2013年5月31日

地名を使った道案内は、相手を迷子にするだけ

医学部の1年生の時、人体のすべての骨と、その骨の中にあるすべての凸凹をラテン語で暗記させられた(幸いにも筋肉や血管、神経に関しては日本語でオーケーだった)。

そんな解剖の勉強をしながら、
「なるほど、これは地名の暗記だ」
と思った。例えば警察官は任地の地図を頭に叩きこむだろう(多分)。ひとまず地図を頭に入れたら、その土地を動き回って土地勘をつかむ。これがそのまま解剖学の暗記と実習の関係だ、と感じたのだ。

次に考えたことが、比喩的に、「誰かに道を尋ねられた時にどうするか」だった。自分の頭の中に地名が完全に入っているからといって、
「田口の交差点を江田のほうに行けば良い」
などと説明しても、相手にはまず間違いなく通じないだろう。地名だけでなく、相手の視点に立って、
「ローソンとガソリンスタンドのある交差点を、ローソンに向かって左に行けば良い」
というふうに教えれば、だいぶ分かりやすい。

身内に医療従事者が一人もいない医学部一年生の俺は思った。
「これから学んでいく医学の専門用語で、家族や親せきと会話をしてもほとんど通じないだろう。リラックスして話せる家族や親せき相手に通じないものが、どうして将来の患者に通じようか」
それから、俺は家族や親せきを相手にして、いま勉強していることを語るようになった。なるべく理解してもらえるように、学んだばかりの専門用語を使わず、祖父母にも伝わるようにもっと平易に言い直して。

学生の頃からずっとそう意識してきた。そして最近になってふと、「なるべく簡単に」という姿勢が、患者説明の時だけでなく、日々の診療でわりと役に立っているように思えてきた。

これは、きっとどんな職業にも当てはまることだろう。地名を使った道案内は、相手を迷子にするだけなのだ。

公園にて ~スプーンを使えるようになったよ!~

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5月28日の時点では使えなかったスプーン。昨日(5月30日)の夜は上手に使って食べていた。子どもの成長の早さには驚かされる。

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言葉もだんだんそれらしくなってきている。自分の水入れを差し出して「タンパーィ(乾杯)」と言って、俺や妻のコップや食器とカチンと合わせるのが好きで、その姿が可愛らしくて面白い。サクラの目の前で乾杯したことなんて数えるほどしかないのに、よく見てるよ、まったく。

2013年5月30日

愛について

酔いのつれづれに、愛と恋の違いについて考えた。もしサクラに、「ねぇパパ、愛と恋ってどう違うの?」なんて聞かれたときに、上手い返しはないものか。そしてふと、こんな答えを思いついた。

「サクラが、今まで空気にみたいに当たり前のものと思って吸ってきたのが、パパとママからの愛、そしてこれから、水みたいに吸っては咳き込んだり溺れたりするのが恋だよ」

なんとも胡散臭い答えだが、ひとまず良しとしよう。

こう考えると、「愛」とは受ける側が意識しないものを言うのかもしれない。「自分は愛されている!」なんて思わないくらい、自然で当たり前。

それが、愛。



すべり台

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2013年5月29日

あなたの自殺は、あなたの家族の自殺を招く

先日、ある中年女性から、
「先生、私は何のために生きているんですか? 生きる意味ってなんですか?」
と聞かれた。彼女は待合室にいる時からうつむいて泣いていた。診察室では、介護疲れで「自分がなんのために生きているか分からない」と涙する。そして、生きる意味を聞かれたわけだが、俺の答えはこうだ。

「意味なんか、ないですよ」

下を向いて泣いていた女性が「エッ!?」という顔をして俺を見た。この時点で、彼女がいわゆる普通の「うつ病」ではなく、姑との人間関係に悩んだ末の「うつ状態」であると判断しており、敢えてこういう言い方をしたわけで、その反応も予想通り。
「生きるために何か意味が必要とは思いません。ただ、あなたが生きていること、それそのものに意味があるんじゃないでしょうか」

さらに彼女は「死にたい」ということも言うので、じっと彼女の目を見つめて、
「あなたが自殺した場合、家族がその後に自殺する確率はグンと高くなります。あなたの子どもさんやお孫さんが自殺する可能性が凄く高くなるわけです。あなた、それを望むんですか?」
と尋ねた。もちろん、こういう言い方は相手を選ぶ必要がある。誰にでもこういう言い方をして良いわけではないし、むしろ特殊な事例だろう。もちろん、彼女は否定する。そこでさらに俺は言う。
「それでも死を望むというのなら、それはあたなの価値観かもしれませんが」
彼女はさらに強く否定する。「家族の自殺の確率が高まるようなことを望むなんて、自分はそんな人間ではない」ということだろう。
「自殺はしてはいけないよ」
と外から働きかけるわけではなく、彼女自身に、
「私は家族を巻き込んでまで自殺するような人間ではない」
と思わせる。

全体を通して、少し厳しい診療になったが、待合室にいた時から泣いていた人が、診察室を出るころには笑顔になっていたので良しとする。

※もちろん、診察はこれだけではなく、「上手に逃げることの大切さ」なども盛り込んでいる。

お久しぶりの太郎

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今回は写真が多いので、残りは「続きを読む」から。

ブランコ

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2013年5月28日

赤ちゃんがいない!

ある日、高齢女性とその娘が診察室にやってきた。どうやら最近、その高齢女性が深夜に、
「赤ちゃんがいない! どこに行った!?」
と言って娘を起こすことが続いているらしい。一年くらい前から認知症が徐々に進んでいるのは感じ取っていた娘も、赤ちゃんがいないと何度となく起こされることが続いたので少し怖くなった。それで精神科に行ってみようと思ったそうだ。

ここまでの情報で、「せん妄」という診断をつけてしまうようでは精神科医として三流以下だ。少なくとも、この高齢女性にそのことを覚えているかどうかは聞かなくてはいけない。さて、彼女の答えは、
「確かに、そう言って娘を起こすことがあります。なんというのか、こう、赤ちゃんを抱いていたような感覚があって、それがふいにいなくなるものだから、つい……」
というものだった。どうも「せん妄」らしくない。それならばと幻覚妄想と判断してしまうのも早計に過ぎる。

俺は彼女の目を見て尋ねた。
「その赤ちゃんって、誰の子なんですか?」
女性は、少しうつむいて、それから意を決したようにこう言った。
「私の、です」
これで幻覚妄想と確定? いやいや、そんなことはない。医者から「それは妄想です、病気です」と言われるに違いないと思っていたのか、付添いの娘もこのやり取りを「おや?」という顔で聞いている。

「ということは、付添ってきた娘さんのお姉ちゃんか妹さんということですか?」
これに対して、女性は哀しそうな表情で、
「これ(付添いの娘)の上に、もう一人いたんです……。生まれてすぐに死んでしもうて……」
そういう事実があったのか付添いの娘に尋ねてみると、
「私もつい最近、母からそれを聞いて知ったんです。でも父も昨年に亡くなっているし、本当かどうか確かめようがなくて……」
なるほど、事実かどうかの確認はできないということか。すると、娘の言葉を聞いていた女性が、ふっと小声で漏らした。
「きっと寂しいんでしょうねぇ……。お父さん(夫)もいなくなったし……」

赤ちゃんが幻覚妄想なのか、その判断はここでは保留で構わないと考え、もう少しこの女性に寄り添うことにする。
「お家にご主人さんの仏壇はあるんですか?」
「えぇ、毎日、『お父さん、お酒好きだったねぇ』とか『お茶、飲まんねぇ』とか言いながら……、お酒置いたりお茶出したりして、お参りしているんです」
「あぁ、それじゃご主人さんは寂しくないでしょうねぇ」
「そうでしょうねぇ」
と言って、女性は微かに笑った。そして、
「私のほうが寂しいんでしょうね」
と呟いた。俺が彼女と娘を交互に見つつ、
「うん、それからね」
そう言うと、二人とも俺の顔を見た。
「その赤ちゃんも、寂しいのかもしれませんね」
すると、高齢女性は少しずつ涙ぐんで、やがて、ポロリ。隣では娘が目頭を押さえていた。

その他の検査の結果、軽度認知症はありそうだったので、メマリーという認知症の薬を処方した。この薬は軽度の催眠・鎮静効果もあるので、夕方に内服することで夜間に起きだすことを少しでも減らせることを期待した。また、幻視が見えるタイプの認知症である『レビー小体型認知症』の幻視に対しても有効であると言われているし、実際の経験上でも確かに効果はある。

娘に対しては、
「この世の中に幽霊がいるのかどうか、それは僕には分かりません。ただ、お母さんに見えている赤ちゃんが幻覚なのか、あるいは幽霊なのか、それは今日のところは保留にしときましょう。今日処方した薬で落ち着くかもしれませんし、もし効かなかったら、またその時に考えましょう」
と説明した。

高齢女性も娘も、ともに満足し納得した様子で診察終了。これがもし、最初からせん妄とか幻覚とか言って対応していたら、きっとこんな結果にはなっていない。よく分からないものに、ムリに診断をつけてしまうより、こんな感じでふんわり包むような診療のほうが良いこともある。

なお、メマリーが非常によく効いて、その後の経過は良好である。

<関連>
答えは一つじゃない

迷路!? ~最近は断乳に挑戦中~

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断乳に挑戦中である。と言っても、オッパイ断ちという苦行に耐えるのはサクラで、そのための努力をするのは妻で、俺は傍から見ているだけという状況だ。

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昼寝の時も添い乳ではなく、抱っこやおんぶで寝せるようにしているらしい。そうやって徐々にオッパイなしでも大丈夫だと自信を持たせる。せめて俺にできることと言えば、「オッパイ」という単語を日常から排除すること。もう言葉が分かりかけているので、「オッパイ」と聞くと里心(?)がつくようだ。

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夜はオッパイなしではなかなか寝らず、昨夜も妻が散々苦労した挙げ句に最後は添い乳。そうするとあっさり眠りに入った。オッパイの魔法はすごい。

添い乳で 娘寝かせる妻の背を われ添い父で 撫でる愛しく
(娘、妻、俺の順で寝る場合)

添い乳で眠る我が子の温もりと寝息が吾の良き子守り歌 
(娘を妻と俺で挟んで寝る場合)

2013年5月27日

逃げる時には一目散に

ストレス環境から逃げることは大切だが、その時は「一目散に逃げる」ことが重要である。逃げ下手な人は、後ろめたさや罪悪感から、たいてい「振り返りながら逃げる」。そんなことをしていたら、逃げ足は鈍るし、下手したら立ち止まってしまう。中途半端に逃げるくらいなら、立ち向かうほうが良いくらいだ。

これは、ある患者の話を聞きながら思ったこと。年老いた姑との確執に悩む女性で、昔から姑とは気が合わなかったらしい。「金に汚い」姑から散々嫌な思いをさせられてきたと語るその女性は、もう姑の面倒なんて見たくないと言って診察室で泣いた。

姑の世話(食事作りなど)は、実は今は姑の長男である夫がやっている。そして、彼女はそのことに対してもの凄く罪悪感を感じつつ、それでも「姑に食べさせるご飯なんて作る気にならない」ようだ。夫はそのことに理解があるようで、大した文句も言わずに姑の世話をしている。それで良いと思うし、できるできないの境界線を明確にして夫に伝えておけばなお良いんじゃないだろうか、ということを俺が言うと、「でも本当にそれで良いのか……」と悩みの振り出しに戻ってしまう。

そこで、逃げることの大切さ、それも「上手に」逃げることについて思ったことを語ってみた。ただし、なるべく説教臭くならないように。診察前の待合室から泣き通しだった彼女も、この話を聞いていろいろ考えるところがあったようで、帰る時には笑顔になっていた。

公園で、テクテク

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平成25年4月25日の歩く様子はこんな感じ。

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ちょっと休憩。

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あ、こけた(笑)

2013年5月26日

乙武さん入店拒否をきっかけに考える 『心のバリアフリーとは何か』

『五体不満足』で有名な乙武さんが、レストランへの入店を拒否されたとツイッター上に書いたことをきっかけにして、障害者やバリアフリーに関する議論が盛り上がっている。今回の騒動では、乙武さんが店名を晒したこともあって、論点があちこちにぶれているが、ここではこの騒動を一つのきっかけとして、「心のバリアフリー」について考えてみたい。

まず最初に、バリアフリーというのは、決して「障害者が誰の手を借りなくてもやっていけるシステムの構築」ではないということを強調したい。そこを目指してできあがるのは、ただの冷たい社会だ。あくまでも理念としては、「障害の有無に関わらず、すべての人が気づきと優しさを持ち寄って分け合う」ことがバリアフリーなのだと思う。

さて、そこで障害について検討してみると、乙武さんを代表とした身体障害者、特に四肢欠損の人というのは見た目で非常に「分かりやすい」障害である。それに対して、四肢の一部の麻痺や視覚・聴覚などの感覚障害、血液透析を必要とする人は「分かりにくい」。他にも分かりにくい障害はたくさんあるが、精神障害者となると、分かりやすさに差はあるとしても、「理解しにくい」ということも決して少なくない。

乙武さん騒動で、「バリアフリー」という言葉がツイッター上で飛び交っていた。それを見ていて、強く感じたのが、
「目に見える障害に対しての議論ばかりだなぁ」
ということ。中には「心のバリアフリー」という単語もチラホラと飛び交っていた。この「心のバリアフリー」という言葉は、わりと勘違いされていることが多いように思えた。

バリアフリーというと、まず最初に電動化や段差解消といったハード面が思い浮かび、次に、目の前で困っている人を助けるといったソフト面を思いつくだろう。「心のバリアフリー」と言う場合には、このソフト面、つまり「目に見える障害に対する心構え」を指していることが多い。ただ、障害には上記したように、分かりにくいものから理解しにくいものまで色々な種類がある。「見える障害」に対して心構えをすることだけを、「心のバリアフリー」というのではない。こういうことをツイッター上で書いていたところ、自身も障害者であるという人から、「乙武さんは障害者の勝ち組」というリプをもらった。非常に鋭い言葉だ。

こういう言い方は語弊があるだろうが、敢えて書くと、乙武さんはテレビ局にとって「絵になる」存在である。もちろん彼自身の能力が非常に高いというのもあるだろうが、やはり認知度が高まったきっかけは『五体不満足』という本だし、彼の「見た目で分かりやすい」障害は大きな武器だ。乙武さんが今後も情報発信を続けていく限り、身体障害者を取り巻くバリアは徐々に取り払われていくだろう。

そんな乙武さんに対して、絵にならない、メディアにあまり露出させてもらえない障害者はどうだろうか。世間に広く知らしめて理解してもらう機会は、「障害者の勝ち組」である乙武さんに比べてはるかに少ない。事件を起こしても精神科通院歴があれば匿名扱いとなり、その特別扱いが逆に不安と嫌悪感を助長して、人々に「キチガイは檻から出すな」と叫ばせる。そこまで極端なことを口に出す人はそう多くないにしても、例えば目の不自由な人が道ばたで立ち往生していたら手を差し伸べるような優しい人でも、電車の中で独り言を繰り返している様子のおかしい人に近寄って、「なにかお困りですか?」と声をかけるのはためらうんじゃないだろうか。本当はどちらも同じくらい困っているかもしれなくても、片方は援助が得られ、片方は遠巻きに避けられてしまう。

こういう状態をなるべくなくしていくことこそが、真の意味での「心のバリアフリー」ではないだろうか。

このブログでも、てんかん患者の運転免許に関して論じたことがあるが、あの時に、
「てんかん患者からは、一律に免許を剥奪しろ」
と主張する人たちがいた。いかに言葉を尽くして、てんかんに関して説明しても、一切聞く耳を持ってもらえなかった。これこそがまさに「心のバリア」であって、実は多くの人の心の中に棲息している魔物なのだ。

<関連>
てんかん患者には運転免許を持たせるな!?
忌むべきてんかん患者、それが私です
逃げられないから、隠れて生きる
【日本精神神経学会】 精神病患者の自動車事故新規罰則に反対声明

<参考>
乙武さんのブログ イタリアン入店拒否について
乙武氏イタリアン入店拒否事件のまとめ

荷物受取場にて

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すでに止まっていて動いていません。

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セルフポートレイト

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公衆トイレの鏡でよくセルフポートレイトを撮るのだが、後ろに変なものが写りこんでいたらどうしようと、時どきそんな怖いことを考える。

2013年5月25日

帽子、似合うよ!!

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似合ってるよ!!

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でも嫌がる……。

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無理にかぶせても……、

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嫌がる。

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挙げ句、泣きそうになる(笑)

ようやくサクラに帽子を買ってあげた。この写真のような麦わらではない。そのうち写真をアップしますので、乞うご期待!!

サバイバー23区 東京崩壊生存者

サバイバー23区 東京崩壊生存者
木下半太らしいライトでダークな、そしてちょっとしたトリックもある読みやすい小説。終末世界を描いた小説や映画が好きな俺にとっては、小説全体の分量や世界描写の淡白さにちょっと物足りない部分も感じつつ、それでも充分に楽しめた。
ちなみに、読書慣れしている人なら仕事の合間に読んだとしても1日で読み終えるくらいの量。

2013年5月24日

精神科医ができることは「大体正常」をそっと提示するくらい

「真の正常」なんてのは、どのあたりを指すのか分からないし、恐らくそういうものはない。蜃気楼のようなもので、あるように見えるが、実際にはないんだと思う。国が変われば常識も変わるわけだし。

それでも、「大体このあたりが正常」というのはあるんじゃないだろうか。精神科医というのは、自分の人生経験を通して、その「大体正常」というのを知るなり身につけるなりして、それを患者にそっと提示するくらいが関の山だし、それくらい謙虚でありたい。

この「大体正常」という感覚がないと、例えば身内が亡くなった人の悲哀反応にまで「うつ病」と診断をつけたり、イジメに悩む子が「一人でいるとイジメっ子の声が聞こえる」というのを統合失調症と診断したりするのかもしれない。


ベビーカーに乗って ~最近よくやること~

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最近やるようになったことで面白いのは「舌打ち」。大人が不愉快になった時にやるような感じではなく、「コッコッコッ」と鳴らすような感じ。どうやってこんな技を覚えたのか分からない。

それから「乾杯」が好きだ。他の家族と食事する時などに乾杯すると、サクラも「アンタイター」(おそらくカンパイと言いたい)と自分の水筒を差し出して、大人たちのグラスとぶつけ、それから水をゴクゴクと飲む。さらに、「プハーッ」というところまで真似しているところが面白い。
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普段もの凄く臆病で慎重なサクラは、対人関係(例えばオモチャの取り合いなど)でもやはり弱いのだが、風呂に入って頭からシャワーをかけ続けても泣かない。なんだかイヤそうにピョンピョンと上下するし、頭を振ったりもするのだが、シャワーをやめると「プハッ」と言ってすぐ笑顔に戻る。意外と根性は据わっているのかもしれない。

子どもは親を見て育つ、というのを実感するのは、サクラがゴロゴロ(小さいのでコロコロのほうが近い)している時。きっと俺の生活態度を真似しているのだ(妻に確認したら、妻は基本的に日中は座り生活らしいので、やはり俺の真似なのだろう……)。父である俺が、食事したらちょっとゴロン、風呂済ませたら軽くゴロン、ゆっくりする時には本読みながらゴロン、なんてやっているから、それを見たサクラも結構コロコロしているのだろう。

精神医療の光と影

精神医療の光と影
あまり内容を吟味せずに買ってしまったので、読んで気づいたのだが「著作集」だった。著作・論文集というのは、一つ一つがそう長くなくて読みやすいというのは利点ではあるが、ある一つのことに絞ってボリュームのあるものを読みたいという場合には物足りない。タイトルが目を惹くのでどんなことが書かれているのだろうと思ったが、ちょっと期待ハズレであった。ただし、矛盾するようではあるが、内容は良かった。

2013年5月23日

若者の「うつ病」はなぜ増えているのか

『若者に増える「新型うつ」』というネット・ニュースがあった。今日はそのことに関して。

「うつ病」と診断を受ける人は確実に増えている。それは、日本社会が悪いわけでも、最近の日本人の心が弱くなったわけでもない。日本の精神科全体が、ひいては日本国民が、「グローバル・スタンダード」という言葉に幻想を抱いて、アメリカやWHOが定めた精神科の診断基準を無批判に受け入れた結果だ(このあたりの詳しい話は精神科諸先輩方の本など参考にされたい。『精神科臨床の考え方』は一般の人でもある程度読めるんじゃないかと思う)。

精神疾患を疫学的に統計処理するための診断基準として、アメリカはDSMを、WHOはICDを作成した。この診断基準はネットで探せばすぐに見つかる。この二つに則って診断すると、精神科に悩みを持ちこむ人のほとんどは「うつ病」という診断に当てはまることが分かるはずだ。

従来の考え方では「うつ病」と診断しない人に、世界標準に則って「うつ病」と診断をつけないといけないことに、恐らく一世代か二世代前の精神科の諸先輩は悩んだのだろう。その結果として、「新型うつ」というものを発明したんじゃなかろうか。

新型うつは、これまでの「うつ病」とは明らかに違う。当然のことながら薬はほぼ無効である。しかし、診察室で「薬が効かない」「元気が出ない」という患者を前にして、薬を変更したり追加したりせずに済ますのにはプレッシャーがかかる。医師には多かれ少なかれ、
「目の前の患者には何かしてあげないといけない」
という強迫観念めいた感覚があるものだ。その流れで薬は増える。副作用だけが大きくなって、多剤大量処方だなんだと騒がれることになる(※)。

ではなぜ新型うつが、「若者に」増えたのか。それは若者が気軽お手軽簡単に精神科を受診するようになったことが理由の一つじゃないかと思う。 「学校の先生と気が合わない」「友だちとケンカして憂うつ」「嫁と意見が合わない」などなど、この島でもそういう理由で精神科を受診する若者がいる。上記したように、DSMやICDの診断基準に則れば、彼らが「うつ病」ではなさそうでも「うつ病」と診断をつけざるをえない。

ある日、俺は恋の悩みで眠れない若い女性患者を前にして、
「それって病気だと思う?」
と尋ねてみたら、本人も首を横に振っていた。
「僕も病気だとは思わない(恋の病だね、なんてベタなことを言いたくなるのをグッとこらえた)。若いんだし、恋愛でどんどん悩んだら良い。ただ、恋で悩んで眠れなくて、そのせいで昼まで寝てる今の生活は勧められない。というか、朝は7時に起きる。昼寝はしない。これを徹底するだけで、恋に悩もうが悩むまいが夜は眠くなるよ」
というようなアドバイスをして、薬も出さずに帰した。


え?

診断名?



「新型うつ」でしょうね。



というのは冗談にしても、俺は時どき「診断なし」として薬も処方せずに診察終了するが、そうすると医事会計係から、
「これでは診察代(通院精神療法)が取れないので、なにか病名をつけてくれ」
とカルテを突き返されてしまう。変なシステムなのだ、日本の精神医療は。


※最近の研究によって明らかになったが、日本とアメリカ、その他の海外での単剤処方率は実は大差ない。「日本が世界に類を見ない多剤大量処方国家だ」という批判をしたい人には残念な結果だろう。

出社無理でも…旅行や趣味はOK 若者に増える「新型鬱」
産経新聞 5月19日(日)
朝になると気分が落ち込み仕事には行けないが、休んでしまえば旅行も趣味も楽しめる。そんな従来にはなかった「新型鬱(うつ)」を発症する若者が増えている。とくに五月病のシーズンは相談が急増。なかには本当に病気か疑わしいケースもあるといい、企業の担当者や精神科医らを悩ませている。(伊藤鉄平)
◆辞めると言えない
「大型連休で気が緩んだ5月中旬から6月は『心の病』に関する相談が一気に増える。特に昨年は新入社員ら若手の相談が多かった」
全国180社と契約し、社員らのメンタルヘルス(心の健康)対策を請け負う「ジャパンEAPシステムズ」(東京都新宿区)の臨床心理士、松本桂樹さんは打ち明ける。これまでに面談した新入社員は1千人以上。従来の鬱症状は、40代以降に多かったが、5、6年前から20代の相談が増え始めた。
「自分では仕事ができると思っていたけれども、思っていたよりできなかった」「朝がつらくて会社に行けないが、辞めるなんて言えない」など相談は“社会とのギャップ”に関する悩みがほとんど。突然会社に来なくなり、人事担当者を介して相談に訪れる若手社員も多いという。
◆深刻なケースも
こうした悩みが悪化し、鬱病となるケースも少なくない。3年ごとの厚生労働省の患者調査によると、鬱をはじめとした気分障害で、平成23年に精神科にかかった20代の患者は全国で7万9千人(推計値)。東京女子医科大学の山田和男教授(精神医学)は「若者に多いのは俗に『新型鬱』と呼ばれる症状。一見して元気に見えるが、ときには深刻で、抗鬱剤が効きにくく、治りにくいのが特徴だ」と語る。
山田教授によると、従来型の鬱では、生真面目さが災いし、仕事でのミスが続くと「自分は無価値だ」と自らを責め、徐々に心に変調を来していく-というのが典型だった。
ところが「新型」は正反対。都合の悪いことが起きると社会のせいにしがち。すべてのことに興味を失う従来型と違い、会社には行けないが、趣味や旅行などは楽しめる、などの特徴があるという。
なかには「会社を休んじゃったので診断書をください」と来院する“患者”もいるが、「2週間以上眠れないといった症状があり、会社に行けないなどの社会生活に問題が出ていれば、鬱病と診断せざるを得ない」(山田教授)という。
◆理不尽への耐性後退?
なぜこうしたケースが増えているのか。松本さんは「ゆとり教育」の影響を指摘。競争や体罰なく育ったことで、「極めて合理的な思考を持つ一方、理不尽に対する耐性が落ち、『(上司が)やれと言えばやる』というような社会の状況に適応できなくなったのでは」とみる。
また、突然会社を休んだ社員に周囲が不満を持たないようにする▽本人から労災をめぐる訴訟を起こされないようにする-などのため、軽い症状でも精神科医を紹介するケースも多いといい、受診者の増加は「ある意味、会社側の都合ともいえる」という。
一方、山田教授によると、精神科医が診断に用いる「DSM-IV-TR」という米国の診断基準がインターネット上に“流出”。医師の質問にどう答えれば、診断書がもらえるのかを指南するサイトもあり、「本当に病気か怪しいケースもある」という。
山田教授は「従来型の患者には『頑張って』などの言葉は禁句だったが、新型は別。様子をみながら、ハッパをかけるような対策も必要だろう」と話した。
■首こり原因?
「新型鬱」は、首こりが原因と指摘する医師もいる。東京脳神経センターの松井孝嘉氏(脳神経外科医)は「パソコンやスマートフォンで下を向いた姿勢を続ける若者は、注意が必要だ」と述べる。
松井氏によると、首は全身の神経とつながる重要部位。下を向いた姿勢を続けると、首の筋肉が硬直し、自律神経失調などの悪影響が起きるという。
松井氏は「首こりは副交感神経の働きを阻害して緊張状態をもたらし、頭痛やめまい、全身のだるさなどの症状が出る。こうした状況が長く続くと、やがて精神にも悪影響が出て、鬱につながる」と説明。
予防には、蒸しタオルで首を温めたり、組んだ両手で後頭部を支えながら頭を後ろに30秒間倒したりして、首の筋肉を定期的に緩めることが効果的だとした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130519-00000080-san-life.view-000

ホテルの部屋でヤンチャ姫(2)

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さて、次はどんなことをするのか?

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床でゴロゴロ!!

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足ペロペロ。

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ゴロゴロに飽きたので、

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「パパ、可愛く撮ってねぇ!!」

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「ポーズも決めちゃう」

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「上ったほうが良い?」
やめてください(笑)