出生前診断の検査を受け、ダウン症と判明したにもかかわらず誤って「異常なし」と伝えられたため、両親が損害賠償を請求しているというニュースがあった。このブログでもダウン症に関して記事を書いたことがあり、それは全期間を通じて最も読まれている。できれば、読んだことがない人にはぜひ一読して欲しい。
誤解している人もいるようだが、俺は出生前診断に断固反対しているわけではない。それも別の記事で書いている通りで、そういう検査を受ける自由は保障されるべきだとさえ思っている。その結果として親が中絶を選ぶのなら、それもその子の運命であり、そういう「母体環境」だったということなのだ。
ところが、このニュースに関しては違和感を拭えない。決してこの両親を批難する意図はないが、感覚的には受け容れきれない。他人事ながら哀しいというか、切ないというか、そういう気持ちと、なんで訴えるなんて発想が出てくるのだという疑問。このダウン症で3ヶ月半で亡くなった子は、両親にとっては「中絶する機会を逸した子」ということなのだろうか。要らない子どもであって、そんな存在を中絶する機会を奪われたから、1000万円の賠償金を支払えと、そういうことなのだろうか。
いやそれは言い過ぎだ、記事中には「継続するか中絶するかの選択の機会を奪われた」とあるではないか、選択する機会を奪われたから訴えたのだ、と指摘する人もいるだろう。ただ、それはもの凄く綺麗ごとな言い分で、実際には「異常なし」という結果を受けて「妊娠継続を選択している」のだ。選択の機会は決して奪われたわけではない。選択するための情報が誤っていたということだ。この誤りにより受けた損害に対して賠償請求するということは、正しく「ダウン症だ」と伝えられていたら中絶していたということではないだろうか。
最初に書いたように、「ダウン症だと分かっていたら中絶していた」としても、それを責めるつもりは全くない。それはその子の運命だ。しかし、「ダウン症じゃないと言うので生んだら、実はダウン症だった」ということで損害賠償を起こすことに、ただただひたすら違和感があるのだ。
もちろん、検査結果を誤って伝えた病院側にも大きな責任はあるし、賠償責任もあるだろう。ただ、これが逆に「異常なし」を「ダウン症」と誤って伝えた結果、両親が中絶を選択し、さらにその後に実は「異常なし」だったということが判明した場合を考えてみよう。読者のみんなは賠償請求額が1000万円より高いか低いか、それとも同額か、どう思うだろう。そしてそれはなぜだろう。
もし本当に「継続するか中絶するかの選択の機会を奪われた」というのが損害賠償の根拠であれば、それはつまり1000万円は「誤った告知」に対しての金額だと主張しているわけで、それなら逆の事態でも同額の損害賠償であるはずだ。でもきっと、逆の場合なら到底1000万円では済まされないような気がする。
そういうことを考えると、やっぱりなんだか、この亡くなった子が哀れに思えてしまう。
と、ここまで書いておきながら、これから真逆のことを述べる。
この両親、「要らない子を生まされたから訴える」なんて発想はさらさらなかったのかもしれない。子どもを喪った哀しみや怒り、そういった感情のぶつけ所が病院になってしまったのかもしれない。もし、この子が今も生きていたら、両親はそれでも病院を訴えたかどうか。そういう見方をすると、この子はただ哀しいだけの生き方ではなかったのかもしれないと思える。
これは別の場所で同様のことを書いて、医療職ではない友人から受けた意見ほぼそのままであり、確かにその通りだと思った。お金目当てではなく、ただただやり場のない怒りを病院にぶつける、というのは医療訴訟では珍しい話ではない。それなのに、そういう視点を見失っていた。正直なところ、話題性に引きずられて目が曇っていた。
それでもやはり、最後にこの問いだけは残る。
もし、逆の事態だった場合の賠償金は、どれくらいになるのだろうか。
<関連>
ダウン症児は親を選んで生まれてくる
ある未来を選ぶことは、別の未来を捨てること
出生前診断:ダウン症を「異常なし」 函館の医院を提訴
毎日新聞 2013年05月20日
北海道函館市の産婦人科医院で2011年、胎児の染色体異常の有無を調べる羊水検査でダウン症と判明したのに、男性院長が妊婦への説明で誤って「異常なし」と伝えていたことが、19日までの関係者への取材で分かった。妊娠継続の判断に影響を及ぼす出生前診断でこうした問題が表面化するのは極めて異例。専門家は「あってはならないミス」としている。
生まれたのは男児で、ダウン症の合併症のため3カ月半で亡くなった。
両親は「妊娠を継続するか、人工妊娠中絶をするか選択の機会を奪われた」とし、慰謝料など1000万円の損害賠償を求め函館地裁に13日付で提訴した。(共同)
http://mainichi.jp/select/news/20130520k0000m040121000c.html