2018年7月24日

“医療者の究極の目標とは、あれこれ言っても結局のところ、よい死を迎えさせることではなく、今際の際までよい生を送らせることなのだ。” 名著、ときどき珍訳 『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』


前半は老衰と施設での余生、後半は癌を主軸とした終末期医療について。それぞれ患者や家族へのインタビューとエピソードをもとに語られ、「死にゆく人」に対して医療や福祉、家族はなにをできるのかを考察してある。

今日の医療のありかたを例え話として述べている部分が印象的である。全滅を恐れず突撃していく将軍としてカスター将軍、勝ち取れる領土と降伏すべきときを見極められる将軍としてリー将軍を挙げたあと、こう言う。
今日、医療がやっていることはカスター将軍でもリー将軍のやり方のようでもない。今、増えている医療者のやり方は、行進を続けている兵士に「止まりたいと思ったら、そのときは私に教えてくれ」と命じるような将軍と同じである。
このたとえでは、兵士とは患者のことである。医師の判断をまったく示すことなく、「治療をやめたいと思ったら、いつでも言ってください」という丸投げを批判している。

著者のガワンデ先生は、自分が関わった患者だけでなく、自身の父親がガン治療を受ける姿も見ながら、終末期医療というもののありかたを考える。そして、こう語る。
医療者の究極の目標とは、あれこれ言っても結局のところ、よい死を迎えさせることではなく、今際の際までよい生を送らせることなのだ。
自分自身、お世話になった人が二人、ガンで他界している。ともに60歳前後。積極的に治療や生活に関与できるような立場になかったため、自分にできることはほとんどなかった。それは分かっていても、その気になればもう少しなにかできたのではないかという後悔のようなものが胸をかすめるときもある。

「死にゆく人に何ができるか」

この問いは、医療者だけでなく、みんなが考えていかなければいけないものでもある。


さて、本書の内容はとても素晴らしい。さすがガワンデ先生である。ところが、訳にチンプンカンプンなところがある。一部は日本語としてさえおかしい。翻訳者あとがきを読むと、なんと大学で中国史を勉強している息子に下訳をやらせたとある。

おいおいおいおい!!

どうりでひどい訳が散見されるわけだ……。

2018年7月23日

数学が好きで、かつ『シンプソンズ』もある程度知っている人なら楽しめるはず 『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』


『フェルマーの最終定理』『暗号解読』『代替医療解剖』『宇宙創成』と、これまで読んだサイモン・シンの本はどれも知的好奇心を刺激され、また満たされもした。

本書もこれまで同様ではあるが、数学的なことに関して言えば『フェルマーの最終定理』『暗号解読』のほうが詳しく書いてある。また、本書では過去の数学者たちの逸話についても触れてあるが、それも上記二冊のほうが断然詳細に述べてある。

となると、本書にしかない価値はなんなのか。

それはTVアニメ『シンプソンズ』の脚本を手掛ける数学マニアたちの生い立ちや考えかた、それから彼らがアニメの中に仕掛けた数学ネタの指摘や解説だろう。ところが、このうち前者についてはあまり詳細には記載されていない。また後者については、そこそこ面白いのだが、シンプソンズをほとんど知らない者にとってはイマイチ入りこめない。

数学が好きで、かつ『シンプソンズ』もある程度知っている人なら楽しめる本だろう。数学が好きなだけなら、本書よりは『フェルマーの最終定理』をお勧めする。

これまでのサイモン・シンの本に比べると、ちょっと物足りなかった。彼の邦訳本はすべて文庫化されているが、本書はおそらく文庫化されないんじゃなかろうか……。

2018年7月20日

患者と医療者の隙間を埋めるための入門書 『不確かな医学』


原題は『The Laws of Medicine』。本文に従って訳すなら「医学の法則」だが、著者はそれを「不確かさ」「不正確さ」「不十分さ」にまつわる法則であると述べる。邦題は、その意を汲んで『不確かな医学」とされたのだろう。

本書に述べられている法則は3つ。

1.鋭い直観は信頼性の低い検査にまさる。
2.正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる。
3.どんなに完全な医療検査にも人間のバイアスはついてまわる。

この法則だけを読むと、医学教育を受けていない人は「え?」と思うかもしれない。もしかすると、医療に完璧を求めるような人たちは、本書を読んでもピンとこないかもしれない。医療者なら、ほぼ全員が(残念ながら全員ではない)著者の主張を理解できるだろうし、深く共感できるはずだ。

有名TV番組『TED』の講演をもとに作成された本で、とても読みやすく、分量も少ないので短時間で読み終えてしまい、読み応えとしては少し物足りない。

2018年7月19日

面白かったのに、結局なんだかよく分からん小説 『旅のラゴス』


名作という評判だったので読み始めたところ、面白いのに、なんだかよく分からないままエンディングを迎えてしまって、結局これが名作なのか駄作なのかの評価もくだせないような読後感を抱いている。

俺の感覚を裏付けるように、Amazonレビューでも評価がかなりバラついている。賛否両論という本はけっこう見かけるが、本書のレビューのように星5つから星1つまでが一定割合いるものは珍しい。

とにかく、なんだかよく分からないまま面白かった。

2018年7月17日

「安楽死」について考えるための最初の一冊 『安楽死を遂げるまで』


スペインで、安楽死を認めない家族の反対を押し切り、第三者を介して安楽死を遂げたケースがある。ラモン・サンペドロは25歳のときに頚椎損傷から四肢麻痺になった。ラモンはずっと死ぬことを望み、その希望を社会的に公言してきた。そして55歳のとき、第三者であるラモナという女性の手を借りて安楽死(実際には「安楽」ではなく悶え苦しんだようだが)を遂げた。サンペドロの兄ホセとその妻は、それから20年近くが経った現在も、ラモナのことを恨み、許していない。どんな状態であっても「生かすことが愛」と信じ主張する老夫婦。そんなホセに著者が尋ねる。
あなたがもし、寝たきりで、死にたいのに死ねないのであれば、どうしますか?
一瞬、沈黙が流れる。ホセが数秒後に口を開く。
「俺は安楽死を選ぶ」
その意味が、一瞬、私には分からなかった。安楽死は良いというのか。ラモナは犯罪者扱いしたホセが、安楽死を選ぶというのか。ホセが、また怒声を上げて叫んだ。
「俺はいいんだよ。だけど、ダメなんだ。家族だけはダメなんだよ!」
矛盾を自ら告白している。しかし、私の心にはまっすぐに刺さってきた。頑固な兄として、時には、中傷を浴びてきたホセという男の、いかにも人間臭い言葉だった。
なんて自分勝手で、だけど正直で、そしてなんと共感できる言葉だろう。実際、自分も同じような立場になれば、同じように考え、同じことを言うのかもしれない。

日本での安楽死について、生命倫理学を専門とする鳥取大学医学部の准教授・安藤泰至の言葉も考えさせられる。
「安楽死は『死は自分の私的な事柄なのだから自分で決めるべきだ』(死の自己決定権)という思想に支えられていますが、日本では自らの生き方すら自分で決められていません」(中略)「死ぬ時だけ自己決定が大切というのは、話が逆ではないでしょうか」
著者は安楽死への賛成・反対の両方への取材バランスを意識し、患者自身や医師、家族へのインタビューも試みている。安楽死の現場にも立ち会っている。あれこれ悩みながら取材を進めていく姿勢に共感し、好感を抱く。

安楽死、あるいは尊厳死についてなにか本を読んでみようと思うなら、まずは読みやすくてバランスのとれた本書を勧める。そこからもっと深く学びたければ、巻末の参考図書を読んでみると良いだろう。