本物であると結論づけられた。

しかし、このクーロスを見たイタリア人の美術史家は一目見て、なぜだか分からないが「爪が変だ」と思った。また、別のギリシア彫刻専門家は見るなり「お気の毒に」と言っていた。さらに、メトロポリタンの元館長は見た瞬間に「新しい」と感じた。アテネ考古学会会長は「初めて見た瞬間、なんだかガラス越しに見てるような感じがした」としらけてしまった。これらの評価を受け、改めて調査された結果、クーロスそのものではなく、彫像にまつわる手紙や書類が偽者であることが発覚し、このクーロスはほぼ間違いなく模造品だと結論づけられた。

専門家が第1感で見抜くのに要した時間、2秒。

この本では、こうした第1感による成功例だけでなく、それが失敗につながった例も挙げてある。そして、なにがその第1感を歪めてしまったのかにも言及してあるところがバランスが取れていて良い。

2018年4月4日

「なんとなく」の感覚を大切に!! 『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』 (前編)

アイオワ大学で行なわれた面白い心理学実験がある。

赤いカードと青いカードが数十枚ずつ用意され、それぞれ「10ドル勝ち」「2ドル負け」など書かれている。赤には大勝ちもあるが大損もある。逆に青には大勝ちが少なく、負けを引いても損が少ない。

被検者はそれぞれの山から一枚ずつめくっていき、最終的にプラスなら勝ちだ。先に手の内を明かすなら、赤を無視して青だけを引いてゲームを終われば勝てる仕組みになっている。さて、被検者はカードを何枚ほど引いたところでに気づくだろう?

たいていの被検者は、50枚ほどめくったところで、なんとなく必勝の法則に気づく。確信にまでは至らないが、なんとなく「青のほうが良さそうだ」と思い始める。さらにゲームを続け、80枚ほどめくれば必勝法に確信を持ち、赤いカードを避けたほうが良い理由も説明できるようになった。経験を積み重ねて一定の仮説を立て、さらに経験を重ねて仮説を検証するというプロセスの結果である。

しかし、この実験の面白いのはここからだ。

被検者の手のひらに測定機を取りつけ、汗の出かたを調べた。汗の出かたで、被検者のストレス反応を測ろうとしたのだ。その結果、なんと10枚目くらいで、みんな赤いカードにストレス反応を示し始めた。また、同時に青いカードを引く回数が増え、赤の回数は減った。つまり、被検者は「なんとなく青が良さそうだ」と意識する前から、危険を回避する方法を取り始めていたということだ。


この本に挙げられる実験や事例は面白かったので、また改めて紹介したい。

2018年4月3日

「ものは言いよう」がよく分かる心理実験 『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』

まず以下の文章を読んで、選ぶとするならどちらかを考えてみて欲しい。

1.10%の確率で9500円もらえるが、90%の確率で500円失う賭けをやりませんか?

2.10%の確率で1万円もらえるが、90%の確率でなにも貰えないこのクジ券を500円で買いませんか?

心理実験では(2)と答える人が圧倒的に多いらしい。あなたはどうだっただろうか。実際には内容はまったく同じで、どちらも勝てば9500円のプラス、負ければ500円のマイナスである。

では次の問い。

1.術後1ヶ月後の生存率は90%です。

2.術後1ヶ月後の死亡率は10%です。

もう分かると思うが、これも同じことを生存率・死亡率と表現を変えて言っているに過ぎない。しかし、自分が患者だとしたら(1)に賭けてみたい気になる。

では、さらに問題。

ある病気が流行する兆しがあり、放置すると600人が死亡すると見込まれる。対策として、2つのプログラムが提案されているとする。さてどちらを選ぶだろうか。

1.プログラムAでは、200人が助かる。

2.プログラムBでは、3分の1の確率で600人が助かるが、3分の2の確率で600人が死ぬ。

次に、これらをこう言い換える。

1.プログラムAでは、400人が死ぬ。

2.プログラムBでは、3分の1の確率で誰も死なずに済むが、3分の2の確率で600人が死ぬ。

内容は同じだが、ニュアンスが違い、選択を変えたくなる人もいるだろう。


「ものは言いよう」という言葉があるが、まさにその通りだと思う。先日、これを診察室でも応用してみた。抗うつ薬の副作用について説明する時に、いつもは、
「100人に1人くらい、吐き気や食欲不振、下痢や便秘があります」
と言うのだが、少し変えて、
「副作用には吐き気が食欲不振、下痢や便秘がありますが、100人中99人には起こりません」
というふうに伝えてみた。結果は驚くべきもので、とは行かず、もともと抗うつ薬を飲むのに抵抗はなかったみたいで、伝え方を変えたことがどう影響したかは分からなかった。

でもまぁ、臨床にも日常生活にも使える心理学ではある。


上記実験は以下から引用。

2018年4月2日

司馬遼太郎の直木賞受賞作だが…… 『梟の城』


司馬遼太郎といえば歴史小説家というイメージだったが、忍者を主役にした本書は歴史伝奇小説というジャンルに入るかもしれない。

主人公は伊賀忍者の葛籠重蔵(つづらじゅうぞう)だが、全体の記述は神視点の群像劇である。物語は重蔵が秀吉を暗殺するという最終目的に向かって、わりと淡々と進む。そんなにドラマチックな展開や華々しいアクションといったものはない。率直なところ、これが直木賞を受賞したということには首を傾げてしまう。

とはいえ、面白くなかったわけではない。期待しすぎていただけに、ちょっと肩すかしをくらった感じである。