2016年8月1日

笑うw 『独創短編シリーズ (2) 野崎まど劇場(笑)』


あいかわらずの独創っぷり。読みながら思わず吹き出して、となりに座っている妻から不審な目を向けられてしまった。ちなみに飛行機の中だったので、他の乗客からも変な目で見られたかもしれない。

短編集で、いずれも数ページ。これをなんと表現すれば良いのだろう、うーん、小説というよりはマンガに近いんだけれど、決してマンガではない。これはもう明らかに小説なのだが、挿し絵がとても多い。いや、挿し絵というより、小説の一部として存在する、というか、なくてはならない……図?

この面白さは読んでみないと分からない。騙されたと思って、ぜひ。

ちなみに読者対象は中高生らしいが、41歳でも楽しめたよ。

2016年7月20日

愛すべきバカ、アメリカ! 『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか』


「リアル・アメリカの伝道師」である町山智浩による「日本人が知らないアメリカを伝える」エッセイ。

あとがきで著者は、こんなことを書いている。
僕が書いているようなヘンテコな話を読んで「アメリカに住んだことがあるが、こんなバカな話は聞いたことがない」などと言う日本人がいたりします。
でも、アメリカに住んで日本に向けて情報を発信する人々は、みんなエリートです。
(中略)
でも僕の周囲にいるのは、(中略)、要するに僕と同類のボンクラなわけです。
だから、テレビで紹介されるような「先進国」「超大国」「オシャレ」「カッコいい」「自由の国」なアメリカではなく、保守的で、根深い差別が存在していて、度を超したバカがいて、科学よりも宗教を優先してしまう風潮が残っている、そんなアメリカが紹介されている。

この人の映画評論も面白いけれど、リアル・アメリカの話も良い。アメリカ幻想を打ち砕きながらも、町山氏自身はアメリカのことが好きなんだろうな。そりゃそうだ、なんだかんだ言いながらも、町山氏はずっとアメリカに住んでいるのだから。アメリカのおバカな側面を伝えながらも、アメリカへの愛情が感じられる一冊。

2016年7月19日

ぼくたちは、自分がいまいるところにいるのだ。動きつづければ、どこか別の場所に行く。それがどこかは、着いたときにわかるのだ。 『いつも上を向いて 超楽観主義者の冒険』


30歳という若さでパーキンソン病を発症したマイケル・J・フォックスの自伝、第2弾。今回は、各章に仕事、政治、信仰、家族というタイトルをつけて、それぞれのテーマに沿った話となっている。

マイケルの症状は進行しているが、ユーモアは健在。フォックス一家の仲良しぶりも微笑ましく、同じ家族を持つ男としては負けていられないぞという気持ちにもなる。

家族の章で、すごく印象的だった話がある。

マイケルが7歳のころ、陸軍軍曹だった父の転勤のために、フォックス一家はカナダの西側にあるブリティッシュ・コロンビアから、東側のオンタリオまで車で旅をすることになった。マイケルの両親、兄、3人の姉、それに大量の荷物を乗せて、3000キロにおよぶ長距離移動だ。途中でホテルに泊まる経済的余裕はなく、毎日キャンプ。マイケルの父は厳しい人だったようで、特に子どもから「まだ着かないの?」と聞かれようものなら、怒りもあらわに、ありとあらゆる罵詈雑言で答えたようだ。

それから30年後の1997年、36歳のマイケルは、8歳の息子サムとアメリカ横断の旅に出た。そして、その途中、ワイオミングの草原を走っている時にサムから「まだ着かないの?」と質問されたのだ。マイケルはどう答えようかと悩む。

怒鳴るべきか? 脅すか? 命令? 地図を出して丁寧に説明する? 

そのどれでもなく、マイケルはこうした。
「パパにもわからないんだよ、サム」
そういいながら、サムがシートからがらんとした高速とは反対側の路肩に降りる手助けをした。
「調べてみよう。もう着いているのかもしれないよ」
マイケルは自分自身について、もともとこんな問いを持っていた。
「パーキンソン病が人生の条件を決定する、そんな引き返せない地点「そこ」にはまだ着かないのだろうか?」
そして旅の途中、「まだ着かないの?」と尋ねる息子に対し、特に意図することなく返した言葉がマイケル自身にも答えを与えてくれた。
ぼくたちは、自分がいまいるところにいるのだ。動きつづければ、どこか別の場所に行く。それがどこかは、着いたときにわかるのだ。
2冊目の自伝ということで、1作目『ラッキーマン』とかぶる話が多いのではないかと思ったが、まったくそんなことはなかった。手抜きせず、真摯に、そしてユーモラスに、自分の身の周りを描いてみせるマイケルに、またしても惚れてしまったのであった。

2016年7月14日

Appleファンが羨ましい 『ジョブズ・ウェイ 世界を変えるリーダーシップ』


アップル・ユーザーでない俺でも、スティーブ・ジョブズについての評判(良いも悪いも含めて)はあちこちで見聞きしている。いくら良い話であっても、アップル製品に心惹かれることなんてなかったのに、この本を読んで、6年以上使っている我が家のノートパソコンを買い換えるならアップルにしようかなぁ……、なんて思うようになった。スマホはXperiaを使っているが、これもiPhoneに少しだけ惹かれてしまう。

そんな気持ちになったのは、アップル・ユーザーにとっては「今さら!?」かもしれないが、ジョブズがハードとOSを同じ会社で作ることにこだわったというのを知ったからだ。俺のXperia Z3 compactは、買った当初から不具合続きで、買って1ヶ月くらいでバイブが作動しなくなり、修理に出したが原因不明。結局、「フロントパネル、基板、バックパネルの交換」となった(それって本体全部じゃね!?)。それから半年もしないうちに、今度は異常発熱する不具合で修理に出し、やはり原因不明で「フロントパネル、基板、バックパネルの交換」になった(それって本体ぜんぶじゃね?って二度言わせんなよ)。

ハードとOSの両方をアップルで開発しているiPhoneならこんなことは起こらないはずだ、なんて理想化するつもりはない。きっとiPhoneの不具合に泣かされたり憤ったりしている人も多いだろう。それに、デザインはともかく、俺にとってわりと大切なボタン配置についてはXperiaのほうに軍配が上がると思っている。

なんだかんだと書いたが、アップルのファンを羨ましく感じるのも事実。ある一つのブランド、それも決して安い商品ではないブランドを愛し、応援し、支える気持ちを持つということは、現代社会において幸せなことなのではなかろうか。一時は俺もソニーが好きだったが、最近では「たとえ完全にはほど遠くても、安くて良いものなら何でもOK」というチープな消費者路線まっしぐらである。俺にとってのアップルみたいな会社、見つからないかなぁ……。

2016年7月13日

残酷な描写が多いので、子ども心に返ったつもりの大人が読むのが吉! 『やせっぽちの死刑執行人』


主人公はワディという町に住む少年ジェベル(具体的には書いていないが15歳くらいかな?)。彼の父は死刑執行人で、毎日のように斧で罪人の首を切り落としている。とはいえ、罪はほとんどが微罪。ワディには刑務所がなく、奴隷が主人に逆らったというだけで死刑になってしまうし、みんなそれが当然だと思っているのだ。

ワディでは死刑執行人は町長の次に崇拝される名誉ある職業で、そして彼の父はカリスマ的な人気を誇っている。その一方で、教師や商人といった職業は見下されている。またワディでは、奴隷には人格も尊厳もないと考えられている。そんな環境で育ったジェベルは、環境にきちんと適応した(つまり現代の感覚からすればゲスな)考えを持つ少年である。

そんな彼が、どのような冒険をして、どういう人間になっていくのか。あくまでも児童書なので大雑把な結論は見えているのだけれど、それでも飽きさせないのはさすがダレン・シャン。

『ダレン・シャン』で一躍有名になったダレン・シャンは、9・11テロからインスパイアされて本書を書いたそうだ……、って、あれ? 本書に出てくる悪者に、ブッシュとブレアという二人組がいるんだけれど、つまりそういうこと……!?

宗教、国家、民族、死刑制度、男女など、多くの要素をちりばめて考えさせられるような本だったが、自分の子どもに読ませたいかと言われると……、ちょっと残酷な描写が多すぎてダメ。大人が子ども心に返ったつもりで読むのが吉。