わたしは「うつ病です」「躁うつ病です」「アルコール依存症です」「統合失調症です」。
違います。
「あなた=病気」ではありません。
あなたは、うつ病、躁うつ病、アルコール依存症、統合失調症を「抱えている」のです。
このことに気づいたり再確認したりすることで、本人も家族も治療者もグッと気持ちが楽になり、それはきっと回復への近道にもなる。
2018年7月13日
コンビニの仕事は簡単!? ライン工場は!?
患者さんや家族から、簡単な仕事の代表のように「コンビニ店員でもやって生活」みたいな言葉が出るたび、いやいや実はめちゃくちゃ大変な仕事ですよ力説している。
たいていみんな「バーコードをピッピッとやって袋詰めする仕事」くらいにしか思っておらず、入荷時検品、品出し、公共料金、配送、調理、清掃、クレーム処理、その他のことをまったく知らない。
幅広い業務と臨機応変さを求められるコンビニ店員という職業には敬意を抱いている。これはまぁ、自分もコンビニで長くバイトしたという身内びいきも入っているのだが。
なにはともあれ、精神科に来る患者さんたちにコンビニ勤務は絶対に勧められない。
ライン工場で働いたこともあるが、単調さに嫌気がさして一日で辞めた。簡単と言われる仕事も、向き不向きはかなりある。そういえば同じ工場に、九大の文学部大学院に通うTさんという先輩がいて、彼は、
「手だけ動かしておけば、頭の中は自由に使える最高のバイトや」
と言っていた。
それから5年後、医学部に入ったあとに教養の授業で再会。Tさんは言語学の講師になっていて、俺は偶然にTさんの授業をとったのだった。ライン工場で働きながら自由に使った頭で博士論文を書かれたのかもしれない。授業の中身はサッパリ分からなかった。
ライン工場では一日しか働いていないので、あまりたいそうなことは言えないが、他者とのコミュニケーションが最小限で済み、臨機応変さをあまり求められず、コツコツまじめにやれば評価される、という点で、何人かには勧めている。
自分が未来で精神科医になるのだということを知っていれば、もっといろいろな職業にトライしていたかもしれないと思う、と同時に、俺は怠け者だから、精神科医になることが分かっていたらノンビリ生きてしまったかもしれないとも思う。
たいていみんな「バーコードをピッピッとやって袋詰めする仕事」くらいにしか思っておらず、入荷時検品、品出し、公共料金、配送、調理、清掃、クレーム処理、その他のことをまったく知らない。
幅広い業務と臨機応変さを求められるコンビニ店員という職業には敬意を抱いている。これはまぁ、自分もコンビニで長くバイトしたという身内びいきも入っているのだが。
なにはともあれ、精神科に来る患者さんたちにコンビニ勤務は絶対に勧められない。
ライン工場で働いたこともあるが、単調さに嫌気がさして一日で辞めた。簡単と言われる仕事も、向き不向きはかなりある。そういえば同じ工場に、九大の文学部大学院に通うTさんという先輩がいて、彼は、
「手だけ動かしておけば、頭の中は自由に使える最高のバイトや」
と言っていた。
それから5年後、医学部に入ったあとに教養の授業で再会。Tさんは言語学の講師になっていて、俺は偶然にTさんの授業をとったのだった。ライン工場で働きながら自由に使った頭で博士論文を書かれたのかもしれない。授業の中身はサッパリ分からなかった。
ライン工場では一日しか働いていないので、あまりたいそうなことは言えないが、他者とのコミュニケーションが最小限で済み、臨機応変さをあまり求められず、コツコツまじめにやれば評価される、という点で、何人かには勧めている。
自分が未来で精神科医になるのだということを知っていれば、もっといろいろな職業にトライしていたかもしれないと思う、と同時に、俺は怠け者だから、精神科医になることが分かっていたらノンビリ生きてしまったかもしれないとも思う。
2018年7月12日
医療において「患者の没個性化」は必要なときがあるが、それがあらゆる場面に及び始めると危ない……
医療では、患者一人一人が異なる個性をもった個人であることを忘れてはならないが、それぞれを没個性化しなければやれないような治療も多々ある。
手術はその最たるもので、滅菌ドレープをかけて術野以外を見えなくするのは、もちろん清潔のためではあるが、同時に没個性化の手段の一つでもあるだろう。もしも技術が大いに進歩し、滅菌ドレープなしでも清潔が保たれるようになったとしても、おそらくほぼすべての外科医が「手術台に乗せた裸の人を切る」ことには抵抗を感じ、ドレープを用いて術野のみが見えるようにするはずだ。
この没個性化は患者だけに当てはまることではない。
引き続き手術を例にすると、もし私服で手術ができるようになっても、多くの外科医は「血液が付着するから」という理由以外でも、私服での手術に抵抗を感じるだろう。ガウンや白衣やスクラブは、医療者を没個性化する手段でもあるのだ。
余談ではあるが、精神科医には私服で仕事をする人たちも多い(自分も一時期だけ試してみた)。これは「『個性ある私』があなたに向き合う」という強烈なメッセージになりえるので、状況によってはマイナスになることもあるだろう。
さて、医療者は必要に迫られてとはいえ「患者を没個性化している」ことについて、ときどき考えるべきなのかもしれない。没個性化して挑む治療を意識すればこそ、それ以外の場面で個々人を尊重する意識も芽生えるというものだろう。
ただ漫然と「医療は個々人を尊重」とお題目を唱えていてはダメなのだ。
医療者による患者の没個性化が最悪のかたちで出たのが、大口病院事件の斜め上から飛び出した「寝たきり高齢者の実情を知ろう」問題だろう。敢えてきれいごとフレーズで言うなら、
「寝たきり高齢者」という人はいない。そこに寝ているのは「銀行員であった志村さん」であり「戦争寡婦で子ども3人を育てあげた加藤さん」であり「天涯孤独で生き抜いた高木さん」なのだ。
ところが、患者の没個性化があらゆる場面で無意識になってしまうと、このように個々人の名前がはぎとられてしまい、「寝たきり高齢者」「天井を見つめるだけ」「胃ろう」「医療費」「年金」などの単語を用いて一括りに語られることになるのではなかろうか。
大口病院事件で、安楽とは真逆の方法で尊厳を奪われながら殺された人たちについて、それぞれの人生が多少なりとも語られ、それらを知ったとき、それでも「この機会に寝たきり高齢者の実情を知ろう」なんて言えるのだろうか。
もし言えるとしたら、医療者としては避けられない「患者の没個性化」という病いが、末期状態にあるのではなかろうか。
手術はその最たるもので、滅菌ドレープをかけて術野以外を見えなくするのは、もちろん清潔のためではあるが、同時に没個性化の手段の一つでもあるだろう。もしも技術が大いに進歩し、滅菌ドレープなしでも清潔が保たれるようになったとしても、おそらくほぼすべての外科医が「手術台に乗せた裸の人を切る」ことには抵抗を感じ、ドレープを用いて術野のみが見えるようにするはずだ。
この没個性化は患者だけに当てはまることではない。
引き続き手術を例にすると、もし私服で手術ができるようになっても、多くの外科医は「血液が付着するから」という理由以外でも、私服での手術に抵抗を感じるだろう。ガウンや白衣やスクラブは、医療者を没個性化する手段でもあるのだ。
余談ではあるが、精神科医には私服で仕事をする人たちも多い(自分も一時期だけ試してみた)。これは「『個性ある私』があなたに向き合う」という強烈なメッセージになりえるので、状況によってはマイナスになることもあるだろう。
さて、医療者は必要に迫られてとはいえ「患者を没個性化している」ことについて、ときどき考えるべきなのかもしれない。没個性化して挑む治療を意識すればこそ、それ以外の場面で個々人を尊重する意識も芽生えるというものだろう。
ただ漫然と「医療は個々人を尊重」とお題目を唱えていてはダメなのだ。
医療者による患者の没個性化が最悪のかたちで出たのが、大口病院事件の斜め上から飛び出した「寝たきり高齢者の実情を知ろう」問題だろう。敢えてきれいごとフレーズで言うなら、
「寝たきり高齢者」という人はいない。そこに寝ているのは「銀行員であった志村さん」であり「戦争寡婦で子ども3人を育てあげた加藤さん」であり「天涯孤独で生き抜いた高木さん」なのだ。
ところが、患者の没個性化があらゆる場面で無意識になってしまうと、このように個々人の名前がはぎとられてしまい、「寝たきり高齢者」「天井を見つめるだけ」「胃ろう」「医療費」「年金」などの単語を用いて一括りに語られることになるのではなかろうか。
大口病院事件で、安楽とは真逆の方法で尊厳を奪われながら殺された人たちについて、それぞれの人生が多少なりとも語られ、それらを知ったとき、それでも「この機会に寝たきり高齢者の実情を知ろう」なんて言えるのだろうか。
もし言えるとしたら、医療者としては避けられない「患者の没個性化」という病いが、末期状態にあるのではなかろうか。
2018年7月11日
親近感を得るための話法
人は何かしら共通点のある人に親近感を抱く。趣味、出身地、母校、職歴や職業、性別や年齢などはもちろんのこと、名前が似ているということすら親近感の材料になる。
そこで、初診から数回目までは共通点探しを意識し、見つけたことを会話の中にさりげなく散りばめる。これは良好な関係構築に役立つ。
診察時のこの会話法は、患者さんから親近感を抱いてもらうのにはもちろん有用だが、やってみると分かるように、実は「自分が患者さんに親近感を抱く」ことに大きく貢献している。
初診では、診察前に予診票を見ながらあれこれ考えつつ、患者さんとの共通点、親近感を抱いてもらう会話のキッカケになるようなものを探しておく。
些細な共通点が、大きな親近感のキッカケになることがあるので、援助者はいろいろなことを体験したり知識として持っていたりすると役に立つ。
余談ではあるが、こういう会話法を知っていると、営業マンといわれる人たちが意識的にか無意識か、共通点をあれこれ話すことに気づく。
「わたしも~」
「うちの子も~」
「実はわたしの母も~」
互いに親近感を抱くことが大きなメリットになる関係なら良いが、そうでない場合は、親近感話法には要注意。
そこで、初診から数回目までは共通点探しを意識し、見つけたことを会話の中にさりげなく散りばめる。これは良好な関係構築に役立つ。
診察時のこの会話法は、患者さんから親近感を抱いてもらうのにはもちろん有用だが、やってみると分かるように、実は「自分が患者さんに親近感を抱く」ことに大きく貢献している。
初診では、診察前に予診票を見ながらあれこれ考えつつ、患者さんとの共通点、親近感を抱いてもらう会話のキッカケになるようなものを探しておく。
些細な共通点が、大きな親近感のキッカケになることがあるので、援助者はいろいろなことを体験したり知識として持っていたりすると役に立つ。
余談ではあるが、こういう会話法を知っていると、営業マンといわれる人たちが意識的にか無意識か、共通点をあれこれ話すことに気づく。
「わたしも~」
「うちの子も~」
「実はわたしの母も~」
互いに親近感を抱くことが大きなメリットになる関係なら良いが、そうでない場合は、親近感話法には要注意。
2018年7月10日
タイトルのインパクトに負けない内容で、本好きでなくても楽しめるはず! 『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』
内向的で、本とサブカルに支えられた中学・高校時代を送った著者。夫との別居をキッカケに、出会い系サイト「X」で出会った人に「合いそうな本を勧める」という少し変わった活動を始める。そうやって知り合った人たちと語ったり遊んだりするうち、著者は「働きかた」も含めた「自分の生きかた」のようなものを発見していく。
と、こう書くとなんだか陳腐に見えてしまうが、実際にはグイグイ引きこまれて、プッと吹き出したり、「うーん」と唸ったり、自分だったらどうするだろうかと考えさせられたり、非常にエキサイティングな読書体験だった。
サブカル好きだった著者はヴィレッジヴァンガードに憧れて入社するが、その後に発展していくヴィレヴァンの「広く浅く、人気キャラグッズも売る」みたいな展開に違和感を抱く。そして結局は退社してしまう。そのときの気持ちを綴った文章を読みながら、
「俺が好きだった怪しげな店ヴィレヴァンが、いつの間にか子ども向けのおもちゃ屋になったように感じたのは、間違いではなかったのか!」
著者と本を通じて握手したような気がして嬉しくなった。
平成30年5月時点で、著者はHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの店長をされているとのこと。また、ツイッターもされている(@hanadananako)。
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